変化
「妙な事考えてる?」
セシリアが剣を振っている。
その姿を遠くから見てるレインにメイドのシーラはそう言った。
「俺の事を何だと思ってるんだ?君がうるさいからこんなに遠くで見てるんだろ?ちょっとは信用してもいいんじゃない?」
レインはシーラと目を合わさずにそう言った。
「まぁ…。言ったことが行儀よく守れるならさっきのゴミ虫よりはマシかもね。」
相変わらず口が悪いが、これは自分のことではないとレインは思った。
レインはここまで侮辱されても、感情的になることはなかった。
悲しいことにレインはこういった扱いには馴れていた。社交会などに出席してしまった時にはこんな言葉を浴びせられることが多かったからだ。
レインにとってはこれが貴族社会の普通だ。
「さっき…って…。俺の前に来てた人?」
「ええ…。お嬢様に婚約を申みに来たんだけど、随分と下品で行儀の悪い奴だったわ。断ったら八つ当たりして帰っていったわ」
(終わってる……)
「親の階級は?」
「伯爵よ。あれが伯爵の子息なら世も末だわ…。」
それにはレインも同意したい気分だ。
「貴族というのは大体あんな感じだよ…。」
「あんたはもしかして元貴族?」
「そうだよ。でもあまり詮索はしないでもらえると助かるな。」
レイス(レイン)について知られていないならそれに越したことはない。
「何で?もしかして訳ありって感じ?」
「うん。だから俺の事が気になって仕方ないかもしれないけど許してほしいね…」
特に何の感情も入れずにレインはそう言った。
「自惚れんな。」
そう言って、レインにタイキックを思いっきり叩き込む。
セシリアはエルザと模擬戦をしようとしていたので、レインは意に介さずそれを見ていた。
「!!!」
シーラは目を見開きながらレインを見た。
「何か?」
シーラの視線を感じてレインはそう言った。
「お尻に鉄でも入ってるの?」
「何を言ってるんだ?そんなわけないでしょ?」
レインがそう言うとシーラは舌打ちをする。
「まあいいわ…。それよりもっと近くで見ないの?」
「え?さっき近づくなって言ってなかった?」
「ジョークよ。気にしないで」
(全く…何なんだ?)
レインはそう思ったがひとまず許しがでたので、近くで見ることにした。
そんな時少し懐かしい匂いがしたので、横を見る。
レインが貸し出したジェットウルフが山積みになった肉を満足そうに食べている。
なぜか自分といる時よりもイキイキしている気がする。
(これが…財力の差か…)
与えている肉の量を見てそう感じた。
レインはそれを見て少しセンチメンタルな気持ちになった。
模擬戦を見ているとシーラが話しかけてきた。
「あれ…本当にエルザ?」
「そうだよ?」
エルザの動きや技術、魔力量などはレインと合う前とは別人のようになっていた。
「どうしたら、人間あそこまで変わるんだ?」
レインはその呟きには答えず、じっと見ていた。
◆
「なんか…自信がなくなってきたわ…」
円卓のテーブルで紅茶を飲みながらセシリアはそう言ってきた。
セシリアはエルザに一度も勝てなかった。それが少し尾を引いてるようだ。
「まあ…こんなもんでしょう?よくやれていた方だと思うけどね。」
「そう…」
「実践は経験を積んでいくとして、技の覚えは早いように思うからこの調子で頑張っていこう。後はこれをできるようにしておいて」
そう言って机に置いたのは束ねられた紙だ。
「爺さんの技をマスターする上で習得しなければならない魔法だ。」
「ありがとう…。」
レインから紙の束を受けとるとセシリアはそれを1つ1つ見ていく。
「こっちは何とかなりそうね。」
そう言って、紙の束をテーブルの端に寄せる。
魔法は才能によってある実力差が出る。
書面に写した魔法が出来そうだと言うことはやはり素養があるのだろう。
「レイン。お前は普段どんな仕事してるんだ?」
セシリアは不意にそう言った。
「うーん。色々かな?商会に卸す商品を作って売ることもあるし、人に言えないような裏の仕事をすることもある。」
「裏の仕事?」
セシリアは事情に疎いのかレインに聞き直した。
そして、カザエルはレインの個人的な事情に関してセシリアに一切話してないことがわかる。
「人を殺す仕事だよ」
それを聞いてセシリアの目が見開かれる。
「どうしたの?」
「いや…何でもない。気にするな」
「もしかして、殺して欲しい人でもいるの?」
「…………」
レインの言葉を聞いてセシリアは黙りこくる。
「1つお尋ねしたいのですが、貴方はどこまでできるのですか?」
レインにそう聞いたのはシーラだ。さっきまでタメ口だったが、セシリアの前だからか丁寧な口調でそう聞いた。
「どこまでって言うのは?」
「聞き方が悪かったですね。どんな相手でも殺せるんですか?」
「どんな相手でもってことはないけど、そうだね…」
レインは考えこむような顔をして返答する。
「仮にこの国の国王を暗殺してほしいって言われたら多分できる。」
セシリアとシーラの目が見開かれている。
「本気で言ってるの?」
シーラはレインにそう言った。
「仮に…って言っただろ?実際にするわけではないからね」
「いや…。それはわかってるけど、無理とは言わないのね」
(ちょっと話しすぎたか……。)
レインは2人の反応を見てそう感じた。
「少し長居し過ぎたかな。そろそろ行くよ。」
レインは夕焼け色に染まった空を見てそう言った。
「まあ待て…まだ話は終わっていない。」
セシリアはレインにそう言った。
立ち上がりかけたレインはもう一度椅子に腰をおろす。
「レイン。お前戸籍が欲しくないか?」
「それは是非とも欲しいね」
「なら、うちの使用人にならないか?」
「お嬢様。冗談ですよね?」
「いいや?本気さ…。今、使用人はシーラだけだろう?父上が死んでからほとんどは辞めてしまったからな。」
貴族は戸籍のない奴隷を使用人にしたりすることが多く、その過程で戸籍などを取得することができる。
「ですが…」
セシリアの決定にシーラが渋る。
「それに…露払いは必要だと思ったからな…」
「露払い?」
何のことかわからず、レインは聞き返した。
「最近婚約の申し出が多いんだよ。」
「それはいいことじゃあないの?」
「本来はそうなんだが、どうにも良からぬことを考えてる奴らばかりでな…」
苦笑いをしながら、セシリアはそう言った。
「というと?」
「本来今のブラッドレイ伯爵家に力はなく、政治的に利用価値はない。それなのに婚約を推し進めてくるのはどうしてだと思う?」
「ごめん…わからん。」
普通に考えたらセシリアの事が好きなのだろうと思うけど、どうもそういう感じゃないようだ。
「それはこの家の財産であったり、剣聖になることが目的なんだ。それは私の望むところではない。お前ならそれはわかるだろう?」
カザエルはレインを剣聖にするために元々婚約のお願いをしてきた。あの時、セシリアはそれに反発した。だからこれは当然の事だ。
「うん。」
レインは事情を知っているのでそう言って頷いた。
「だが、使用人が1人しかいない名ばかりの貴族。それが今の私だ。それに2人とも女だ。」
確かにここにいるシーラ以外使用人が見当たらない。
「だから舐められるし、向こうもつけあがるんだ。私はそれが我慢ならない。」
セシリアはチラリと横を見る。
「お前が寄越したアイツらのおかげで暴力的な輩には対処できている。」
レインの送り込んだジェットウルフは良い仕事をしているようだ。当然言えば当然だ。
ジェットウルフ達は魔導具のおかけでレインの幻覚魔法を一部使用できる。
(なるほど…俺はあくまで使用人の数合わせってところか?)
レインはあまり長時間拘束されるのは好きではなかったので、別の対策を考える。
「俺を使用人として雇うのは手段で目的は婚約といいつつ、自分の家のものを狙う人間に対処したい。これで合ってる?」
「ああ。」
「逆にマシな奴はいなかったの?」
セシリアはそれで顔を横にふった。
(本当にオワッテル…)
「そもそもまともな貴族は婚約の話など持ち込んで来ない。」
(まぁ…そうかもしれない。なら…)
「相手の家柄とかはこだわる?」
「いや?もうそこまでこだわっていない。」
「というかそもそも結婚とかは剣聖になってからだと考えていたからな…。」
「なら、適当な奴を捕まえて疑似的に婚約させるのはどうだ?それで適当なところで婚約破棄させって感じにしようか」
今のレインなら力のない人間であれば、精神を操り言うことを聞かせることくらいは可能だ。
「適当な要素が多いが、最善かもしれんな。」
「なら…任せていいか?」
「任せてくれ。男爵か子爵クラスの令息で言うことを聞かせられる人間を連れてくるよ。」
「違う。そうじゃない…。」
セシリアはそう言って、レインを指差して言った。
「お前がやれ。」
「え?」
「え?って何だ?お前が言ったんだろう?」
「俺とは白紙になっただろう?」
それはカザエルに最後に会ったときに聞いている。
「確かに白紙にしたな。でも今のお前はしっかりわきまえてるし、わかってるだろう?私の事情を」
「いけません!お嬢様。コイツに婚約者なんて肩書きもたせたら、何されるかわかりませんよ!?ほら!!今もお嬢様の事をいやらしい目で見てます!!」
シーラはセシリアの意見を目を見開いて反論した。
「レインが私の事をそういう目で見てるのは会った時からずっとだ。」
(マジかよ…。え…?そんな目してた?)
「でも…コイツは言動に移していない。そうだろう?」
「…………」
「それにレインを私に推薦したお爺様の手紙も保管してある。関係を疑われても上手く丸め込めるだろう。」
(自分で言っといてあれだけど、婚約破棄前提の婚約か…。不自由だし、面倒事の匂いしかしない…。それにこの様子だとロマンス的な展開も期待できない。)
レインは他人に押しつけようとした癖にそんな事を考えていた。
「そんなめんどくさそうな顔をするな…。これは仕事だ。それに謝礼も出す。」
「具体的に何をすればいい?戸籍もないけどいいの?」
「戸籍は一旦うちの使用人として取得する。でも基本的にはやることは何もない。呼んだ時に来てくれればそれでいい…。」
「わかった。そのくらいならいいよ。」
レインとしては仕事がそこまで増えないなら文句はない。
「お前自身の行動をあまり束縛するつもりはないが、仮に恋人ができてもその関係を見せびらかすような事はするなよ。」
「それは大丈夫。元々俺自体が表を堂々と歩ける人間じゃないから…」
「大丈夫なのか?それ!?」
セシリアは驚いたように言った。
「大丈夫だよ。対策はできている。」
そう言ってレインは自分の顔を手で覆う。
アスモデウスの権能を使い細胞を変形させていく。
「レイン…あんた…。」
レインの顔を見たエルザは目を見開きながら、声をあげた。
「確かエルザと会ったときはこんな感じだったけね?」
その顔はアスモデウスの魔力を入れる前のレインのものだ。
「それ…?若返り?」
エルザはそう呟いた。
「若返りとは少し違うかな…。顔の細胞を変化させただけだし…。残りの寿命とかも延びてはいないよ。」
レインは再び自分の顔を元に戻した。
「今はこのくらいしかできないけど、今後は顔を別人に変えれるように頑張ってみるよ。」
「どんな魔法なんだ?それ…」
セシリアがそう言ったが、レインとしてはこれを教えるわけにはいかない。悪魔であるアスモデウスの能力だからだ。
「企業秘密さ。」
「レインのくせに生意気…。」
ボソリとシーラはそう言った。
(よくわからないけど、コイツの悔しがる顔を見るのは気分がいいな。)
そう思ってレインはシーラに対して不敵な笑みを見せる。
シーラはそれに対して舌打ちした。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




