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【第89話 底辺の成り上がり】

「よくやった! お前の希望する部隊はあるか?」


 トンプソンがビデオ通話でマローとゼロスに優しく語りかけていた。


「俺はトンプソンさんの元で働きたいです! ここにいるマローも俺と同意見です!」


 トンプソンを誰よりも尊敬しているゼロスが即座に答えた。勇者夫人の『翻訳』スキルがコンピュータ言語さえも扱えるという報告。それを届けたことで、マローとゼロスは念願だったトンプソンとの直接のビデオ通話という褒賞を手にしていた。


「マローよ。お前の鑑定スキルには俺も期待していたのだ。本当によくやってくれた。貴様らの望むように西海岸に呼んでやろう」


 トンプソンがさらにお褒めの言葉をかけてくれた。感動したマローは、思わず手柄について付け加えた。


「トンプソンさん、俺一人の力じゃありません! ゼロスの幸運スキルのお陰でもあるんですよ! 幸運スキルがなければ、俺らは勇者夫人に出会うことも出来なかったんです」


「そうか。そういう事か。ゼロスの幸運スキルが全ての要因か。素晴らしいぞ、ゼロス。早く西海岸で会いたいものだな。本日付けでマローを序列99番目。ゼロスを100番目とする! 大出世だな。おめでとう」


 これまでマローとゼロスの序列は125番目と126番目だった。それが一気に、桁の違う世界へと引き上げられたのだ。


「こちらから早急に潜水艦がそちらへ向かう。何事もなければ20日間で着くはずだ。それに乗り西海岸まで来い。その時にはマーガレットを生きたまま連れ帰れ。相手は勇者だ。MI6もついている。潜水艦にて親衛隊を応援として送るから、マローが彼らの指揮を取れ! 序列では親衛隊の方が上になるが、マローの指示に従うように俺から言っておく。必ず生きたままだぞ? 殺すなよ。翻訳スキルというのは、今のゾーン団には必要不可欠なスキルなのだからな!」


 マローとゼロスはトンプソンへ成功を誓って通信を終えた。




 ◆




 ビデオ通話を終えてノートパソコンをそっと閉じながら、マローが呟いた。


「親衛隊が来るのか……しかも俺が彼らの指揮を……そんな事ができるのか……?」


 心配そうにしているマローへ、ゼロスが明るく声をかけた。


「マローは心配性過ぎるぜ。トンプソンさんが言ってたろ? お前の鑑定スキルには可能性を秘めてんだよ。マローなら親衛隊だって仕切れるさ!」


「あぁ、やってみるさ。なんにせよ、フルスピードでも原子力潜水艦はオーストラリアまで20日以上かかるからな。まだまだ先の話だ。あと20日間は俺らは俺らでスパイ活動を続けようぜ」


 こうして、マローとゼロスの出世コースが確かなものとして見えてきた。それなのに、二人はほんの少しだけ、せっかく馴染んでいた勇者宅への訪問がこれで終わるのかと思うと、寂しさを覚えていた。


 声にこそ出さなかったが、マーガレット拉致に関しても、二人の胸にはほんの少しだけ、わだかまりが残っていた。




 ◆




 翌日。いつものように二人は勇者宅を訪問した。すると、この日はいつもと様子が違っていた。マーガレットと勇者が、オロオロと落ち着かない様子を見せていたのだ。


「お? マローさん、ゼロスさん。ちょうどいいところに来たよ! もうすぐ産まれるんだよ!」


 勇者がオロオロしながら謎の状況説明をしてくれたが、意味がわからず二人が困惑していると、リリベットが丁寧に補足してくれた。


「あの孵卵器の中の卵からヒナが出てきそうなんですよ。妖精さんが孵卵器にへばりついてるみたいですよ? 私たちには見えませんけどね。妖精さんが見える勇者様と夫人には、妖精さんが邪魔で中身が見えないんですって」


 チックルが見えないゼロスには孵卵器の中身がちゃんと見えていたが、チックルが見えるマローには、大の字で孵卵器にへばりついているチックルしか見えなかった。


「あれはなんの卵なんです?」


 ゼロスがリリベットに尋ねた。


「ダチョウの世話係のサムソンさん以外は、誰も知らないんです。アボリジニから神の卵として託されたものなんですが、まさか神様が出てくることはないとは思いますけど……」


 一同が孵卵器に注目していると、やがて卵の中から「ピーヨヨヨヨヨヨヨ」という鳴き声が聞こえてきて、殻にヒビが入り始めた。


「産まれる! 鳥だ! 鳥の卵だったんだ!」


 チックルが大の字でへばりついたまま叫んだ。


「ピーヨヨヨヨヨヨヨ」


 その声を、マーガレットがワタルへ通訳した。


「ママ、ママ、ママ、ってずっと言ってるわ! 早く出してあげたい! ワタル、私たちが卵を割ったらダメなの?」


「それだけはダメだよ。早すぎても死んじゃうんだよ。そうですよね、サムソンさん」


 サムソンは笑いながら答えた。


「奥さん。心配しなさんな。鳥ってのは勝手に産まれてくるもんさ。それにあの子は強い。最強の鳥って言われてるんですよ」


「最強の鳥? ワシとか鷹なの?」


「いや、ワシや鷹なんて簡単に倒せる鳥です。下手すりゃ人間よりも強い。ま、黙って見ててくださいよ。必ず自力で出てきますから」




 ◆




 サムソンの言う通り、ヒナは自らの嘴で硬い殻を徐々に割っていった。チックルが「頑張れ! 頑張れ!」と連呼している。マローとゼロスも思わず固唾を呑んで見守っていた。


 やがてヒナは完全に卵から顔を出した。大の字でへばりついていたチックルと、まっすぐに目が合った。


「ピーヨヨヨヨヨ」


「うん。そうだよ! 私がママだよ! 早く出ておいで!」


「ピーヨヨヨ」


 ヒナは懸命に残りの殻を割り、ようやく全身が出てきたところでサムソンが孵卵器の蓋を開けた。チックルが大型のニワトリほどのサイズのヒナに抱きついた。


「良かったー! ちゃんと産まれてきたー! 私の赤ちゃん!」


「ピーヨヨヨヨヨ! ピーヨヨヨヨヨ!」


 なぜだか、マローとゼロスの胸がチクリと痛んだ。


(親衛隊がここへ乗り込んできた時、このヒナも殺されるかもしれないな……)


 二人は顔を見合わせて、苦い顔をした。




 ◆




 この日から、チックルとヒナは片時も離れずに行動するようになった。チックルが移動すれば、ヒナもすぐ後をついてくる。その微笑ましい光景を、マローだけが見ることができたが、相変わらず見えないふりを続けていた。


 サムソンによれば、このヒナはヒクイドリという最強の鳥のヒナだという。オスのヒクイドリということで、成長すればかなり危険な鳥に育つらしい。そんな最強の鳥を、チックルはとても可愛がり、育てることを決めていた。


 名前はファルコ。


 ファルコもチックルを親だと思い込んでいて、チックルが高く飛び上がると、必死で羽をバタバタとはためかせて追いかけようとした。


 産まれてから10日も経つと、ファルコも外を走り回れるまでに成長した。リッチの散歩にもファルコが付いてくるようになり、マーガレットがリッチに、チックルがファルコに乗って散歩をするのが日課になっていった。


 そんな穏やかな日々は、マローにとって最高のシチュエーションに映っていた。


(この朝の散歩中なら、簡単に拉致できる! ゼロスが早朝から勇者を釣りに誘って沖まで連れていけば、マーガレットを護るのはリリベットしかいねぇ。これなら、親衛隊を使わなくても俺らだけで出来そうだぜ……)


 そう思ってはいたが、マローは何故か行動を起こすことができなかった。




 ◆




 朝の散歩に、リッチとファルコと共に荒野へ走り去っていくマーガレットの様子を見ながら、ゼロスがマローへ声をかけた。


「あれなら何時でも攫えるな。マローは親衛隊が来るまで動かねぇのか? 俺らだけでやってしまった方が、更に出世コースまっしぐらなんじゃねぇか?」


「あぁ、そうだな。俺ら二人でも出来そうなくらい隙だらけだもんな……。でもよぉ……いや。なんでもない。作戦は親衛隊が来てからってトンプソンさんから言われてんだからさ。親衛隊が来るまで待とうや」


 なぜかゼロスもホッとした様子で答えた。


「そうだな。結局、潜水艦が来ねぇとマーガレットを連れ出せねぇもんな…………まさかとは思うがよぉ。マロー。お前、躊躇ってるのか?」


 図星を突かれ、マローはドキッとした。だが長年の付き合いで、ゼロスも同じように躊躇っていることに気づいた。


「お前こそ躊躇ってるんだろ?」


「うん……見ず知らずの俺らに親切にしてくれたからな……あれはスキル獲得のために歩いてただけなのにな……」


 マローは苦い顔をしながら答えた。


「でもよぉ。やっとトンプソンさんの元で働けるんだぞ? ゼロスの憧れの人だろ? もう迷うな! 俺の作戦は完璧だ! 必ず上手くいく! 親衛隊が来たらサクッと終わらせて西海岸へ行こう! 西海岸にはラスベガスもあるんだぜ? 楽しくなりそうだ!」


 ゼロスも無理に笑って答えた。


「ハハ、ラスベガスか。地球人の賭場も楽しみだぜ……当日の俺は勇者を釣りに誘うだけで……たったそれだけで西海岸か……。たったそれだけでトンプソンさんの配下になれるんだよな?」


「そうさ。たったそれだけの事さ……」


 その声は、互いに互いを言い聞かせているようにも聞こえた。




 原子力潜水艦がケアンズ沖に到着したのは、この日から5日後のことだった。




 (第90話へ続く)



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