教育
ブラッドレイ伯爵家を出た後は、リデルの自宅に向かう。
ほんの数ヶ月ぶりだが、なんだか懐かしく感じられた。
上品な木製の扉を開けて中に入るとアリスが駆け寄ってきてくれた。
「あ…レイン!!久しぶ……り?」
アリスはレインを見て、目を見開いて言葉を失う…。
「久しぶりアリス。どうした?」
固まるアリスにレインはそう言った。
「え…ああ…レイン久しぶり…。なんか随分変わったね。」
レインは妙なぎこちなさに疑問を覚えた。
「髪型のこと?髪が長くなりすぎたから、染めてもらった部分切ってしまったんだよ。」
レインの髪はアスモデウスの魔力の影響で急激に延びてはしまったので、染めた部分も切ることになってしまった。
「いや…それ以外にも顔つきとか身長とか雰囲気とかも」
「成長期だからね。」
レインはそう言って誤魔化した。
「成長期で済ませられるような変化なの?」
「俺も色々あったからさ…」
レインは目を泳がせてそう言った。
「……………」
アリスは無言になっている。
何かを考えてるようなのでレインはそっとしておいた。
その後は談笑しながら食事をした。
何故かいつもはよく話しかけてくるアリスが静かだった。
レインはそれに疑問に思っていると不意にアリスがフォークを置いた。
「どうしたアリス?」
リデルが心配になりアリスに問いかける。
「何か違う……」
「え?何が?」
レインがそう言うとアリスはレインの目を見て再度言った。
「何か…何か違う!!」
「どうしたんだよ。アリス?」
「だって…前は私を見るとすぐ顔が真っ赤になって恥ずかしそうにしてたじゃん!!」
(恥ずかしい!やめて!!)
「1人称も前まで「僕」だったじゃん!!それも「俺」に変わってなんか言葉遣いも荒々しくなってるし!!」
これは交渉事で「僕」という1人称だとどうも舐められてしまうようなので、エルザに矯正させられたのだ。
「こんなの不良よ…不良!!」
レインを見てアリスがそう叫ぶ。
(アリスってこんな感じだったっけか?)
レインはそう思った。
「それになんか落ち着きすぎてる。レインじゃないみたい!!」
(落ち着いてるか~。俺も大人になったってことかな!!)
それを言われてレインは少し嬉しそうにする。
「そう褒めないでよ。アリス…」
「褒めてない!!」
(褒められてないらしい…。やれやれどうしたんだ?)
「落ち着きなさいアリス。大人になったらこうなるものよ。」
母のセリカがそう言ってアリスを宥める。
「で…でもなんか……。悪魔に取り憑かれたのかってくらいの変わり用じゃない!」
(な…なんか鋭い…)
アリスの発言にレインは内心慌てる。
「アリス。失礼だよ。」
リデルは少しだけ怒気を含ませた声でアリスに言った。
「ごめんね。レイン君。」
リデルは即座にそう言った。
「い、いえ…気にしていません。」
レインに怒りはあまりなくそれよりも動揺の方が大きかった。
「今日はこのあたりかな…。見送るよ」
そう言って、レインはリデルと一緒に玄関に向かう。
玄関を出たあたりでリデルは言った。
「娘がすまなかったね。」
「いや…。何か気に障るようなことでもしたのかもしれないですね。」
レインにはこれに心当たりがある。それは先程のブラッドレイ伯爵家で言われた視線への不快感だ。
リデルはそれを聞いて首を振る。
「アリスもまだまだ子供だってだけだよ。」
「レイン君とはしばらく会っていなかったからね。あまりの変わりように動揺したというか、自分から離れてしまったのかと感じたのかもね。」
(そういうものなのか…)
「ひとまずアリスにはきっちり言い聞かせておくから、嫌わないであげてくれないか?」
「別に嫌ってはいませんよ。また来ます。」
そう言って、レインはエルザは帰路についた。
「なんだったんだ?ねぇ?エルザ…。」
アリスのあの反応に対してそう呟くとエルザはそれに反応した。
「私に聞かないで…あれは特殊なタイプよ。レインがあれこれ考えても仕方ないわ。」
(あれとはアリスのことだろうか。考えても仕方ない…。そういうものだろうか?)
(人間の心ってなんか複雑だね…)
レインはかつてアスモデウスに言われた言葉を思い出し、そう思った。
◆
レインはエルザと分かれて王都城門の外にいた。
今日はここで野営する。ベースキャンプは昼に王都に入る前に設営しておいた。
理由はアスモデウスの憑依による性的な衝動を警戒してのことだ。昼にも危ない瞬間はあったが何とか抑えられた。
だがレインは直感していた。昼に抑制した衝動は夜に暴発するような気がしていた。
ここは人通りが少ない。ならばここで暴走しても何とかなりそうな気がする。
レインはそんな気がしていた。
「おーい。みんな!!食べろ食べろ!!」
そう言って、王都で買い込んだ肉を一斉に与える。
幻覚魔法で姿を隠しているが、ここにはジェットウルフ10匹、ヒドラ、大きめのサイズになった月光丸がいる。
本来は餌を直に与える必要はないが、1日に一度は会って餌を与えるようにしている。魔物調伏をより強固にするためだ。
ジェットウルフにはいつもより少し多めに餌を与える。
彼らはとてもよく働いてくれた。
明日の夜に決行する暗殺。そのターゲットである聖騎士が集うイノケンティス邸の偵察だ。
これにより邸宅内の構造を把握することができた。
それを書いたのがこの見取図だ。これはジェットウルフが書いたものだ。
真っ直ぐ書くことができずに所々、線が曲がっているが、内部を理解するには十分だ。
そんなジェットウルフにアスモデウスの権能で得た肉体操作を使用する。現在レインの前には十体いるうちの1体に近づき、喉に手を当てる。
一番始めに変えたいのは声帯だ。そこに人間の形にそっくりなものを作る。
(よし……)
「今から言う言葉を繰り返して…」
レインがそう言うとそのジェットウルフはコクりと頷く。
「こんばんわ!」
「……こんわぁんわ…」
(いいね…。)
もう一度言う。
「こんばんわ!」
「こんわんわ」
(いいじゃん!いいじゃん!凄いね!!)
レインは今いるジェットウルフの全員の声帯を変えて発声の練習をさせた。
ひとまず、日常的な会話をできるようにしたかった。
しばらく続けているとレインは自分の体が汗でびっしょりになっていた。
(ハァ…ハァ…ヤバい…。)
レインの全身が熱くなり、発作が起こった。
レインは解散の合図を出し、目の前にいる月光丸を含めた全員をトライザントのログハウスに戻るように指令を出した。
尋常ではないフラストレーションがレインを襲う。
レインは寝袋に横になってその衝動に耐える。
身体は全身赤くなっている。
(苦しい……。何だこれ…。それにイライラする。)
レインは息切れしながらそう思った。この苦しみは身体に害をもたらすものではないのは分かっている。
発散できないフラストレーションに耐えられなくなり、レインは自分自身の首を締めおとしてそのまま失神しながら眠りについた。
◆
「苦しそうだな…」
(最悪だ…。)
レインはアスモデウスを見てそう思った。
姿は前回見た姿と同じだ。
白色の髪に赤い2本の角を生やしている。
その赤い瞳がレインをじっと見据えている。
ただ…前回とは違うものがある。
それは周囲の景色だ。前回は白い靄のようなものが周りを囲っていた。
だが今は違う…
周囲は赤色に染まり、血管のようなものが周りに隅々と張り巡らされており、音を立ててドクドクと音を立てて動いている。
落ち着けるような空間ではなくなっていた。
(本当に最悪だ…。)
だがレインが最悪だと思った理由は別だ。ここに来ても強烈なフラストレーションから解放されていないことだ。
だが…夢の中、もしくは意識の中だからなのか人体の感覚はない。それ故に息切れを起こすことはなかった。
「何の用だ?アスモデウス?」
「随分と素っ気ない反応じゃないか。私の権能かなり使っていたというのに…」
「アスモデウス。力を使う上でのデメリットを俺に言い忘れているんじゃないか?」
「お前の言いたいことはわかる。昼に女達に言われていた。視線のことだろう?」
「ああ…。そうさ」
「デメリットではないな。」
「何?デメリットだろう?あれは…」
「違うな。あれは私の強化を受けたお前を見て、奴らが勝手にそう解釈しただけだ。お前自身に害はなかっただろう?」
「いや…何というか。あんな感じで退かれるのはデメリットだろう?」
「全員が全員ではないだろう。十人十色。物事の捉え方も人それぞれ違うものだ。偶然奴らがそう感じただけだ。」
「それに…今退かれてるって言ったな?」
「ああ…。」
「なら、何故エルザはずっとお前の側にいた?
「それにセシリアは何故お前の視線を真っ正面から受け入れられた?」
「それはお前のそれをそこまで問題だと思ってないってことだ。」
「いや!だがそれでも…」
するとアスモデウスはレインの口の前には手を開き、発言を遮った。
「議論をしてやってもいいが、今日の本題はそれじゃあない…」
真剣な顔をしてアスモデウスはそう言った。
レインは息を吐いて問いかけた。
「なら、今日の本題は何だ?」
「レイン。いや…レイスよ。お前は昔から父親から暗殺者になるべく、最高の教育を施されてきた。だが…その教育は酷く偏ったものだった。そうだな?」
「それがどうしたんだ?」
「だが…暗殺や魔法に関する知識以外はほとんど持ち合わせていない。家を出てある程度知識はつけたようだが、まだまだだ。」
「何が言いたい?」
「喜べ…。私から知識を授けてやる」
そう言って、アスモデウスは1つの本を差し出してきた。表紙くすんだ赤色になっている本だ。
見てわかるとおり、かなり年季の入っいる。
「これを全部読んでくれ。必ずお前の今後の助けになるだろう…。」
「俺の助けに?」
「ああ。」
「それなら…わかった。」
そう言って、レインは本を受け取る。
「この夢はそれが読み終わるまでは覚めない」
「ちょっと待て!何故そこまで読むことを強制する?」
レインはアスモデウスの行動に違和感を感じる。
「じゃあな…」
その理由には答えずにアスモデウスは姿を消す。
レインはその本を開くと絶句した。
ここまで感じていたフラストレーションが大きくなり、イライラに変わっていく。
「アスモデウス!!何だこれ!!?」
姿を消したアスモデウスにレインはそう叫んだ。
「何って…。これまで私が数千年かけて学んできた性知識の全てだ。ちゃんとリアルな図にして解説しているからわかりやすいだろう!!」
姿を見せることなく、アスモデウスは空間に声を響かせる。
「ふざけんな!!何でこんな状態の時にこんなものを見せる!!」
「レイスよ…こんな時だからこそだろう?お前の情欲の感情を味わいたいからだ。今日のお前はつまらん…。」
「でも私は思ったのだ。衝動を行動に移せないのはその知識がないからだと!!」
「お前…前々回の憑依者がそれでとんでもないことになったのを忘れたのか?」
レインは当然の意見を言った。
「お前は逆に抑え込みすぎる。それでは私が美味しい思いをできないだろう?」
「この……」
「お前が何を思おうが勝手だが、お前はその本を全て見ることを了承しただろう?潔く勉学に励無がよいぞ~」
「アスモデウスゥゥゥ!!!」
「覚えておけよレイス。悪魔と言うのはこういうものなんだよ。」
(く……。)
レインは結局諦めて本を読み始めた。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




