【第92話 世界が終わる日】
ワタルが自宅へ戻ると、ピーピーと泣いているファルコがサムソンに抱えられて待っていた。
「ファルコ!」
チックルがファルコに飛びついた。
サムソンにはファルコが泣いている理由がわからなかったので、グレンがサムソンへ説明していた。
「ピーヨヨヨヨヨピーピー!」
「うん。ごめんね、ファルコ。ママが悪かったね。もう置いてかないから許してくれる?」
「ピーヨヨヨ! ピーピーヨヨヨヨヨ! ピーピー!」
チックルが泣きながらワタルに通訳した。
「あのね、ワタル……ファルコがお兄ちゃんとマローのオジサンが地面でグッスリと眠ってたから、起こしに行かないと蛇に齧られるから可哀想だって……」
「うん。わかった。俺がグレンさんと行ってくるよ。チックルはファルコと家で待ってな」
「うん…そうする…」
◆
グレンの手配でMI6から応援が到着し、勇者宅をぐるりと囲んで警備してくれていた。ワタルとグレンはリリベットの案内でマローとリッチの遺体を回収しに向かった。
現場には、マローとリッチとネグラスの遺体が転がっていた。
「マローさん……」
その壮絶な姿を見て、ワタルが泣きそうになった。
「勇者様…マローは私を助けるために…身を挺して守ってくれたんです…」
リリベットはマローの遺体の前で泣き崩れていた。
ワタルとグレンは丁重にマローとリッチの遺体を車に回収した。ネグラスの遺体は二人で穴を掘って埋葬し、彼の持っていたM1カービンを墓標として立てた。
◆
それから数日後、ワタルは日本へ帰国した。久しぶりに上ノ国の自宅へ戻ってきている。もちろんチックルとファルコも一緒だ。
「ファルコ、ここが私たちの家だよ。上ノ国は雪が降るから面白いよ!」
「ピーヨヨヨ!」
「ワタル、早くネーラのウチに行こうよ! ファルコをレフトに紹介しなくちゃ!」
「今は来翔さんがいないみたいだ。LINEも既読が付かないなぁ」
「良いじゃん! 来翔がいなくてもリスタオールかカスミがいるんじゃない?」
「そうだね。とりあえず行ってみるか! 来翔さんはもしかしたらラッキーピエロにいるのかもしれないしな」
ワタルとチックルとファルコが車で来翔の宿屋まで来てみると、やはり来翔は留守だった。出迎えてくれたのはカスミだった。
「ありゃま! ずいぶんと久しぶりだこと〜! ワタルさん! せっかく来てもらったんだけど、来翔さんは留守だよ〜。今ね、広島に行ってんだよ」
「えっ! 広島ですか!? 里帰りかなんかで?」
「ありゃま、そっちの広島じゃなくてエスコンのある方の広島だよ」
「あぁ、北広島ですか〜。いつ帰るのかわかりますか?」
「さあねぇ〜どうだろうねぇ〜。交流戦は三連戦だから早くても明後日かねぇ〜。LINEしてみたらどうだい?」
ワタルは自分のスマホを取り出してもう一度LINEを試みたが、既読が着く気配はなかった。
「やはり、既読になりません!」
「ありゃま!」
カスミも困った様子で、プロ野球中継を見るためにロビーのテレビをつけた。ちょうど日ハム対広島カープの交流戦が行われていて、二回表と表示されていた。
◆
エスコンフィールドHOKKAIDOがある北広島市は、明治時代に広島県から集団移住してきた人々によって切り拓かれた歴史を持つ。
1884年、広島県出身の和田郁次郎という人物がリーダーとなり、広島県民二十五戸・百三人が現在の北広島の土地へ集団で入植したのが始まりだった。当時は鬱蒼とした大密林で厳しい自然環境だったが、彼らは故郷のプライドを胸に開拓を進め、この地を「広島村」と名付けた。
その後、村から町へと発展し、1996年に市制施行する際、本家の広島市と名前が重複することから「北広島市」という名前が誕生した。すでに定着していた鉄道の駅名がそのまま採用された経緯もある。
今でも北広島市は、広島県東広島市と姉妹都市として交流が続いている。
そんな縁もあり、対広島カープ戦では、普段は日ハムカラーの青で埋め尽くされるエスコンが、この日だけは真っ赤に染まる。球場の熱狂の中では、スマホの着信音などはとても聞こえてこない。ワタルがいくらしつこく電話をかけたとしても、試合終了まで来翔が気づくことは有り得なかった。
◆
テレビ中継の中、真っ赤に染まるエスコン球場を見て、ワタルとカスミが感嘆の声を漏らした。
「「ありゃま!」」
その様子を、ロビーの水槽の中から黙って見ていたエレファントノーズフィッシュのアインが、水面からニュッと口を出し、渋い中年男性のイケボでワタルにアドバイスを語り出した。
「それならば、今からでも八雲まで走りカーコのベル222ヘリならばエスコンまでは九回裏には到着出来る。それから、最近、カーコキーコ航空会社ではオスプレイを購入したばかりだ。特にカーコはオスプレイの宣伝をしたいと奔走している所だ。勇者がそのモニターとして利用してやる事で三割引程度にサービスしてくれるだろう。ちなみにオスプレイで向かうと五回裏には到着出来る。個人的にはオスプレイでエスコンまで行くことをオススメする」
そう言って、アインは悠々と水槽の中を泳ぎ出した。
「そうか! カーコか! 行こう! チックル、ファルコ! すいませんけど、カスミさん! カーコの会社にオスプレイの予約を入れておいて貰えますか! ちょっとマジで急ぎの用事なんですよ!」
カスミが笑顔で引き受けてくれたので、ワタルは車に飛び乗り八雲まで走り出した。八雲のカーコキーコ航空会社に着くと、既にカーコがオスプレイのエンジンに火を入れていた。
「ワタルさん! 早く早く! エスコン上空で良いんでしょ? パラシュート使う? エスコン周辺にはオスプレイは降りられないよ?」
「いや、パラシュートよりもワイヤーでいいや! パラシュートだと畳むだけでも時間がかかるからね。ウインチで降ろしてよ! 来翔さんをピックアップするから上空で待っててくれないか」
カーコとキーコが親指を立てて了承した。
初めて乗るオスプレイに、チックルとファルコが大興奮だった。
◆
ワタルを乗せたオスプレイは、あっという間にエスコン球場の上空に到着した。この日はエスコンの屋根が開放されていたので、観客たちはエスコン上空のオスプレイに釘付けになった。そんな注目の中、颯爽と国民のアイドルとなっていた勇者ワタルが、ワイヤーでスルスルと降りてきたのだ。会場は熱気に包まれた。
観客の多くは回跨ぎ中のエキシビションだと思って拍手喝采を送っていたが、ワタルの緊迫した顔を見て事情を察知した来翔が、すぐに気づいて球場の外野に降り立ったワタルの元へ駆け寄った。
「ワタルさん! こんなとこにどうしたんですか? 事件なんですよね?」
「さすが来翔さん。助けてください! 俺一人じゃどうにもならなくて……」
「わかりました! 少しだけ待ってて下さい! 連れも連れてきます!」
そう言って、来翔は自分の席に戻っていった。その間、エスコン球場のDJを務めるエバンズ・マラカイによる即興インタビューが始まった。
「勇者様! 本日はエスコン球場へお越しくださりありがとうございま〜す! エスコン球場は初めてということで如何ですか?」
「はい。とても素晴らしい球場だと思います! 俺はカープが大好きなんで直に見られて嬉しいです!」
その一言で球場全体が揺れた。
インタビューが盛り上がっている中、ワタルの目の前には来翔、ネーラ、レフト、そして何故か異世界の賞金稼ぎの首領であるビリーが勢揃いしていた。
「え? ビリーさん? 何故、エスコンに?」
ビリーはまだ日本語を完全にマスターしていないので、来翔が代わりに説明した。
「ビリーさんにプロ野球がどれだけ儲けになるのかを説明してたんですよ」
ハンターを辞めても逞しく生きている来翔の姿に、ワタルはさらに尊敬の念を深めた。
ワタルは上空のオスプレイに合図を送り、全員にハーネスを付けてワイヤーで引き上げてもらった。生の勇者を見た観客たちは大盛り上がりだった。カーコも良い宣伝になったと大喜びの中、八雲町へと帰っていった。
◆
八雲町へ戻ってきたワタルと来翔とビリーは、すぐにワタルの車に乗り、江差の来翔の宿屋まで帰ってきた。ロビーで、今回のマーガレット拉致事件についてワタルが説明を始めた。
「なるほど。ここに来てようやくゾーン団が姿を表しましたか……。それでマーガレットが誘拐された理由はわかってるんですか?」
「たぶん、マーガレットは帝国の箱入り娘なので、ゾーン団って帝国や聖教国に恨みがあるでしょ? だから、腹いせか身代金かのどちらかだとは思うけど、身代金の要求はまだありません。もしかしたら帝国の方には何かしらの要求をしてるのかも知れないけど……」
アインに同時通訳されていたビリーが口を挟んだ。アインがビリーの言葉を訳してくれた。
「ビリー曰く、『ゾーン団が帝国に何かを要求するなんて有り得ない。ゾーン団なら要求するくらいなら全面戦争を選ぶからだ。それに総督は娘といえど国民を選ぶような男だ。娘可愛さに要求を飲む男では無い。息子がゲートで死んだ時も取り乱すことなく帝国側が悪いと認めた男だからな』と言っている。これは私の意見だが、マーガレットには何かゾーン団に有益な何かを持っているのでは無いだろうか? 例えばの話をするのだが、来翔が力のない若い女だとしたら、速攻で拉致されていたであろうな。何故なら世界樹で非腐食の容器を簡単に作ったり、世界樹の木刀も来翔製の物だけが突出して高性能だったりする。これを利用したいと考える輩は多い。しかし、来翔は強い。誰も拉致できない。しかしながらマーガレットは弱い。誰でも拉致が可能だ。来翔のような利用したい何かがあるのだとしたら、今回のことも納得できるのではないか?」
激渋のイケボでアインが語ると、ワタルは微妙な顔をして答えた。
「残念ながらアインの推理は今回だけは間違ってるよ。マーガレットは箱入り娘だったからね。はっきり言って何も出来ないんだよ。料理もダメ。家事もダメ。ようやく覚えたスキルも『翻訳』のみ。こんなマーガレットを利用しようなんて誰も考えないよ」
水槽の中で、アインがバタバタと暴れ出した。ニュッと水面から口を出し、超激渋のイケボで怒鳴った。
「ばかもの! それでも貴様は勇者か! 何故、そのスキルのことを機密にしなかったのだ! 翻訳スキルなどなろう小説でも滅多に表現されないチートなのだぞ!!! 通訳ではなく翻訳なのだろ? ゾーン団にマーガレットを取られたということは、地球は滅ぶのと同じことだー! 勇者よ! これは貴様の失態だー! 来翔よ! この宿を店じまいしろ! もはや地球は終わる! 間違いなく終わる! 異世界に移住を本気で考えろ!」
エレファントノーズフィッシュのアインが焦る姿を初めて見た来翔とネーラとレフトが驚愕して固まった。ワタルとチックルとファルコだけは、アインの言葉の意味が全くわからずに困惑したまま、同じく固まっていた。
そんな一同の元へ、コーヒーと茶菓子を持ってカスミが入ってきて呟いた。
「ありゃま! 皆でだるまさんがころんだをしてんのかい? 嫌だね〜。私、動いちゃったよ〜。鬼はアインなのかい?」
渋々、カスミは鬼のアインの元へと歩き出した。
(第93話へ続く)




