【第93話 説明しよう!】
「よいか。勇者ワタルよ。貴様の妻の翻訳とはな、通訳とはまるで違うスキルなのだ」
エレファントノーズフィッシュのアインが水面からニュッと口を出して、事の重大さを解説し始めた。
「通訳と言うとは、今、ビリーにネーラがやってることを言う。日本語から異世界語に訳してるだけだな? 翻訳とはこうして訳すことが出来るだけに通訳と混同しがちだが、まるで違う。別物なのだ。例えば、有名な映画のタイトルで言うのならば、映画『ランボー』と言う映画がある。我々、日本で暮らしていると、あの映画はランボーだな? しかし、あの映画の英語のタイトルは『First Blood』なのだ。通訳と言うスキルで直訳すると初血。最初の血となる。これが通訳と言うスキルなのだ。しかし、我々、日本で暮らしてる者からすると、あの映画のタイトルは『ランボー』なのだ! 翻訳とはこちらの都合の良いように言葉を改ざんできるのだ! 来翔、お主なら野球用語に詳しいからわかるのではないか?」
「そうだね、アイン。野球用語こそ通訳ではなく翻訳のオンパレードだね。ピッチャーは直訳すると投げる人なのに日本語では投手。キャッチャーも捕らえる人なのに捕手だよね? ホームランだって直訳したら『本の走り』になっちゃう。日本語だとちゃんと『本塁打』だよね。ストライクも直訳すれば『打つ』なのに、日本語だと逆に『打てなかった球』って意味で使われてるし。日本語と英語では直訳すると意味不明な言葉が沢山あるからね」
この説明で、ワタルは少しずつ事の重大さがわかってきた。
「ま、まさか。マーガレットにもそんな改ざん能力があると? 自分たちの都合の良いように書き換えることが?」
水面からニュッと口を出して、渋い中年男性のイケボでアインが語った。
「スキルとはレベルをあげてなんぼの世界。マーガレットの翻訳スキルがどこまでの改ざんが出来るのかは私にはわからん。ただ、地球に来て誰よりもレベルアップについて研究を進めてきたゾーン団なら、飛躍的にレベルアップする方法を知っているのかも知れないぞ? マーガレットのレベルが低くても上げる方法を知っているからこそ、今、攫ったのではないのか?」
ワタルの顔がみるみる青ざめていった。
◆
そんな落ち込んでいるワタルに、来翔が明るく声をかけた。
「ワタルさん! 幸いにもマーガレットのスキルは派生したばかりなんだよね? スキルのレベルアップって意外と大変なんだよ。な? ネーラ。ネーラの並航のレベルは今、どれくらいだい?」
ネーラはドローンを使って並航スキルの能力を見せながら答えた。
「ほら? ワタル。並航ってね、こうしてドローンと並んで飛んでるうちに派生したんだよ。最初の頃はドローンとレフトしか一緒に飛べなかったのに、今はフェアリーの国ごと運んだよね? それはワタルも見てたでしょ? 今の私は国ごと運んだからすっごいレベルだと思われがちなんだけど、実は並航ってね。重さで変わるの。フェアリーの国はクノン女王が浮遊スキルで浮かしてくれてるから、重さがないの。だから、運べたの。つまり、今の私の並航でもまだ、レベル7なの。スキルって経験値でも上がるんだけど、新たなチャレンジの方が上がるんだよ。何が言いたいかと言うと、並航スキルを育てるにはもっと色んな飛行物体と並んで飛ばなくちゃならないんだけど、この世にそんなにたくさんの飛行物体って無いよね? ドローン、インコ、紙飛行機、地面、こんなに頑張ったのにまだレベル7なんだよ。だから、翻訳ってスキルもどうすれば上がりやすい? 色んな言葉の通訳? それはきっと意味がないの。だって、私も色んな紙飛行機で試してみたけど、紙飛行機は紙飛行機なのよ。だから、色んな外国語で試しても、それは言葉としてカウントされるとおもうよ。ねぇねぇ、アイン。翻訳ってどうやって育てるのかなぁ〜?」
ワタルは全然知らないことばかりで、正直驚いてしまった。
来翔が異世界人はコチラ側でレベルが上がると提言したのは、随分昔のことだ。ワタルと出会って間もない頃。あの頃、二人で上ノ国基地に提言しに行って頭が狂ってると言われたことを、懐かしく思い出していた。
来翔はあの日からずっと、自分で研究を怠っていなかったのだ。それに比べて自分はどうだ。基地に報告してそれで終わり。あとのことは軍に任せて、自分ではスキルの研究など気にしたこともなかった。身近にチックルという異世界人がいたのに、スキルのことやレベルアップのことを蔑ろにしていたのだ。
思えば、来翔の周りには異世界人が多い。普段からレベルアップやスキル獲得を意識して当然だ。来翔がゾーン団並みにスキルについて詳しいことは、今のワタルにとって本当に救いとなっていた。
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水面からニュッと口を出して、アインが語った。
「翻訳を育てるのは確かに難しい。ただし、現時点でも出来ることがあるのだ。今、通訳と翻訳は違うと説明したが、翻訳がレベル1だったとしても、世界を終わらせる事が出来るのだ。ゾーン団がそれに気づいている可能性は高い。翻訳のいちばん怖い使い方は、プログラミング言語、コンピュータ言語と呼ばれるものも理解できてしまうということなのだ…」
それを聞いて、ワタルがようやく全てを理解した。
「ま、まさか! コンピュータ言語も翻訳できるんですか!」
「むろん当然だ。ちなみに『111001011001100010000111111010001000011010000101』とコンピュータに打ち込むと『勇者』と表記される。これがコンピュータ言語なのだ。0と1だけの言葉だ。これがどれほど恐ろしい事なのかわかるか?」
ワタルは真っ青な顔をして答えた。
「はい。銀行口座の預金額など好き放題に改ざんできますし、ゾーン団にも戸籍が存在する事も可能です!」
それを聞いて、呆れたようにアインが答えた。
「やれやれ。勇者様はまだそんな事を言っておるのか……来翔。説明してやれ」
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来翔が真っ青なワタルに優しく答えた。
「ワタルさん。思い出してください。ゾーン団が消えた時のことを。彼らは原子力潜水艦で逃げましたよね? あの潜水艦に核兵器が搭載されてるのかアメリカ軍からは公式な発表はされてませんが、間違いなく搭載してたと僕は考えてます。でも、核兵器ってのは厳重なセキュリティがあり、権限のない人は発射することも爆発させることも出来ないんです…」
ワタルは愕然としてしまった。何故、自分はそんな重要な事を見落としていたのだろう。ゾーン団は原子力潜水艦と共に消えた。当時は全ての新聞の一面がそんな見出しで並んでいたはずなのに、自分はそれをこの瞬間まで気にしていなかった。いや、たぶんそれは自分だけではないのだろう。ほとんどの地球人が、そのあとのトカゲ軍の事でゾーン団と原子力潜水艦の事なんて忘れ去っていた。
「まさか、本当にゾーン団は核兵器を使用するつもりなんですか!?」
「わかりません。かつてのロシアとアメリカのように手札として持っていたいだけかも知れませんし、どこかの国を攻撃するつもりなのかも知れません。ただ、僕がいちばん怖いのはマーガレットさんが意固地になって核ボタンの書き換えを断ること。利用価値の無くなったマーガレットさんは間違いなく殺されます。なぜなら、マーガレットさんはゾーン団から見ても怖い。こんなチートをコチラ側へ返す義理はありません」
水面からニュッと口を出して、アインも同意した。
「さすがは来翔。そこまで先読みが出来るのなら私から言うことはもう何も無い。私はいつものように予約業務に戻るとしよう。カスミ、今夜の団体さんは飲み放題プランに変更になった。酒屋にビールの追加を頼むといい」
カスミは早速、酒屋に電話をかけていた。ネーラやレフトも通常の宿屋の仕事に戻ってしまったので、ロビーには来翔とワタルとビリーだけが残された。チックルとファルコは難しい話が長すぎて、とっくの昔にスヤスヤと眠っていた。
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「とりあえず、西海岸に向かいましょうか! オーストラリアからアメリカまでは潜水艦で2週間程度かかるので、今から飛行機で行けば先回りできますよ! ただし、どの港に着くのかがわかりません。ここは皆で手分けしますか!」
来翔はアメリカ西海岸の地図を広げて説明を始めた。
「原子力潜水艦が停泊できるのはワシントン州のこことここ。あとはサンフランシスコのこことここです。ワタルさんはチームを率いてワシントン州をお願いします。僕はサンフランシスコを担当します! ワタルさんには遠距離攻撃のサポートも必要なんで、あの人に頼みに行きましょう!」
そう言って来翔はワタルとKeiワークスに乗り、近所の田吾作の家に向かった。
「今から田吾作さんという猟師の家に行きますからね! ワタルさんは田吾作さんは初見ですよね?」
「は、はい。噂だけなら聞いてますけどね。LEONさんと詩音さんの師匠ですよね? まさかその田吾作さんを俺のチームに入れるんですか?」
来翔はニヤニヤしながら答えた。
「まあ、まずは田吾作さんに会ってみて下さいよ。絶対に驚きますから!」
困惑するワタルを乗せて、Keiワークスは江差の街の中を軽快に走って行った。
(第94話へ続く)




