狂気に満ちた夜
レインは確かな息苦しさと共に目を覚ます。
眠りについたことで少しだけ衝動が落ち着いていた。
テントから日の光が差し込んでいる。
もう一度眠り直そうとすると身体の上に何かがのしかかっている。それをレインが視認すると勢いよく上体を起こす。
「え?」
レインの上にはエルザが口から血を流して倒れていた。
(何でここにいる?いや、それよりもこの血!!襲撃を受けたのか!)
息はあるが血は既に固まっている。処置が遅れると手遅れになる。
レインはエルザの身体を床に寝かせて、身体の状態を診る。外傷はない。
ならば臓器に異常があるのかと思い、診てみるがそちらも何ともなかった。
(身体に異常はない。なら…なんでここにいる?)
昨日、エルザは王都で別れて宿をとったはずだ。
ひとまず、エルザを見たことによる衝動を抑えるために一度テントから出る。
するとレインは自分の身体への異常に気づいた。
「え?」
自分の服にも大量に飛び散っている。
(誰かに襲撃されたのか?)
レインは自分の体にある無数の小さな引っ掻き傷を見て思う。
レインの身体はアスモデウスの強化により身体や皮膚は強靭なものになっている。素人であれば剣で斬りつけてもレインが傷を負うことはない。
この引っ掻き傷は剣ではなく爪だ。
(これ…人か?まさか…)
そう思い、テントの中のエルザを見ると爪が折れている。レインはそれを見てエルザが自分に傷を負わせたのだと察した。
ひとまず衣服を洗うために近くの川辺に行くとレインは気づいた。水面に写る自分の姿。
そこには口元から血を流している自分の姿が写っている。
「え?」
口内を確認するが異常はない。
だが、口内に傷をつけられて出血したのだろうと予想はできる。
口内が無傷なのはアスモデウスの力で自動的に修復したからだろう。
ここまでされて起きなかったのは、夢でアスモデウスに渡された本を読み終わっていなかったからだ。
(エルザは何でここに来た?もしかして血を接種しに来たのか?)
それなら血まみれである説明もつく。
「…つまり、外皮に傷を作ってそこから血を接種するつもりだった。だがそれが出来ず柔らかい口の中を傷つけてそこから血を持っていったってことか…」
現場を見るにエルザは冷静ではなかったのかもしれない。引っ掻き傷などがつけられている点から見れば明らかだ。
一昨日の晩はジョーカーがいたので、血の輸血をしていなかった。もしかしたら耐えられなくなったのかもしれない。
(まさか…女性から襲われる日がくるなんてな…)
そんな事を考えて水で顔を洗おうとすると、自分の唇と重なるようなある血痕に気づいた。
(少しわかりにくいけど…これ)
「これは……キスをした内に入るのか?」
レインはボソリと呟いた。
◆
白い建物が都市全体に点在し、聖教信仰の象徴である大聖堂に町全体を見渡せる白くて巨大な時計台。
ここは王都から数キロ北東に離れた聖都だ。
この町では白色が信仰の象徴とされているため、行き交う人々の服装は白に統一されている。
他の町や国から来た人々にとっては異様な光景だが、ここが今王国で最も洗練された都市と呼ばれている。
そこに金髪でフードの下に暗い顔をした男が裏路地に入る。
男は周りに同調するために来ているこの白い服が本当に嫌だった。
そんな男は裏路地で1人の男に声をかけられた。
「久しぶりだなレント…。随分と力をつけたな。」
「今の僕はオルストンだ。こんなところまで何しに来たんだ?【傲慢】…」
オルストンは傲慢と呼んだその男を睨む。
「折角会いに来てやったんだ。もっとありがたがれ…」
フードの下からその男は不敵に笑った。
「余計なお喋りをしに来ただけなら行かせてもらうよ。」
そう言って、オルストンはその男の横を通りすぎる。
「待てよ…。俺はお前にプレゼントがあってきたんだぞ。」
そう言って、その男はオルストンに2つの魔導具を渡す。
「これは【崩玉】と【黒き聖杯】。」
「お前がやろうとしてることには勝算がある。だから付き合ってやろうと思ってな。」
「俺が何しようとしてるかわかっているかのような口振りだな。」
「ああ。当然だ。」
男は涼しい顔でそう答える。
(こいつは昔から本当に気に入らない…。)
「後、お前…。時々はこっちに顔を出せよ。」
男はオルストンに対してそう言った。
「無理だよ。僕は聖教に追われている身だからね。リズベルに会いたくて会いたくて仕方ないけど、これでも我慢しているんだ。」
「とぼけるな。今のお前なら可能なはずだろ?」
「可能なものか…」
「いや、可能なはずだ。だってお前は【色欲】といるだろう?」
(こいつ………。一体どこから!?)
オルストンは動揺を悟られないように平静を保つ。
「【色欲】を探すように依頼したのは俺だからな…。経過観察くらいはするさ。」
「………」
オルストンは無言で男を見る。
オルストンは始めてレインと話した身の上話でいくつか嘘の証言をしている。
それを何故アスモデウスが言及しなかったのかは今もわからない。
「それで?こちらに引き込めそうなのか?」
男はそうオルストンに問う。
「無理だね。彼は人の下に着くような人間ではない。そして実力行使も難しいだろう。リズベルとタイマンで戦っても勝てるかどうかは不明だよ。」
「それほどか…。」
男がそう呟いた。
「彼を引き込みたいなら地道に交渉することだね。」
「安心しろ。今のところは何もするつもりはない…」
「それがいい。何もしなくても今回は君達の期待に沿った結果を出す。」
「何?」
「明後日、おそらく聖都は大騒ぎになるかもね。聖騎士が暗殺されるんだから……」
そう言って、オルストンから背を向けて離れる。
「なら、楽しみにしてるぜオルストン。」
そう言って男は反対方向に歩き去って行った。
◆
私は大変な事をしてしまった。
昨夜の私はどうかしていた…。
レインと別れて眠りにつこうとしたら、急激にレインが恋しくなり、レインへの吸血衝動が抑えられなくなった。
昨日はあの女がいたせいで血を接種することができなかった。
なのに…また!!今日も!!
もらえていない…。水分はとれているはずなのにこの渇きは中々な癒えない。
私はもうレイン無しでは生きていけないのだ。
私自身それを悟ってしまった。
思うところが全くないわけではないけど、血を与えてくれたことは感謝している。
それにより新たな力も手に入った。
数ヶ月前の私とは明らかに違うのだ。
だが、この渇きはどうにか出来ないものか…。
気がつけば上着を着て部屋を出ていた。
そこからは血への飢えを満たすことしか考えられなかった。
男の寝床を襲うなんて淑女としてはあってはならないことだ。
でも抑えられない。レインはアスモデウスの憑依下にある。だから私が逆に襲われる可能性もある。
でもそれでもかまわない。
そんな事を冷静に考えられる状況になかった。
寝ているレインを強く揺さぶるがレインは起きない。
いつも大量に接種出きるのはレインが血を私に注いでくれているからだ。だから起きてもらわないと十分な量を接種できない。
だが、いつも睡眠が浅いレインが珍しく起きなかった。
(こんな時に限って!!)
本来ではあり得ないことだが、私はレインの腕に被りついた。
だが、傷すら付けることができないほど固い。
その後は爪を使いレインの皮膚を引き裂こうとしたが、引っ掻き傷ができる程度だった。
私は荒くなっている息を必死に整えようとするとするが中々うまくいかない。
出血するレベルの外傷を与えられない私は剣を忘れて来たことを後悔した。
すると、レインの口に目が行った。
柔らかそう…
レインの唇に爪を当て、引き裂くとみるみる血が出てくる。
その血を指ですくい、舐める。
ああぁぁ……。美味しい……。
でも、出血した傷は直ぐに修復する。
これはアスモデウスの権能で肉体を爆発的に強化させ、自動的に再生させる能力だ。
本当に迷惑な能力…。
私は無我夢中で繰り返す。
でも……全然足りない…。
本当に私はどうかしている…。
でもこの衝動は抑えられない。
もっと…もっともっと…。もっと!!
ここまでやってもレインは起きなかった。
本当に妙だ。
なら…。
レインの口内を微力な魔法で切り、口が血でいっぱいになったところで唇をあわせて舌で口内の血を舐めとる。
じっくりとゆっくりと血を吸い上げる。
これでは私が痴女みたいだ。
本当に最低な女…。でも仕方ない。
レインは自分で了承したのだ。
責任を取って面倒を見ると…。
だから責任を取ってもらう…。
私の衝動が収まるまで…。
これでレインが起きる事を期待したが、全く起きる気配がない。
先程よりもマシだが、やはり足りない。
やはりレインの傷は修復するので私はこれをずっと続けた。
まだまだ満足はできていないが、そろそろ日が登ってくるころだろう。
そう思い、レインから口を離す。
そこから立ち去ろうとするが、私に強烈な睡魔が襲う。
立ち上がろうとしたところでレインの上に転倒する。
私の意識はそのまま途絶えた。
◆
私が起き上がると、レインはいなかった。
どこに行ったのか…。
この惨状をどう思っただろう…。
レインは我慢しているのに私がこんなことして情けない。
ひとまず、血にまみれた顔を洗いに行かなくては…。
そう思い、外に出るとレインが朝食を食べていた。
時刻としては昼に差し掛かっているような時間帯だ。
「お……おはよう!」
レインはそう言って、エルザを見る。
「お、おはよう…レイン。昨晩はごめんなさい。」
私は頭を下げて謝罪した。
「な…な、なんのことかわからないな…。」
「ほ、ほら…ぐっすり寝てたし…。」
(察してるでしょ。絶対…)
でも…そう言うなら…。
「そう?気にしないで。ちょっと謝りたい気分だっただけ…」
「そ、そうなんだ。まあ…そんな時もあるよね…」
何故だろう。さっきから全然目線が合わない。
それに顔が赤い…。発作だろうか?
いや、そうではなさそうだ。
なんと言うか少しよそよそしい…。
何かやったかしら?
昨夜のことをゆっくりと思い出す。
あ………。やらかした……。
私はつい頭を抱えてしまう。
よくよく考えたら私はレインの口に接吻しながら吸血した。
でもそれに気づく?
いや…昨日の痕跡は消せていない。
だから気付いてる可能性はある。
てか、それよりも…。
私のファーストキス…。
血の味か……。
フフッ…でもあれは美味しかったな…
私は妙な思考をしてると感じて頬をしばく。
音が響きレインがギョッとするように私を見た。
「何でもないわ…気にしないで」
「あ、ああ。…それよりもこれ。」
そう言ってレインは紙を1つ取り出す。
「ターゲットの邸宅。周辺の地形も調べてもらってるから目を通しておいて…」
「これレインがやったの?そんな時間あった?」
私は昨日ずっとレインと一緒にいたが、そんなことはしていなかった。
「いや?」
そう言って、レインは横を指差す。
その先にはレインの従魔である狼が数匹いた。
「え?マジ?そんな事できるの?この子達。」
「ああ…。ありがとうね」
レインは御礼を狼に言った。
「うん。」
(……?)
「レイン今何か言った?」
「いいや?彼らが言ったんだよ」
そう言って、狼を指差す。
「え?マジ?」
私は疑わざるを得なかった。
「マジ……」
狼の口からそう聞こえた。
それを聞いて私は絶句した。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




