剣聖の後継者
レインの前で倒れたワシはログハウスの1室に横になって寝ていた。
「ここは……」
「起きられましたか。」
そう言ったのは、レインの仲間のオルストンという男だ。本をじっと読みながら、声をかけてきた。
気のせいだろうか…。先日あったときよりも纏う雰囲気が違う。それに魔力量も倍以上に跳ね上がっている。
「君が処置をしてくれたのかね…。ありがとう。」
「いいえ。レイン君です。僕が帰ってきたときにはある程度安定した状態でしたから…」
正直、死んでも仕方なかった。彼等には感謝しかない。
ワシにはまだ死ねない理由がある。
ベッドから起き上がると、体にちょっとした違和感を感じた。
(身体が軽い…)
「凄いな。完全に回復している。」
腕を回しながら、カザエルは言った。
「レイン君が言ってましたが、カザエルさんの肺に潜む病を取り除いたわけではないそうです。」
(…………。気づいておったのか。)
「もう少しで食事の用意ができますので、休んでいてください。」
そう言って、彼は去っていった。
彼等が元々無法都市に住んでいたことは知っている。
今の青年に関しては身元もわかっている。
オルストン=ティンジャー。
元王立魔法研究所の研究員をしていた男だ。
彼は禁忌の研究に手を出し、聖教から追われる身になった。
こういった世間から弾き出された人間が無法都市に流れ着く。
あの青年。レインも同じなのだろう。
始めて会った時のことを思い出す。
戦闘スタイルは暗殺者。
だが、その技量は突出していた。今の王国でレイン以上の暗殺者は存在しないだろう。
あれ程の技量をもった人間はワシの記憶では片手で数える程度しか存在しない。
それに若い。戦闘スタイルが定着しきっておらず、新しい知識を吸収する余地もある。
そして才能にも恵まれている。
だから、レインに剣を教えることにした。
厳しい状況下にある我がブラッドレイ家を存続させて行くために。
◆
「ありがとう。助かった。」
カザエルはレインを見るなりそう言った。
エルザとオルストンは何のこと言っているのかはわかっているので、黙って聞いていた。
「かまわない。」
レインは短くそう言った。
「爺さん……。その…何だ…。ここにいていいのか?」
レインは珍しくカザエルに対して、遠慮がちにそう聞いた。
「ああ。ワシはワシにできる最善の行動をしている。」
「だが……。爺さんには家族がいるだろう?」
レインはカザエルに対してそう言った。
「ああ…。これはワシが死んだ後、家族が健やかに過ごせるように願ってやっていることだ。」
「爺さん。まどろっこしい…。あんたは何のためにここに来るんだ?そして何で俺に剣を教えてるんだ?単刀直入に答えてくれ。」
「レイン、お前に頼みがある。」
レインから見えるカザエルの顔はとても神妙な面持ちている。
「僕にできることなら、やるよ…。」
カザエルには剣を教えてもらった。死ぬ前に借りくらいは返しておきたい。
「そうか…。ならレインよ。うちの孫娘と婚約してはくれないだろうか?」
「「「…………………」」」
カザエルが放った言葉で部屋は静寂に包まれた。
「ご…ごめん。僕が単刀直入に言ったから悪かったんだよね…。説明をお願いします。」
かなり動揺したレインはカザエルにそういった。
だが、レインの中で答えは決まっている。
答えはノーだ。
だが、カザエルの頼みだ。話だけでも聞いておくことにする。だが、カザエルが口にしたのは意外な言葉だった。
「説明をするのはかまわんが…。まずはレイン。お主の事が知りたい。」
「僕のこと?」
ポカンとした表情でレインは言う。
「ああ…。お前が望むものを知りたい。それを知った上でできる限りお前の要望なども叶えられればと思っておる。」
「…………」
(望むものねぇ……)
レインはこれに関して即答することが、できなかった。
レインが黙るとカザエルは話を再開する。
「レイン。お主は貴族だろ?暗殺者を養成する一族のな。」
「まぁ…ね。」
エルザにもバレていたのだからこのぐらいは見ればわかる人にはわかるのかもしれない。
「もしかしたら、お主は自分の事を話せない事情があるのかもしれない。勿論、今回ここで聞いたことは墓場まで持っていく。だから、どうか聞かせてもらえないだろうか…」
カザエルがここまで下手に出るは珍しい。
ブラッドレイ家の家庭事情がどんなものかはレインにはわからないが、自分の大事な孫娘をレインに差し出そうとしているのだ。
であれば…。
レインは結局、自分の身の上を話すことにした。
「レイス=クロード。これが…無法都市に来る前の僕の名前。これは王国では死人の名前だ。」
「クロード…。お主はシリウスの子供か…。」
「うん。親父のことは知ってるのか?」
「ああ…。あの騎士嫌いのガキのことはよく知っとるよ。何回か戦ったこともあるからの…。」
(この爺さん。父上と関わりがあったのか…。それに騎士嫌いって)
確かにシリウスは騎士が嫌いだった。その教育がレインにも反映されていたため、レインも騎士にあまり良い印象を持っていなかった。
「そうかお前が…。それにしても似ておらんの~。顔立ちも性格も」
「まぁね…。顔も性格も母親似だとよく父上から言われていたよ。」
「ホッホホ。年齢的にお前は三男か?」
「そうだよ。」
「なるほどな…。お前のことはシリウスから聞いておった。」
「本当に?」
レインはそれが少し意外に感じた。
「三男は兄弟の中ではダントツで出来が良いと聞いていたからの。」
「うーん。それはどうだろうね…」
兄達と訓練で戦うことは多かったけど、本当に五分五分程度だった。だからあんまり実感がわかない。
僕は父上から気に入られていたのだろうか…。もしそうなら、それで評価が高いだけかもしれない。
「そして、ワシもそう思う。お前の兄達には1度会っているからの…」
「兄さん達に?」
「ああ。お主は兄達が持っていなかったものを持っているからの」
「血操術のこと?」
「ふむ…。その血操術というものはよくわからんが、ワシの言っているのは眼じゃよ。」
「眼?」
「そうじゃ…」
「お主と同じで眼をした人間をワシは2人知っている。お前の父、シリウス=クロードとお前の祖母ダリアナ=クロードだ」
祖母のことは聞かされたことがなかったので、レインはよくわからなかった。
「クロード一族の中で特に強大な力を保有している人間には必ず見られる特徴だそうだ。」
「眼かぁ…。何て事はない普通の眼だと思うけど…。爺さんはこの眼の事は何か知っている?」
「知らん。」
(まぁ、それはそうか…。)
「でも僕の正体がわかったなら、僕の言いたい事もわかるだろ?」
「ああ…。クロード家を敵。聖教をぶっ潰したいってことか?」
(脳筋すぎる…)
「まぁ…。そうしたい気持ちはあるけど、世間に存在がバレないようにしたいんだ。だから、貴族の令嬢との婚約なんか無理だよ。名前は偽れても顔は偽れない。」
(まぁ、月光丸に住み着く悪魔の権能があればそれもできるけどね…)
「ならば、社交会への出席を行わないことと表では顔を隠すことこれがお前の条件ということで良いか?」
「………え?流石に顔出しが出来ないのはダメだろう?」
それを聞いてカザエルは首を横に振る。
「それほど問題にはならない。それに剣聖は強さと技によって価値を示さなければならない。顔を出さないことよりも弱いことの方が問題だ。」
レインはカザエルとの話の食い違いに気ずいた。
「ん?ちょっと待って!婚約だけではなくて、剣聖になれってこと?」
「当たり前だろう?孫娘と婚約するならそうなる。」
(明らかに柄じゃないだろう。俺は…。あ、それを言ったらこの爺さんもそうだわ…)
「ひとまず、直ぐに返答は出来ないよ。ちなみにお孫さんはこれに関して何と?」
レインの質問にカザエルは渋々答える。
「娘はあまり乗り気ではない。娘のセシリアは自分が父の後を継ぎ剣聖になろうとしておる。剣聖であれば、有力貴族の令息を婿養子にした方が家として発展を望めるからな。」
「じゃあ、それで良くないか?」
レインの質問にカザエルは首を横に振る。
「実力不足じゃ。まぁ、無理もない。息子のアレクスはセシリアを嫁がせるつもりじゃったからな。必要以上に剣の修行をさせてこなかった。」
「アレクスが死んだ今。ブラッドレイ家は厳しい状況におかれるじゃろう。剣の修行を数年前に始めたばかりのセシリアでは乗り越えることはできない。」
「だから……僕に?」
「ああ。落ちぶれた家の令嬢の末路は悲惨なものになる。」
「ワシの技を取得したお主なら乗り越えられるじゃろうて、どうにかセシリアを守ってやってはくれぬか…。」
そう言ってカザエルは頭を下げた。
(………あんまり乗り気にならないな…。)
これがレインの正直な感想だった。
レインはこの話を受けた先を考える。
確かに無法都市の不衛生な環境からは脱却できる。
だが……
(向こうが乗り気でないのがいただけない。そんな状態で結婚したら、俺が家督を簒奪した人間のようじゃないか。)
溜め息をついて、カザエルを向く。
「爺さん。この話を検討する上で2つお願いしたいことがあります。」
「1つ目はお孫さんに1度会いたい。」
「2つ目はお孫さんが僕と会って、婚約を完全に納得すること」
「この2つができていなければ、検討すらできない。心苦しいけどね…」
これが現状で自分のできる最大限の譲歩だとレインは思った。
「承知した。では、明日か明後日にくらい娘を連れてくる。」
そう言って、既に食事を終えていたカザエルは立ち上がる。
「美味しかった。ありがとうな。」
「おい。爺さん泊まっていかないのか?」
外はもう暗くなっている。
「かまわんよ。家で孫が待っておるしの…」
(実力不足とかいいながら、かなり孫娘を気にかけてるようだな…)
レインは祖父母と出会ったことがない。だから、実際のところ家族としてはどんな距離感なのかがわからない。
カザエルがログハウスから出て行くのを確認し、椅子にもたれる。
「はぁぁ~。全く…。どうするか…」
「別に嫌なら断ってしまっても良かったと思うわよ。」
話し合いをずっと黙って見守っていたエルザがそう言った。
少し怒っているようにも見える。婚約するつもりがないのにあんなこと言ったのは少し不誠実に見えてしまったのだろうか…。
「それが簡単にできれば楽だったかもしれないけどね…」
今の爺さんの状態を考えれば、即決できなかった。
「僕はどう決断してもレイン君の自由だと思うよ。」
同じくずっと黙っていたオルストンがそう言った。
「でも、もし婚約となったら寂しくなるね」
「湿っぽいよ!オルストン。まだ何も決まっていないんだから…。」
「だって……」
「僕は爺さんに譲歩したつもりであの提案を出したんだ。それにエルザが言ったように、断ってしまうこともできるわけだからさ…」
そう言って、レインは酒を呷った。
当作品を読んでいただき、ありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




