【第90話 底辺の底力】
マローとゼロスはケアンズ港に来ていた。水平線の向こうから潜水艦の上陸船が着岸してきた。
「お疲れ様です! 俺が今回の作戦を指揮するマローです! そして、コイツがゼロス。俺が魔道士タイプでゼロスが戦士タイプになります! 車を用意してるんで、まずは拠点へお連れします!」
上陸船から降りてきたのは二人の男と一人の女だった。マーガレット拉致作戦ということで、女の手も必要になったのだろう。
「マロー。私がこの隊の隊長のカリーナです。私も魔道士タイプなの。女ですが、三人の中では私の方が序列は上なの。よろしくね。この二人は戦士タイプのタシロとネグラスよ。狙撃スキルがあるから銃を扱えます。勇者が剣士なので、戦闘になった場合は遠距離攻撃しかできないと思われるので、今作戦には剣士は連れてきてません。ちなみにゼロスは武器は?」
ゼロスは背中から二本のマチェットを抜いた。
「俺はこれです。超接近戦しか出来ないので、勇者相手ではなんの役も立てません。なので今回は俺は勇者を沖に連れ出す役目だけです!」
カリーナはクスッと笑った。
「そうね。勇者相手にナイフなんて死にに行くようなものですもんね。それでも、マローの作戦が上手くいくと、一番危険なのはゼロスなのよ? それでも良いの?」
マローの作戦はこうだ。
まずはゼロスが早朝から沖釣りに勇者とグレンを誘い出す。その隙に、朝の散歩に出かけたマーガレットを拉致する。確実に成功する未来しか見えない作戦だ。ただし勇者が帰宅した時、マーガレットは既に拉致された後で、その場に残されているゼロスは勇者とグレンから疑われることが予測された。
「俺なら大丈夫。マーガレットが家から消えた事で、おそらく勇者はグレンのMI6の調査に頼るはずです。拉致されたとは考えずに、またマーガレットとダチョウの暴走と考えるはず。グレンという諜報部員もそれを考えて衛星でマーガレットを探すはずなので、その隙に俺は離脱する予定です。仮に勇者にバレても俺は見捨てて下さい。マローだけ西海岸へ連れて行って下さい」
迷いのないゼロスの顔を見て、カリーナも納得した様子だった。
作戦開始までの間、マローとゼロスと親衛隊の三人は拠点へと移動した。
◆
そして、翌々日の早朝。
「おはようございます! 勇者様。さあ、今朝も張り切って行きましょ!」
「おはようございます! ゼロスさん! 今朝は天気が良くて良かったですね! 昨日まではうねりがあったけど、今朝はいい感じですね!」
三人は舟に乗り込んで沖へと走り出した。ゼロスは胸がチクリと痛んだが、それを悟られることなく笑顔を作っていた。
それから数時間後。いつものようにマーガレットがリッチに、チックルがファルコに乗って散歩に出かけた。もちろんバイクでリリベットが付いてきている。
「ファルコ、今日こそはリッチに勝とうね! いっけー!」
ファルコがダチョウのリッチにスピード勝負を挑んで懸命に走っている。リッチも大人のダチョウなので、かなり手加減をして軽く走ってあげていた。
「うふふ。リッチありがとね。ファルコの相手をしてくれてるのね」
「ブモモ! ブモー!」
いつものように地平線が続く荒野までファルコとリッチが走り抜けると、そこにいるはずのないマローが空の上に浮かんでいた。
最初に気づいたのはリッチだった。
「ブモー! ブモー!」
「え? リッチ。何を言ってるの? 空に誰がいるって?」
翻訳スキルでダチョウの言葉もはっきり聞こえるマーガレットが、「空の上にマローが浮いてるよ!」と告げられて空を見上げた。
本当に、空にはマローとカリーナが浮いていた。二人は大きなネットを持っていた。そして上空から、マーガレットとリリベットの上へネットが被せられた。ネットに絡まり、マーガレットがリッチの背から落ちた。リッチも暴れれば暴れるほど、余計にネットに絡まっていく。ファルコも同じくネットに絡まって「ピーヨヨヨヨヨ!」とパニックになっていた。
唯一、小さなチックルだけがネットの網目から逃れて、事の意味がわからないままキョトンとして、ファルコを助けようとしていた。
そこへ戦士タイプのタシロとネグラスがM1A1カービンを構えて叫んだ。
「動くな! お前らは生け捕りにする! 帝国の箱入り娘は大人しく着いてこい!」
マーガレットが青ざめて動きを止めた。リリベットはネットに絡まりながらも拳銃を敵に向けて構えていた。
「夫人、私から離れないで!」
マーガレットはリリベットを守ろうと、敵に向けて叫んだ。
「私が狙いなら、このリリベットは解放しなさい! 私ならちゃんと逃げずに着いていきます! リリベット、アナタは関係ないのですから、さっさと行きなさい」
チックルはようやく事の重大さに気づき、ワタルのいる沖を目指して飛び去ろうとした。だが、チックルの姿が見えているカリーナが素早くその手で掴んだ。
「おっと、アンタは行かせないよ。大人しくすれば、また異世界で屋台で売ってやるよ」
母親であるチックルが女に握られているのを見て、ファルコが激怒した。ネットを被ったまま強引に女へと近づき、カリーナの爪先をポコンと蹴った。その刹那、カリーナはファルコを無惨にも蹴り飛ばした。
「うるさい鳥だね!」
バゴン!
ファルコはその一撃で失神し、動かなくなった。
泣き叫ぶチックルを見て、リッチがネットを被ったまま強引に女の横腹へ思い切り蹴りを喰らわせた。
「リッチ! やめなさい! 大人しくして! リッチ!」
マーガレットが必死に叫んだ。だが親衛隊の女すら、ダチョウの本気の蹴りを喰らうと体が吹き飛んだ。その瞬間、カリーナはチックルを離してしまった。しかしチックルは、ワタルの元へ飛ぶことをせず、気を失っているファルコの元へ泣きながら戻ってしまった。リッチの一撃は、無駄に終わった。
カリーナはかなりムッとした表情で魔法詠唱を唱えた。
次の瞬間、リッチは弾けるように吹き飛び、即死した。
「ふ〜。びっくりした〜。鳥のくせにこの私を蹴るなんてね。爆死させてやったわ! 箱入り娘! ペットの躾がなってないねぇ〜」
絶命したリッチを見て、マーガレットは絶望のあまり腰が抜けた。もはや気丈に振る舞うこともできず、諦めの表情でリッチの亡骸を、ただ黙って泣きながら見つめていた。
「リッチ……リッチ………」
◆
絶望的な空気の中、リリベットが叫んだ。
「マロー! 貴様! 裏切ったのかー!」
マローに向けて拳銃を全弾撃ち尽くしたが、マローの魔法障壁の前には何のダメージも与えられず、弾切れとなった。
撃たれたマローは苦い顔をしたまま、上空で親衛隊のすることを黙って見下ろしていた。
タシロがマーガレットを拘束し、ネグラスが弾切れの拳銃を取り上げてリリベットを拘束した。ネグラスがカリーナへ尋ねた。
「隊長、この女も連れていくんですか?」
「そんな地球人は興味無いわね。好きにして良いわよ」
カリーナが軽い調子でそう答えると、タシロとネグラスの顔つきが変わった。二人が何をしようとしているかを察したマーガレットが、悲鳴のような声を上げた。
「なんて事を言うのですか! アナタも女でしょう! 辞めさせなさい! リリベットに何かしたら私は行きませんよ!」
カリーナは拘束されたマーガレットをヒョイと肩に担ぎ上げた。
「アンタがいくら行かないと騒いでもこうして担いで連れてくんだよ! さあ、マロー。私らだけでも先に拠点に帰るよ! この二人はここで好きにすればいいさ……ん? マロー? どうしたの? 変な顔をしてさ」
上空で全てを見ていたマローの胸に、ザクリと酷い痛みが走っていた。
◆
「これが親衛隊のやる事かよ……」
思わず、マローが呟いた。
かなり小声で漏らしたつもりだったが、その声は三人にしっかりと聞こえてしまっていた。
「何か言ったか? マロー」
タシロがすぐに反応した。マローは咄嗟に口を噤んだ。
「い、いえ。何も言ってません!」
だが粘着質なタシロは納得しなかった。
「いや、今、確かに俺らへの侮辱を言ったよな? 隊長も聞いてましたよね? 良いか、マロー。この女をどうこうしろって言ったのは隊長なんだよ。俺らはその命令に従ってるだけだろ? なあ、そうだよな、ネグラス」
ネグラスがリリベットの腕を掴みながら答えた。
「あぁ、そうだぜ。隊長からの命令だもんなぁ」
その光景を見ていたマローは、つい魔法詠唱を唱えてしまっていた。
「マロー! やめなさい!」
カリーナが焦って制止の声を上げた。マローもハッと自分が詠唱していたことに気づいて、慌てて中断した。今唱えていた魔法は、先程リッチを即死させたのと同じ、生物の体内を直接爆発させる必殺の魔法だった。どんな生物でも即死する。それを怒りに任せて、タシロとネグラスへ向けて唱えていたのだ。
カリーナが慌ててマローをなだめにかかった。
「マロー、悪かったよ。アンタら、そういうことよ! この女はマローの気に入りだったんだね。惚れてるなら先に言っておいてくれないと作戦に支障が出るだろ? マーガレットの事は私が一人で運ぶから」
タシロもネグラスもマローの詠唱に気づいて、急に態度を変えた。
「悪い! 悪い! 俺らはお前がこだわってたなんて知らなかったからよぉ〜。お前が1番目に犯してもいいぜ。俺もタシロも1番目はお前に譲るよ」
その言葉を聞いて、マローは決意した。
「あ〜あ、ダメだ! やっぱりお前らとは合わないわ!………………………………………………………チックル。聞け。勇者の元へ飛べ。まっすぐだぞ! 振り返るなよ! 今ならまだ勇者に伝えれば間に合う! 急げ! 俺も頑張るがあまり長い時間は稼げない! 舟にいるゼロスに伝えろ! 作戦は失敗だ! マローはここで死んだと伝えろ! それで全てゼロスなら、わかってくれる! 行け! チックル!」
マローは中断していた魔法詠唱の続きを唱えた。
その数秒後、ネグラスが弾けて絶命した。
チックルは驚いて上空のマローを見上げ、震える声で呟いた。
「オジサン、私の事が見えてたの?」
「うん。オジサンにはチックルが見えてたよ。ファルコは気を失ってるだけだから大丈夫。最強の鳥なんだろ? 早く行きなさい。勇者の元へ!」
「うん! 行く!」
チックルは泣きながら、まっすぐにワタルの元へと飛び去った。
カリーナはタシロとコンビネーションを取り、彼の後方へと素早く移動した。その隙にリリベットがマーガレットを連れて逃げようとしたが、カリーナの魔法で二人の靴が地面に氷漬けにされ、逃げ出すことは叶わなかった。
タシロが上空で魔法詠唱を唱えるマローに向かって銃を乱射した。二十発目の銃声の後、マローの魔法障壁が砕け散った。カリーナの爆破魔法が、マローの体を弾け飛ばした。
地面に叩きつけられたマローは、既に息をしていなかった。
動かなくなったマローを見つめて、マーガレットとリリベットが涙を流した。
「マローさん………マローさん………」
◆
タシロとカリーナは、チックルに逃げられたことで焦っていた。
「タシロ、その女を担ぎな! 私はマーガレットを担ぐよ! 急げ急げ! 早く行かないと勇者が来てしまうよ! さっさと潜水艦に戻るよ!」
二人はあっという間に現場から立ち去った。
後には、リッチとネグラスとマローの、無惨な亡骸だけが残された。
数時間後、ファルコが意識を取り戻した。周囲にはもう誰もいなかった。
ママの姿もない。兄であるリッチもグッスリと眠っている。
「ビービービー!」兄を起こそうとして大きな声で叫んでみてもリッチは目を覚まさない。
いつも家に来ていたマローの姿も、動かないまま、ずっと眠っていた。いくらファルコがつついても目を覚まさないのでファルコは寂しくなった。
「ピーヨヨヨヨヨ」
ファルコは仕方なく、トボトボと自宅のある方向へ、一人寂しく泣きながら歩いて帰っていった。
(第91話へ続く)




