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魔王の婚約者改め……

今回は三人称視点でお送りいたします。


『改めまして……』のお気に入りが100件を超えました。感動のあまり口から奇声が飛び出そうです。ありがとうございます。

 グランフール国の片田舎。穏やかな陽光降り注ぐのんびりとした空気。

 だがそこに、ニタニタと気味の悪い笑顔を貼り付けた女が一人。


「ふっふっふっふっふっふ」


 響き渡るは不気味な笑い。なごやかだった空気は一変、寒気を感じる負の空間へ。


「あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 続く哄笑は不気味と言うよりも禍々しい。だが本人の表情を見る限りそれは晴れやかでひどく清々しかった。

 まるで全ての業から解き放たれたとでも言うように、少女は……セツはなおも笑い続けていた。


「おかーさーん、あれ……」


「シッ! 見ちゃいけません!」


 周囲で交わされるは古来より続く伝統的な会話。むしろそんな事を言ってしまう母親の方が問題であると言わざるをえない。

 だが、それすらセツには自由を祝福する光景に思えた。


「やっと! やっと私は……! あの魔王から! 逃げ出す事が! で・き・た・の・だぁぁぁぁぁぁぁひゃっはああああああああああああああ!!」


 狂喜乱舞とはまさにこの事。セツは嬉しさのあまり奇妙な踊りを道行く人々に披露した。道を歩く人々の目は……冷たい。


「なにあれ」


「シラネ」


「ちょ、今度は腰をグネグネし始めたぞ」


「色気も胸もないからいっそ哀れに見えるな」


「たしかに……劣情とか一切わかないわ。同情しかでてこねー」


「おかーさーん」


「見ちゃいけません!」


 多種多様な言い様である。だが多くは触らぬ神に祟り無しと無視を決め込んでいた。

 そんな哀れみと軽蔑視線を浴びながら、セツは目深に被った帽子に手をそえ、背中をのけ反らせながら高笑いを繰り返した。

 もう誰にも止められない。セツにとって、すべてが彼女を祝福するものにしか見えないのである。

 たとえ本人に面と向かって「頭大丈夫か?」と言ったとしても、それすらセツには魔王から逃げ出す事に成功した自分への手向けの言葉に思えてくる。

 今ならばどのような侮辱をうけても大らかな心で許してくれそうだ。


「ふふふふふふふ……ああ、自由って素晴らしい……自由であるというだけで空気すら違って感じる……思えば最近の私は色々おかしかった……何がどうとかハッキリとはわからないけどおかしかった……そもそも国一番の剣士とか言われてるあの糞ド鬼畜に関わったのがいけなかったんだ……だけどもう大丈夫。もう魔王はいない。私は魔王から逃げたんだ! ゲームだったらボスからは逃げられないけど私は魔王という大ボスから逃げ果せる事に成功したのだ!」


 独り言と言うにはあまりにも大きな声で叫ぶと、彼女は誰もいなくなった道で1人喉が枯れるまで笑い続けていた。

 この日より、子供達の間で夕刻に1人狂ったように笑い続けるお化けの噂が語られるようになったのはまた別の話である。


「笑いすぎて喉痛い……つーか日が暮れちゃった……宿みつけんの忘れてた……」


 ようやくセツが己の愚かさに気づいたのは、日も暮れ周りが闇につつまれた時刻であった。この時間では、宿を望むのは難しい。仕方ないと刹は道から少し外れ、良さそうな場所に野宿をする準備を始めた。

 かつて傭兵のような事をしていたため、こういった状況には慣れている。だが、急いで出てきた(逃げてきた)ため、セツの荷物は野宿をするのに十分ではなかった。


「これもすべてあの魔王のせいだ……」


 他人のせいにしたところで現状が変わるわけでもない。それに気づいたセツは、愚痴しかこぼさない口を閉じ、黙々と寝床作りに勤しんだ。


「あとは……焚き火だけど……」


 困った事にバッグの中には火をつける類の道具は入っていなかった。あまりにも焦っていたため、完全に頭から抜け落ちていたらしい。

 さすがのセツも、焚き火無しで1人夜を明かしたことは無い。夜は獰猛な獣が活発に行動し、さらには夜盗の危険もある。火とは野宿において必要不可欠なのだ。


「どっかに火打ち石でも落ちてないかなぁ」


「俺のマッチを貸してやろう」


「え? ありがとー! マジで助かったわクロウ……」


 ビシリ……ッ!

 もしも空気が固体になる瞬間があるとすれば、今がまさにその瞬間だろう。セツの脳裏ではこの恐ろしい状況に対応しようと脳細胞が未だかつて無いほど活性化しており、その内の幾つかは絶望的だとさじを投げた。

 正直、セツ自身も今の現実をすべて遠い彼方に投げ捨てたいという気持ちだった。

 だが、現実とは辛く厳しく、投げ捨てたりできないものだ。しかも目の前に魔王ことクロウがいるという現実は、おそらくどんな現実よりもどうする事もできないものだろう。

 その結論に至った瞬間、セツは――渾身の力を振り絞りこの現実クロウから逃げ出した。

 投げ捨てる事が出来ないのならば逃げればいい。安易ではあるが、一番正解に近いだろう。


「どこに行く気だセツ?」


「ひぃっ! なんで息も切らさず余裕の顔で追ってこれるんだよこの化け物!」


 正解に近いからと言って、それが通用するかどうかは別問題である。

 ちなみに、正解は「現実に立ち向かう」であるが、現実が負け確定のイベント戦である場合もあるため一概にそれが正しいとは限らない。今回はまさに負けイベントである。すべては、出会った瞬間に終わっていた。

 その後、セツはどんなに早く走っても、どんな所に逃げ込んでも、どんな攻撃を仕掛けても、常に隣に魔王が張り付いているという悪夢を一晩中見る事になる。


「逃げられると思ったか? セツ」


「いやあああああなにこのメリーさんんんんんん!!!!」


 セツよ。おそらくメリーさんの方がまだ怖くないはずだぞ。


【魔王の婚約者改め……逃亡者改め……魔王の獲物】完


次回は刹の双子の弟、木崎烈のお話をあげたいと思ってます。

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