【第74話 もう1年……】
世間は夏休み。江差にも短い夏がやってきた。
江差港では小型の漁船から水揚げをしているLEONの元へカスミが声をかけた。
「ありゃま! スルメイカが大量でしょ! 昼間でもイカを釣れるのはLEONちゃんだけだよ!」
「私の目には昼も夜も関係なく魚影が見える。むしろイカは昼間の方が大人しいから取りやすい」
LEONは水揚げを終えると、ご自慢の漁船を洗い始めた。クリスマスにもらった胴長靴を履いて、懸命に船を磨き上げている。来翔の功労金で買ってもらった中古の漁船で、LEONは来翔が始めた異世界宿屋・繁次郎の専属漁師となり、江差沖の旬な魚を毎日採っていた。
「LEONちゃん! 私は一足先にイカを厨房に運ぶからね!」
カスミはDAIHATSUミゼット2に水揚げしたばかりのスルメイカを積んで宿屋・繁次郎へと走り出した。
宿屋に着くと、ネーラとリスタオールが本日の予約状況の確認をし合っていた。
「ねぇ、リスタ。このお客さんってきっとエルフだよね? エルフなら私が見えるよね? なら、この団体さんは私とレフトに任せてよ!」
「ピヨピヨ!」
「そうですわね。エルフの団体様はネーラさんにお任せいたしますわ。帝国のお客様は私が対応いたします。あとは日本の方々の予約も今夜は入ってますのよ。円とQのレジを間違えないようにお願いいたしますわ。先日、レフトさんだと思うのですが、五百円玉がQの方のレジに入ってましてよ?」
レフトは羽で真っ赤になった顔を隠しながら申し訳なさそうに鳴いた。
「ピヨピヨヨヨ〜」
「五百円玉と五百Q玉が似てるんだよ〜。ゴメンね。だってさ」ネーラが訳してくれた。
「まあ、どちらも同じ価値なので問題はありませんが、自販機はまだ五百Qに対応していませんから、五百Q玉を受け取ったお客様が少しだけ迷惑になりますのよ」
「ピヨピヨ!」
そこへイカを運び終えたカスミが口を挟んだ。
「ありゃま! 今夜はエルフの団体さんが来るのかい。今夜はイカ刺しを出すんだけども、エルフの皆さんはイカ刺しは食えんのかい? イカ飯にするかい?」
「エルフでも刺身は大丈夫ですわ。むしろ道南のイカ刺しを楽しみにしていると思いますわよ。ただ、エルフは白米よりも玄米の方が慣れておりますので、玄米か麦飯にした方がよろしいかと思われますわ」
「それなら麦飯だね。玄米より麦飯の方が刺身には合うからね。さあ、皆、チャッチャと動く! 働けー!」
カスミの一声で全員がテキパキと動き出した。
来客が増えるにつれてLEONの漁獲量も増えていき、カスミとリスタオールが厨房に立つ時間も増えていき、ネーラとレフトが接客できる部屋が埋まっていく日も増えていった。コンテナハウスの予約も入り始めていた。宿屋・繁次郎は来翔が思っていた以上のペースで、江差の口コミに乗り始めていた。
◆
一方、来翔はいまだにラッキーピエロのバイトを続けていた。
「なんか来翔さんの宿屋がバズってるのに、このバイトを続けてるのが不思議なんですけど……」
鈴子が首をかしげながら尋ねてきた。
「うん、実は居候とカスミさんが優秀すぎてね、僕の仕事が無いんだよ。ハハ……」
「私としては異世界人馴れしてる来翔さんがいてくれると安心なんで、このままずっと一緒に働いてほしいです!」
「いっその事、この店でも異世界人に働いてもらえばいいんじゃないかな?」
鈴子はあまりにも突拍子もない提案に唖然と立ち尽くしたが、ランチ時間の波に追いやられて、その事を考える余裕はなくなってしまった。
そんな来翔の提案の事を知ってか知らずか、日本政府は異世界人への法律も徐々に決まっていった。
労働については一Q=一円と固定。最低時給は日本人と同額。日本に住居を構えている異世界人には市民税も発生する。運転または操縦のスキルがあれば車やバイクの運転も認める。違反の際は全て罰金で日本人の五倍(スキルによる運転は違反も事故も起こりえない)。人身事故については軽微のものでも異世界人用の刑務所へ収監。犯罪行為は状況証拠のみでも実刑確定。長寿種族の銀行預金は最大八十年で、超過分は国庫へ。国内では必ずモノリスを携帯する。未携帯の場合は最寄りの交番で無料配布。異世界人との結婚を認め、伴侶には国籍も取得。子供にも無条件で国籍が与えられる。国保への加入は可能だが年金は不可。ゲートを使用する際は通過するたびにゲート税が発生する。一人千五百円(千五百Q)。
一つ一つは小さな法律だったが、積み重なることで日本と異世界の間に確かな橋が架かりつつあった。
◆
夏真っ盛りの八月十五日。
ワタルとマーガレットの一年目の結婚記念日に、今年は日本側でも盛大にパレードが行われることが決まった。上ノ国町には何万人も集まれる道路がないので、パレードは札幌市の大通り公園で行われる。来翔にも招待状が届いたので、家族総出で札幌までやってきた。
まだ札幌市内では異世界人は珍しく、LEONとリスタオールが歩くだけで人々が振り返った。来翔一家は大通り公園のテレビ塔の真下あたりに陣取り、パレードの様子を遠目に眺めていた。
「ネーラとレフトはあまり遠くに行くなよ。これだけ人が多いと空からでも僕たちの事が見えなくなるよ」
「ピヨピヨ!」
「レフトがもしもはぐれたら、この時計台で待ち合わせしよう! だってさ! だから私とレフトだけワタルの近くまで飛んで行っても良い?」
「なるほど。それなら行っておいで。僕らはテレビ塔の真下で待ってるよ」
ネーラとレフトはワタルの豪華な馬車を目指して飛んでいった。
「お〜い! ワタルー! チックルー!」
「ピヨピヨ!」
二人を見つけてチックルも飛んできた。
「久しぶりー! 二人とも! さあ、馬車に乗ろう!」
三人はワタルの乗る馬車に乗り込んだ。沿道の人々が馬車を見て歓喜している。ネーラとレフトは初めて見る光景を興味津々に眺めていた。
「久しぶりだね、ネーラちゃん、レフト。来翔さんはどの辺にいるんだい?」
「テレビ塔の真下!」
とっくの昔にテレビ塔を通り過ぎていたので、もうここからは見えない。ワタルがガッカリした顔をした。
「そうか……。これだけ集まると来翔さんを見つけられなかったよ。来翔さんは元気なのかい?」
「うん! 毎日、ラッキーピエロでバイトしてる!」
「ピヨピヨ!」
来翔が契約解除になっていたことを聞かされていなかったワタルは困惑した。
「え? 来翔さんがラッキーピエロで? どうして?」
「去年の春にはCの人たちは首になったでしょ? だから来翔も首になったんだよ? 知らなかったの?」
「馬鹿な! 来翔さんはただのCじゃなかったよね? 唯一のC'じゃないか! そんな来翔さんとの契約を国は打ち切ったのか?」
ワタルが急に声を荒らげたのでネーラもレフトもチックルもマーガレットも驚いてしまった。
「ピヨピヨ!」
レフトが驚きのあまり馬車から飛び立った。
「あ! 待って、レフト!」
ネーラもレフトを追いかけてどこかへ飛んでいってしまった。
後に残されたワタルとマーガレットとチックルは困惑しながら話し合っていた。
「俺は来翔さんが失業してたなんて聞いてなかったぞ?」
「私だって知らなかったよ。去年から来翔の家にも行けてないもん! ワタルがずっと沖縄で仕事をしてたからさぁ〜」
ダラス将軍討伐以降、東京は放射能汚染のために首都が沖縄へと遷都されていた。勇者としてはどうしても沖縄が活動拠点になってしまう。そうなると、隣町の来翔とですら顔を合わせる機会がなくなっていた。英雄になるとはそういうことだった。
「一年か……」
ワタルは呟いた。ダラス将軍を斬って函館山の首脳会議から、もう一年が経っていた。あの日函館山で来翔と顔を見合わせて苦笑いをしたのが、遠い昔のように感じる。
早くパレードを終えて夜の食事会で来翔と再会したい。気持ちばかり焦ったが、ワタルを乗せた馬車はゆっくりゆっくりと進んでいた。
沿道の歓声が、遠く聞こえた。
札幌の大通り公園と、
名古屋のセントラルパーク。
この二つ、初見だとけっこうな確率で
「……あれ? 前にも来た?」となります。
広い道の真ん中に細長い公園がずーっと続いていて、地下にも店が並んでいて、イベントをやると人がわんさか集まる。
「都会のど真ん中に、やたらでかい休憩スペースがある」
という点で、びっくりするほど似ています。
たぶん観光客が目を閉じて真ん中に立たされたら、
「ここ札幌かな?」
「いや名古屋かも……?」
と真顔で悩みます。
しかもどっちも、
「待ち合わせはとりあえずそこ」
になりがちです。
北海道民は
「テレビ塔の下で待ってるわ〜」
名古屋民は
「セントラルパーク上がったとこね〜」
と言いながら、なぜかだいたい少しズレます。
そして最終的に、
「いや今どこ!?」
が始まります。
ちなみに作者は初めて名古屋へ行った時、
「なんか安心するな……」
と思ったあとで、
「これ札幌に似てるからだ!」
と気づきました。
たぶん大通り公園もセントラルパークも、
“都会の人間を一度立ち止まらせるための巨大な逃げ場”
なのだと思います。
夏はイベント。
冬はライトアップ。
春も秋もだいたい誰かが待ち合わせしている。
そして気づけば、
「あと5分で着く!」
と言いながら十五分くらい歩いている。
……広いんです。ほんとに。




