剣聖の娘 セシリア=ブラッドレイ
カザエルから孫娘のセシリアとの婚約打診を受けた夜。
エルザがレインの部屋を訪れた。
「レイン…。」
頬を赤くし、目が虚ろなエルザが声をかけてきた。
「どうたしたの?エルザ…」
「また……貴方の血……もらえる?」
「かまわないよ。」
そう言ってレインは今日も輸血しながら、エルザを強化する。
強くなろうとする思いを拒絶するのは無粋だよね…
それに何故か最近のエルザはとても魅力的に見える。
妖艶な雰囲気を身に纏い、女性らしい体つきにもなっている気がする。
それに筋力も向上し、引き締まっている。
そんなエルザの要望を断ることはレインには難しかった。
でもこの作業って実はしんどいのだ。
レインは血操術を使う上で造血の魔法も使えるので、血の量が枯渇することはあまりない。
しかし、この魔法はかなりの魔力を使う。
毎日だとちょっときつい…。
始めて血を与えて以降、エルザはレインに対して毎日要求している。
(やっぱり少し妙だな…)
レインが妙だと思ったのは彼女の様子だ。
瞳孔が開いていて、体が熱い。
レインが疑問を持ったのはそれだけではない。
片方の眼が赤色になっているのだ。レインと同じ眼の色だ。
エルザはオッドアイではなかったはずだけど…
そんなことを考えていると、エルザが声をかけてきた。
「ねえ~。レイン…。婚約どうするの?」
「相手次第だけど、婚約はしない方向になると思うよ。」
「そう…。」
そう言って、エルザはレインの両手を握り、体を密着させる。
「ちょ…ちょっと…!!!」
エルザと一緒に生活を始めてもう1ヶ月程になる。
これまでも刺激が強い時は多々あったが…
(これは…ヤバい。)
下を見ると、胸が当たっているのが見える。
そしてそんなレインを上目遣いで見つめてくる。
(こ、これは…キスしろってこと?抱き締めていいってことかな!!)
そんな都合のいい解釈をしようとするレインにエルザは言った。
「婚約…。絶対にしないでね。」
エルザは静かにそう言った。
「は…はい。」
そう言うと、エルザは顔をレインの身体に埋める。
(ヤバい。心臓の音…。聞こえてるかな…これ)
そんな事を考えていると、エルザが続きを言い始める。
「だって……。貴方の血がもらえなくなるじゃない…」
(いや!!ちょっと待て……)
レインはその言葉を聞いた瞬間に真顔になった。
(え?え?雰囲気的にそんなことを言う流れだったか?おかしいだろ!!!)
レインは別の意味で冷静じゃなくなっていた。
(え?…俺の感覚がおかしいの?これ…)
(そして…。何?その…俺の血への執念は!!)
病気の類いではないかと不安になり、千里眼の透過能力で身体を視ても異常はない。
まあ…。考えても仕方ないか…
そう思い、レインはこの違和感を放置した。
◆
翌日、カザエルは孫娘のセシリアを連れてログハウスに来ていた。
失礼があっては行けないと思い、アリスに選んでもらった小綺麗な服を来て出迎える。
レインはこの状況で元婚約者のメアリーとの初対面の時を思い出す。
(あの時の俺は、酷かったな…)
そんな事を考えて暗い気持ちになりながら、対面する。
「…………。」
(なんて俺は……運が悪いのだ…)
セシリアを見て、レインが感じた気持ちがそれだった。
セシリアは長い藍色の髪に均整の取れた顔立ちをしている。
服装は動きやすい軍服のようなものを来ている。本来はドレスとかが一般的だが、トライザントという立地を考えたら適切だろう。
セシリアは可愛いというよりは美人な女性だ。
そして…何よりレインの目に入ったのは…
(デ、デカイ!!む、胸が!!そ、それに顔も凄い美人だ……。)
(はあぁぁぁ……。俺は…この人との婚約を俺は断らなければいけないのか!!)
外見のみならば、レインがこれまで会ってきた女性の中で一番好みだった。
レインは自分自身に精神干渉魔法を使い、気持ちを落ち着かせる。
「はじめまして。レインと申します。今日はこんなところまで来ていただきありがとうございます。」
エルザとオルストンが信じられないものを見る目でこちらを見ている。
そんなにおかしいか?君達…
「出迎えご苦労。楽にしろ…。」
セシリアは手をあげてレインに言った。
レインは顔を上げると、セシリアは言った。
「セシリア=ブラッドレイだ。」
腕を組ながらセシリアはそう名乗った。
オルストンは目を細めてセシリアを睨んでいる。
凄く横柄な態度に見えるが、高位貴族が集まるパーティーでは普通のことだ。
なんなら、子爵家の令息という立場だった時もこれ以下の扱いを受けたことがある。
戸籍も何もない今のレインと伯爵家の令嬢。身分は天と地ほどの差がある。
そう考えるとこの態度はマシな方だと言えるだろう。
「それでは中にどうぞ。」
レインはログハウスの中に案内する。
オルストンに紅茶を出してもらうようにお願いし、2人を机に案内した。
レインが座った席の正面にセシリア。その横にカザエルが座る。
座ると開口一番にセシリアがレインに言った。
「最初に言っておくが、今日はお爺様から言われたから来ただけだ。本来ならば身分違いなお前とは会うことすらなかっただろうからな。」
「それはそれは…ありがとうございます。」
顔に笑顔を張り付けてそう言った。
「私はお前と婚約するつもりなどない…。」
堂々とレインを前にそう言った。
「こら!セシリア!!」
今まで口を開くことがなかったカザエルはそう言った。
「お爺様。なんで身分が低くて、しかもこんな頭の悪そうな奴と婚約なんてしなければいけないのですか!!」
(……頭が悪そうつったか?)
「セシリア…これはお前のためを思ってことなんだ…。わかってくれ。」
狼狽えた様子のカザエルは言う。
「わかりません!何で…なのですか?ちゃんと説明してください。」
セシリアは指を指してレインにいう。
(どうやら、爺さんは何も説明していないらしい…。)
レインはそう思った。
確かに言いづらいことかも知れないけど…。
そこは言ってほしい…。
「俺があんたよりも遥かに強いからだよ。」
レインは一言。セシリアに言った。
「あんたは剣聖になりたいそうじゃないか…。でもなれるような素養がないから、こんな話になってるんじゃないか?」
「レイン!!」
これはカザエルの声だ。随分と慌てている。
「だから…。爺さんは君の代わりに私に剣聖になれと言っているんだ。」
それを聞いたセシリアが凄い形相でレインを睨んでいる。
(きつい言い方になってしまうが、こうやって現実を突きつけた方がいい。そうでないと、コイツは俺の意見を聞こうとすらしないだろう。)
そんな事を考えていると、レインの目の前に拳が飛んできた。
レインはそれを避けて、拳の力を逃がさないようにして、背負い投げをしてセシリアを床に叩きつけた。
(やべ…。ちょっと強すぎた…)
そんな事を考えたが、ダメだ…。
この気持ちを表情に出してはいけない。
地面に横たわったセシリアは先程とは変わり、ポカンとした表情をしている。
何が起こったかわからないかのようだ。
そんな横たわるセシリアにレインは顔を近づけて言った。
「あんたも今後、戦いの場に身を置くつもりなら、剣で語り合いませんか?その方が話が早いでしょう…」
「くっっ……。」
顔を紅潮させ、セシリアはレインを睨んだ。
「ついてこい…」
そう言って、レインは外に出た。
それを見て立ち上がったセシリアがレインに続く。
(もう…婚約交渉は破綻した。だがこれでいい…。)
◆
木剣を持って、セシリアとレインは向き合う。
(なんか…デジャブを感じる。)
レインはかつてメアリーともデートと称して、剣を交えていた。やはり自分はコミュニケーションは苦手なのかもしれない。
レインはそう思わざるを得なかった。
レインは直径3m程度の円を書く。
「俺に一撃入れるか、この円から出すことができればお前の勝ちでいいよ。セシリア…」
「このっ…。後悔させてやる!!!」
そう言って、セシリアはレインに向かって本気で剣を振り下ろす。
(おっ…。剣の振りは中々…)
その一撃をレインは受け流し、セシリアの背中に剣を打ちつける。
大きな怪我をしないように、木剣の腹で軽くしばくような感じでだ。
「ふぐっ!!」
そう言って、セシリアは倒れ込む。
威力は高そうだ。だが…隙が多い。
でも数年前までほとんど剣を扱ってないにしては中々だ。
存外、才能がないと言うことはないのだろう。
(だが…これでは負ける方が難しい…)
その後も向かってくるセシリアに何度も剣を打ち付け続ける。
だが、セシリアは何度も立ち上がり、向かってくる。
息を切らし、服を土埃で汚しながら…。
セシリアは再びレインの剣を受けて、倒れ込んだ。
「もういいだろ?剣聖になることなんて諦めたらどうだ?」
「嫌…。嫌だ!絶対に!!」
目に涙を浮かべながら、セシリアはレインに言い放つ。
「何でそこまでこだわる?セシリア。お前の父親はその地位にいるせいで戦場に出されて、命を失ったんだ。」
「実力が見合ってないお前がその地位についたとしても犬死にするだけだぞ。」
中々諦めようとしないセシリアにレインが冷たく言い放った。
「そんなこと…言われなくてもわかってる。」
「なら……」
レインは言おうとすると、セシリアは続ける。
「剣聖という地位は我が家の存在意義だ。それに自分がなろうとして何が悪い!?自分の家を自分で守ろうとして何が悪い!」
(セシリアは自分の家がどんな状況なのかを把握しているようだな。)
「悪いとは言っていない。命をかける価値がないと言ってるんだ…」
レインは貴族が持つこの価値観がいまひとつピンと来ていなかった。
「………私にだって…プライドがある!!他人に我が家の命運を任せることなんてできない!」
「つまらないプライドだよ…そんなの。」
「つまらなくなんかない!私はお父様とお爺様。そして…初代剣聖の血を引く人間だ。剣聖になってこの国を守ることは私の矜持だ!!」
(なるほどな…。これが上流階級の貴族の価値観か…でも…)
「口では何とでも言えるよ…。来いよセシリア。力の差をわかりやすく教えてやる。剣聖の血を引く人間なら逃げやしないだろ?」
レインは抜刀の構えをする。
「やめろ!!レイン。」
カザエルは口を挟む。
「黙ってろよ!爺さん!!わかってるだろ?コイツはもう生半可なことじゃ止まらねぇ!!」
(命の危機に瀕しても同じことが言えるかな…)
セシリアは魔力を最大限に纏わせてレインに迫る。
(神撃!!)
強力な一撃をセシリアに向かって放つ。
木剣はセシリアは目の前でとまり、衝撃でセシリアは膝をついた。
レインは精神干渉をセシリアにかける。これで感じる恐怖が増幅されるはずだ。
「もうわかったでしょ…。君は弱い…」
体を震わせながら唇を噛みしめ、木剣をグッとにぎりしめている。
しかし…またセシリアはヨロヨロと起き上がった。
「なぁ…。何故今の当てなかった。」
ボソリとセシリアは呟いた。
「え?」
そんな事を言われるとは思っていなかったレインは時が止まったかのように呆然と立ち尽くす。
「私を諦めさせようと思うなら、私にあの一撃を食らわせて、黙らせるべきだった。」
「……………」
返す言葉がないレインは黙るしかなかった。
レインはセシリアに致命傷を負わせてまで止めるつもりはなかったのだ。
息を切らしながら、セシリアはレインに言った。
「レイン。お前は先程、私のプライドをつまらないものだと言ったな…」
「…………」
レイン確かに先程そう言った。
「いいか…。わかってないようだから教えてやる…。」
静かにセシリアはレインに言った。
「このプライドを守るために命を張るのが、騎士であり貴族だ!!」
「だからな…。私を止めたければ、命を取る覚悟でこい!!」
レインは静かに空を仰いだ。
「……………。」
レインは自分が書いた円から自ら出た。
セシリアがそれを見て、ポカンとしている。
そして、カザエルを見て言った。
「爺さん。婚約の話はなかったことに…。」
カザエルは下を向いてなにも言わない。
「セシリアの好きにさせてやったら、どうだ?」
レインはカザエルに向かってそう言った。
この爺さんは今、何を思っているのだろうか…。
レインはそれが気になった。
そして…。レインはセシリアに近づき、治癒の魔法をかける。
「では、そういことだから…」
レインはセシリアにそう言った。
「あ、ああ…。」
セシリアは動揺しつつ、レインにそう返した。
「あ、申し訳ない…。少しだけ…。2人だけで話をさせてもらえないだろうか?」
レインは先程とは違い丁寧な口調でセシリアに言った。
「わかった。」
セシリアはそう言ってくれたので、レインはセシリアを連れて、森の中に入る。
レインはチラリと後ろを見る。
しっかりとセシリアがついて来ているのを確認し、前に進む。
レインはいたたまれなくなり、空を仰ぐ。
(はぁ……。俺、めっちゃ嫌な奴じゃん…。)
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




