【第88話 奥さん!?】
マローはスマホでテレグラムを起動させた。
[来翔について。
・単純な戦闘力は勇者よりも上。
・今はハンターを引退。
・江差町在住。
・世界樹を用いての工芸品や武器を制作可能。
・原理は不明ながらも異世界と地球の通信の確立。
・安保条約は勇者ではなく来翔が発端。
・帝国と勇者との戦略的婚姻も来翔の発案。
・本人のスペックが高い為に魔法武器の使用の必要性無し。日本政府からは何度か魔法武器の提供はあったが本人が辞退。
・平和主義者の割に敵には容赦無し。魔法武器を用いることなくトカゲ人類に勝てる唯一の人間種。
・賞金稼ぎの頭領のビリーとは懇意にしている模様。
・帝国の総督とも懇意。
・フェアリーの女王ともかなり懇意にしているが、従えてるフェアリーは屋台級の低スペックを一匹のみ。
・異世界にて初の発電所建造。
・江差町在住はしているが自警団などの動き無し]
[勇者について。
・現在は魔法剣ではなく木剣を携帯。ただし、木剣も世界樹で作られており魔法剣よりも価値あり。
・釣り好きで普段から沖にボートで出ているため、日中は連絡の取りようがない。
・来翔の事を尊敬している為に本人も屋台クラスの低スペックなフェアリーを従えている。
・勇者のフェアリーのスキルは『決断』のその他。戦闘で使えるスキル無し。
・愛妻家。
・妻のマーガレットのスキルも『翻訳』のみ。戦闘で使えるスキル無し。
・オーストラリア大陸の先住民との交流あり。
・勇者のスキルについては未だ不明。]
「なあ、マロー。俺らヤバいやつを敵に回してねぇか? 来翔の事を知れば知るほど超ヤバイやつじゃねぇかよ!」
マローはスマホでの報告を終えると、それをテーブルの上に置いてから、改めて自分たちの報告書を眺めながら答えた。
「そうだなぁ〜。来翔はヤバい。特に魔法武器を使わなくてもトンプソンさんやトカゲとやり合えるのは本当に不味い! お前、トカゲ相手に魔法剣を持ってたとしても勝てるか?」
「馬鹿野郎! そんなことはトンプソンさんでも無理だろ? どうやってトカゲ相手に戦うんだよ! トカゲなんてのは魔法でしか人類は戦えないもんだろ?」
「まあな。普通のトカゲなら魔法で勝てるけどよぉ。ダラスの配下は核攻撃にも耐え抜いたからなぁ〜。そんな奴らに魔法なんて効かねぇよ! そんなダラスを一太刀で切り伏せた勇者もたいがいだぜ……。来翔はそんな勇者よりも強いってんだから本当に不味い!」
二人の不安は、来翔について調べれば調べるほど大きくなっていった。それでも、本部からは来翔の情報を求める催促が絶えず届く。二人はそれに従うしかなかった。
「ゼロス、そんな事よりも開拓の仕事もそろそろ本格的にやらねぇと俺らにはもう金もないんだぞ? 開拓についてはゼロスが仕切ってくれねぇと俺にはなんにもできねぇよ?」
「わかってるっつーの。明日からちゃんと職人たちと作業を開始する予定だから心配すんな。明日はマローも来いよ。作業員として使ってやるからよ」
◆
アメリカからの開拓民としてオーストラリアへ渡ってきた二人には、入国審査を通過するためにちゃんとした表向きの仕事があった。二人の仕事はリフォーム業者。ゴーストタウンに残された建物を手直しして移民者たちに転売するのが、彼らの生業だった。
本来ならマローは魔法を用いて楽々と搬入をこなせる。だが、トンプソンから人間らしく振る舞えと厳命されている以上、魔法を使わず地道な手作業でリフォームを続けていた。いつの間にか二人には『DIY』のスキルが派生していたが、二人とも全く嬉しくなかった。それでも、このスキルを取得してからは、仕上がりがプロ並みに変わっていた。
翌日。とある豪邸のリフォームを、ゼロスが現場監督となってキビキビと進めていた。開拓民の中には家族ごと移民した家庭もあり、仕事に溢れた日雇いの少年少女を雇い入れて作業していた。マローも他の日雇い作業員に混じって働いていた。
そんな現場へ、ダチョウに乗ったマーガレットとバイクに乗ったリリベットがやってきた。
「ゼロスさ〜ん!」
突然の来訪に、ゼロスがかなり驚いた。
「お、奥さん? 何故、こんなところに?」
ダチョウから降りたマーガレットは、リリベットのバイクから大きなバスケットを下ろし始めた。
「皆さんに差し入れのサンドイッチを作ってきたんです! ほら? 先日、若い男の子や女の子を雇ってるって言ってたでしょ? だから、見に来ちゃいました!」
「あ、そ、そうでしたか……。そんな事のためにわざわざ? ダチョウも疲れたんじゃないですか? バスで2時間の距離ですよ?」
そう言いながら、ゼロスはリッチの頭を撫でた。リッチも心地よさそうに「ブモモ」と鳴いた。
ゼロスは作業員たちに声をかけて、全員をマーガレットに紹介した。
「おい、お前らこちらはあの勇者様の奥さんだぞ。失礼のないようにな。あと、お前らのために奥さんがサンドイッチを差し入れてくれたから、皆で頂こう! しばらく休憩だ! 休め」
若い作業員たちはマーガレットに軽く自己紹介をしながら、サンドイッチを美味そうに頬張り始めた。
◆
そんな中、マローが作業の進捗をゼロスに報告していた。
「ゼロス、リビングのAlexaはダメだな。死んでる。さっきから何度も再起動してるが反応しねぇ。新しく買った方が安いな、あれは」
「新しくって言ってもよ。こんな無人島のオーストラリアに新品のAlexaなんて売ってるはずがねぇだろ? Alexa無しでいいんじゃねぇか? 電気のスイッチくらいは自分でつけられるだろ?」
「まあ、そうなんだけどよぉ。各部屋が広すぎてスイッチが遠すぎんだよなぁ。広すぎる豪邸のサガだな」
そのやり取りを聴いていたマーガレットが、しゃしゃり出てきた。
「そのAlexaは電源は入るんですよね? それなら、私に試させて下さい! マローさん!」
「え? でも、本当に何度も再起動させましたけど、うんともすんとも言わないんですよ? 奥さんが直せるはずがありませんよ?」
「うふふ。とにかくAlexaのある部屋に案内してくださいよ」
マーガレットの気まぐれに渋々付き合い、マローはマーガレットとリリベットをAlexaのあるリビングへと案内した。
「これです、奥さん。ね? うんともすんとも言わないでしょ?」
マローがマーガレットの見ている前でAlexaを再起動させて見せた。
すると、マーガレットが突然——
「100110101110001101000100010001…………」
——と、1と0を繰り返して喋り出した。
マローもリリベットも困惑した。
「お、奥さん。な、なにを突然……」
「夫人! どうされましたか?」
二人は、マーガレットの謎の行動にほんの少しだけ、背筋が冷える思いをしていた。
やがて謎の数字の羅列は終わり、マーガレットがニコッと笑って言い放った。
「Alexa! 電気をつけて!」
すると、先程まで無反応だったAlexaが唐突に応じた。
「かしこまりました。部屋の明かりを点灯します。眩しくないですか? これからも程よい明るさで電気をお付けいたします」
部屋の明かりがパッと灯った。
「「は?」」
マローとリリベットの声が、見事にハモった。
マーガレットがニコッと笑って答える。
「ほら? 私には翻訳というスキルがあるでしょ? だから、コンピュータ言語っていうのもわかるようになっちゃったの。今のはAlexaにご機嫌を直して、また人とのコミュニケーションを楽しまない? って言ってみたのよ」
◆
それを聞いてリリベットが愕然としている中、もっと激しく動揺していたのはマローだった。
マローには『鑑定』というスキルがある。物や人の価値がわかるスキルだ。缶コーヒーを鑑定すれば〔140Q〕と販売価格が表示される。今までマローの目には、目の前のマーガレットの価値は〔2億Q〕と映っていた。さすがは帝国の箱入り娘、他の人間よりは価値が高いなと、それだけの認識だった。
ところが、Alexaをコンピュータ言語で直した今、マーガレットの価値は〔2000億Q〕と表示されている。
これは勇者よりも高い。それどころか、似たような『オペレーター』というスキルを持つトンプソンよりも高値がついている。
マローはこれまで、来翔よりも価値の高い人間はいないと思い込んでいた。だが、目の前のマーガレットは、いとも簡単にその常識を塗り替えてしまったのだ。
マローは動揺を必死に押し隠した。
「さ、さすが、勇者の奥さん! こ、こんな事が簡単に出来ちまうなんて、ほ、本当に尊敬します! あ、ありがとうございました! Alexaを直して頂いて……」
そのとき、Alexaも反応した。
「私からも御礼を言わせてください。生き返らせていただきありがとう!」
その声を聞いて、マローとリリベットはますます恐れおののいた。
ただし、マーガレットとその肩にいるチックルだけは、『翻訳』スキルの本当の恐ろしさを全く理解しないまま、Alexaとのたわいもない会話を楽しんでいた。
「Alexa、チックルが好きなザンボット3のオープニング曲をかけて!」
「わかりました。それではザンボット3のテーマをどうぞ」
Alexaとチックルが『歌唱』スキルで見事にハモっていた。マローは相変わらず、見えないし聞こえないフリを必死で続けていた。
(トンプソンさんの『オペレーター』の上位互換だ……。さすが勇者の嫁。さすが帝国の箱入り娘か……。今夜の報告で事態が動くかも知れねぇな……)
チックルとAlexaのハーモニーを聴きながら、マーガレットも何も知らないまま優しく微笑んでいた。
(第89話へ続く)




