治療と帰還
アリスと舞台を見に行った翌日。
いつも通り昼近くになってから目を覚ました。
今日は珍しく月光丸が起こしに来なかった。
詳細を聞いたところリデルに止められたのそうだ。
レインは昨日の夜に氷の薔薇を30本作成、納品してから就寝した。
薔薇の1本の取引価格は200銀貨だ。
「おはよう!レイン君。薔薇ありがとうね。助かったよ」
居間に行くと仕事をしているリデルが声をかけてきた。
「いえいえ。」
そう言ってレインは椅子に腰かける。
「そういえば、レイン君は無法都市に住んでるんだよね?前まで物騒だったけど、これから少しは平和になりそうだね」
そう言って、新聞を見せてきた。
「クラウゼル公爵が犯罪組織の【オロチ】と【レッドドラゴン】を壊滅させたようだからね。」
「そんなに有名な犯罪組織なんですか?」
カラッと笑ってリデルが答えた。
「ああ。無法都市だけじゃ飽き足らず、王都にも勢力を伸ばしていた組織だからね。僕としても安心したよ。」
『おそらくザックのクライアントはそのクラウゼル公爵ってやつだろうな?』
そう月光丸は言った。
月光丸はレインの記憶を読んでいるから月光丸抜きで話し合った内容も全て把握している。
『だろうね……。』
『公爵といえば王の血縁者だ。この国ではかなり力をもった貴族だ。そいつが聖教派でお前を潰そうとしてきたらどうする?』
『以前の僕ならザックかディランを捕られて情報を引き出すくらいはしたかもしれないね。』
『かもしれないって…。動かないのか?』
『ああ、今は月光丸がいるからな。何か良からぬことを考えてるようならよろしく頼む。』
『…………わかった。』
ご飯を食べ終わると早々に立ち去ることにした。
ひとまず、リデルとは薔薇を30本造る事を約束してから別れた。
そして、屋敷で勉学に励んでいたアリスにも声をかけた。
「またね。アリス!」
「レイン!また一緒に遊びましょう。約束だからね」
アリスの言葉に頷いて、屋敷を後にした。
昨日の夜にエルザとの待ち合わせの場所を決めた。人目につかない城塞付近にあるレストランだ。
本当は美術館というところに行きたかったが、待ち合わせ時間に遅れるため断念した。
レトロな雰囲気を持つそのレストランに入るとエルザが近づいてきた。
「おはよう!レイン君!」
「おはようございます。」
「ん?レイン君髪型変えた?」
「ええ。少し……。どうですか?」
「いいんじゃない?」
「それは良かったです。」
「でもどうして髪色なんて変えたの?」
「気分転換というのもありますけど、僕はお尋ね者なんでね…。変装って大層なものでもないですけど、気づかれにくくするためです。」
そしてレインはエルザの隣に座る女性に目を向ける。
目が虚ろで生気を感じないような雰囲気を纏っている。
(精神的な病か…。)
「お母さん。仕事仲間のレイン君。」
「はじめしてレインです。よろしくお願いいたします。お義母様。」
それを聞くとエルザの母の目が見開いた。
エルザがレインの横に来て、小言で言う。
「ちょっと!レイン君。お義母様呼びはやめて!」
レインが人差し指を立てて、エルザの小言を制止する。
「意外にも意識がはっきりしています。これなら治るかもしれないですね。」
「ホントに?」
「ただ、ぼくも記憶は消せませんからね。トラウマとして残ってる場合は1度治せてもまた再発する恐れもあります。」
「じゃあ…難しいってこと?」
「できるとは思いますが…。少し場所を変えましょうか。」
人目のつかない場所にベンチがあったので、そこにエルザの母親を座らせた。
「今からどうやって治療しようかをお答えしようと思いますが、今から見せるもの、聞いたものを他言無用にできますか?」
「……わかった。説明して……。」
レインは自分の手をナイフで少し切り、操った血液をエルザに見せる。
「これは血操術といって、血液を操作する術です。この血液には魔法を付与することができます。これに精神干渉魔法を施し、エルザさんの母君の体内に入れます。」
「それにより、苦い記憶がトラウマとしてフラッシュバックしても身体にこの血液が流れている限り、自動的に魔法で精神を癒すことができます。」
「それは……凄いわね。」
(これって……)
エルザが思考する前にレインは答える。
「これはクロードの姓をもつものしか使えないといわれている秘術です。」
「………………」
「エルザさんは僕のこと、察しがついていたんじゃないですか?」
「ええ…。知っていたわ。どうして教える気になったの?」
「既に知られているのに隠しておく必要はありませんしね。」
「ここでお母様を完治させることができれば、1つお願いしたいことがあります。」
「何?」
「クラウゼル公爵の事を詳しく教えてもらえませんか?」
「……理由を聞いていい?」
警戒心を強めた顔で聞いてきた。
「僕が切り捨てられる可能性を考慮しての事です。エルザさんなら理解を示していただけると思いますが、暗殺者がクライアントに裏切られて始末されるのは珍しい話ではありません。」
「レイモンド様はそんな事はなされないと思うけど」
「エルザさんから見たらそうかも知れませんが、僕はその方の事を知りません。」
「それに僕は…父上が帰ってこなくなった理由としてクライアントに裏切られた可能性を考えています。なので、信用できないクライアントとの関係はほどほどにしたいんですよね…」
エルザは少し考える仕草をしたが、了承した。
「わかったわ。治療に成功したら教える。私が言ったって事は内緒にしてね。あと、レイン君から公爵に手を出さないでね。」
(断っても治療はするつもりだったけど、言ってみるもんだね…。)
「勿論です。裏切りの兆候が見られたら、何もせずに立ち去ることをお約束します。」
「そんな悲しいこと言わないで…。私はレイン君と一緒にやりたいから、公爵を説得してみるわ。」
「わかりました…。でも、説得に失敗したら一緒に逃げてくれると嬉しいですね~。」
「まぁ、そうなったら考えるわ」
(冗談で言ったつもりが考えてくれるようだ。本当に優しいな…。)
レインは御礼を言うと、エルザの母親を正面に見据える。眼を優しく抑え、睡眠の魔法をかけて眠らせる。
眠ったのを確認してから血に精神干渉魔法を付与し、錠剤にしてゆっくりと口に流し込む。
血は脳に直接作用させながら体を巡る。
そしてレインはエルザに説明する。
「まずはしっかりとした思考を取り戻してもらいます。血液を脳に送り、治癒魔術を使って萎縮した脳を元に戻します。そこから脳に強制的に血液を送り込み脳を活性化させます。」
「起きると運動能力と言語能力は回復すると思いますので、少しお待ちいただけますか?」
「わかったわ…。」
「そういえば、レイン君。護衛で王都まで来てたんだよね?どこか行っていたの?」
「ええ。買い物したりとか、劇場に行って舞台とかも見たりしました。あとはこの花を造っていました。」
そう言って、レインは氷の薔薇を造って渡した。
「これ凄いね。氷の中に薔薇が入ってるの?しかもこの氷、冷たくない…」
「溶けない氷です。厳密には中に入ってるのは薔薇ではないんですよね…」
「もしかして…血液?」
「赤い色素のついた液体ですよ。この花の主成分は水です」
さすがのレインもこれが血だとバレれば、売り物にならなくなることくらいわかってる。
なのでもし強い衝撃で氷が割れたとき、血が揮発するようにしておいた。
「ま、まあ…。そう言うことにしておくわ。」
その後、エルザと談笑しているとエルザの母親が目を覚ました。
「私…。寝てたのかしら…。」
少し言葉がたどたどしい。
(完全に回復させるには時間が足りなかったか…。)
レインはそんなことを考えて、肩を落とした。
「お母さん。大丈夫?」
「大丈夫よ。なんか寝たら気分が良くなったわ…。心配かけたようね」
「そちらの方は?どなただったかしら?」
「レインと申します。今は体と心をしっかり休めてください。必要ならまた会うこともあるでしょう。」
(本当は公爵のことを今すぐに聞きたいが、親子の久々の会話を邪魔するのは無粋か。)
レインはそう考えて立ち上がる。
「では僕は家に帰ってますのでエルザさんはゆっくりしていってくださいね」
「レイン君…。本当にありがとう。」
手を振りながら答えて、レインはその場を後にした。
◆
エルザと別れて家に帰ると、もう夜になっていた。
「さて疲れたけど、このままカジノでも行こうかな……」
(以前行った時はかなりの損失になったが、また行きたいと思ってしまうのはどうしてだろう。)
『また負けに行くつもりか?それよりも盗賊討伐の報酬をもらいに行くのが先だろう?そこで飯だ。腹が減った。』
(やれやれ。盗賊の報酬の事はすっかり忘れていた。)
するとクライが階段から降りてきた。
「お帰りなさいませ。レイン様。お疲れのところ申し訳ありませんが、お客様です。」
「客?」
(誰だろう…。ザックかディランかな…。)
あの2人ならレインの居住地をエルザから聞いてる可能性があると考えたからだ。
しかし、クライの後に来た人物はその2人のどちらでもなかった。
「やぁ……。久しぶりだね!」
その声の主は男の成人だった。服装はボロボロのローブを来ていたが、艶々の肌と金髪を持っている美男子だ。
(……誰?)
「あの……どこかでお会いしましたっけ?」
レインは自分の記憶を探っても思い出せなかったため直接聞いた。
「この間、ブラックマーケットで会ったオルストンだよ」
(……オルストン。……あ?)
「嘘つけよ!!!別人じゃねぇか!!!」
オルストンと名乗る男にレインは叫んだ。
オルストンはレインがブラックマーケットで遭遇した過激な悪魔信者だ。彼の論文を見て悪魔のクライを召喚したのだ。
「ああ……。あの時はお金がなくてね。食べ物も食べられなくて体調がかなり悪かったんだよ~」
「いや、この違和感を体調が悪かったってだけでスルーするのは無理があるわ!第一!!しゃべり方も全然違うじゃん!!もっと不気味な感じだったじゃん!!!」
「フフッ!!そんなんだったかな?あの時は意識が朦朧としてたんだよ…。君が論文を買って、金貨をくれただろう?助かったよ!!」
(いや……ありえないだろう。人間数日でこんなに変わる訳がない!!でも……話している内容にまちがいはない。)
『おい。レイン腹が減ったから早く食わせろ。』
「オルストン。晩御飯は食べた?」
「いや、まだだよ~」
(信じられない。爽やかすぎる。本当にあいつか?まぁ考えても仕方ないか……)
「ちょっとご飯食べに行くからそこで話そうか……。うちの月光丸が腹が減ってイラついているからね。」
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




