託されたもの
「申し訳ありませんでした。」
レインはセシリアと2人だけになったのを確認し、正座して頭を下げる。
「お、おい!頭を上げろ!」
しかし、レインはその状態から動かなかった。
「失礼なことを沢山言ってしまいました。そして、セシリアの覚悟を踏みにじるようなことを言いました。」
溜め息をついて、セシリアはレインの身体を引っ張って立たせる。
「別にいい。私こそ…最初に失礼な態度を取ってしまった。申し訳ない。」
そう言って、セシリアは頭を下げた。
「許してくれてありがとう。」
レインはそう言って、セシリアを見た。
「実を言うと、僕も婚約はあまり乗り気ではなかったんだ。でも、あの爺さんには剣技を教えてくれた恩義があるからさ…。爺さんの願いをできる限り叶えてやりたかった。」
「お爺様は何と?」
「君と結婚して、守ってやってほしいって言われたんだ。」
「そうだったんだな…」
セシリアは少し嬉しそうに言った。
「君も婚約は乗り気じゃないと聞いていたからね。だから、最初から婚約は無理だと思っていた。だから君を守ることに注力することにしたんだ。」
「剣聖なんて地位についたら、危険が多すぎて守りにくくなってしまうからね…。」
「でも…君の覚悟を見くびっていた。爺さんが君が剣聖になることに反対したら、俺も説得するよ」
それを聞いてセシリアは口を開いた。
「ありがとう…。でも、お爺様の考えもわかる…。私は剣聖になれるような実力はない。」
気丈に振る舞っているように見えたが、本人としてはかなり気にしているようだ。
「君からしたら不服かもしれないけど…。僕から剣を教わってみない?」
剣聖になってもらう前提で動くなら、彼女自身が強くなる必要がある。今とは比べ物にならない程。
「え?」
困惑したようにセシリアが言った。
「僕は爺さんから全ての技を伝授された。だから教えられると思う。君が剣聖として立派な存在になるまで、支えさせてはもらえないだろうか…。勿論、その間だけは君のことを守るから」
「何故そこまでしてくれるんだ?」
レインは人に対して、こんなことを言うのは始めてだった。
「爺さんに言われたからかな…。僕にする人生最後のお願いだそうだから…」
「そうか…」
(この表情…。爺さんの余命が少ないことをやはり知っていのか…。)
「わかった……。よろしく頼む。」
そう言って、セシリアは頭を下げた。
正直、高位の貴族に頭を下げられたことなんてレインは1度もない。それだけで察することができる。セシリアという人間の器の大きさが。
「こちらこそ。よろしく」
レインも頭を下げる。
「なんでお前も頭を下げるんだ?」
目を細めてセシリアはそう言った。
「なんとなく?落ち着かないんだよ。伯爵令嬢に頭を下げられると…」
「別に気にしなくていい。それにすでにお前、私に敬語を使ってないだろ?今更だ。」
(まぁ…確かに)
「少し待って…」
そう言って、レインは山の方を向いた。
「どうした?」
レインの行動にセシリアは疑問を持ち、そう聞いた。
レインが手を叩くと、ジェットウルフが4匹。セシリアの前に急に現れた。
「!!!」
レインは4匹の頭を撫でると、セシリアに向き直る。
「こいつらは…ジェットウルフか…。」
「うん。僕の従魔…かな。彼らが着けているこの首輪は幻覚魔法。自分の姿を消す魔法が付与されている。」
これは以前、オルストンに作ってもらった魔導具だ。魔法をこの首輪に付与すると、魔力を込めるだけでその魔法が使えるようになる。
驚くべきことに知能の高いジェットウルフはこれがどんな魔法かを理解し、使いこなしていた。
「彼らを僕への連絡係兼護衛として君に預ける。あ…。これ内緒ね…。」
人差し指を顔の前にやり、そう言った。
「ちょっと待て!!魔物を扱うなんて…そんなこと…。」
「現にできてるでしょ?彼らは僕の命令には絶対に逆らわない。それに知能がめちゃくちゃ高いから…。人間の言葉も理解している。だから…連絡係にも使えるんだ。」
ジェットウルフに着けている首輪にはテレパシーの魔法を付与している。
「でも、ひとつだけ問題がある。命の危険を感じると逃げる可能性がある。」
「だから…できるだけ餌をあげて可愛がってやってほしい。そしたら、彼らはいざという時に君を守るために命をかけて戦ってくれるはずだ。」
「その前に彼らは人を襲ったりしないのか?」
セシリアとしてはそこを確認しておかなければならない。
「君に危害を加えない人間ならな。それに君の命令を聞くように言っておくよ。」
「わかった。なら…彼らを預かる。餌は何を?」
「肉かな…。まぁ魚でもいいけど…。1日2回で大丈夫だよ。」
「了解した。」
そう言って、ジェットウルフの元に言って腰を落とす。
「よろしくな…。」
そう言って、セシリアは4匹の頭を撫でる。
(彼らを不快感を感じてる様子はない。これなら、大丈夫だろう。)
彼等がもし命の危機に瀕したら、レインにそれを伝えるように言っている。
そしてこの4匹が着けている首輪にはオルストンが組み込んだ機能とは別にある細工が施してある。
そこから遠隔でレインが干渉できるようにしている。
昨今はどうも王都内外で国王派と聖教派の抗争が活発化しているらしい。
剣聖は明らかに国王派だ。巻き込まれることがあるかもしれない。
だから、保険は付けておくべきだ。
でも…願わくば首輪の細工を使う必要がないこと祈る。
◆
翌日、カザエルが1人でログハウスを訪れた。
「昨日はすまんかったの…」
来て早々にカザエルは謝罪した。
「問題ない。むしろ僕の方こそ悪かった…。」
レインは剣聖を諦めさせるために精神干渉魔法まで使用して、セシリアの意思をねじ曲げようとした。
正直、レインはかなり反省していた。
それを見て、カザエルは首を横に振る。
「お前はワシが言ったことを叶えようとしただけだ。」
「ワシもセシリアがあそこまで覚悟があると思っていなかった。結局、ワシは自分の孫を信じてやれなかったのじゃ…。」
カザエルは昨日からずっと暗い…。
そんな様子にレインは溜め息をつく。
「爺さんもセシリアを心配してのことだ。」
「謝って湿っぽくなるなら、孫孝行って言うのかな?セシリアのために出来る限りのことをやってやるといい」
「ああ…。そうだな。セシリアから今後の話は聞いた。ワシが死んだ後はよろしく頼む。」
カザエルはレインに向かって頭を下げた。
「ああ…。」
「後、婚約の話じゃが…。あれは白紙だ。今後の判断はセシリアに任せる」
「わかった...。」
(はああぁぁ~。望んだ展開ではあるけど……。勿体ないことをしたな…。)
レインはセシリアに対して、外見だけでなく内面も好印象を抱いていた。
(俺は国からすれば犯罪者と同じだ。だから、これで良かったのだ。)
「後、お前にこれを渡しておく。」
カザエルは1本の剣をレインの前に出した。
(何だ?この形……)
レインはその剣の全身をじっくりと見る。
「これは異大陸で作られている武器で刀と呼ばれているものだ。剣聖となる前はこれを使っていた。お前にやる……。」
レインは刃先をなぞるように触ると指が切れる。
「良い剣だね。これ…。本当に僕がもらっていいのか?」
「かまわん。私のお気に入りだ。大切に使え…。」
そう言って、カザエルは立ち上がった。
「レインよ…。おそらく、ワシがここに来るのは最後になるであろう。」
「…………そうか。」
「本来、お前と最後に手合わせしてやりたかったが…それが出来ずに申し訳ない…。だが、もしお前がワシと再戦していたら、勝っていたのは間違いなくお前じゃ…」
「………」
「レイン。そんなお主はワシの教えを受けてさらに強くなった。だが…。これだけは覚えておけ。」
「絶対に力の使い方を間違えるな。」
「この国が憎いならそれでもかまわん。力を国のために使わなくても結構。だがな…自分の欲望を満たすためだけに力を使うのだけはやめろ…。」
「わかったよ…。約束する」
「それで良い。ではな……」
カザエルはレインに背を向け去って行く。
「ありがとう…ございました。」
カザエルの背に向かって頭を下げて声をかける。
顔からはレインの意思に反して勝手に涙が溢れてきた。
カザエルは手を上げて、森の奥に消えて言った。
カザエルの姿が見えなくなっても、涙は止まってはくれなかった。
◆
身体が動かない…。
レインと最後の別れを告げてから、徐々に身体が病に蝕まれ動かなくなった。
いや…身体どころか目すら開けられない。
耳から聞こえてくる声はセシリアのものだ。
孫に看取られるなんてワシは幸せ者じゃ…。
剣に一生を捧げた人生だった。
血生臭い戦場ではなく、こうやって人生を終えられることに感謝しなくてはならんな。
ワシは神と言うものは信じていない。これはこれまでワシに出会ってくれた人への感謝だ。
ありがとう……
そして、ワシの意識は遠退いていった。
◆
カザエルがログハウスから去って一週間が経った頃だ。
カザエルが屋敷のベッドで息を引き取ったとジェットウルフから伝えられた。
彼らはまだ話すことが出来ないが、テレパシーを介した意思伝達では彼らの言いたいことはわかるようになっていた。
ここからセシリアはかなり忙しくなるだろう。
全ての面倒は見きれないが、約束は果たす。
そのためには自分自身の地盤を固めることから始めなければならない。
自分はここに来て、さらに強くなった。
ヒドラ、ジェットウルフの強化、調整は完了した。
しかし、ヨウサイは最後までヒドラへの強化を克服できなかった。
ヒドラとヨウサイの併用はできないと考え、ヨウサイの方を元の状態にして逃がした。
これはまだ自分の力が不完全なことである証明だった。
そして、エルザとオルストンもここに来た時とは比べ物にならないくらいに強くなった。
ならば戻る時が来たのかもしれない。無法都市に…。
ひとまず、クライが憑依前に聞いていた整理をして行動を開始する。
◆
無法都市中央部に位置する巨大施設の廃墟が【エプトリカ傭兵団】のアジトだ。
窓から月光が差し込む円卓に座るには5人の傭兵が座っており、トランプをしながらゆったり雑談をしている。
そのうちの1人、このエプトリカ傭兵団のボス。ジョーカーは栗色の髪にサイドテールで纏めた女性だ。
「スペードォ~。結局どうなってんの?クラウゼル公爵の件は…」
茶色の髪をした小柄な青年。スペードはそれに答える。
「あれから1ヶ月半ぐらい経ちますけど、音沙汰なしですね。おそらく聖教の件で手一杯なのでは?」
「う~ん。つまらんな~」
そうジョーカーは言った。
「全く人騒がせな奴らだ。アイツら大げさなんだよ。」
そう言ったのは、大柄な体格をしたダイヤだ。
「でも…警戒しておくに越したことはないんじゃないですか?トレントに所属していた人達は1人も捕まえられてないですからね。」
「獅童会の連中が無能なのか…。トレントの連中が厄介なのか…ってところだな。」
そう言ったのは茶色のロングヘアーの女性だ。
4人とは違い、薄着のドレスを着ており、戦闘をするような服装ではない。彼女は【エプトリカ傭兵団】の幹部、ハートだ。
「お前の連れもいないみたい出しな。クローバー。」
そう言ったのダイヤだ。
「連れじゃねぇよ。クソッ!アイツら…。俺が負け分を取り返す前に消えやがった。」
「クローバー。その負け分は膨れ上がるだけだから、諦めた方がいい。はい。上がり!」
そう言って、ハートがトランプを出し宣言した。
「あああぁぁぁぁ!!!」
クローバーはそう言って、机にうつ伏せになる。
クローバーは溜め息をついてジョーカーに言った。
「そういや…何でボス達はこの国に来たんだ?」
クローバーとハート以外は自由国家オリビアでハンターをしていた。辞めたと思われているが、実際はまだ名簿が残っている。
「私たちは対人の依頼専門だったからね…。だから、争いが起こるところに身をおくようにしているんだ。」
「え…と。つまり?」
言ってる意味がわからず、クローバーが聞き返す。
「この国は、内乱の兆候があると思ったからね…。だから稼ぎにきた。」
「なるほど…」
この説明でクローバーは何となく理解した。
「はああぁぁぁ~。それにしても…何もしないで待ってるのも暇だな~。君の言ってたレインが獅童会に喧嘩でも売ってくれたら、面白くなりそうなのにな~」
ジョーカーは大きく伸びをしながら言った。
「ボス。だらしがないのでやめてください。」
そうスペードがジョーカーに言う。
「お前は堅いんだよ。スペード。」
そんなことを話していると、傭兵団の団員が円卓に近づいてきた。
それに気づいたダイヤがその団員に問いかける。
「どうしたんだい?」
「あの…ボスに会いたいって奴が来てまして…」
おっ。そう声を出してジョーカーは起き上がる。
「依頼かな?」
「わかりません。ただ、名前はレインと言ってました。」
ジョーカーはそれを聞いて目を見開いた。
「おおぉぉ~!!面白くなってきたね~」
そう言って、ジョーカーはにこやかに笑った。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




