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【第87話 聞かなきゃ良かった】

 マローとゼロスが勇者とマーガレットとの付き合いを始めてから、2週間が経っていた。ケアンズからポートダグラスまではバスで2時間もかからない距離だ。互いの家を行き来する間柄になるまで、あっという間だった。


 この日も勇者の釣りにゼロスが付き合うことになっていて、二人は前日から勇者宅へお泊まりしていた。いつもの客間で、二人はひそひそと話し合っていた。


「もう2週間もスパイ活動してんのに、俺にもマローにも隠密系のスキルが派生しないのは何故だろうな……」


 マローは困惑しながら答えた。


「もしかしたら、お前の幸運スキルのせいじゃねぇか? だってよぉ、俺らってなんもしてねぇよな? あの奥さんが勝手に最高機密をベラベラとくっちゃべってるだけだもんよ。奥さんがただのお喋りなのか、はたまたお前の幸運スキルのせいなのかは俺にもわからん。ただ、俺らってまだスパイ活動らしい行動はしてねぇってことだけは確かだぜ……」


「なるほどなぁ〜。確かに俺らって奥さんが勝手に話した事をそのままメモってるだけだもんな……。ヤバくねぇか、これ。無駄な時間を過ごしてねぇよな?」


「ハハハ、スキルは得られなくても情報は得られてるからいいんじゃねぇか? トンプソンさんの配下の人らも来翔の引退のネタは驚愕してたしよぉ」


「それもそうか! 西海岸の奴らは来翔引退と聞いて唖然としてたもんな!」




 ◆




 トンプソンとは、かつてラッキーピエロの鈴子を攫おうとして来翔に遭遇し、叩きのめされた男のことだった。ネーラを屋台で買い付けたのも、そのトンプソンである。


 ゾーン団において、トンプソンは大幹部の一人だ。戦士タイプでありながら、フェアリーを見ることができるほどの魔法力も秘めていた。日本への遠征前、地球が異世界と同じ重力とは限らないという可能性を考え、『軽量化』スキルを持つネーラを屋台で見つけて確保した男でもある。それほどまでに思慮深いのが、この戦士タイプの大幹部だった。


 その後、一度だけ来翔とニアミスしたことがある。その時も一目散に逃げ切るほどの、沈着冷静な判断力を持ち合わせていた。


 トンプソンはゾーン団の若手たちにとって憧れの対象だった。ゼロスも同じ戦士タイプとして、特に尊敬している人物の一人だ。


 異世界人が地球での経験をそのままスキルへと変えられる。この事実に、ゾーン団の中で誰よりも早く気づいたのもトンプソンだった。車を運転すれば『操縦』か『運転』が。自衛隊から奪った銃で的に当てれば『射撃』や『的中』が。江差町占領中、トンプソンは懸命に学習を重ねた。幹部の一人に『操縦』を派生させ、さらに『鍵開け』や『解読』まで派生させると、江差沖に駐留していた原子力潜水艦をいとも簡単に鹵獲してみせた。


 トンプソン自身も、江差町に残されていたノートパソコンを使いこなすうちに『統御オペレーター』というスキルを獲得していた。そのハッキング能力を駆使し、今ではアメリカの株式市場を操り、ロックフェラーやロスチャイルドといった名家まで傘下に収めるほどの経済力を身につけている。


 そんなトンプソンは、ゾーン団のメンバーに対して、異世界人であることを決して悟られず地球人として振る舞うよう命じていた。ゾーン団の最終目的を果たすためには、まず資金と戦力を集める必要がある。そのどちらも、地球人として活動する方が効率が良い。力で押すことが悪手であることは、トカゲ人類がすでに証明してしまった。力でダメなら、経済力で世界を動かせばいい。戦士タイプでありながら、そこまで考えられる男。それがトンプソンだった。




 ◆




「明日は勇者の接待を頼んだぞ! ゼロス。俺は奥さんから引き続き情報を得るからよ!」


「あぁ、任せろ。釣りなんてものは体力バカの俺の仕事だ! マローは奥さんと優雅にお茶でも飲んで待ってろや!」


 翌朝、勇者とグレンとゼロスは舟に乗ってケアンズ沖へ出た。


「ゼロスさんは釣りの経験は?」


 ルアーを選びながらワタルが尋ねた。


「湖でならありますよ。オーストラリアには巨大な湖が沢山ありますからね!」


「確かに! オーストラリアって良い湖が沢山あるんですよね! アロワナが釣れるんですよね?」


「そうです! ホッパーで釣れるんで楽しいですよ!」


「良いですね! ホッパーなんて海じゃ滅多に使えませんからね!」


 ルアーをセットしてワタルが竿を振ると、それに合わせるようにゼロスも反対側で竿を振った。


「そういや、奥さんから伺ったんですが、勇者様はカミノクニと言う北海道の地方に住んでるんですってね。江差町の隣町って聞きました。江差町には例の来翔って最強のC'-Classのハンターがいるんですよね。ハンターを辞めて、来翔ってハンターは普段は何をしてるんですか? 宿屋なんてチェックインとチェックアウトの時間帯しか忙しくないでしょ? 自警団的な事とかしてないんですか? 最強なんですよね?」


 一番の来翔ファンであるワタルは、リールを巻きながら軽い調子で答えた。


「本来の来翔さんは平和主義者なんだよ。仕事としてハンターを選んだけど、それは福利厚生が手厚かったからで、戦闘とか全く興味のない人なんだ。ハンターを首になった今は自警団なんて事は絶対にしない人さ。これを見てよ」


 そう言って、ワタルは腰の世界樹の木刀をゼロスに手渡した。ゼロスはそれを軽く素振りしてみると、戦士タイプの本能で、その木刀のスペックにすぐに気づいた。


(こ、これは、持つと重さがあるのに振ると重さがまったくない! しかもミスリルよりも硬い……。下手な魔法剣よりもこの木剣の方が圧倒的にスペックは上だぞ)


「こりゃあ、見事な木剣ですね。どこかのダンジョンのドロップ品ですか?」


「ハハハ、そう思うだろ? それを作ったのも来翔さんなのさ。来翔さんは元々、木工職人なんだよ。この木刀を見るとわかるよね? 来翔さんは戦うことよりも、実は創造する人なのさ。江差町の宿屋も普通の宿屋じゃないんだ。異世界人が安心して泊まれる宿屋でね。初めて日本に来た異世界人に運転コースを走らせて『運転』スキルを獲得させてから、レンタカーを貸し出したりして、普通の宿屋ではやらないことをやってるんだよ。そんな宿屋だから異世界からの予約で連日満室なのさ」


「は? 異世界からの予約? どうやって!? 異世界とこちらでは電話線が引けないって言われてますよね? スマホも全てゲートを通過すると圏外になるんですよね?」


「そう! よく知ってるね。でも、来翔さんがどうやってるのか俺も詳しくは知らないんだけど、異世界との連絡方法を確立させていて、異世界の旅行代理店が宿の予約をできるようにしてるのさ」


 ゼロスは竿を振りながら、内心で愕然としていた。木べらの戦士は最強というだけではない。職人としても天才的で、しかも地球側でも異世界側でもまだ確立していない連絡手段まで独自に築いている。


(これはゾーン団の中で来翔の最重要危険人物としてのランクが、また数段階上がるということだ)


 この日のゼロスは釣りに全く集中できず、坊主のまま終了した。


(木べらの戦士はトンプソンさんと同じ系統の男なのか……。最強であり、インテリでもある。敵に回したら本当にヤバい。たった一度の戦闘で彼を最重要危険人物として手配したトンプソンさんも、ハンパねぇ……。俺らには遥かにそびえ立つ高い山なんだなぁ……)




 ◆




 一方、マローはマーガレットとリリベットと紅茶を飲みながら、たわいもない会話をしていた。


「なるほど! 奥さんは異世界人だから経験したことがスキルになるんですか? 良いですね! 僕らみたいなごく普通のアメリカ人には本当に羨ましい!」


 マーガレットはドヤ顔で答えた。


「そうよね。異世界人ってお得よね。私なんかフェアリーの言葉をリリベットに通訳しただけなのに『翻訳』ってスキルを獲得できたんですもの。このスキルのお陰で字幕無しで各国の映画も見られるようになったのよ。あと、アボリジニってオーストラリアの先住民との会話も可能になったの。ダチョウも彼らとのやりとりの中で貰えたの」


「え? このオーストラリア大陸にまだ先住民っていたんですか?」


「そうなのよ。200年前のイギリスの侵略から今まで隠れてたらしいのよ。だから、オーストラリアに住んでいながら英語は全く話せないの。私たちはたまたまフェアリーの歌唱のスキルでアボリジニの歌を聴いて歌で会話できたから、何とかファーストコンタクトで敵対しなかったのよ」


 マローは、テーブルの上でクッキーを貪っているチックルの姿がはっきり見えていたが、あえて見ないふりを続けた。


「へぇ〜、フェアリーですか。映画ではフェアリーも出てましたけど、今もここにいるんですか? リリベットさんにも見えてないんですか?」


「えぇ。残念ながら私にも見えてません」とリリベットが首を横に振った。


 マーガレットはチックルのクッキーを割ってあげながら、嬉しそうに答えた。


「フェアリーは心が通じあってるか、魔素をコントロールできる人じゃないと見えないのよ。でも、見えないフェアリーと心を通わすことなんて不可能よね。うふふ。うちのフェアリーの名前はチックルっていうのよ。スキルは『決断』と『缶切り』と『歌唱』。可愛いでしょ?」


 チックルはドヤ顔で胸を張っていたが、当然リリベットには見えていない。マローもあえてテーブルの上を見ないよう視線を逸らし続けていた。




 ◆




 やがて、勇者とゼロスが帰ってきた。釣った魚をワタルが捌き、皆で夕飯を食べ終えると、マローとゼロスはポートダグラス行きのバス停に佇んでいた。


 帰路、ゼロスは今日勇者から聞いた来翔の情報をマローに語りながら、次第に顔が青ざめていった。それを聞いたマローもまた、同じように青ざめていった。


 意気消沈した二人を乗せて、長距離バスはケアンズからポートダグラスへと走り去っていった。




 (第88話へ続く)



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