【第85話 帝国の娘】
翌日もマーガレットとチックルを乗せてリッチは荒野を走っていた。後ろからはバイクでリリベットが追いかける。
「夫人! 今日も飛ばしすぎですよ!」
リッチはリリベットのバイクに差をつけるように、ますますスピードを上げて昨日同様に荒野をまっすぐ走っていった。
すると、昨日とほぼ同じように、リッチの瞳が4キロ先を歩く2人の男を捉えた。
「ブモー! ブモー!」
「え? 今日も変なオジサンが歩いてるの? マーガレット! 今日も昨日のオジサンが歩いてるってさ! また手ぶらで歩いてるから危険だって!」
「本当に? どうしてまた歩いているのかしら。リリベットさん、また保護した方が良さそうですね」
「う〜ん……二日連続でこんな荒野のど真ん中を歩いてるのは、さすがに変ですね……。何か目的があるのでしょうか。昨日はもしかしたら、私たちが彼らの邪魔をしてしまったのかもしれません……。一応、今日はグレンに報告する前に、私たちで接触してみましょうか」
「そうね。何か目的があって歩いてるのなら、私たちの行為は余計なお世話なのかもしれませんね。それじゃ、リッチ、そのオジサンの所まで案内して!」
「ブモモー!」
リッチは全速力で走り出した。その足では4キロなどあっという間だった。
「お二人さん! またお会いしましたね! 今日も荒野を歩いてるなんて、何かトラブルなのですか?」
マローとゼロスは二日連続で発見されてしまい、さすがにうんざりとした表情を浮かべた。
「奥さん、よくこんな荒野で我々を見つけられましたね? 僕もゼロスも、そこまで目立つ格好はしていないと思うのですが……」
「あぁ、発見したのはこのダチョウなんです。ダチョウって地球では最も視力が良いんですって。それにこんな荒野を手ぶらで歩いてたら、逆に目立ちますし!」
ダチョウの視力のことなど知る由もなかったマローとゼロスは、深く納得し、少しだけ反省したような顔をしてみせた。
「なるほど。この子が僕らを見つけたんですね」
「お2人は今日もこんなところを歩いてましたけど、何か目的が? もしかしたら昨日は、私たちが余計なお世話をしてしまったのかと思って……。もしそうなら、今日は謝りたいと思いまして。お2人は開拓民なんですよね? もしかして開拓地の視察だったんじゃないですか? それなら本当に申し訳ないです……」
「あ、いえいえ。余計なお世話なんてとんでもない。僕とゼロスは方向音痴でして、開拓地の視察をしてるうちに、いつもこうして迷子になるんですよ。ハハハ……」
その会話を聞いていたリリベットが口を挟んだ。
「お二人は今日はポートダグラスまで帰れますか? ここからなら徒歩では日が暮れますよ? 今日も車を呼びましょうか?」
「いえいえ! 滅相もない! 自己責任ですから自分たちの足で歩いて帰りますよ!」
マローとゼロスは回れ右をしてポートダグラスの方向へ歩き出そうとした。
「ここからなら、我が家の方が近いですから、今夜は我が家にお泊まりになりませんか? 我が家までなら、ここから10キロもありませんよ」
マーガレットがリリベットへ許可を求めるように視線を送ると、リリベットは少し呆れたように頷いた。
「そうですね。夫人の屋敷の方が近いです。ポートダグラスまでなら30キロ以上ありますし……。ケアンズの夫人の屋敷からはポートダグラスまでバスもありますから、お二人さんもこのまま私たちとケアンズまでお越しください」
そこまで言われると、マローとゼロスは困り顔でマーガレットに告げた。
「すいません。ちょっとコイツと相談させてもらっても良いですか?」
マローがそう言って、2人は少しだけ離れた場所で話し合いを始めた。
◆
「おい! マロー。こりゃやべぇだろ。俺は勇者の家なんかに行くのは反対だぞ。あの勇者夫人だって帝国の娘じゃねぇか! 俺らの宿敵の娘の世話になるなんて、考えただけでゾッとするぜ」
「いや、ゼロスよ。これは、ある意味ではチャンスだぞ? ようやくゼロスの『幸運』スキルのことを信用できたぜ!」
「チャンスだと? 下手すりゃ俺らの正体がバレて勇者に首をはねられるんだぞ? あのダラスの最期をお前も見ただろ? 今の勇者には俺らじゃ勝てねぇんだぞ?」
「馬鹿野郎! いいか、ゼロス。俺らみたいな下っ端の顔なんて、まだMI6でさえバレてねぇんだよ。昨日だって偽造の身分証を見せてもバレなかっただろ? 大丈夫だ。絶対に俺らの正体がバレることはねぇよ。それに、勇者と懇意にしておくことで、俺らは勇者側の強烈なスパイになれるってもんだ! これは俺らにも幹部になれる大チャンスだぜ? 俺がスタミナ系のスキルを覚えるよりも、敵陣のスパイになった方が圧倒的に出世できるってもんだぜ! だからよぉ、今夜は勇者の屋敷に泊まって、今後はポートダグラスの家で開拓民として生活しつつ、勇者宅と懇意にさせてもらおうぜ!」
「なるほどな……。さすが魔道士タイプのマローだぜ。知恵が回る。開拓民として生活して家族ぐるみで付き合えば、勇者の予定がわかるってことだな! 最高かよ! 俺の幸運スキルってこういうことなんだな! 俺も初めて幸運スキルが派生してくれて良かったと思えるぜ! よし、それなら今夜は勇者宅に行ってやろうじゃねぇか!」
2人は決意を固め、和やかな笑顔でマーガレットへ振り返った。
「奥さん。今夜だけよろしくお願いします!」
「はい! それでは私たちのあとに着いてきて下さいね」
ダチョウとバイクは2人の速度に合わせてゆっくりと走り出した。オーストラリア大陸についての他愛もない雑談を交えながら、勇者ワタルの別荘を目指してのんびりと進んでいく。
その道のりは、誰の目から見ても朗らかな笑顔に溢れていた。
◆
マーガレットはリッチの背中の上でチックルに囁いた。
「チックル、ワタルにお客様を2人連れ帰るからお魚を沢山釣ってきてって頼んできてもらえる? たぶん今は舟の上だからスマホが圏外なのよ。チックルなら海の上の舟までひとっ飛びでしょ?」
「OK! ワタルの舟まで行ってくるよ! じゃあね!」
チックルはマーガレットの肩から海の方向へと飛んで行った。
マローだけは、その小さな影をはっきりと見ていた。だが、自分にチックルが見えていることを悟られたくはなかった。あえてチックルの方を見ないまま、マーガレットとリリベットとの会話を楽しむフリを続けた。
チックル自身は、まさか自分が見られているとは思いもよらず、元気よくまっすぐに海の方角へと消えていった。
(そうか。勇者が海にいる時はスマホは圏外なんだな……。こんな些細な情報だけでも、俺は幹部になれるぜ。ゼロスの幸運スキルは本物のチートスキルなのかもしれねぇな)
マローの口元に、抑えきれない笑みが浮かんだ。
帝国総督の箱入り娘として育てられたマーガレットには、人を疑うということがほとんどできなかった。夫が連絡の取れない時間帯すら、世間話の延長で口にしてしまう。その無防備さを、マローはすでに勝ちが見えているかのように静かに見定めていた。
隣でニヤニヤが止まらなくなっているマローを見て、ゼロスもまた、作戦が上手くいっていることを理解した。釣られるように、ゼロスの口元にも同じ笑みが浮かんでいた。
勇者の屋敷までの道のりは、表面上は本当に笑顔に溢れた道のりだった。
(第86話へ続く)




