ジョーカーの歪んだ愛
今はジョーカーと呼ばれている私は神聖ブルガリア王国の男爵家の元令嬢だ。
本名はジュリエット=ウォーカー。
裕福な家ではなかったが、男爵家に生まれてそれなりに平穏無事な生活を送っていた。
剣技に優れていたため、将来は騎士団への入団を親からは期待されていた。
毎日、修練に明け暮れていた私は常日頃から思っていたことがある。
(退屈だ……。)
この感情は年数が経つにつれ、どんどん大きくなって言った。
ある日、修練が退屈だとそう思ってしまう理由がわかった。
それは命の危険にさらしていないからだ。
木剣での試合、模擬戦。これはおままごとだ。
だから実感がいまいち湧いてこないし、成長もしない。何より…ドキドキしない。
この命をかけた戦いの体験をどこで得られるか。
それを考えたところ、魔物と戦うのが一番だと考えた。
死んだらどうする?
そんな不安はなかった。ドキドキしない日常は私にとっては死んでるのと同じだった。
神聖ブルガリア王国で魔物がいる場所は立ち入り禁止のトライザントしかない。
そこで私は武者修行として、自由国家オリビアに渡ることにした。家には手紙を一つ置いて出ていった。
自由国家オリビアはハンターと呼ばれる人間達が魔物と戦い収入を得ている地域だ。オリビアは騎士団というものが存在せず、国の防衛戦力はハンターが担っている。
このハンターの良いところは自分で自由に依頼をこなし、収入を得られることだ。
正直なところ私は騎士団に入るのが嫌だった。
なにか自分の性に合わない気がしていたからだ。
それもオリビアに来た理由の1つだ。
オリビアに移り住んでから、自分の感覚が正しいことに気づいた。
日々、クエストに出る魔物や盗賊と命のやり取りをすることに自分がレベルアップしていくのを感じる。
お互いの命をかけたやり取り。そしてそれに勝利していくことが最上の喜びだった。
負けた時の不安も自分にとっての興奮材料の1つだ。
体の四肢を食い殺されるのかな?
男達に回されてレイプされちゃうのかな?
そんなリスクに自分をさらすこと。そしてやられる自分を想像するのがとても興奮する。
まぁ…。結局、負けることなんてなかったんだけどね。
対人の仕事を多めに引き受けるようになった理由は単純だ。そっちの方が相手の感情がわかるからよりドキドキするのだ。
数年経ったときには、A級1位のハンターになっていた。
あまり魔物討伐の依頼を受けていなかったのに思いの外早く昇進した。
次は最高位ランクであるS級だ。
このレベルになるとこの自由国家オリビアにおいての最大戦力となる。
そんな時、私にある依頼が届いた。
これは非正規の依頼だ。報酬は破格だが難易度がかなり高い。
その内容はオリビアに在籍するS級ハンターの殺害。
オリビアと敵対するどこかの国からの案件だろう。
本来であれば受ける必要のない依頼。
だが、私よりも遥かに格上の相手。
S級の実力を確かめる良い機会に巡り合えた。それに私はこのドキドキを抑えることができなかった。
だが……。私はここで始めての敗北を喫してしまう。
その女剣士に私の技は一切通じず、一方的に蹂躙された。
『殺気が出過ぎなんだよ。お前は…』
横たわっている私に向ける目は今でも忘れない。
まるで私を敵だと認識していないかのような、遥か天から愚民を見下ろすかのような目だ。
あれはとても興奮した…。願わくば唾でも吐き捨ててくれて良かった。
私を殺す価値がないと判断した彼女は私の事を気にかけずに去って行った。
この出会いは私の価値観を変えてしまったのだ。
私は彼女を御姉様と言って、衝動的に追いかけ回すようになってしまった。
◆
レインは傭兵団のアジトに到着すると意外にもあっさりとボスに会えることになった。
「やあ~!君がレインか。私のラブコールを受けてきてくれたの?」
手をヒラヒラと振りながら、レインを見てそう言った。
レインはそれを聞いて、目を見開いたが少し考え込む。
「ラブコール?そんな素敵なものは受け取った記憶はないんだけど…」
それを聞いたジョーカーはクローバーを見た。
クローバーは溜め息をついて、レインに声をかけた。
「よお!久しぶりだな。レイン。何か少し大人びたな…」
クローバーは何気なくそう言った。
「成長期だからね」
「まぁ……。そんなもんか。」
クローバーは少し疑問に思ったが、スルーした。
「前、うちに来ないか誘っただろう?それのことだ。」
「あ……ああ。それのことか…。」
レインはジョーカーを見て少しがっかりする。
「お姉さん。それはラブコールではないよ。情熱が足りない」
やれやれと言いたげにジョーカーを見る。
「随分とがっかりそうな顔をするじゃないか?私が直接行きたかったんだけど、どうにも忙しくてね…」
溜め息をつきながら、ジョーカーは言った。
「それは別にいい。お姉さんが来ても俺の答えは変わらないからね。がっかりしたのはね……。」
「いや…何でもない。」
レインは話を脱線させないために言葉を途中で止める。レインにはここに来た明確な理由がある。
「え~?そんな事言われると気になるじゃん!?」
椅子にもたれ掛かってジョーカーはそう言った。
「ラブコールって言われたからお姉さんが俺に異性として興味があるのかと思って期待したんだけど…どうやら違うみたいだからさ…?」
「レイン君。ラブコールって言葉は団体に勧誘するときにも使う言葉だからね。向こうの言ってることは適切なんだよ。」
オルストンはレインに対してそう解説した。
「なんか難しいよね。言葉って…」
レインはがっかりしたように、そう呟いた。
「フッ!アハハハハ。やっぱり面白いね!君」
そう言って、ジョーカーはレインに近づいていた。
「ねぇ…レイン。もし…私が付き合ってあげるから仲間になってって言ったら、どうする?」
「…………」
レインはジョーカーという女性を観察する。
年齢はエルザと同じくらいだ。スラッとした健康的な体型に顔は切れ長な目が特徴的だ。
(うん。…とても綺麗だ。それにイタズラっぽく笑う表情もなんか…いいよね)
レインはジョーカーの目を見て答える。
「悪くはないね。…ブヘッ!!!」
レインが回答した瞬間にエルザはレインの頭部に手刀を食らわせる。
その衝撃で膝から崩れ落ちる。
「お…うぅぅぅ。」
レインは頭を抑える。エルザの攻撃は最近威力が上がっている。
そんなエルザの攻撃をもろに食らって崩れおちる。
「冗談言ってないで、早く要件を言って…」
エルザが溜め息をつきながら、レインに言った。
「ごめんって…。」
レインはそう言って、頭を抑えながら立ち上がる。
「何ぃ~?話って?ラブコールならいつでも受け付けてるよ?レイン。」
ジョーカーは指をクイクイとしてレインに言った。
「ジョーカー。話が進まないから、黙ってもらえる?」
エルザがそう言って、ジョーカーを睨む。
「エルザ。久しぶりだね~。少し見ない間に随分と荒々しくなったね~。」
「いいね!実にいいよ!!」
ジョーカーは目を細めてエルザを見た。
「それはどうも。てかさ…。こんな話してるけど、あんたら私達を追ってたんじゃないの?」
エルザは彼らはが攻撃して来ないことに疑問に思ったのだ。
「いいや?ま…他の奴らは追ってるみたいだけどね?」
「どういうこと?」
「私達は【獅童会】と【ナイトメア】の護衛をしているだけさ。率先して君たちを追うことはない。」
「今の状況を見ると護衛しているとは到底思えないけどね。」
今傭兵団の幹部全員がゲームに興じている。
緊張感の欠片も感じない。
「ちゃんと団員を送ってるよ~。攻めて来ないのに、守ってても仕方ないだろう?」
「あ……そう?もし私達が【獅童会】と【ナイトメア】とやり合ったら、貴方達はどうするの?」
「そこは君たちとやりあうしかないだろうね~。あまり弱いもの虐めは趣味じゃないんだけど…」
明らかに挑発的な表情でジョーカーはエルザを見た。
「一応言うけどその依頼、降りてもらっていい?」
エルザは少しトーンを落とした声で言った。
「そうしたいけど……。もう受注しちゃったからさ。諦めてもらえる?」
ジョーカーとエルザはお互いに視線を外さない。
レインはここまでやり取りをずっと見ていたが、タイミングはここだろうと思い、自分の持つ最強の従魔の名前を呼ぶ。
「ヒドラ。」
レインがそう言った直後に建物の外から大きく低い鳴き声が轟いた。
それを聞いたダイヤとスペードが椅子から勢いよく立ち上がる。
「おいおい。まさか…」
ダイヤがそう呟いた直後に建物にずしりと大きなものが乗った音がする。
全員が上を見ると天井がみるみる溶け出し、3つの頭をもつ竜が姿を表した。
「おいおいおい!!!何だよあれ?」
クローバーが戦々恐々として、叫んだ。
「あれはヒドラだ。脅威的な猛毒と再生能力を有する竜だよ。」
クローバーにスペードがそう説明する。
それを見て、エルザはもう一度ジョーカーに向き直る。
「ジョーカー?もう一度聞くわよ。この件からは手を引きなさい?」
周りは戦々恐々としていたが、ジョーカーだけは落ち着いていた。
「大したもんだね。自由国家オリビアでも魔物調教をできるやつはいたけど、竜を従魔にしてるやつはいなかった。」
「でもね。テイムも万能な能力というわけではないの。」
ゆっくりと刀の柄にジョーカーは手を置いた。
(これ……来るな。)
レインはジョーカーが放つ殺気を見逃さなかった。
ジョーカーはで鞘から刃を抜き放ち、雷のような速度でレインを一太刀で斬り伏せた。
「調教師が戦闘不能になると、従魔は主に襲いかかる習性がある。」
しかし、斬ったレインの姿は霧になって霧散した。
「は?」
ジョーカーは声を上げた瞬間、首もとに強烈な衝撃を受けた。
地面に片膝をついたジョーカーが頭を抑える。
(う……頭が…。脳を揺らされた?)
ジョーカーは顔をあげるとレインがジョーカーを見下ろすように立っている。
ジョーカーはヨロヨロと立ち上がり、レインを見る。
「やるじゃん…。レイン…。」
「別にそうでもない。殺気が出すぎなんですよ。貴方は」
(……………)
ジョーカーの脳内である記憶がふと蘇る。
これはジョーカーが始めて敗北を喫した。
自由国家オリビアに在籍する【S級ハンター】に言われた言葉だ。
「ヒドラ…。お前は手を出さなくていい。」
レインは手を上げて、そうヒドラに指示を出す。
「来いよジョーカー。少し遊んでやる…」
(はあぁぁ…。こんな良いもの食らってそんなこと言われたら、濡れちゃうよ…)
そんなことを考えながら、ジョーカーはゆっくりと立ち上がりレインを見る。
「遊んでやる……ねえ?」
ジョーカーの顔が紅潮し、口が自然に大きくにやける。
(こんなに感情が高ぶるのは久々だよ♡貴方は私をどう料理してくれるの?)
「なら……いっぱい遊んでね!!!」
ジョーカーはそう言って、レインに攻撃を仕掛ける。
ジョーカーは自身の身体と剣を炎に身を包み、加速する。
炎と風の魔法を併用した攻撃をレインに浴びせる。
しかし、レインにその攻撃が直撃することはなかった。
(さすが♡…私の攻撃が全然通じない!)
そんなことを考えていたジョーカーにレインの攻撃が直撃する。
「うっ!!」
レインの蹴りがジョーカーの脇腹に直撃し、吹っ飛んだのだ。
(肋骨何本か逝っちゃったかな…。)
倒れているジョーカーにレインが近寄ってくる。
(その目…良い!!格下を見るような目だ。)
ジョーカーはレインを見上げる。
「ごめん。遊んでやるっていったけど、やめておくよ。あんまりいたぶるのは趣味じゃないからさ…。」
(早く終わらそうとしないで!!もっと…もっといたぶって!!)
「うぐっ!!!」
ジョーカーの両腕に触手状に変化した血液が突き刺さる。
「「ボス!!!」」
そう声を上げたのはスペードとダイヤだ。ジョーカーに加勢しようとしている。
「来るな!!」
ジョーカーの声にスペードとダイヤが止まる。
「これはタイマンだよ。」
ジョーカーは手でスペードとダイヤを制した。
「安心してよ…。もう勝負はついたから…」
レインはそうクローバーとダイヤに声をかけた。
(え?……身体が動かない。)
「ねぇ…。エルザの提案受けてくれる?」
レインはジョーカーにそう問いかけた。
「何を言ってる?受けるわけ……はうぅぅ!!」
(何これ?これって精神を侵されてる?ちょっと待って!!それは……心の準備が出来てない!!!)
「はぁ…はぁ…。わかった、わかったから…。言うこと聞くから…。もうやめて……」
ジョーカーは異常に紅潮した顔で言った。
そう言うと、突き刺さった血液はレインに戻っていく。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
ジョーカーが息切れしてる様子を見て、レインがジョーカーの身体を起こす。
「ごめんなさい…。やり過ぎました」
レインはそう言って、ジョーカーに謝罪した。
「問題ない…。」
ジョーカーはゆっくりと立ち上がり、椅子に腰を下ろす。
「レイン達の椅子。用意してあげて…」
ジョーカーがそう言うと、新しい椅子をスペードが持ってきた。
◆
話し合いの準備が出来たところでジョーカーが切り出した。
「それで?私達はこの件から手を引けばいいの?」
「それでいいよ。ありがとうね。」
レインは笑って頷いた。
「いいよ~。全然。他にやって欲しいことある?」
ジョーカーはにこやかに笑いながらそう言った。
「ジョーカー。随分と協力的ね。」
エルザは訝しげな目をしながらそう言った。
「レインの頼みだからね~。これ特別だから…。」
ジョーカーはレインにウィンクする。
「ありがとう!」
レインはそう言って、ウィンクを返す。
「レイン君。ウィンク出来てないよ?」
そう言ったのはオルストンだ。
「え?」
「うん。何か違う…。顔がウィンクしてた。」
追撃したのはエルザだった。
「ブッ!!ククククク。」
「おい!何笑ってんだ。オッサン。」
笑い出したクローバーにレインはドスの効いた声で言った。
「やっぱ面白いな。お前…」
クローバーの発言をレインは挑発と受け取った。
「オッサン程じゃないよ。」
レインは溜め息をつくとエルザを見る。
「エルザ。何か聞きたいことある?」
レインは今回はエルザに任せようとして丸投げした。
「今回の貴方達の同盟の呼び掛けたのは【獅童会】?」
「そうだよ。」
間髪いれずにジョーカーはそう答えた。
「レインは出来る限り、今回の件を平和的に解決したがってるんだけど、今回の貴方達みたいに【獅童会】と【ナイトメア】は要求に応じてくれるかしら?」
エルザはジョーカーにそう聞いた。
「【獅童会】は頑固だからどうかな?【ナイトメア】は条件によっては…って感じかな?」
ジョーカーは顎を触りながら、そう言った。
「条件?」
エルザは目を細めて言った。
「ちょっと、待ってね~」
そう言って、ジョーカーは後ろの箱に入った書類の束を漁り始める。
「ちょっと、ボス…散らかさないでください。」
スペードの言葉にはいはいと言いながら目的のものを探す。
「おっ…。あったあった。」
ジョーカーは1枚の紙をレインに手渡した。
「レインは暗殺者だよね?…これやれる?」
「これは依頼書か?……えっと~。」
レインは紙の内容を隅々まで読んでいく。
「聖騎士の暗殺?」
「そう!これを受けるなら、おそらくあの婆さんはレインになびく。」
ジョーカーは確信があるかのような言い方をする。
「ローザって人にとっては、これがそれだけ重要ってことだね…。」
「ああ。そうらしい…。私達は断ったけどね…。でもレインならやれるんじゃないか?」
レインは少し考え込んだ。
(正直…聖騎士の情報はほとんどない。)
「やろうよ。レイン君。」
そう言ったのはオルストンだった。
「あの腐れ虫ケラどもなんて大したことないよ。頑張
ろうレイン君。」
オルストンがにこりと笑ってレインをみた。
「偏見に満ちた回答ありがとうオルストン。でも、そうだな…」
「本来は事前情報がないものは受けたくないけど…仕方ないか…。やれるだけやってみるよ。」
レインは渋々そう言った。
「じゃあ、婆さんには俺から説明しておくよ。明日の晩は空けておいてね。」
ジョーカーはそう言って、歓楽街に向かった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




