先代剣聖
レインが老人に敗北した翌日の朝。
昨日会った老人はエルザが言ったようにその日の朝早くにレインの住むログハウスに顔を出した。
「昨日ぶりじゃな…小僧。」
そう言って老人はニヤリと笑った。
「そうだな…。ジジイ」
臨戦態勢が整ったレインはニヤリと笑う老人に心を乱されることなく見つめる。
「もう1度やるなら、受けて立つぞ。」
老人が来るまで、外で待機していたレインはそういい放つ。
「威勢がいいことで結構。もう1度やり合うのも悪くないが、今日はその前に話があるんじゃよ。」
「…………。」
溜め息をついてレインは答えた。
「わかった。中に入れよ。」
そう言って、老人を家に招きいれた。
家の中に入った老人を見て、エルザ、オルストン、クライは固まった。
オルストンとクライは困惑した顔で老人を見たが、エルザだけはギョッとした顔をした。
一体何をされたんだろうか…
「レイン君…。昨日言っていたお客様かい?」
オルストンは恐る恐るそう聞いた。
「そうだよ。」
「そこの青年。紅茶かコーヒーはあるか?」
(なんて図々しいジジイだ。こんな山に住んでるのにあるわけないだろ)
「ありますよ~」
(え!?あるの?)
そう言って、オルストンは紅茶を淹れ始める。
とても良いダージリンの香りだ。
紅茶が運ばれてくると、老人は話を切り出した。
「単刀直入に言う。ワシの弟子になれ」
「………え?何で?」
紅茶を啜り、老人ゆっくりと話を続ける。
「ワシは人生のほとんどを自分の剣を磨くことに費やしてきた。その剣技が後世に残らないことが心残りでな。死ぬ前に剣技を引き継げるような人間を探していたんじゃ…。」
「ここには魔獣狩りで来たんじゃが、思わぬ収穫だった。」
「爺さんの剣技は凄かったよ。俺に頼らなくても、教えを乞いたい人間はいるんじゃないのか?」
これで道場なんかを拓いてしまえば人もいっぱい来るだろう。それほどに凄かった。
「教えを乞いたい人間が完全に習得できるとは限らん。仮に騎士団から弟子をとったとして、習得する前にワシの寿命が先に来るわ。」
(あれって…。そんなに難しいのか…)
「やはりな……」
レインを鋭い眼光で睨みながら老人はそう言った。
「小僧。お前はワシの攻撃を1回見ただけで、あれがどんなものなのかを完全に理解したな。」
「騎士団長クラスの人間ですら、避けることはできても理解することなんてできない。普通の騎士ならワシの攻撃を視認することすら難しい。」
「そうなのか…。」
(やはりこの爺さんは騎士団の人間だったか…。でも少し違うような気もするが…)
「まだ名乗っとらんかったな。」
「ワシの名前はカザエル=ブラッドレイ。」
レインは目を見開いた。
流石のレインでもブラッドレイの家名くらいは聞いたことがある。
「ブラッドレイって…。剣聖の肉親なのか?」
「物を知らぬ小僧でも流石に剣聖とその家名は知っておったか。」
カザエルは肩肘をつきながら言った。
「ワシは先代剣聖。今は何の意味もないワシの肩書きじゃよ」
◆
ブラッドレイ伯爵家。
ブルガリア王国に代々伝わる剣聖の家系だ。
魔王が滅びた後、今度は人類同士での戦が活発化した。
その国家間の戦争で大活躍したのが、後の初代剣聖だ。
初代剣聖は一騎当千と言えるほどの活躍を見せ、国内では平民の地位から伯爵位を得るほどの出世を果たした。
その剣技は代々受け継がれ、習得した人間を剣聖として国の要職につけるのが慣習となった。
そんな剣聖を生み出すブラッドレイ伯爵家の地位が揺らいだのはつい数年前のことだ。
シリウスとレインが要塞都市クレダールの攻略を行った4年前のレギア帝国との戦争の時だ。
要塞都市クレダールを攻略された帝国軍は広大な平原で王国軍と開戦した。
しかし、要塞都市クレダールで名のある将軍を失っていた帝国軍の旗色は悪く、みるみる押し込まれて言った。
この平原の戦で最も猛威を振るっていたのは、一部の強力な聖騎士と当代の剣聖アレクス=ブラッドレイだ。
アレクスに致命傷を負わされた。帝国の将軍は自軍の敗北と自身の死を悟り、強力な炎系魔法である【自壊】を発動した。
この魔法は自身の死と引き換えに周囲数百メートルに渡る広範囲かつ高威力の爆撃魔法を発動する。
これにアレクスは至近距離で巻き込まれ命を落とした。
アレクスには息子と娘がいたが、息子は今から6年前に流行り病で命を落としている。
現在、アレクスの仕事はすでに引退していた先代の剣聖が一部代行しているという話だ。
「小僧。名前は?」
「レイン。」
「レイン。お前にとっては悪い話ではないと思うぞ?」
「言っておくけど、僕は日陰ものなんだ。剣技を教えてもらっても、国のために役立てられないかもしれないよ?」
「かまわん。この剣は引き継がれることに意味がある。」
「…………」
「それにレインよ。お前はヒドラを狙っているらしいな。だが、今のままでは難しいぞ?」
「何?」
そう言ってレインはカザエルを睨んだ。
「お前の攻撃は威力が弱いのだ。竜と言うのは全身が硬い鱗で覆われている。それに奴には再生能力もあるからの…。切り傷を与えられる程度では話にならない。」
レインが考えたヒドラ討伐の勝ち筋は相手の魔力を枯渇させることにあった。
血操術による血液を通じた魔力の吸収と身体を損傷させ、再生能力を使われることで魔力を消費させることだ。
それによりレインの魔法への抵抗力の低下させることができる。
だが、ヒドラに損傷を与えられないのであればこの作戦は破綻する。
「…………」
(腑に落ちない点は正直ある。でも、これは俺にとってプラスにはなるだろう)
「それならば、よろしくお願いします」
そう言って、レインは頭を下げた。
少し時間はかかるかもしれないが、こんな機会は2度とないだろう。
◆
その日からカザエルとの特訓が始まった。
ひとまず、見て覚えろ…だそうだ。
カザエルとエルザの模擬戦を見学する。
エルザはかなり嫌そうな顔している。
「お嬢さん。今日はノールールだ。何をしてもいいから全力でかかってきなさい。」
カザエルが構えてそう言った。
「あら…。そう?じゃあ、遠慮なく。」
そう言って、エルザの姿が掻き消える。
風魔法で移動速度を上昇させ、周囲の木々に身をかくしながら、風の矢を放つ。
移動しながら放っているため、位置を特定しずらい。
カザエルはそれを剣で防ぐ。
そして腰を落とし、剣の柄に手を掛ける。
これは仕掛けるタイミングを見計らっているのだろう。
エルザの位置をとらえ、剣を抜き去って、エルザを一閃する。
剣はエルザの顔の前でとまった。
(蛇の狩りのようだ…)
レインはそう思った。筋肉を収縮させ、相手を最速でとらえる一撃。
(これは速度重視の攻撃だけど、力が前方に乗っているから、破壊力はかなりのものになるな。欠点を言うなら、攻撃の後は大きな隙がうまれることだね)
こんな感じで模擬戦を繰返して、レインはカザエルの技を分析していく。
剣はエルザに直撃することがなかったため、繰返し模擬戦をしてくれる。
全ての技を見せ終わったとのことなので、カザエルとエルザは地面に座って休憩する。
カザエルは何かエルザに話かけているので、レインは今やっていた。動作、技、足運びを模倣しようとする。
(【炎を帯びた雷の蛇】みたいな剣だ。)
これはレインが剣聖の剣技を見て思った感想だ。
ちなみに父のシリウスの暗殺格闘術は【霧を帯びた隼】とレインは評価している。
レインは感覚型だ。こと細かに隅々まで見て、それを自分の中で解釈し、何となくで模倣する。
暗殺格闘術との違いはやはり動きと攻撃を行う際の爆発力。静からの動へ移行する速度だ。そこをいかに再現できるかが重要だ。
レインはカザエルの動きを目を瞑りながら、想像しながら何度も剣を振る。
しかし……
(何かが足りない気がする…。)
カザエルはエルザと話し終わり、なにも言わずにレインを見つめる。
(……わからないな。あれは何だ?)
それはレインは戦闘中に感じたものと同じものだ。
レインの幻覚の結界を破壊した魔力ではない何かだ。
考えてもわからなかったので、それ以外の魔力と肉体の使い方だけでも模倣する。
気がつけば、日が沈み始めていた。
レインはじっと見ていた。カザエルの方を向く。
「レインよ。今の自分の剣をどう感じる?」
レインは溜め息をつきながら、答える。
「何かが足りないんだよな…」
レインは少し暗い顔をしながら、答えた。
「上出来じゃよ。初日にしてはな…。」
「お前が感じてる違和感の正体はまた明日教える。」
そう言って、カザエルはログハウスとは違う方向に歩き出す。
(あ…。もう帰るのか。)
エルザはもう帰っている。
レインも帰る仕度を整えていると、カザエルがレインに声をかけた。
「お前さん…。あの娘とはどんな関係なのじゃ?」
「え?」
レインは聞かれていることの意図がわからず、間抜けな声を出す。
「恋仲なのかと聞いている。」
ゴシップ的な話題を振るには随分と真剣な顔だ。
「恋仲だと言えたらいいんだけどね…。非常に残念ながら違うんだ…」
「そうか…」
そう言って、カザエルは去って言った。
(……え?何で聞いてきたんだよ)
レインはそう思ったが、考えても仕方ないと思ってその場を後にした。
レインが帰ると、玄関前でエルザが待っていた。
「どうしたんだ?エルザ」
少し下を向きながらエルザが答えた。
「今日ってさ…。あれしないの?血液を通じて肉体と魔力を強化するやつ」
「別に毎日やる必要はないからね?やりたいの?」
「うん。」
(驚いた…。てっきりエルザは嫌がっているとばかり思っていた。)
「わかった。ご飯の後でもいい?」
「問題ないわ…。」
そう言って、2人はログハウスに入った。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




