表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
92/138

【第91話 底辺の意地】

 チックルは泣きながら、ワタルがいつもGTを狙っているポイントまで飛んだ。生まれて初めての全速力だった。あまりの必死さに、いつの間にか『加速10%up』というスキルまで獲得していたが、当のチックルはそれに気づく余裕もないまま、ただ真っ直ぐに飛び続けた。


「ファルコ……リッチ………」


 時折、二人の姿が頭をよぎるたびに、現場へ引き返したい衝動に襲われた。それでも自ら『決断』のスキルを己に付与して、迷うことなく飛び続けた。


 海が見えてきても、迷わず沖を目指した。


 すると、『決断』のスキルから『覚悟』という新たなスキルが派生していた。チックルは迷うことなく、それも自分に付与した。


 自然と、涙が止まった。


「オジサン……」


 チックルはマローが命をかけて自分を逃がしてくれたことを、飛びながら何度も考えていた。


「私がもっと冷静に早く行動していれば良かったんだ。ごめんなさい。オジサン……」


 そして、海の上を飛び続けて、ようやく見慣れた舟を見つけた。


「いた! ワタル! ワタル!」


 チックルの声に気づいたワタルが、真っ直ぐ飛んでくるその姿を見て何かを察し、竿を放り投げてチックルを両手で受け止めた。


「チックル。何があったの? 泣いてるじゃないか!」


 勇者の声を聞いてゼロスがドキッとした。ゼロスにはチックルの姿も声も聞こえない。だが、勇者の様子で、今ここにフェアリーが飛んできたことは理解できた。つまり——作戦は失敗したのだ。


 ゼロスも勇者と同じように竿を置いた。


「ワタル! 急いで岸に戻って! マーガレットが大変なの! リッチは死んじゃった! 早く!」


「グレンさん! 岸に戻ってください! 急いで!」


 グレンも何かを察して、舟を岸へと向けた。


「わかった! 勇者様!」


 チックルが泣きながらワタルに告げた。


「ゼロスのオジサンに伝えて! マローのオジサンが私だけ逃がしてくれたの。マローのオジサンからゼロスのオジサンに伝言! 作戦は失敗したって! これだけ言えばゼロスならわかってくれる! だって! 早く伝えて!」


「ゼロスさん! チックルからのマローさんの伝言です。『作戦は失敗した』ですって! なんの事かわかりますか?」


 ゼロスは真っ青になり、全てを悟った。重い口を開いた。


「勇者様…………すみません………俺とマローはゾーン団の一味です…………。じ、実は奥さんを拉致するように命令されてます…。本部から親衛隊が来てます! マローが作戦の指揮を取り親衛隊を動かしてるはずだったんですが、妖精さんがここに来たと言うことは、何かトラブルが起きたんだと思います……」


 チックルがようやく、マローの行動の意味を理解した。


「そ、それなら、マローのオジサンが危ないよ! マローのオジサンは……その……親衛隊って人達から私たちを守ろうとしたの……リッチも殺されてリリベットも危なくてマローが怒ったの……。私だけ逃がしてくれて……」


「ゼロスさん、マローさんが親衛隊からチックルやリリベットさんを守ろうとしてくれたらしい……。仲間割れしたようです……」


 それを聞いたゼロスには、マローの行動が手に取るようにわかった。


「そうですか……。グレンさん! 岸に行くならケアンズ港へ向かってくれ! 親衛隊は上陸船で潜水艦を目指すはずだ! 勇者様、その木剣で戦えますか? 俺のマチェットを使いますか? 親衛隊との戦闘の用意をしてください! タイミング的におそらく港で戦闘になるはずです! 奴らを潜水艦に乗る前に抑えないと手遅れになる!」


 ゼロスは背中から二本のマチェットを抜き、そのうちの一本を勇者へ渡そうとした。だがワタルはそれを受け取らず、木刀を握った。


「ゼロスさん、俺はこれで大丈夫。ゼロスさんも親衛隊を裏切るのかい? あてにしても良いのかな?」


「ヘヘッ、勇者様にあてにされるなんて光栄ですよ! でも、自慢じゃないが俺もマローも下っ端です! めちゃくちゃ弱い! 親衛隊には全く敵いませんが、やれるだけやってみますよ! 敵は女が魔道士タイプ。男二名が戦士タイプですが、男二人は勇者様対策のガンナーです。タシロという茶髪の男には『必中』というスキルがあり、的を外すことはありません! なのでタシロの射線上には入らないで下さい! 女のカリーナも『スタミナ』というスキルがあり、MPが尽きることがないので魔法障壁が破られる事もありません! 彼女の障壁は物理攻撃も魔法攻撃も防いでしまう程の鉄壁な障壁です! はっきり言ってカリーナにダメージを与える方法がありません! なので、まずは上陸船の破壊を最優先にしましょう!」


「チートスキル持ちか……クソッ! こんな時こそ来翔さんがいてくれたら……」


「その来翔さんならカリーナでも勝てるんですか?」


「うん……来翔さんは魔法武器も効かない鉄壁のトカゲ軍の亀も、いとも簡単に屠ったくらいだからね……」


「あの亀を? まさか!……確かにそれなら来翔さんなら……」




 ◆




 数十分後、港が見えてきた。


「勇者様! あれです! あの真っ黒なボートが上陸船です! 間に合った! グレンさん! あの真っ黒なボートの横に付けましょう!」


 グレンが上陸船の真横に舟を付けると、ワタルが世界樹の木刀を振るった。ゼロスの目にも見えない速さで、上陸船は真っ二つになった。ゆっくりと海の中へと沈んでいく。


「え? 木刀で斬ったんですか?」


 ゼロスが唖然とした。


「そう。俺に剣を教えてくれた侍は木刀で岩も斬ってたよ。俺もまだまだ未熟なんだよ」


 そこへ、肩にマーガレットを担いだカリーナと、リリベットを肩に担いだタシロが走ってくるのが見えた。


「勇者様! あそこ! 奥さんが!」


 カリーナからも勇者とゼロスが見えたのか、その場でぴたりと足を止めた。


「タシロ。そのクソ女を下ろしな! 銃を構えろ!」


 タシロはリリベットを地面に放り投げて銃を構えた。


「射程圏内です! 撃ちますか?」


「まだ早い! この距離なら勇者なら必ずかわすよ! もっと引き付けてから確実に当てな! 私が詠唱を終えるまで時間を稼いでよ! これはある意味でチャンスだよ! 私ら二人で勇者を殺す! 良いね、タシロ!」


 タシロがニヤリと笑った。


「ヘヘッ、ただの誘拐なんてつまらねぇと思ってたんすよ! 俺の必中スキルをようやく使える場面が来ましたよ! 必中さえあれば、勇者だって確実に殺せるんだ!」


 タシロは真っ直ぐに勇者へ銃口を向けた。


 カリーナはマーガレットを地面に放り投げ、タシロの背後に隠れながら魔法詠唱を唱えだした。


 魔法には疎いマーガレットでも、翻訳スキルでその詠唱の内容が理解できた。大魔法の遠距離攻撃、ホーリーレイン。貫通性の光のシャワーが降り注ぐ、回避不可能な大魔法だ。


「ワタル! グレンさんとゼロスさんを連れて逃げて! この人の魔法は回避不可能なものなの!」


 詠唱を途中でやめられないカリーナは、詠唱を続けながらマーガレットの腹を蹴り飛ばした。


 それを見たゼロスが特攻を仕掛けようとするのを、ワタルが止めた。


「ゼロスさん! 冷静に! マーガレットはあれでも総督の娘です! 弱く見えますが芯の強い人です! 大丈夫!」


 ゼロスはギリっと奥歯を噛み締めて、カリーナを睨みつけた。


「勇者様、おそらくカリーナは最終奥義の魔法を放ってきます! あの魔法の詠唱は三分もかかります! 今のうちに俺がタシロをひきつけますんで、勇者様はカリーナを止めて下さい! 奥さんが言ってる通りホーリーレインは回避不可能です! うたれる前に倒しましょう!」


「ゼロスさんはガンナー相手にナイフで向かっていくつもりですか? グレンさんは奴を狙えませんか?」


 グレンは拳銃を構えながら答えた。


「距離が遠すぎる! それに奴らがゾーン団ならこんな豆鉄砲でダメージを与えられるとは思えない! 私はあくまでも援護射撃程度だと思ってくれ!」


 援護射撃と聞いて、ワタルは来翔のことを思い出していた。


(そうか。俺はいつも来翔さんの援護射撃で優位な戦いが出来ていただけなんだな……。来翔さんは44オートマグという大砲を持っていたからこそ、ゾーン団相手でもまともな援護射撃ができていたんだな……)


 ワタルが手詰まりを感じていると、ゼロスがとんでもないことを言い出した。


「………勇者様。俺には『幸運』というスキルがあります! あのガンナーの『必中』と俺の『幸運』、どちらが勝つか見てて下さいよ!」


 ワタルが止める間もなく、ゼロスがタシロ目掛けて特攻を仕掛けた。


「ウオォォォォーーー!」


 まんまと間合いに入ったので、遠慮なくタシロが銃を放った。


「バカめ! 無駄死にだ!」


 バンバンバン!


 三発の弾丸がゼロスの胸にヒットした。防御力の低い下っ端のゼロスの肉体に、弾丸がめり込む。だが幸運スキルのお陰で、致命傷には至らなかった。ダメージは受けても、ゼロスは止まることなくタシロめがけて走り続けた。


「クソッ。あいつ防御系のスキルでもあんのかよ。仕方ない。あんな雑魚に使うのはもったいねぇが……」


 タシロは銃のマガジンを入れ替えた。


「こいつはただの弾じゃねぇぞ……」


 ミスリル製の弾丸だった。


 ズガン! ズガン! ズガン!


 今度はゼロスの胸を簡単に貫いた。


 それでもゼロスは、走ることをやめなかった。


「な、なんだアイツ! 今、当たったよな?」


 ズガン! ズガン!


 ゼロスの腹を貫いた。


 それでもゼロスは、止まらなかった。


 その攻防を見ていたカリーナが、魔法詠唱をやめて別の魔法を唱え始めた。タシロもその変化を悟り、M1カービンを担いで腰のホルスターからイングラムを構え直した。サブマシンガンにもミスリル製の弾丸を装填し、連射の態勢を整えて、ゼロスがその間合いに入るのを待った。


「チェッ! ミスリル製の弾は高いんだぞ? あんな雑魚に連射なんてしたくはねぇが仕方ねぇな」


 血だらけのゼロスが、ようやくサブマシンガンの間合いに入った。


 ババババババ!


 無数の弾丸がゼロスの体を貫いた。それでも、ゼロスを止めることはできなかった。


 タシロがようやく、自分の必中が通用しないことを理解した。


「ヤバい! 隊長! 早くしてくれ! もう奴は止められねぇ!」


 バババババ!


 さらに弾丸がゼロスを貫いた。マガジンが空になり、次のマガジンを入れ替えようとしたその時、ゼロスがバタりと前のめりに倒れた。


「ふ〜。ようやく死んだか……」


 ゼロスの体が動かなくなったのを確認したタシロとカリーナは、次の瞬間、その背後にいたはずの勇者の姿が消えていることに気づいた。


「不味い! 隊長! 勇者が消えてるぞ!」


 その刹那、ワタルが大きく回り込み、タシロの真横から木刀でその脇腹を、咆哮と共に貫いた。


「オォォォォォ!!!」


 その一撃でタシロはバタりと崩れ落ちた。だが最後の意地で、脇腹を貫く木刀を両手でガッチリと離さなかった。


 ワタルが木刀を抜けずにいると、タシロの目の前に倒れていたゼロスが、最後の力を振り絞って二本のマチェットを勇者へ投げた。


 ワタルがそれを受け取り、カリーナへ斬りかかろうと振り向いた瞬間——カリーナはマーガレットを担いだまま、フワリと空中へ浮かび上がっていた。


 ゼロスの特攻を見た瞬間に、カリーナはホーリーレインを放棄し、浮揚魔法へと切り替えていたのだ。マーガレットを担いだまま、あっという間に潜水艦の待つケアンズ沖へと消えていった。


「マーガレット!!」


 ワタルの叫びは、届かなかった。




 ◆




 消え去ったカリーナを追うことを諦めたワタルは、血まみれで横たわるゼロスの元へ歩み寄った。すでに駆けつけていたグレンが、ゼロスの傷を見て静かに首を横に振った。


「ゼロスさん…なんて無茶を………」


「ゆ、勇者…様……奥さんは……に、西海岸です…アメリカの…西海岸のトンプソンという男の元へ連れ去られました…………ハァハァ………」


「わかった! 必ずマーガレットは助けるよ!」


 勇者の言葉を聞いて、ゼロスの顔に安堵の色が浮かんだ。


ゆっくりと空を見上げる。


「……これで……いいんだろ? マロー……」


微かに笑って、


 そして——息をしなくなった。


 グレンがすぐに本部へ連絡を入れながら、解放されたリリベットから事の経緯を聞き取り始めた。


 チックルはマーガレットが連れ去られた方角へ飛ぼうとしていた。それを、ワタルが止めた。


「チックル、マーガレットなら大丈夫。帝国の娘は伊達じゃない。それにマーガレットを殺す気なら、とっくの昔に殺してたよ」


 チックルもようやく諦めて、ワンワンと号泣した。


(やっぱり俺一人では何も出来なかったよ……来翔さん……)


 つかの間の平和が終わったことを、この場にいたワタルとチックルとグレンとリリベットだけが、痛いほどに感じていた。




 (第92話へ続く)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ