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そのヒロイン、俺なんだけど。  作者: 週休七日


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5/5

今日は、こっち

六週間後。


 晴人の漫画が、新人賞の佳作に選ばれた。


 受賞の連絡が来たとき、俺は晴人の部屋で動画の書き出しを待っていた。


 電話に出た晴人は、最初の一分、ほとんど「はい」しか言わなかった。


 電話を切ってからも、スマートフォンを耳に当てたまま動かない。


「どうだった」


「佳作」


「うん」


「ウェブに掲載するって」


「うん」


「それから、連載用の企画を考えてみないかって」


 晴人が、ようやく俺を見た。


「律」


「何」


「連載だって」


 俺は立ち上がった。


 拳を差し出す。


 晴人も笑いながら拳を出した。


 二つの拳がぶつかる。


 次の瞬間、晴人が俺を抱きしめようとした。


 途中で止まった。


「これは?」


「確認すんな。勢いが死ぬ」


「じゃあ」


「今日だけな」


 晴人の腕が、恐る恐る背中へ回った。


 俺も、行き場を失った手を、あいつの服へ置いた。


 身体は、まだ慣れないことばかりだった。


 けれど、晴人に触れることへの戸惑いは、少しずつ、嫌ではない戸惑いへ変わっていた。



     *



 掲載された漫画で、読者から一番人気だったのはヒロインだった。


『言い方は可愛くないのに、行動がずっと可愛い』


『この二人の続きを読みたい』


『黄色いマグの動物は何?』


 感想を読み上げると、晴人は得意そうな顔をした。


「ちゃんと伝わってる」


「最後のは伝わってないぞ」


「猫だよ」


「読者はアルパカって言ってる」


「猫なのに」


 連載企画を作るにあたり、晴人は俺へネームを見せるようになった。


 俺の言葉を使うときは、必ず聞く。


 俺も、使われたくないことは使うなと言う。


 ヒロインは俺ではない。


 晴人が見た俺を材料に、晴人が作った、別の人物だ。


 だから、俺なら絶対に言わない台詞もある。


 それでいい。


 俺の人生より先に、漫画のヒロインが恋愛を進めそうになると、少し腹は立つが。



     *



 受賞祝いを兼ねて、初めての正式なデートをすることになった。


 身体は、まだ元に戻っていない。


 病院へも通っている。


 原因も、今後どうなるのかもわからない。


 昨日も、髪を結び直すだけで結構な時間がかかった。


 それでも、その朝、鏡の前で悩んだ理由は、以前とは少し違った。


 変ではないか。


 似合っているか。


 そして、あいつは、どんな顔をするだろう。


 そう思いながら服を選んだ。


 待ち合わせ場所には、晴人が先に来ていた。


 いつも部屋で着ているものとは違うシャツを着ている。


 こちらに気づくと、スマートフォンをしまおうとして、一度ポケットを外した。


 俺は笑った。


「緊張してんの?」


「してるけど」


 あまりに素直に認めるので、こっちが困った。


「……俺も」


 晴人が笑った。


 それから、いつもの拳を差し出した。


 俺はその前で、握っていた手を開いた。


「今日は、こっち」


 晴人が一瞬、止まった。


 その顔が見たかったのかもしれない。


 拳がほどけ、俺の手を取った。


 少し汗ばんでいる。


 俺も同じだった。


「手、汗かいてる」


「お前もだろ」


「漫画だと、こういうところ描かないな」


「描けよ。大事なところだろ」


 晴人は、真面目に頷いた。


 その顔を見て、俺はまた笑ってしまった。



     *



 歩き出してから、晴人が言った。


「律」


「何」


「もし、身体が戻ったら」


 つないだ手に、少しだけ力が入った。


 あの日、俺が一度だけ聞き、二人で答えを先送りにしたことだった。


「俺が好きだって言ったせいで、戻りたいって言えなくなるのは嫌だ」


「うん」


「戻りたいのか、このままがいいのか。まだ決めたくないのか。それは、お前が決めていい」


「うん」


「そのとき、俺たちがどうするかは、また二人で話したい」


 晴人は、俺の手を強く握りすぎない。


 いつでも離せるようにしている。


「男だったお前を好きだったのは、本当だから。戻ったら全部終わりだって、勝手に決めるなよ」


「そっちこそ」


「うん」


 俺は自分から、指を絡め直した。


「いまは、これでいい」


 晴人が笑った。


「可愛い」


「今日一回目」


「まだ二回言える」


「使い切ろうとするな」



     *



 デートの帰り、晴人の部屋へ寄った。


 冷蔵庫を開ける。


 卵。

 野菜。

 肉。

 炊いた米。


 そして、一番上の棚にプリンが二つ。


「成長したな」


「何が」


「プリンが夕飯からデザートに昇格してる」


「律に叱られたから」


「初対面の女に叱られたんじゃなかったのか」


 晴人が、少し考えるふりをした。


「初対面だと思ってた女の子に」


「女の子って言うな。恥ずかしい」


「可愛い女の子に」


「今日二回目」


 晴人は笑いながら、夕飯の準備を始めた。


 俺はいつもの黄色いマグを取る。


 晴人が振り返った。


「そのマグ、そろそろ新しいのにする?」


「何で」


「底、欠けてるから」


「まだ使える」


「そうだけど」


「それに、ここで俺が使うやつ、これだろ」


 晴人が、少しだけ目を細めた。


「うん」


 その返事が気恥ずかしくて、俺はマグの猫を指さした。


「ただし、次の漫画では、もっとキリンらしく描け」


「猫だから」


「まだ言うか」


 俺たちは夕飯を食べた。


 プリンは、ちゃんと夕飯のあとに二人で食べた。


 身体も、声も、これからのことも、まだわからない。


 けれど、隣にいるのは知っている人だった。


 俺はその人と、知らない恋を始めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作では、第一話に置いた小さな違和感を、正体当てだけで終わらせず、二人の関係そのものへつなげました。


差し出された拳は、友達だった二人の挨拶。

最後に開かれた手は、律が自分で選んだ新しい関係です。


黄色いマグは、晴人の部屋に以前から存在していた律の居場所。

プリンは、晴人の生活を律がどれだけ知っているかを示すと同時に、最後には二人で食べるデザートになります。


そして、漫画に残された空欄の吹き出しは、律自身の返事でもありました。


律は、晴人の告白へすぐ「好き」とは答えません。


身体が変わったから感じているものなのか。

以前からあった気持ちに、ようやく気づいただけなのか。


過去を都合よく恋愛の伏線へ変えず、わからないものはわからないままにしています。


それでも、


会いたい。

手を離したくなかった。

勝手に終わらせてほしくない。


いまわかっている気持ちだけは、自分の言葉で伝えました。


誰かにヒロインとして描かれるのではなく、自分の返事を自分で決める。


そんな律の物語として楽しんでいただけていれば幸いです。


なお、作中の《性転変異症》は架空の現象です。

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