【第99話 帰るの歌】
勇者チームから逃れるようにサンフランシスコを目指して進み出していた原子力潜水艦の中では、レベッカが本気で泣きそうになっていた。
「お願いします! もっと早くキーボードを叩けませんか?」
キーボードに向かってかれこれ三時間も経っているのに、マーガレットは相変わらず、指一本でポチポチと入力をしていた。
「ごめんなさいね。キーボードって初めて打つもんだから……」
そんなマーガレットの様子を見て、トンプソンも苦笑していた。
「クックックッ……。レベッカ。諦めろ。サンフランシスコに着いたらAlexaを買ってこい。それが一番早そうだ。とりあえず、勇者に見つからずにシアトルを出航できた事を喜ぼう! サンフランシスコではレベッカもマーガレットもしばらく休んでも良いぞ。マーガレットにはもう一つ魔道具を付けさせて貰えるならレベッカを伴って外出も許そう。潜水艦の中っていうのは素人が乗ると気が狂うらしいからな」
そんなトンプソンの優しい言葉を聞いて、逆にマーガレットはますます目の前のトンプソンが異質に見えて怖くなった。
(こんなゾーン団は見たことがないわ……。ある意味でここまでやり手なゾーン団が一番厄介な敵なのかもしれないわね……)
◆
一方でZONでは、カリーナがモナと真剣に話し合っていた。
「モナ。この国にいる殺し屋ってゾーンの男でも殺せるような凄腕はいるの?」
「ゾーンの男をですか? 戦闘で殺すのは不可能ですが、プロの殺し屋なら簡単に殺せると思いますよ」
意外な答えが返ってきたので、カリーナは拍子抜けした。
「は? 地球人が? ゾーンを? 簡単に殺せるですって?」
モナは自信満々に答えた。
「はい! 地球の歴史では戦争ばかりが取り上げられますが、本当の黒歴史こそドロドロとした暗殺の歴史でもあるんですよ。例えば私がカリーナさんを殺そうとしたら………そうですね。どんなに強くても息だけはしなくちゃいけませんので、窒息死を狙いますね。カリーナさんの家のガス管に細工するだけで簡単に殺せますよ?」
カリーナの判断力スキルが、目の前のモナに対して警戒を警告していた。
「アナタ、面白いわね。気に入ったわ! それで、そんな暗殺をお願い出来るプロの殺し屋っているのかしら?」
「探してみましょうか? カリーナさんは社長を殺すつもりなんですか?」
図星をつかれて、ドキッとしてしまった。
「どうして、わかったの?」
「逆に私からも聞きたいのですが、社長は近々、引退すると明言してますよね? 別に殺さなくても、いずれカリーナが実質、ここのボスになりますよね? それなのにわざわざ殺すのですか? しかも他人を使って? カリーナさんなら社長に勝てますよね?」
「これを聞いたらモナも引き返せなくなるわよ?」
「えぇ。良いですよ。近々に辞める社長よりはこれから社長になるカリーナさんにつくのは当然のことですもの」
「素晴らしい! アナタ、今後、私が異世界に帰る時にも同行して欲しいわね!」
「それも含めてお聞きしますよ!」
カリーナはモナに、自分の作戦失敗の事が兄にバレたら処刑されること、そして今、トンプソン達が行ってる実験が成功したらトンプソンは異世界へ帰ることなどを話してしまった。
モナも全てを聞いて納得した。
「なるほど。それならば確かに社長を殺すべきだと思います! カリーナ的には核兵器にこだわりは無いんですよね? 実験がこのまま失敗しても良いんですよね?」
「そうね。私は兄とトンプソンがどうしてあそこまで核兵器に固執してるのか理解できないのよ。あんなものを使っても世界は変わらないと思ってるの。だって日本という国では二発も落とされたのに変わらなかったのよね?」
「はい。むしろ平和になりました。カリーナさんは平和を望んで無いんですよね?」
「私だけじゃないわ。ゾーンの人間はトンプソン以外は争いをむしろ好むのよ」
「それでしたら、答えはひとつ。潜水艦ごと沈めましょう。それなら、証拠隠滅。誰も気づきません。ただの失踪事件として、いつか人々は社長の事もマーガレットの事も忘れます!」
これを聞いたカリーナは、ニコッととびきりの笑顔を見せて、モナに殺し屋の手配を全て任せることを決めた。
◆
翌日。モナは元傭兵の初老の男を社長室へと招き入れていた。その男は、原子力潜水艦を沈めるのは不可能だと語った。
「は? モナ。こんなクソジジイをなんで連れてきたのよ!」
「クリオさん! それはどういう事ですか! 昨日の話と違うじゃないですか!」
殺し屋クリオはニヒルに笑って答えた。
「勘違いするな。潜水艦ってのは海の中にいるんだぞ!? 生身の人間がどうやって水の中の潜水艦を沈められるんだよ。俺がやれるのは港に停泊してる時に細工するくらいしか出来ないんだよ」
少し困った顔をしてモナがカリーナに尋ねた。
「カリーナさん! どうしましょ? サンフランシスコの港で細工して貰いましょうか? どうせ、実験が成功したらオーストラリアゲートを使うためにオーストラリアまで潜水艦で行くんですよね?」
カリーナはトンプソンがサンフランシスコに到着する前に殺しておきたかったが、判断力スキルでも水中の中の沈没作戦は不可能な事が理解できてしまうので、ここはスッパリと諦めた。
「そうね。そうしましょう。サンフランシスコの港に停泊中にお願い。奴らの実験が成功してから細工してちょうだい。細工のタイミングはこちらから指示を出すわ。細工があまり早すぎてもバレる恐れがあるからね。オーストラリアへ向けて出航目前でお願いするわ」
そう言ってカリーナは手付金として半額の五十万ドルを手渡した。
「残りは成功後に支払うわ。必ず完全犯罪に仕立ててよ!」
金をカバンにしまい込んで、クリオはニヤッと笑って社長室から出て行った。
◆
それから三日後。貸切にしていたサンフランシスコの港に原子力潜水艦が停泊していた。レベッカとマーガレットは潜水艦から降りて、久しぶりの地上に出た。
トンプソンがマーガレットにミスリル製の指輪を装着して、レベッカの首にミスリル製のネックレスを付けながら説明をした。
「マーガレット、この指輪とネックレスは五メートル以上離れるとレベッカが死ぬ。帝国が禁じた奴隷制度が盛んな時代に作られた隷属の魔道具だ。貴様が逃げたらレベッカが死ぬ。それを忘れるなよ。レベッカ。Alexaを買ったら日暮れまでは好きにしろ。日暮れにはここへ戻ってこい」
そう言うとトンプソンは再び潜水艦の中に入っていき、潜水艦は沖に出るために出航した。
レベッカは潜水艦が見えなくなるまで見送ってから、街のある方向へ歩き出した。
「マーガレット、行きましょう。お願いだから五メートル以内を歩いてよね」
スタスタと歩き出したレベッカを見て、慌ててマーガレットも着いていく。
「あ! 危ないですよ! レベッカ! 私から離れないで! 隷属の魔道具が作動しちゃいます!」
◆
二人はショッピングモールに来ていた。レベッカはまっすぐAlexaを購入してから、二人でオープンテラスのカフェで軽食などを食べていた。
「これさえあればマーガレットは上書き出来るのよね?」
「さあ、どうかしら。Alexaの上書きだけはやったことはあるのだけれど、国家機密の上書きなんて初めてだから……」
レベッカは不思議だった。何故、マーガレットはすんなりと核兵器のセキュリティの上書きに協力的なのだろうと。
当初はタイピングできないというのも嘘だと思っていた。勇者が救出に来るまでの時間稼ぎなのだと考えていた。ところがAlexaを購入する時も難癖付けることもなく黙って見ていた。こんなに協力的なことが不思議でならなかった。
「マーガレット? 変なことを尋ねるけど……アナタ、どうして我々に逆らわないの? 今のアナタを見ているとむしろ協力的に見えるけど?」
「それは簡単なことです。トンプソンには勝てないことがわかったから。潜水艦の中で監禁されてるとワタルでも助けに来るのは不可能ですもの。完全に詰んでるのよね。私もワタルも。今の私にできることはトンプソンに協力して早く解放してもらうことしかできないんだもの。協力するしかありません」
レベッカとしては納得できる回答ではあったのだが、何故か違和感だけは取り除くことが出来なかった。何が、どこが違和感なのかは上手く説明できないけれど、マーガレットの態度がどこか気にかかっていた。
◆
そんな二人のことをからかうように、一羽のセキセイインコが二人のテーブルにパタパタと降り立った。
「ピヨピヨ!」
インコは必死でマーガレットに向かって鳴いていた。
たった今までマーガレットへの違和感でいっぱいになっていたレベッカも、さすがに可愛らしいインコを見て、ホッコリとして思わず笑顔になった。
「マーガレット、アナタのスキルならインコちゃんがなんて言ってるのかわかるの?」
マーガレットはニコッと笑って答えた。
「えぇ。わかるわ。インコって知能が高いと言われてるでしょ? それって本当の事なのよ。この子は一緒に歌いましょうって私たちを誘ってるみたい」
「へぇ〜。よく人の子供並みの知能があるとか言うわよね。あと、リズム感があるのも人とインコとオウムくらいなんですってね」
「うふふ。そうなの。この子もずっとカエルの歌を歌ってくれてるの」
「カエルノウタ? それは何?」
「えっとね。日本の童謡かな? 一緒に輪唱しようって言ってるの。可愛いわね。カエルの歌が〜♪って連続して歌う歌なの。帰る〜♪帰る〜♪ってね」
「そこまでハッキリと動物の言葉がわかるのね。羨ましいスキルだわ。いつか私の飼ってる猫の声も聞いて欲しいわね」
そう言ってレベッカは、テーブルの上で日本の童謡を歌っているという黄色いインコを微笑ましくしばらく眺めていた。やがて歌を歌って満足したのか、インコはどこかへ飛んで行ってしまった。
「あ〜、行っちゃった……」
「レベッカは動物が好きなの?」
「まあね。今は猫しか飼ってないけどね」
◆
マーガレットはそんなレベッカが嫌いではなかった。自分を監禁している側の人間なのだから恨んでも良いくらいなのだが、彼女の仕事へ対する真摯さを見ていたので嫌いにはなれなかった。今、着けている隷属の魔道具も嫌がることなく着けていたところも好印象だった。普通なら人質の事を信用しないから隷属の魔道具を着けるのを躊躇うはずが、上司であるトンプソンから隷属の魔道具をつけられる時も嫌な顔をせずに受け入れていた。
だからこそ、マーガレットも逃げられないと思った。自分が逃げ出すことでレベッカは死ぬ。
たった今、インコのレフトが迎えに来てくれたけれど、レフトには「(自分で)帰る! 帰る!」と言って、追い返してしまった。
自分のメッセージは来翔さんなら必ずわかってくれる。そんな期待を込めて、帰る!とレフトに言い聞かせた。
◆
レフトはレフトで、何度もマーガレットに「一緒に帰ろうよ!」と誘ってるのに逃げ出そうとしてくれないマーガレットを見て、自分の力のなさが情けなくなり泣きそうになっていた。
「ピヨピヨ!(一緒に行こうよ!)」
何度も鳴いてみたけれど、ダメだった。
妖精の国では大きくなれたから『鷲掴み』というスキルで人くらいなら運べたのに、地球での自分は小さな小鳥。人なんて運べない。そんな非力な自分が情けなくて泣けてきた。
そして、マーガレットからは「帰る! 帰る!」とだけ言われてしまった。
せっかく自分が一番に見つけてあげたのに、何も出来なかった。今はそれが悔しくて辛くて、泣きながら空へ飛んだ。ネーラと来翔の元へ、切なく泣きながら飛んで行った。
そんな泣きながら飛んでいくレフトを見ながら、マーガレットは気丈に振る舞うことしか、今は出来なかった。
(第100話へ続く)




