【第98話 不味い!】
マーガレットをトンプソンに引き渡したカリーナは、少しだけ驚いていた。
トンプソンとのやり合いの中で、突然、スキルを獲得したのだ。
『判断力』
このスキルを得てからは、ようやくトンプソンが何故激怒しているのかが理解出来てしまった。
(そうか。そういう事か! 確かにマローは惜しいことをした。今ならマローのスキルで自分の価値も教えてもらいたかった。目の前のトンプソンが100億ならば、おそらく自分は200……いや、300億の価値はあるはずだ!)
判断力スキルが派生した後では、マーガレットの挑発も自殺志願なのだとハッキリとわかってしまった。何よりも恐ろしいのは、今回の作戦でやらかした自分の愚かさも、ようやく自身で理解してしまったことだった。
(不味い。このまま兄貴に報告されたら、私は間違いなく降格される!)
判断力スキルのせいで、自分の愚かさに気づいてしまったのだ。それと、急に態度を変えてしまったことで、間違いなくトンプソンにも新スキルが派生した事がバレてしまった。判断力スキルがあるのにも関わらず、カリーナはますます混乱をしてしまっていた。
これならば、ただのバカのままの方が幸せだった。トンプソンに言われた通りのバカのままが良かった!
頭の良い奴らはいつもこんな葛藤の中、生きてるのかと思うと、あの土壇場でのマローもこうして葛藤をしていたのだと、いまさらながら理解できてしまった。
◆
そして、悩んで悩んでグッタリしていると、夜中にトンプソンから呼び出された。
「こんな夜中になんだい? おや? デビットも残業かよ。仕事熱心だねぇ」
「まあ、座れ。明日からの予定を大幅に変更した。デビットから説明をさせる。頼んだぞ、デビット」
デビットがホワイトボードを使って説明を始めた。前半部分は明日からのトンプソンとデビットの出張についてだったので、カリーナはかなり暇そうに聞いていた。
「あいよ。明日から無期限でサンフランシスコへ行くんだね。好きなだけ行ってきなよ」
「それでですね、カリーナさん。ここからが重要です。実はこの街に勇者が滞在してます。カリーナさんは勇者に顔バレしてるので、街に出る時は気をつけて下さい。まあ、見つかってもカリーナさんなら楽勝で勝てるはずですが……。一応、このメンツが勇者の仲間です」
デビットはホワイトボードに仲間の写真を貼り付けた。
「ふ〜ん。大したことない奴らしかいないねぇ。トンプソンが留守中にぶっ殺しても良いんだろ?」
「ダメだ! 俺のいない時にそんな事をするな。カリーナには完全犯罪は不可能だ。強引に殺せば確実にこの会社のことも警察に露呈する。今のカリーナはゾーン団でもあり、ZONの重役でもあるんだぞ。会社に迷惑になる行動を控えろ!」
普段のカリーナならトンプソンに掴みかかっていたが、判断力スキルのせいでトンプソンの言ってる事が正論だと理解できてしまうので、掴みかかれなくなってしまった。
(不味いな……。完全に新スキルのことがバレてるな……)
トンプソンは今のリアクションだけで、カリーナに冷静になれる新スキルが派生した事を確信していた。
◆
そして、明日からの社長権限を全てカリーナに託すため、トンプソンがモナを呼んだ。モナが部屋に入ると、モナにも指示を出した。
「明日からしばらくカリーナが社長代行だ。モナは明日からカリーナへ就いてくれ。カリーナもたまには真面目に社長仕事でもしてみてくれ。今回の出張で上手くいった場合は、俺は社長職をデビットに譲る。なので、デビットだけではなく、カリーナにも経営について学んで欲しい」
「あいよ! 社長職くらいは私にもできるってとこを見せてやるよ! モナ。明日からよろしくね!」
そう言って、カリーナは自室へと戻って行った。
(不味い! 不味い! 不味い! トンプソンは実験が成功したら、そのまま兄貴の所へ行くつもりだ!)
カリーナは当然、明日の実験について全て知っている。長年、ゾーン団が苦労していた事が明日で全て終わるかも知れないのだ。
これが成功したら、間違いなくトンプソンの序列は跳ね上がる! そして、トンプソンからは私の失態も必ず報告される。レアスキルの持ち主であるマローを殺害したことは、兄貴にバレたら妹の私でも必ず処刑されるはずだ! 私が処刑されると三位の座が空く。兄貴なら間違いなくトンプソンを私の代わりに三位にするだろう。
(不味い! 不味い! 不味い! 不味い!)
判断力スキルは、カリーナには最も相性の悪いスキルだった。
◆
そして、翌朝。港の一角を貸切にして原子力潜水艦を停泊させていたデビットが、マーガレットとトンプソンを乗せたリムジンを出迎えた。
トンプソンが降りると、続いてマーガレットとレベッカも降りてきた。
「おはようございます。ボス! すぐに出港出来ますよ!」
「うむ。さあ、レベッカ。マーガレットと乗り込んで例の部屋まで案内してやれ」
レベッカがマーガレットを原子力潜水艦のハッチから中へ招き入れた。中に入ると、レベッカはマーガレットを核ミサイルのギッシリ詰まった格納庫へと案内した。
「マーガレット、このミサイルを撃てるようにして欲しいのよ。核兵器ってセキュリティがオバケなの。絶対に解読出来ないようになってるのよ。翻訳持ちのマーガレットなら、このセキュリティを上書きできるでしょ?」
マーガレットの予想は、見事に当たってしまった。
「やっぱりね……。レベッカ。これを撃てるようにしたら、貴女にも影響があるかもしれないのよ?」
「かもね。でも、社長はZONだけは守るはず。西海岸以外のところで使うつもりなのよ。だから、私も社長に協力をするの。この核ミサイルで我が社がますます大きくなるかもしれないもの。さあ、早くやってみてよ! これがキーボード。これを使って!」
レベッカがキーボードをマーガレットに手渡した。
が、マーガレットが微妙な顔をした。そして、とても申し訳なさそうに答えた。
「ごめんね。レベッカ。私にはできないの」
「は? ここに来て逆らうの? マーガレット、うちにはヒーラーがいるって言ったよね? それって異世界人のアナタならわかるよね? 拷問も延々と続けられるのよ?」
レベッカがマーガレットを追い込んだ。それでも、マーガレットはキーボードを机に置いてしまった。
「本当にごめんね。私には本当に出来ないの。だって、私のスキルは翻訳。キーボードを打てない私はAlexaみたいな音声でしかプログラムをイジれないのよ……」
マーガレットはとても恥ずかしそうに俯いた。
レベッカは呆気にとられて呆然としてしまった。
それでも、マーガレットは人差し指だけでキーボードをポチポチ押してみたのだが……
「やっぱり、難しい……どうしましょう……こんなんじゃ100年くらいかかるんじゃないかしら……」
「マーガレット! アンタはわざとやってない!? Alexaなんて潜水艦にあるわけないじゃない!」
レベッカが慌てふためいている中、潜水艦は港を出航してしまった。
勇者から逃れるために、サンフランシスコの港へと進み出していた。
(第99話へ続く)




