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【第81話 魔大陸】

 南区の異世界パチンコホール・遠隔屋本店は、グランドオープンから日を追うごとに盛況を増していた。



 朝から並ぶ日本人パチンカーのために奥尻島の民宿は満室続きで、江差〜奥尻島を結ぶ定期便は増便を重ねていた。朝一番の台確保をめぐる攻防は、言語の壁などものともせず、日本人も異世界人も一緒になって全力で繰り広げていた。



 ビリーはそんな光景を眺めながら、もはや賞金稼ぎの纏め役だった頃の顔を完全に捨て去って、すっかり実業家の顔になっていた。二号店と三号店を首都にオープンさせるべく、松崎電機の松崎を連れて早々に旅立って行ったのはグランドオープンから一週間後のことだった。



 遠隔屋本店の店長となった戸田は今日も枯れた声でマイクを握っていた。



 ホールに活気が満ちていた。





 ◆





 一方、江差でも変化が起きていた。



 異世界パチンコを打つためだけに全国からパチンカーが押し寄せるようになっていた。江差の街を異世界人がごく普通に歩き、地元の飲食店には片言の日本語で注文する亜人族の姿が当たり前になっていた。宿屋・繁次郎は連日満室。来翔の働くラッキーピエロもそんな県外客で賑わっていた。



「え? 来翔さんが異世界で古物商を開業したんですか!?」



 レジ横で鈴子がかなり驚いた顔をしていた。



「うん。古物商と言っても、パチンコ屋の換金所だけどね。うちって異世界人のお客さんが多いだろ? あちらのお金が貯まる一方なんだよ。だったらあちらでも消化できる商売をって考えたら、換金所が一番手っ取り早かったんだ」



 鈴子は目をランランとさせて来翔に詰め寄ってきた。



「私も行ってみたいです! 異世界のパチンコ屋さん!」



 こうして、来翔は次の休みの日、ネーラとレフトを連れて鈴子と遠隔屋本店へ遊びに来ていた。



「うわ〜! 本当にパチンコ屋さんですね! ちゃんと電気で動いてますよ!」



「うん。電気だけはどうしても外せなくてね。それが一番苦労したかな」



 早速、鈴子はネーラとレフトに手を引かれてCRぱちんこJAWSの前に座らされていた。



「ほら! 鈴子! ボタンを連打!」



「う、うん! これを押すの?」



「ピヨ!」「早く! 連打!」



 鈴子は戸惑いながらもボタンを叩き始めた。



「ピーヨ!」「遅い! そんなんじゃ外れちゃうよ! 鈴子!」



 鈴子の連打が一瞬遅れて、激アツリーチがあっさりと外れた。



「あ〜あ! 鈴子。遅すぎるよ! JAWSはボタンが全てなのに!」



「そうなの? 結構、難しい台なんだね」



「そこがJAWSの面白いとこなの! 今度こそもっと早く押しなよ!」



「ピヨピヨ!」



「はい……わかりました。次こそ頑張るね!」



 周囲の異世界人たちも、ボタンやレバーを懸命に押したり引いたりしていた。パチンコ屋において、異世界人の方が楽しみ方をすでによく知っているように見えた。初めてのパチンコに四苦八苦しているのは、むしろ鈴子の方だった。





 ◆





 そこへ、ホールのオーナーであるビリーが来翔に声をかけてきた。首都出発の前にひと仕事あるらしかった。



「来翔、パチンコ打つ前にちょいと事務所まで来てくれねぇか?」



 事務所に入ると、ビリーはどっかりとソファに腰を下ろしてコーヒーを差し出した。



「実は南の島なんだがよぉ。トカゲ共和国になっただろ? 正式名称をオージーにしたいんだとよ。そちら側のオーストラリアもオージーと呼ばれているんだろ? しかもそのオーストラリアは今、別の国が統治してるから名前が無くなるかも知れないとも聞いたぜ?」



「オーストラリアは元々イギリスの植民地だったんです。そのイギリスが今また大陸に入植して再開発をしているんですよ。名前の変更は今のところないみたいですが、異世界でオージーと名付けても向こうは全く気にしないと思います。むしろ姉妹都市として迎え入れてくれるんじゃないですかね」



「そうか。じゃあトカゲ共和国にそう伝えておくわ」




ダラス将軍統治時代に突如、


オーストラリア大陸に出現したゲートは南の島のミスリル鉱山に繋がっているので、


オーストラリア側からゲートを通過すると坑道に出てしまい、


危険だということもあり、


オーストラリア側からの侵入は国際法で不可になっている。


あちらの発掘作業は魔法で容易に爆破しながら掘り進むことができるために、


それを知らずに侵入してしまい生き埋めになった侵入者が後を絶たなかった為だった。


南の島側からもつい最近まで巨大な無人島と化したオーストラリア大陸に出ても野垂れ死ぬだけなので異世界側からも南の島のゲートを使う者など誰一人いなかったのだ。


 ビリーは一口コーヒーを飲んでから、少し間を置いて言った。



「なあ、来翔。パチンコも軌道に乗った。そろそろ次の儲け話はねぇか?」



「ハハハ、ビリーさんはすっかり実業家ですね。かつて誰もが恐れた賞金稼ぎの纏め役だとは、もう誰も信じないでしょうね!」



 ビリーはふっと苦い笑みを浮かべた。



「まあな。正直言うとよぉ〜。こっちの世界の賞金稼ぎってのは、ゾーン団あっての商売だったんだよなぁ〜。奴らの賞金はまさにパチンコ屋の年間売上なんだぜ? パチンコ屋の一年分の稼ぎを一撃で仕留められるって考えると、賞金稼ぎって商売には夢があったんだよ。ところがそのゾーン団は原潜ごと行方知れず。もはや賞金稼ぎって商売は無くなる運命なんだろうなぁ〜」



「あ、それすごくわかります。僕らハンターも一気に粛清されましたからね……。まあ、僕は宿屋でなんとかなりましたけど、危うくまた失業保険生活に逆戻りするところでしたよ」



「ガハハ! 来翔みたいな手練れをクビにするとはアホな国だな! まあ、おかげでパチンコ屋が開業できたわけだが。帝国のせいで何十年も娯楽を奪われてた街だぞ? 街の奴らは本当に喜んでくれてるしな。って事なんで、次の儲け話をよろしく頼むぜ! ガハハ!」



 ゾーン団の消滅によって職を失った賞金稼ぎたちは、それを嘆くより先に別の生業を探し始めていた。世界が平和になれば、荒事で稼ぐ者から商売で稼ぐ者へと人は変わっていく。ビリーはその最たる例だった。



「それなら、ハードルはかなり高いですけどね。様々な種族のいる異世界だからこそおすすめしたい娯楽ビジネスがあるんですよ」



 ビリーは身を乗り出した。来翔は淡々と、この世界にはまだ存在しない娯楽の話を始めていた。





 ◆





 それとほぼ同じ頃、地球の南半球では大きな動きがあった。



 オーストラリア大陸に、ネオオーストラリア王国が誕生していた。



 かつてのオーストラリア大陸はダラス将軍率いるトカゲ軍の侵攻によって無人の大地と化した。元の住民はニュージーランドの南島にある人間牧場へと強制移住させられ、そのまま戻る者はほとんどいなかった。牧場から解放されたニュージーランドには、世界中から連れてこられた様々な人種が残り、今では急速な多民族国家として生まれ変わっている。中でも中国人が最も多く、移民生活に慣れた華僑の気質でいち早くニュージーランドの土地に根を張り、商業地区の中心的な担い手となっていた。



 一方、広大で無人のオーストラリア大陸の再開発を国連から要請されたのはイギリスだった。元々は自国の植民地だった土地だ。イギリス政府は入植者を募り、開拓団を送り込んで少しずつ都市の再建を始めていた。そして今月、アン王女がネオオーストラリア初代女王として即位した。



 その新女王から招待を受けたのが、ダラス将軍を討ち取った勇者ワタルと、その妻マーガレットだった。



「ようこそ、勇者ワタル様。よくぞネオオーストラリアへお越しくださいました。滞在中は是非、楽しんでいただきたいと思います。皮肉にも世界一広大な無人島になってしまった大陸ですが、だからこそ今は世界一の秘境とも言えます。勇者様は釣りがご趣味とお聞きしましたので、ケアンズに屋敷を用意いたしました」



 ワタル夫妻は政府の専用機でケアンズへと向かった。用意されていたのは、海の見える高台に建つ広大な館だった。地下には船着場があり、温室プールまで完備している。家具の一つ一つが王室御用達の品で揃えられていた。



「別荘は豪華だけど、街には誰も住んでないんだね……。買い物も困るよね……」



「うふふ。昔の上ノ国町も最初はそうだったのでしょ?」



「それもそっか! それに別荘なんだし、ここで生活する訳じゃないもんね! そういえばオーストラリアには固有種が沢山いるんだよ。コアラもオーストラリアにしかいないんだ」



 コアラという単語を聞いた瞬間、ワタルの胸ポケットからチックルがニョッキリと顔を出した。



「え? コアラ? あの? コアラのマーチのコアラ?」



「ハハハ、そうそう! コアラのマーチのコアラさ。実物はもっと可愛らしいよ。生きたぬいぐるみなんだよ。あとで見に行こうか?」



「うふふ、無理しなくていいのよ。ワタル。早速ロウニンアジを釣りに行きたいのでしょ? コアラは私とチックルで見に行ってくるわ。ワタルは政府が用意してくれたボートの試運転を兼ねて釣りに出かけなさいな。チックルも私と来る?」



「う〜ん……船にも乗りたいけど……コアラが先! 本物のコアラもチョコ味なのか確かめたい! マーガレットと行く!」



 ワタルはニコッと笑って地下の船着場へと降りていった。





 ◆





 MI6から派遣された護衛は二人だった。グレンは中年の男性エージェントでワタルに同行し、若い女性エージェントのリリベットがマーガレットの担当となった。二人は政府が用意した車に乗り込み、コアラのいる自然公園へと向かった。



「マーガレット、コアラは私よりも大きいのかな? コアラのマーチだと一口サイズだよね?」



「どうなんだろ? 大きさまでは私にもわからないわ? 本当にコアラのマーチのような生物がいるのかしら」



「もしもチョコ味なら私、食べちゃうかも……」



「うふふ、そんな事しちゃダメよ。チックル。外交問題に発展するからね」



「そうなの?」



 運転席のリリベットはミラー越しにマーガレットをちらと見た。婦人はずっとでかい独り言を喋っている。妖精が同行しているとは説明を受けていたが、姿も声も聞こえないのでシュールを通り越して少しだけ怖かった。



 郊外へ向かう道が続いた。左右には赤茶けた荒野が広がっている。かつては街があったはずの場所に、今は草木だけが茂っていた。



 その時だった。



パタパタパタ……!!



「レフト!!!」



 チックルが窓の外へと飛び出した。



 マーガレットが顔色を変えた。「チックル!?」



 リリベットが急ブレーキを踏んだ。



「どうなさいました!? 勇者婦人!」



 マーガレットはもう車のドアを開けて走り出していた。来た道を引き返すように、荒野の中へと駆けていく。



「婦人! 待ってください!!」



 リリベットが追いかける。マーガレットは走りながら叫んだ。



「すみません! チックルが——チックルっていうのは妖精のことです! 妖精は普通の人には見えないんです! その子が窓から出て行ってしまって……」



 追いついたリリベットはようやく事情を理解した。あの独り言は独り言ではなかったのだ。



「なるほど。それで、その妖精はなぜ飛び出したのですか?」



「わかりません……車窓を眺めていたら突然、『レフト!』と叫んで……」



「レフト? 左側に何かがあったのですか?」



 二人は道路の左側を見ながら走り続けていた。



 見渡す限りの地平線が広がっていた。赤茶けた大地の上に、遮るものは何もない。



 かつて有人島だった頃でさえ、この大陸の人口密度は世界最低水準だった。それが今では完全な無人の荒野だ。この大陸で迷子になるということは、死に直結する。チックルにはまだ、そのことがわかっていなかった。



 不用意に飛び出した小さな妖精の姿は、広大な青空の中にとうに消えていた。



 マーガレットの目に涙が光り始めていた。リリベットは姿の見えない妖精をどうやって捜せばいいのか、全くわからないまま走り続けていた。



 オーストラリア大陸は、見渡す限りの地平線が続いていた。





 (第82話へ続く)




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