第22話 スレイヴ・ドール
【連合軍 小型飛空艇】
連合軍の小型飛空艇内部。濃い灰色をした壁や天井。全て金属製だった。少年は、荒い息をし苦痛に顔を歪めるクラスタを部屋の端にあったベッドに座らせる。撃ち抜かれた手からはまだ血が出ていた。
「大丈夫ですか? すぐに味方のところに向かいますので……」
「つ、通信機を……」
「えっ?」
「ファンタジアを連中の手に渡してなるか……」
白いシーツの敷かれたベッドに赤い血を滴らせながら、クラスタは言う。今、彼女を動かしているのは焦りと政府に対する憎悪だけだった。
苦労して手に入れたファンタジアシティを奪い返されたくない。政府に負けたくない……! そんな思いを巡らせる彼女に、すぐ側にいた少女が腕に付けていた小型の通信機を手渡す。
「フ、フフッ…… オーディンの軍と私の軍で総攻撃をかければすぐにファンタジアは私の手に落ちる。私の勝ちだ、政府…… 政府を倒して、私が本当の楽園を創ってやる。戦争のない世界、平和な世界……」
クラスタは不気味な笑みを浮かべながら小型通信機を操作する。しばらくすると蒼い立体映像が浮かび上がる。
映っていたのはバトル=オーディンだった。クラスタを利用し、プレリアシティで生物兵器ウォゴプルを製造した張本人……
[クラスタか、どうしたかな?]
「今すぐ、援軍と私の軍をよこせ…… ファンタジアに侵攻した元含め、将軍5名を討ち取るチャンスだ……」
クラスタは震える体で半ばオーディンを睨めつけながら言う。だが、オーディンは信じられないような言葉を口にした。
[ハッハッハッ! まだ気がつかないのか? バカ女]
「……は?」
クラスタはオーディンの想像だにしなかった言葉に唖然とする。気がつかない……? 何に?
[もう、お前の“利用価値”など、ないのだ]
「は、は……? なに言ってんだ、オーディン……?」
[ウォゴプルとクリスタルとお前の軍、それにヴァランの始末、ありがとうな、クラスタ。もう二度と俺のとこにかけてくんな]
それだけ冷たく言い放つとオーディンの姿は消える。呆然とするクラスタの頭にあの日の光景が蘇る。オーディンとヴァランとクラスタが話し合ったあの日の光景――
――わたしはプレリアシティの市民を傷つけたくない。
「そうだな、それは私も同じだ。お前は死んでも構わんが」
――クラスタ…… 戦争を、戦争をして誰が得をするんだ。話し合いで……
「あのクソ共は話し合いなんてする気ないさ。私の故郷を潰したぐらいだからな!」
――…………。戦争は一部の権力者がそれ以外の人間を奴隷人形として扱う狂事だ。
「だろうな。上の人間は市民を奴隷程度にしか見ていない。その証拠がティトシティだ」
――お前を連合軍に誘った“パトフォー”とかいう男は連合軍を操り、政府総統“マグフェルト”は政府を操る。意図しなくてもその傘下は全部、奴隷状態だ。死んでいくのはそんな彼ら達だ。
「ああ、そうだな。早いとこ政府を潰さないとな」
――…………。そうか…… プレリアシティの市民は助けてやってくれ。
「……市民に罪はない…… オーディン、なんとかならないか?」
――いいぞ、いい方法がある…… プレリアシティで量産しやすく、凶暴性の少ないウォプルを量産するのだ。そうすれば、戦争で忙しい政府は市民に避難命令を下すだろう……
「…………」
――市民がいなくなれば、プレリアシティを補給路として使える。補給路が確保されれば、ファンタジアシティを落としやすくなる。ファンタジアシティは魔法クリスタルに富んだ都市。ここを奪えば……
「政府を倒しやすくなる」
――そうだ…… 奴隷人形の市民は政府の命令に従ってすぐに避難する。市民は誰もしなないで済むのだ。
「……奴隷人形、か」
――さぁ、どうするヴァラン…… まぁ、答えは決まっているだろうがな。
――……いいだろう。それでプレリアシティの市民が助かるなら、その策、受け入れよう。
「――なんだ? ヴァラン」
――わたしはもまた、奴隷人形だ。世の中の流れに逆らえない奴隷人形のようだ。戦争が間違っていると分かっていても、それを変えられないッ……!
「……お前みたいなクズばっかだから政府は“流れに乗って戦争”なんだろうな。連合軍の作り出した流れに乗らされた政府さ」
――…………!
「お前もクズの1人だな、ヴァラン。失望したよ」
――わ、わたしは……
「…………」
――わたしは政府を変えてみせる! だから、お前も、お前も連合軍を変えてくれッ! 頼むッ! このままだとたくさんの市民が巻き込まれて殺されるッ!
「……私はクズ政府と妥協する気は――」
――クラスタ、頼むッ! お前の怒りも憎しみも分かる! だが、それを戦争で晴らさないでくれッ! それをやれば、多くの、多くの市民がッ……
「――ない」
夜空を飛ぶ小型の飛空艇。その窓から見える赤い炎。1つの小さな町が燃えていた。ファンタジアシティの北にある町。クラスタが支配していた町。
その町の上空に無数の二等辺三角形をした黒色の軍用兵器バトル=デルタ。町に向けて爆撃を行っていた。
「……なんで、あの町は燃えている……?」
「あれは、オーディン軍です。あの町は連合軍からの離脱を宣言したので焼き払ってるそうです」
「確か、女性と子供ばかりじゃなかったか……?」
「……はい」
クラスタはフラフラと窓から遠ざかり、ベッドに力尽きたように倒れ込む。その瞳からは涙が溢れていた。
「私が間違っていたのか……」
包帯が巻かれた左腕を伸ばし、ベッドに放り投げられた無線機を手に取る。そして、ゆっくりと自分の元に引き寄せると、それを操作する。やがて、立体映像が映し出される。映っているのはフードを被った男、連合軍の支配者パトフォーだった。
[何用で余のところにかけて来たかな……]
「パトフォー閣下…… いつになったら政府は滅び、戦争は終わるのですか……?」
[…………。……あと2年はかかるだろうな。戦争で“合法的に”余の権力を増大させねばならんのだからな]
「……おっしゃってる意味が……」
[戦争は余の権力と軍事力を増大させるだろう。まだ、続いてもらわねばならぬ]
クラスタはぼんやりとする頭でパトフォーの言葉を聞いていた。もはや、彼の言葉は頭に響いてるだけのような気さえした。
[だが、お前はもう必要ない。余にとって都合のよかった奴隷人形よ。お前を煽るのは楽だったわ…… 憎しみに捕われ、戦争で心は泣き叫んでいたな。飼い主の意のままに操られ、戦わされる哀しきスレイヴ・ドールよ……]
「は、ははッ…… 私は、私はッ……!」
クラスタの中で何かが壊れた―― 彼女は無線機を乱暴に掴む。
[お前のIDは全て抹消した。もう、連合軍はお前のいう事を聞かない。将校や幹部らにも“クラスタは裏切った”と伝え――]
無線機が壁に当たり、粉々になる。立体映像も音声も消えた。もう、何もない。
クラスタはベッドに伏せ、泣き出す。自分はパトフォーの都合のいい奴隷人形、見えない糸で操られるスレイヴ・ドールでしかなかった。自分の政府に対する憎悪を上手く利用され、価値がなくなった今、捨てられた。
クラスタはバトル=アルファやピューリタンを操った。だが、自分自身もまた、パトフォーによって上手い具合に操られていた。
ヴァランの言うようにしていたら戦争は止められただろうか? 今、あの町で非力な市民が無残に殺される事はなかっただろうか?
だが、もう、全ては遅かった――……




