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【第75話 誰のあこがれにさまよう】

 札幌グランドホテルの夕食会。



 ワタルはようやく親しい人間だけの空間に入ることができた。



「ふ〜。あ、いた! 来翔さん!」



 鳥籠の中のレフトへ小松菜を与えていた来翔がワタルを見つけて笑顔で片手を上げた。



「お久しぶりです! ワタルさん! チックルも久しぶりだね!」



 鳥籠の中にはレフトの他にネーラも入っていた。チックルも飛んできて鳥籠の中に入り込んで三人でワイワイと遊び始めた。



「来翔さん! ハンターを辞めたんですか!?」



「はい。今は自宅を改装して宿屋を営んでるんですよ」



「C-Classが契約解除になった事は知ってましたが、C'まで契約解除になってるとは思いませんでしたよ!」



「ハハハ、ハンターは引退しましたけど、今はハンターの頃よりも充実してるので安心してください」



 来翔はここまでの経緯をゆっくりとワタルへ話した。ワタルは深く頷いて答えた。



「そうですか! それを聞いて安心しましたよ! 今回は北海道に二週間ほど滞在しますんで、上ノ国へ帰った時に宿屋を見に行きますね!」



「はい! 是非来てください! 紹介したい……人。いや、魚もいますんで!」



「はい! 上ノ国の自宅に帰ったら連絡しますね!」




 ◆




 数日後、来翔のLINEが鳴った。ワタルからだ。



「今から伺います」



 しばらくして来翔の自宅にワタルがやって来た。



「うわ〜! 外観は完全に民宿なんですね! 射撃場も潰してコンテナハウスですか!」



「まあ、功労金がいい金額だったんで、ガッツリとリフォームしてしまいましたよ!」



 来翔は早速、フロントのあるロビーへ案内した。



「ここ、以前はリビングだったところですよ! 以前の様相を知ってるワタルさんなら何となくわかりますよね?」



「あぁ、なるほど。この辺にソファがあったんですよね? ガラッと変わってるんで脳がバグりますね!」



 来翔はロビーの一角にある一つの水槽の前に立った。中には一匹の熱帯魚が泳いでいた。



「ワタルさん、こちらへどうぞ。今日は彼を紹介したかったんですよ!」



 周りには誰もいない。ワタルは不思議そうに来翔に尋ねた。



「紹介と言っても誰もいないんじゃないですか? また俺だけが見えてないんですか?」



「ちゃんと見えてるはずですよ。この水槽の中のエレファントノーズフィッシュという熱帯魚です。また、例によってネーラのペットとして買ったんですが……この魚は脊椎動物で最も脳が優れてるらしくてですね……」



 ワタルは水槽の中を覗き込んだ。象の鼻のような長い口が特徴の、独特なフォルムをした不細工な熱帯魚が一匹、気持ちよさそうにヒラヒラと泳いでいた。



「はぁ……この魚を何故、俺に? 脳が優れてるというのはどういう意味ですか?」



 その瞬間、水槽の中のエレファントノーズフィッシュが長い口を水面からニュッと出して、渋い中年男性のイケボで語り出した。



「それは私から説明しよう。勇者君」



「!!」



「我々エレファントノーズフィッシュは脳の割合が人間よりも高い上に、脳に使っているエネルギーの量も人間の数十倍なのだよ。つまり、この地球で最も知恵ある種族なのだ。ただ、古代魚ゆえフォルムがダサいだろ? だから熱帯魚ショップでも舐められ気味で二千円そこそこで売られている。多くの人間は我々をただの不細工な熱帯魚だと思っているのだろうが、エレファントノーズフィッシュは見ての通り、人類を遥かに超える超IQを兼ね備えている。私はこの宿で予約の管理をしているので、今後、当宿をご利用の際は私に連絡をすると良い」



 ワタルは唖然として立ち尽くした。



「コイツはアインといいます。旧コナ国の南区や帝国の首都に江差のサテライト店があるんですが、そこに在住しているアインの手下のエレファントノーズフィッシュ達が念話でアインに空室確認をして、予約を一手に引き受けてくれてるんです。エレファントノーズフィッシュは電気信号で仲間と会話できるそうで、念話というよりも無線に近いんだそうです」



 アインが再びニュッと口を出して補足した。



「勇者君、そんなに驚かなくても良いのだよ。我々の脳の秘密や電気信号についてはWikipediaにもハッキリと記載されている。後でよく読むと良い。これは余談だが、日本語をこうして話せるのは私だけだ。コナ国の配下のエレファントノーズフィッシュ達は普通の熱帯魚で、言葉を話すことはできん。私は我が主のネーラ嬢からレベルアップの胡麻を食べさせられたおかげでレベルアップさせられたのだ。私の今のレベルは十五。レベル十を超えたあたりから日本語を話せるようになった」



「ら、来翔さん……こ、これはなんというか……本当に無駄な事にレベルアップの胡麻を使っちゃいましたね……」



来翔も少し困り顔で答えた。



「僕も知らぬ間にネーラとレフトがやってしまいました。まあ、これのおかげでうちの宿は世界唯一のアチラからも予約できる宿屋になったんですよ。いまだにコチラとアチラでは電話回線もネット回線も繋げられませんからね……」



ワタルも苦笑いしながら、アインに改めて挨拶をした。



「アイン、今後もよろしくね。俺のLINEを教えておこうか?」



アインがニュッと口を出して答えた。



「それには及ばぬ。私ほどの超IQになるとネットの中の情報など全て理解しておる。勇者君のLINEもとうの昔に解析しておるよ。勇者君が毎日、奥さんへ三十回以上もくだらないLINEを送っていることも知っておる。ちなみに、君たちが大好きな漫画のワンピースの最終話のネタバレもしてやろうか?」



「ハハハ、本当に凄いな! アインは! 個人情報も筒抜けなんだね!」



「当たり前だ。大事なことはネットに上げるな。これは誰でもわかる理屈だと思うのだが、人類はなぜか大事なものほどネットに上げる。この超IQの私にも本当にそこが理解できん」



アインはスイ〜っと気持ちよさそうに水槽の中をヒラヒラと泳いでいった。



思わずワタルが笑ってしまった。



「ね? ワタルさん。今の僕はかなり充実してるでしょ? だから、本当にもう心配しなくても大丈夫ですよ!」



「はい! 本当に来翔さんは何をやらせてもカッコイイです! 俺の勇者仕事もひと段落したら上ノ国町の自宅を宿屋にしようかな? その時はアインに手下を紹介してもらいますね!」



アインが再びニュッと口を出した。



「ペットショップで我らは二千円で売られている。適当な個体を買ってくれれば、私が優秀な予約係りに調教してやろう!」



「アイン、よろしく頼むね!」



ワタルは水槽に向かって親指を立てた。




 ◆




「さあ、ワタルさん。港へ行きましょうか! LEONさんが船で待ってますよ!」



来翔とワタルは江差港に着いた。



波止場には、小型の漁船の上でLEONが仁王立ちで二人の到着を待ち構えていた。



「まさか、船も買ったんですか!?」



「はい! LEONさんの魚探のいらない目があるので、漁師としては天才的な才能があったんですよ。さあ、沖に出て三人で釣りでもしましょう! LEONさん、今日の狙いは?」



「大型のヒラメだ。座布団サイズのがバンバン釣れている」



ワタルは少年のような顔でLEONの船に乗り込んだ。



「よし!行こう!」



「アリャマ! 早く来るのが遅い!」



「ハハハ、待たせてごめんごめん!」



三人を乗せた小型船がポンポンと軽快なエンジン音を奏でて、夏の日の江差沖へと進んでいった。



海風が心地よかった。潮の匂いがした。



勇者も、元ハンターも、暗殺者も、今は竿を握って同じ沖を眺めているだけだった。それだけで、三人とも黙って笑っていた。




  


今回登場した「エレファントノーズフィッシュ」、実在します。

名前の通り象みたいな鼻(正確には下あご)が特徴の、アフリカ原産の熱帯魚です。見た目だけで判断すると「なんか独特な魚だな……」で終わりそうなんですが、実はこの魚、とんでもなく頭がいいことで知られています。

有名なのが「脳の割合」。

エレファントノーズフィッシュは、体に対して脳がかなり大きく、しかも脳に使うエネルギー量も非常に多いそうです。研究者の間でも「脳をかなり贅沢に使う魚」として知られていて、ちょっとロマンがあります。

しかも、この魚のいちばん面白いところは“電気”。

体からごく弱い電気信号を出していて、その反射で周りの障害物や餌を探します。暗い水の中でも「見えなくてもわかる」みたいな感覚で泳いでいるらしく、まるで生きたソナー。

さらに、その電気信号は仲間同士の合図にも使われるそうです。

つまり、

「ピピッ(そこどいて)」

「ピッ(了解)」

「ピピピ(ごはんあるぞ)」

みたいな会話をしていても不思議じゃないわけです。

……そう考えると、今回のアインの予約管理も、案外あながち嘘ではないのかもしれません。

ちなみに熱帯魚ショップでは、本当に見かけることがあります。

独特な見た目に最初はびっくりしますが、慣れるとヒラヒラ泳ぐ姿が妙にかわいく見えてきます。

「なんだこの顔……」

から始まって、

「今日も元気だな」

になり、

気づけば

「この子、たぶん人間のこと全部わかってるな……」

になる。

そんな不思議な魅力のある魚です。

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