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【第84話 スキル募集中!】

 ダチョウがワタルの別荘にやってきてから数日で、リッチはマーガレットとチックルにすっかり懐いてしまった。ワタルも食べることをあっさり諦めて、別荘で飼うことに決めた。急遽、庭の一角をリッチ専用に改装して、ダチョウの世話ができる別荘の管理人、サムソンという老人を雇った。


「え? サムソンさん。ダチョウって乗れるんですか?」


 驚いているのはマーガレットだった。


「はい、奥様。女性くらいならダチョウには乗れますよ。このリッチも人を乗せるために調教されてますよ。アボリジニから聞いてませんでしたか?」


 それを聞いたマーガレットはすぐに乗ってみたくなった。サムソンから乗り方を教えてもらいながら恐る恐るリッチの背中に跨ると、リッチは嫌がる素振りも見せずにマーガレットとチックルを乗せたまま、駆け足気味に歩き出した。


「キャッ! 動いた!」


 マーガレットが戸惑っているそばで、チックルは大興奮だった。


「凄い! 凄い! この子を食べようとしてたなんて、ワタルは酷いよね!」


「うふふ、本当にそうね。チックル、この子に名前を付けてあげなくちゃね」


「うん! この子は女の子かな? 男の子かな?」


「オスですよ! 奥様。人を乗せられるのはオスだけでして、ダチョウレースにもオスしか出られません!」


 ダチョウの背の上でマーガレットとチックルが相談を続けて、庭を数周回った頃にはダチョウにはリッチという名前が付いていた。


 さらに、サムソンはエメラルドグリーンの卵の正体も知っていた。孵卵器を手配して丁寧に温め始めてくれた。サムソンの話では、この種の卵は50日ほどで孵化するという。チックルは毎日孵卵器の前に陣取って、コンコンと卵を叩きながら孵化を待ちわびていた。


 勇者夫婦はしばらく別荘に滞在することを決めた。


 日々リッチに乗り続けるうちに、マーガレットとチックルには同時に『騎乗』のスキルが派生していた。護衛のリリベットはリッチの隣をバイクで並走するしかない。リッチはマーガレットを乗せても時速40キロ以上で走れるからだ。リリベットが手配したのはロイヤルエンフィールド・ヒマラヤだった。




 ◆




 この日もリッチの散歩を兼ねて、マーガレットとチックルはリッチの背に乗って郊外の荒野へ走り出していた。


「夫人! もう少しスピードを落としてください! 40キロを超えてますよ! リッチがバテますよ!」


「うふふ、今日は何故かリッチが走りたがってるのよ。もう少しだけ全力疾走させてあげましょう」


 リッチと会話できるチックルが説明した。


「リッチはリリベットのバイクに負けたくないんだってさ!」


「ブモー! ブモー!」


「大丈夫よ、リッチ。アナタは砂漠でも走れるじゃない。リリベットのバイクが走れないところでもアナタなら走れるのよ? そこが勝ってるのよ」


「ブモブ!」


「リッチが喜んでる!」


「本当にいい子ね!」


 気を良くしたリッチは道のない荒野をまっすぐに走り続けた。アボリジニ村でのダチョウレースの日々から一転、美味い餌と優しい飼い主のぬるま湯のような生活に舞い上がっていたのだ。気付けばかなり遠くまで来てしまっていた。


「ずいぶんと車道から離れてしまったわね……。チックル、そろそろ帰りましょうとリッチに伝えてくれる?」


「OK! リッチ! 帰るよ?」


「ブモーモ? ブモブモブーブ!」


「え? ホントに? マーガレット! 4キロ先に変なおじさんが二人で歩いてるって! 何もない所を歩いてるからお腹すいたら大変だって!」


 地上最強の視力を持つダチョウのつぶらな瞳には、4キロ先の人間の姿がはっきりと見えていた。


「よ、4キロ先? リッチはそんな遠くまで見えるの? 偉いわね! そのオジサンはアボリジニ?」


「ブモー! ブモー!」


「服を着てるし槍を持ってないから違うってさ。肌も白いからアボリジニじゃないみたい」


 マーガレットからの報告を受けてリリベットはすぐにグレンへLINEを送った。


『散歩コースから約4キロ先の荒野に生存者2名をリッチが発見!』


『OK! 私と勇者様がそちらに合流するからその場で待機せよ』


 数分後、ワタルを乗せたHUMMERが合流した。グレンが降りてリリベットから方向を聞いた。


「こっちの方角に2人の人間が歩いてるそうです。衣服を着てることからアボリジニではないようです」


「まずいな……その方向には街はないぞ。早く救助しないと死ぬな……。勇者様、一緒に来てもらえますか?」


「もちろん! 行きましょう! マーガレットはリリベットさんのバイクで別荘に帰ってくれ。リッチには案内してもらわないといけないからね。リッチ! そのオジサンのところまで連れてってくれるかい?」


 マーガレットはリッチから降りてリリベットのバイクのリアシートに乗った。リッチの背にはチックルが残った。


「ブモー!」


「リッチも早く走りたいってさ!」


「頼むよ、リッチ。チックル!」


 ワタルのGOサインで、リッチとチックルが時速60キロで猛烈に走り出した。HUMMERがその後を追った。




 ◆




 その頃、4キロ先の荒野では2人の男が愚痴をこぼしながら歩き続けていた。


「なあ、ゼロス。飛んで帰ろうや。チンタラ歩いてると基地まで1年かかるぜ?」


「マローよ。リーダーから人間らしく振る舞えっていつも言われてんだろ? 地球人は飛べないんだよ。飛んでるとこを誰かに見られた時点で俺らは詰むんだ。ウダウダ抜かす前にシャキシャキ歩け!」


「ゼロスは戦士タイプだから体力が有り余ってんだろうけどよ。俺は魔道士タイプなんだよ。1週間も歩きっぱなしはさすがにキツいぜ……」


「ハハハ! だからこその徒歩なんだよ。魔道士のマローでも歩き続けりゃ必ず『タフ』系のスキルが派生するんだから。同じ魔道士のジャッカルだって歩き続けて『スタミナ』を獲得したじゃねぇか。魔道士がタフかスタミナを持つとマジで無敵なんだから頼むぜ」


「チェッ! わかったよ! 次のゴーストタウンにはビールくらいはあるんだろうな?」


「ほぼ、どこのゴーストタウンにも酒だけは手付かずで残ってるからな。トカゲは酒を飲まないから助かるぜ」


「スキル獲得まではゴーストタウンの酒あさりだけが俺の唯一の楽しみだぜ……トホホ……」


 ゾーン団の2人は無限に広がる荒野の中をトボトボと歩き続けていた。


 かつて江差町を支配し、原子力潜水艦ごと忽然と姿を消した130人。トカゲ軍の激動に日本中が揺れた間、世界はすっかり彼らのことを忘れていた。彼ら自身は着々と、この広大な無人大陸で鍛錬を続けていたのだ。


 遥か彼方からHUMMERのエンジン音が聞こえてきた。


「マロー! 誰か来るぞ! 遭難者のフリをしろ!」


「わかってるさ。だからあえてボロボロの服を着てるんじゃねぇか。せっかくここまで歩いてきたのに、またイギリス人の街に逆戻りかよ……トホホ……」


 ダチョウのリッチがマローとゼロスの前に追いついた。背中にはチックルが乗っている。魔道士タイプのマローにはチックルの姿がはっきりと見えてしまい、思わず目が合いそうになった。慌てて視線を逸らした。


(危ねぇ、目が合うところだったぜ……。ここにフェアリーがいるってことは、あの車には勇者が乗ってるのか?)


 マローがハンドサインでゼロスに『警戒せよ』と伝えた。ゼロスも気づいて、追いついてきたHUMMERを注意深く観察した。


 HUMMERからワタルとグレンが降りてきた。


「おい! アンタらはこんなところで何してんだ? 私はMI6の者だ。街まで送らせてくれ。このまま先へ進んでもゴーストタウンしかないぜ?」


「MI6ですか! 助かった〜。僕らは迷子になってしまいまして彷徨ってました。僕はマロー。こいつがゼロスです。これ、身分証です」


 2人はグレンに身分証を差し出した。仲間の一人が『模倣』スキルで仕立てた精巧な偽造品だ。プロが見ても見破れるものではない。グレンは確認してすぐに返した。


「2人はポートダグラスの開拓者か。乗れ!」


 2人は素直にHUMMERへ乗り込んだ。目の前のMI6が1人なら始末できた。だがグレンの隣には勇者がいた。それを悟った瞬間に、2人の頭の中の算盤は弾かれていた。今日は諦めてポートダグラスへ逆戻りする。それが最善だ。


 HUMMERが動き出す前に、ワタルがチックルに声をかけた。


「チックルとリッチはもう別荘に帰っていいよ。オジサン達は俺とグレンさんでポートダグラスまで送っていくから。リッチはお手柄だよ! オジサン2人の命を救ったんだからね! 偉いよ!」


「ブモー! ブモー!」


 リッチとチックルは嬉しそうに別荘の方角へ走り出した。HUMMERはポートダグラスへ向かった。




 ◆




 ポートダグラスの街に着くと、マローとゼロスの「自宅」の前で2人を降ろし、HUMMERはケアンズへ帰っていった。2人は笑顔でHUMMERを見送った。


「畜生、またここからスタートかよ。ふりだしに戻るってやつだな!」


「ハハハ! 過酷な経験は必ずいいスキルに繋がるんだからよ。前向きに考えろ、マロー。それに勇者に相対して生き残ってんだぞ? これは俺の『幸運』スキルのお陰だぜ? もっと俺を敬えよ!」


「ハハハ! 違いねぇ! 本当にフェアリーを見た時には終わったと思ったぜ。目と目が合っちまったからな!」


「そうか。勇者にはフェアリーが着いてるのか。俺には見えなかったぜ。使えそうなフェアリーだったか? お前の『鑑定』スキルならフェアリーの価値がわかるんだろ?」


「いや、ハズレだな。屋台で1500Qってとこだ。俺の鑑定は金額しか出ないからな。詳しいスキルまではわからねぇ。でも1500Q程度の屋台モノなのは間違いない。勇者ってのは案外セコいんだな」


「まあ、今の俺らにはフェアリーなんて必要ねぇからな。安物でも高級でも関係ねぇよ。魔法武器なんてのは旧世代の武器になっちまったからな……」


 2人は遠ざかるHUMMERを眺めながらしばらく語り合った。そして再び、荒野へと歩き出した。


 スキル獲得のために。


 まだ誰も知らない。荒野を黙々と歩き続ける2人の男が、かつて世界を震撼させたゾーン団の生き残りであることを。




 (第85話へ続く)



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