【第94話 田吾作一門】
来翔の宿屋から田吾作の家までは車で15分の距離にある。
来翔とワタルは西海岸作戦に必要な人員の確保をする為に、二人で田吾作宅を訪れていた。
来翔が小さな一軒家の前に車を停めた。
「ここです。ワタルさん。さあ、行きますか!」
来翔は田吾作の家の玄関を無断で開けると、挨拶もすることなく勝手に上がり込んだ。
「え? 来翔さん。勝手に上がって良いんですか?」
動揺するワタルに来翔が手招きしてスタスタとリビングへ入ってしまった。仕方ないので、ワタルも無断で田吾作の家に入っていく。
リビングに入ると、ソファには再放送の水戸黄門を真剣に見ているヨボヨボの老人がいた。見た目は貧相で小柄で、とても熊撃ちの名人には見えない。年齢も80歳を超えていて、この人が現役だとは到底思えなかった。来翔はそんな老人の背後に立ち、肩を揉んでいた。
「田吾作さん、この人が勇者ワタルさんですよ!」
田吾作は耳が遠いのか、来翔が耳元で大声で紹介していた。
「ど、どうも。田吾作さん…」
田吾作はワタルの方を見ることもなく、テレビの水戸黄門だけを見つめていた。途中のCMでやずやの広告が流れると「今だけ半額」の言葉を信じて、早速電話をかけて謎のサプリを注文していた。ただし、テーブルの上には大量のやずやや青汁が散乱していた。
さすがに肩を揉んでいた来翔も、電話中の田吾作に注意した。
「田吾作さん、このCMは毎日流れてるでしょ? それに目の前にもうやずやならいっぱいあるでしょ! これが無くなってから注文しましょ!」
それを聞いて、田吾作も渋々電話を切った。
(こんなボケ老人を俺のチームに引き入れようとしてるのか?)
ワタルは本気でムッとしてきていた。
◆
やがて水戸黄門が終わると、田吾作はテレビの電源を切ってくれて、ようやく来翔とワタルに挨拶をしてくれた。
「やんや、オメェたぢはなして黄門様の時間に来るんだべか、オラの一番の楽しみをなんだと思ってんのよ! はんかくせぇんでねーの! んで、何しに来たのよ!」
一見すると怒っているように見えるが、これが道南の訛りであることは、上ノ国在住のワタルでも知っていた。
「田吾作さん、奥さんは出かけてるのかい? ワタルさんが仕事でアメリカ西海岸に出張するから、奥さんにも参加して欲しくてね」
「あぁ、そったらことが! うちのやつはスーパーに行ってっから、そろそろ帰んでねーの? オラが水戸黄門見てる時はテレビの前から動かねーから、いっつもこの時間に買い物に行ってんだわ!」
田吾作の奥さんの方をスカウトしようとしている来翔に、困惑しながらワタルがたまらず質問した。
「ちょちょちょ! ちょっと来翔さん! 田吾作さんじゃなくて奥さんを!? 何故!?」
その時、奥さんが帰ってきたようで、玄関から女の人の声が聞こえてきた。
「ただいま〜。ダーリン。車から荷物降ろして〜。来翔さんの車が停まってるけど、来翔さんでも良いから手伝って〜」
その声を聞いて、来翔がそそくさと玄関へ荷物運びの手伝いに行ってしまい、リビングには田吾作とワタルの二人きりになった。少し気まずさもあり、ワタルから田吾作へ質問した。
「田吾作さんの奥さんも猟師なんですか?」
「何言ってんだ? オメェ。うちのヤツが漁師なわけねぇべや。うちのヤツは普通の女だ!」
「は? それなのにアメリカ西海岸へ出張を許すんですか? とても危険な仕事ですよ?」
「やんや! 車で買い物行くのも危険でねぇの! この世に安全なことなんてねぇべや! 刺身を食っても危険。信号を手を挙げて渡っても危険。ガスコンロに火をつけるのも危険。この世に危険じゃねぇ事なんてあんのかい!?」
「た、確かに……。いや、そういうことじゃなく、ハッキリ言いますけどアメリカ西海岸には戦いに行くわけで、負けたら死ぬんです。そんな戦場に高齢者である奥さんを連れていく訳には行きませんよ」
「なんも! うちのヤツは俺よりも若ぇよ! だから、大丈夫だべ。それに、本人も行きたがるからよ。アメリカとか外国とか好きな奴だからよ」
「いやいや、だからただの海外旅行じゃないんですって!」
◆
そんな時、荷物をキッチンに運び終えた奥さんと来翔がリビングに入ってきた。
「久しぶりね! ワタルさん!」
リビングに入ってきてワタルに声をかけたのは、A-Classハンターの詩音だった。
「は? なんで詩音さんがここに!?」
来翔がニヤニヤしながら補足した。
「なんでって、ワタルさん。実はこの二人は夫婦なんですよ」
あまりの驚きに、ワタルはフリーズした。
「あら? ワタルさんが固まってるわね…。どうしたのかしら?」
「たぶん、知らなかったら誰でもこうなるんじゃないですかね? ね? ワタルさん。ビックリしたでしょ?」
ようやく、目の前の光景がドッキリではないと理解し始めたワタルが、徐々に動き出した。
「な! な! な! なんで!? どうして!? どうしてこうなった!?」
◆
トカゲ軍を倒したあとの平和な日々の中、詩音はワタルのように国民的なアイドルハンターとして多忙を極めていた。ワタルのように、何度もドラマ化やアニメ化や映画化もされていた。
そんな中でも詩音は定期的に田吾作の元で狩のシーズンには江差に来て、LEONと共に田吾作の修行を受けていた。LEONは来翔の家に住んでいるので来翔宅から田吾作宅まで通えるが、詩音の自宅は函館市にあるため、狩のシーズン中は田吾作宅に寝泊まりしていた。
そんな日々の中、田吾作と詩音は結ばれて結婚することになった。
田吾作83歳。詩音23歳の年の差婚だった。詩音が所属しているタレント事務所の意向で、表向きは師弟関係と公表されているが、二人はとっくの昔に婚姻関係になっていたのだ。
「嘘だろ……。こんなクソジジイと超美女の詩音さんが?」
自分の旦那がクソジジイと呼ばれたことで、詩音がムッとして答えた。
「ワタルさんは山でのダーリンを見てないから、そんな事を言うのよ! 一度、山でのダーリンを見てご覧なさい! 勇者ワタルなんか足元にも及ばないくらいカッコイイんだから!……んで、今日は何しに来たの? 勇者が来るなんて、何かあったのね?」
ようやく、来翔からマーガレット拉致事件のあらましが語られた。
「なるほど。私が勇者の援護射撃要員って事ね。本当に勇者は近接攻撃しか出来ない弱点を克服してないのね。平和ボケしたままタレント活動をしていたツケね…。全くもう。仕方ないわね。行くわよ。ただし! 一つだけ条件があるの」
「条件? どんな?」
「ダーリンも行く。私とダーリンって新婚旅行がまだなのよ。事務所が結婚してることをまだ世間に言うなって言うから。このアメリカ西海岸をわたしたちの新婚旅行にしましょ? ね? ダーリン」
「やんや! アメリカさ、新婚旅行? めんどくせぇなぁ! アメリカなんて年寄りが行っても楽しくねぇべや!」
「そんな事ないわよ。ダーリン! アメリカにはヒグマよりも大きなクマがいるのよ?」
「行く! 行くに決まってるべや! いついく? 今か!? ほれ! 詩音も支度しろ!」
こうして田吾作と詩音がワタル班に加わった。
◆
田吾作がワタルの背後を見て呟いた。
「オメェってよ。パスポート取れんのか?」
ワタルは田吾作が自分に言ってるのかと思って答えようとすると、突然、ワタルの背後から声だけが聞こえた。
「アリャマ! 私にもわからない。でも、私も是非、参加したい。何故ならば私はゾーン団を追ってここまで来たのだから」
そう言って保護色を解いて、LEONが姿を表した。勇者ワタルでも全く気づかないまま、LEONはワタルの背後にずっと立っていたのだ。
「えっ!? いつの間に?」
そんなワタルを見て爆笑しながら、来翔が説明をした。
「ハハハ! やっぱり気づいて無かったんですね! LEONさんはエスコンからずっといましたよ?」
「嘘だろ……エスコンから? じゃ、オスプレイにも乗ってたって事ですか!?」
「うむ。無銭乗車させてもらった。なので、最悪、私にパスポートが無くても立ち乗りならばアメリカ行きの飛行機に乗ることは可能だ」
ワタルは目の前にいる田吾作一門を見て、とても心強く感じてしまった。
「凄い! 詩音さんもこんな風に気配を消せるんですか!?」
詩音はニヤッと笑った瞬間、ワタルの見ている前から姿を一瞬で消した。
「凄い!」
ワタルが詩音を褒めた瞬間、田吾作が虚空の中に突然手を出して、ガシッと何も見えない空間の中から詩音の腕を掴んだ。
「相変わらず、詩音のかくれんぼはまだまだ甘ぇなぁ。こんなんは丸見えだべさ!」
ワタルからは詩音の腕しか見えない。が、腕を掴まれた詩音は照れくさそうに姿を表した。
「エヘヘ。だってこうすればダーリンが手を繋いでくれるからわざとよ! わざと!」
「なんのアツアツなんですか! 気持ち悪っ!」
思わずワタルはツッコんでしまったが、しばらく会わないうちに詩音がますます強くなってることが頼もしくなっていた。
LEONに至っては再び保護色で消えてしまっていて、この部屋にいるのかどうかもわからなくなっていた。今のLEONは田吾作でさえ、全く見えないのだと田吾作が説明していた。
(これなら! これなら! これならマーガレットを救い出せる! 進化してないのは俺だけだった!)
LEONのパスポート、田吾作の銃の海外への持ち出しなど、色々と些細な問題は残されているが、間違いなく一歩前進できたことを、ワタルは素直に喜んでいた。
(第95話へ続く)




