レッドドラゴン掃討戦②
森の静けさと反比例するかのように盛り上がっている洞窟で男は盗んだ酒と食料を豪快に食い荒らす。
顔の中心に切り傷が入った筋肉質なこの男の名はギル。この盗賊達の頭目だ。
その男は無法都市のレッドドラゴンから命令を受けて盗賊団を組織し、売り物になる奴隷や金品を強奪している。
この世は弱肉強食。それはこの男が気づいた世界の真実だ。弱い人間は強い人間から搾取され続ける。
かく言うこの男もグランに命令され、こうして自分たちが手に入れた上納品を献上し続けなければならない。
王国騎士団に所属していた時と同じだ。高い地位でふんぞり返る屑みたいな高位貴族どものために命をかけて戦ってきた。そう言い方を変えれば搾取され続けてきた。
それに比べたら無法都市は暴力こそが正義。強い人間が全てを手に入れられる。この環境の方が騎士団の犬になっていた頃よりもまだマシだ。
(だから、今日捕まえたやつらも俺たちに搾取されて当然なのだ。)
ギルに獰猛な笑いがこぼれる。
宴会が落ち着くと広場に3人の人間が連れてこられた。
30代前半程度の灰色を帯びた髪をもつ細身の男性。同じくらいの歳で金色の長い髪と豊満な体躯をもつ女性。
そして10代半ばで金色の髪と黒いカチューシャが特徴の女の子がそれぞれ連れてこられた。
おそらくは家族であろうこの3人は首輪と錠をかれられた状態で運ばれてきた。
「随分とそそる顔になったじゃねぇか。」
にたりと嗤うギルとそれに呼応するように周りを囲む数十人の男達が下劣な声で嗤う。
「さて今後のお前らの運命だが、そこの男と娘は奴隷として売り払うことにした。殺されないことをありがたく思え。」
「だがな奥さん。あんたはダメだ。」
にたりと笑った表情を崩さず男は続ける。
「配偶者がいた経歴をもつ女は奴隷市場でも価値が下がるんだ」
「でも安心しろよ。お前は俺達で使い潰してやるからよ」
数人の盗賊達に引っ張られ、その女性はギルの前まで引っ張られてくる。
「セリカ!!おい!お前らやめろ!!!」
男の抵抗も虚しく数人の体を押さえつけられ、男の顔面は地面に叩きつけられた。
「おいおい!口の聞き方がなってねぇようだな!……やめてくださいだろ!!」
男は身動きを封じられ左右の盗賊達から腹を蹴りあげられた。
「ぐああぁぁぁ!!」
「お前に出来ることはこれから行われるショーを指を咥えてみておくことだけだぜ。へへっ」
男の顔色が絶望に染まる。
ギルがセリカと呼ばれた女の体をまさぐり始める。
「へへっ。旦那の前でこれから思う存分犯してやるからよ」
「やめて!お願い!やめてください!!」
アンナは顔に涙を流しながら懇願したが、それはギルの嗜虐心を昂らせるだけだった。
「くくっ。いいなその表情。最高にそそられるぜ」
ギルそう言い、セリカをおさえつける。
「やめろ…やめてくれ……」
この場で男の懇願が聞き入れられるはずがなかった。
2人が失意に打ちひしがれていたその時
少女が拘束していた男に噛みつき。セリカのもとに駆け出した。
「ぐぁ!!」
その勢いのままギルに噛みつこうとしたが、あえなく近くにいた盗賊に取り抑えられてしまった。
「うぅ…」
涙を流しながら、少女は悲痛な声をこぼした。
「アリス!!」
セリカは悲痛な叫び声をあげた。
「おい!!何しやがるクソガキ!!」
少女に噛まれた男が激昂しながら、近づき拳を振り上げた。
「おい!その拳どうするつもりだ?」
そう言うとギルは激昂した男を睨み付けた。
「いや…。これは…」
たじろぐ男にギルは続ける。
「大事な商品をどうするつもりだって聞いてんだよ」
殺気を含んだ低い声で男に問いかけた。
「ちっ!邪魔が入ったが続きをやるか……がっ!!」
突然、ギルの声帯に異変が生じた
「な、ナンダヲエ?」
首を周回するように切り傷が入った。
「アッ…」
気づいたときにはすでに遅く。ギルの頭と体は切り離されていた。
◆
レインは目的の洞窟を目指し山の木々をかき分けて猿のごとき身軽さで進んでいく。
小さい頃からこういった山で訓練を行っていたため、山での行動には長けている。
さらにこの山には小さいころに何度も来たことがある。
この広大な山はトライザンと言う名前で多種多様な魔獣が生息しており、独自の生態系を形成している。王国の法でも立入を禁止するほど危険な場所だ。このトライザンは西には街道を挟んで無法都市が、東には広大な領土をもつセルジオ伯爵領が存在する。
強力な魔獣は山脈の中心に生息しており、弱い魔獣が追い出される形で街道や町に降りることがあった。そこで高名なブルガリア王側近の宮廷魔法使いと魔法師団による強力な魔物避けの封印を広大な山の周囲に展開した。
それ以降、魔物が街道や町に降りることはなくなったと言われている。
それだけ中心部が危険地帯であることから、棲みかとするなら山に入る前の樹海にいると予想して千里眼で探索した結果、比較的短時間で発見することができた。
出来るだけ迅速かつ無駄な労力を使わないように幻術で全員の身体を透明化し、移動している。
魔物との無駄な戦闘を避けるためだ。
そしてあっという間に目的の洞窟に到着した。
再度千里眼を使用する。
肉眼でわかるとおり入口に2人、残りは全て洞窟の大きく拓けた広場にいるようだ。そこで囚われたと思われる3人が大量の盗賊達に囲まれている。
(随分と趣味の悪いことだ。)
自然とレインはそう思った。
『悪魔くん。肉体は死んでいる方がいい?それとも瀕死の方がいい?』
そう悪魔の少年に言った。
『どちらでも良いですが、死んでいる方がいいですね。その方が宿主の抵抗がないですから…』
『了解。ならあの囲われている3人以外は皆殺しで』
『承知いたしました。私は何をすればよろしいですか?』
『月光丸の護衛と気に入った肉体を見つけて、取り憑くだけでいいよ』
そして、レインは洞窟を見据える
「さて…やるか…」
◆
先ほどまでの賑わいが嘘であるかのように広場はレインが作り出した静寂に支配されていた。
盗賊の頭目であるギルが頭と胴体を切り離されて絶命したことを確認すると広場をぐるりと見渡した。
死体となったギルから流れた血が鞭のように柔軟で槍より長い刃となって父親と娘を取り抑えていた盗賊を貫いた。
それと同時にレインは盗賊の群れに向かって全力で駆け出した。囚われた父親と娘を盗賊から引き剥がすのが狙いだ。しかし、それに気づいた数人の盗賊達は2人を人質にとろうと動き出した。レインは反射的に娘の方に駆け出した。
娘の服を掴んだ盗賊に対して投擲した短剣を眉間に命中させ、娘を抱き寄せる。
もうひとりの盗賊から振り下ろされた剣は素手で受け止め、その流血を刃に変えて目の前の男と父親に襲いかかっていた盗賊に命中させた。
脱出した父親はすぐさま母親に駆け寄った。
それを横目で視認し、娘を母親の元まで連れていった。
レインはすぐに、3人の周囲に対物理結界を発動した。
「あ…」
娘が何かを言おうとしたが、レインはそれを手で制す。
「もう少しだけ待ってもらえますか?」
レインは3人に背を向けて盗賊達に向き直る。
ここまでの攻防で5人始末したが、目の前にいる盗賊は40人ほどいる。
レインは短剣で自らの手首を切った。
レインの血は足元ドバドバとにこぼれおちて血溜まりを形成した。そこからギルとその他4人の盗賊達の全身の血が急速にその血溜まりに収束し、徐々に大きくなっていく。
収束していた血溜まりはレインの目の前で弾けた。
弾けた血は刃となり、目の前の盗賊の群れに襲いかかった。
数百本にも及ぶ血の刃はまるで生き物のように盗賊達を追い詰め仕留めていく。
盗賊達の陣形は完全に崩れ、そこら中から断末魔の悲鳴が聞こえてくる。出口に向かって逃亡するものもいたが、逃がすつもりはなかった。
レインは彼らを全力で追いかけて、仕留めた。
先ほどまで獲物を弄んでいた盗賊達がいつの間にかただただ狩られるだけの獲物となっていた。
◆
先ほどまで盗賊達の宴で賑わっていた広場は今は死体と血痕で溢れかえっている。
レインは悪魔くんと月光丸は幻覚で見えないようにしている。
悪魔くんはギルの体を乗っ取りゆっくりと立ち上がった。そこに血を抜かれ、枯れた体になった元ギルの体にレインの血を流し込む。
血操術を使用した痕跡を隠蔽するため、広場内の血痕を液状化し、回収する。
広場内はとても静がだった。こういった静けさをレインはとても心地よく感じる。
そして囚われていた3人の元に近づく。
顔には助かった安堵と恐怖心を含んだ顔でレインを見つめていた。
(ちょっとやり過ぎたかな…。)
「月光丸。」
そうレインがいうとタタタッっとレインに近づき肩に乗ってくれた。
悪魔くんの方を見ると完全にギルの肉体をものにしたようだ。
そしてその体は徐々に変形し、悪魔の姿になる。
しかし、目の下の紋様は消えていた。
普通の人間と見分けがつかない姿だ。
(え?姿を変えられるのか?月光丸が猫から姿が変わらないからてっきりできないと思っていた。)
『それはあの肉体が魂も精神もない死んだ体だからだ。』
レインの疑問に答えたのは月光丸だ。
『死んだ体に憑いた場合、姿を変形させることができる。あれは生命ではなく物質だからな』
『死んだ体は精神と魂がないため取り憑きは簡単だし、体の変身もできる。だが、力を発揮しづらく、溜まりにくい。』
『私はこんな体だが、悪魔としての力は今だ成長し続けている。それにあやつは1年後にはまた新しい体を探すはめになるであろう。』
『なるほど、だから君はその体を選んだんだね。』
『ああ。だがこれは失敗だったと、自分では思っているがな』
悪魔くんがこちらに近づいてくる。
「お待たせしました。ありがとうございます。」
深く頭を下げて、悪魔くんは礼を言った。
元の肉体の持ち主、ギルは筋肉質な男だった。だが、今は細見10代ぐらいの男の子のような見た目になっている。
器ができたことにより、悪魔くんから発せられていた魔力はなりを潜めた。
(これなら悪魔とバレることはそうないだろう。)
そう思い、悪魔くんを覆っていた幻覚魔法を解除した。
さて…
くるりと3人の方を向くと黒いカチューシャをつけた金髪の女の子が目の前にいた。
「うおっっ!!!」
レインはビックリして少しだけ体を仰け反らせた。
「可愛い猫ちゃんですね!!」
(か、可愛いぃぃぃ!!)
レインはアリスを見て顔を赤くしながら答える。
「げっ月光丸です」
「抱いてもいいですか?」
「は、はい…。どうぞ」
声を上擦らせながら、答えたレインはゆっくりとアリスに渡す。
(お前はどこに行っても人気だな、月光丸よ)
そんな月光丸は撫でられてとても気持ち良さそうだ。
「ありがとうございます。」
そう言って月光丸をレインに返した。
返した際にお互いの手が触れた瞬間にアリスはレインの手を包み込むようにして握った。
「!!!!!!」
(か、顔が近い!!それになんかいい匂いもする!!)
(て、手もすべすべで柔らかい!!これが女の子の手…。か、顔が暑い!!は、早く顔を隠さなくては…って、手が封じられている。)
レインはパニックに陥った。
「あの、助けていただいてありがとうございます。私はアリスと言います。」
「だ、だだだだ大丈夫です。当然のことを…しただけですから」
上擦りまくった声でレインはそう返した。
(この娘、距離が凄く近い。でも可愛いから不快に感じない。むしろ……)
「それでも!私を救っていただいたのは事実です!よろしければ、お名前を聞いてもいいですか?」
「レインです」
じっと見つめてくるアリスから顔をそらし答えた。
「レイン様。助けていただいてありがとうございます。何か御礼をさせてはもらえませんか?」
「あの……。様付けとかはしなくていいですよ。何か気恥ずかしいので……。」
レインはこれまでこのように丁寧な呼び方で呼ばれたことがなかったので気恥ずかしくなっていまい、そう言った。
「え……。じ、じゃあ……レイン。」
顔を赤くしながら、アリスはそう言った。
「……………………」
(やってしまった……。いざそんな感じで言われると気恥ずかしいどころの騒ぎではない)
「あ、えと……。レインも私のことはアリスって読んでくれていいからね…。」
(何だ……。この気恥ずかしい感覚……。初めて感じるものだ)
「え…ええ。」
そんな話をしていると男が近づけてきた。
「家族共々助けてくれてありがとう。私は王都で商会を営んでいるリデルと言います」
リデルはレインに向き直り深々と頭を下げた。
「レイン君。君がいなかったら、我々はどうなっていたか…。」
それと同時に横にいるセリカも頭を下げた。
「あ…い、いや……はい。どうも…」
リデルはその後、悪魔の少年に話しかけた。
「君もありがとう。助かったよ。君の名前も聞いていいかな?」
「………………」
それを聞いて悪魔くんは黙ってしまった。
「彼の名前はクライです。すみません。ちょっとシャイな性格なので」
クライとはレインが即興で考えた名前だ。目の下の紋様が涙みたいで泣いてるように見えたからクライにした。
「お疲れでしょうから、ここで少しくつろぎながらお待ちください。クライはついてきて…。」
レインはそう言って、3人に背を向けて歩きだした。
(さて、商会や貴族を襲っていたならあるでしょ!金品、財宝……。やはりこういった依頼は秘密裏に莫大な報酬が得られるから非常に助かる。それに今日エルザさんはいない。全部僕のものだ!!)
『よいではないか!それで私に美味い飯を食わせろ』
レインがそんな事を考えていると月光丸が話しかけてくる。
『ああ…。わかっているよ!』
そんなことを話ながら洞窟内部を進むとやはり深部に数多くの盗難品があった。
食料品、生活用品、美術品、金貨などなどが存在していた。かなりの量だ。
(うひょぉぉ~(゜∀゜)。すごい!すごいぞ!!宝の山だぁぁ!!これで貧乏から脱出できるぞぉぉ!!)
『レインがギャンブルで溶かさなければ、お金はまだ豊富にあったんだがな』
チクリと月光丸が言う。
『月光丸。うるさい。もうあんなへまはしない。』
ただ、宝の山を見たレインは気付かなくていいことに気づいてしまった。
『あの3人のものもここにあるんだよな…。さすがにそれは返すか~』
『律儀だな。お前は』
月光丸は面白くなさそうに言った。
『まぁね。大事なものもあるかもしれないからな…』
人は思い入れのあるものは肌身話さす持っているものだ。思い入れによっては金には変えられない価値がその人にとってある。
レインはそれをわかっている。
『それよりクライという名前を勝手につけてしまったけど、人間社会に紛れて生きるには名前が必要なんだよ。気に入らなかったらごめんね』
月光丸という名前には失笑されていた感じがしたからね。
『いえ、素敵な名前をありがとうございます。』
感情はわからないが、納得してくれているのなら良かった。
『安心しろこやつは喜んでおるよ。』
そう月光丸は言った。
『なら良かったよ。』
レインは大量にある宝の山の下に広い範囲に水玉を作成し広間まで運搬した。
◆
アリスは洞窟の奥に向かうレインの後ろ姿を見て、ボンヤリしていた。
「アリス……。あなたちょっと攻めすぎよ?レイン君困ってたでしょう?」
セリカはアリスを嗜めるよう言った。
「え?なんで?」
アリスはキョトンとした顔をしてセリカに問いかけた。
アリスはどう説明しようか考えた末、何でもないわといって諦めた。
リデルは娘が男たらしになってしまうのではないかと不安を募らせていた。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。




