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【第71話 よろしくラッキーピエロ】

 契約期間が春まで残っているので就活は年を越してからと決めた来翔は、まずは当面の副業を探してラッキーピエロのアルバイト募集の広告を見つけて申し込んだ。すんなり採用されて、この日から店員として働きだした。


「え? 来翔さんはハンターを辞めるんですか!?」


 ゾーン団に攫われかけた所を来翔に救われたラッキーピエロの店員の女の子、鈴子が驚きの表情で尋ねてきた。十九歳。高校を卒業後はここで働いているという。


「うん。まだ契約は来年の春までだけど、もうゲートの脅威も無くなっただろ? そうなると僕らみたいなハンターもいらないのさ」


「でも、来翔さんは私を助けてくれました! 警察も自衛隊員も誰もかなわなかった異世界人から、来翔さんだけが私を助けてくれたのに! そんな来翔さんを首にするなんて有り得ません!」


「まあまあ、鈴子ちゃんがそこまで怒らなくてもいいじゃないか。僕らがお役御免になったということは、それだけ平和になったってことだしね。本来なら喜び合わなくちゃね」


「でも! また奴らが襲ってきたらどうするんですか!」


「その事なんだけどね、僕はアチラ側も見てきたんだよ。今のゲートを管理してる国が、日本よりもかなり厳密な超法治国家でね。その国が管理している以上は、奥尻のゲートからの脅威はまず無いと思うよ」


 なだめてようやく鈴子も落ち着きを取り戻して、来翔に仕事を教え始めた。


 ところが教え始めてすぐに気づいた。来翔は生活魔法を使えるので、店内清掃と洗い物がプロ級なのだ。まるで月イチのハウスクリーニングが入ったかのような仕上がりが毎日続く。鈴子は高校生の頃からここで働いているが、ここまで店が綺麗になることは今まで一度もなかった。


「来翔さん、もしかして以前、ハウスクリーニングでもやってましたか?」


「いえ、独身生活が長いから家事全般が得意なんですよ」


「あ、来翔さんは独身なんですね」


「えぇ。恥ずかしながら四十歳独身で春には無職ですよ。ハハハ……」


「私の命の恩人がそんなひどい仕打ちを受けるなんて許せません! いざとなったら私が来翔さんを養います!」


「ハハハ、大丈夫。大丈夫。春までにはちゃんとした仕事を見つけるからね」


 こうして、来翔のアルバイト生活が始まった。慣れない接客業をしてみると、ご近所の人達との触れ合いも広がっていった。ネーラとレフトはほぼ毎日、カスミとリスタオールに連れられてラッキーピエロへやってきて、来翔の働く様子を嬉しそうに眺めている。店内では勝手に飛び回れないので、ネーラもレフトの鳥かごの中で大人しくしていた。


 そんなある日、奥尻基地のクロガネ幕僚長が一人で現れた。


「いらっしゃいませ! ってクロガネさん! どうしたんですか? おひとりですか?」


 クロガネを見た瞬間、ネーラとレフトが鳥かごから出てクロガネに飛びかかろうとした。カスミとリスタオールが必死で静止しているのが来翔からも見えた。来翔はカスミとリスタオールに視線でごめんと合図しながらクロガネに尋ねた。


「今日はプライベートですか?」


「いや、これから基地を離れて東京のお台場の除染作業の責任者として転属になったんだよ。来翔さんには一番世話になったから、最後くらいは挨拶にね」


「やはり、そうでしたか。奥尻基地も縮小されるんですね……」


「あぁ、自動迎撃システムが不要になったからな……。今後は駐屯地だけで十分だ。私ももう五十三歳だしな。いつまでも最前線にしがみついていても邪魔なだけだからね」


 クロガネ幕僚長は寂しそうな顔をしてハンバーガーを注文し、テイクアウトして店から立ち去った。


「東京に来ることがあれば連絡してくださいよ、来翔さん!」


「はい! 除染作業も大変な仕事です! 身体に気をつけて! クロガネさん!」


 来翔にとって最高の理解者が、こうして去っていった。世界が平和になった証でもあったのが、皮肉だった。


 傍で見ていた鈴子はネーラとレフト同様に、クロガネ幕僚長の背中を酷く睨みつけていた。来翔は穏やかな顔で語った。


「平和になったのに僕やクロガネさんが無駄に税金を使い続ける訳にはいかないだろ?」


 鈴子だけは無理やり納得してくれたが、鳥かごの中の二人だけはプンプンに怒り続けていた。



 ◆



 それから数日後、戸田が来翔を訪ねてラッキーピエロにやって来た。


「何とかLEONさんには山で会えましたよ。でも、LEONさんは俺には賞金稼ぎは無理だから辞めろって……。ほら、俺たち異世界人はアチラの水も食べ物も口に出来ないでしょ? そもそも活動することが不可能でした!」


「あぁ、その事か! それなら何とかなると思うよ。LEONさんは山から降りてこないから最近の情勢を知らないだけなんだよ。ほら、調味料等の貿易が始まるだろ? 近々にアチラ側に日本の大使館が完成するんだよ。つまりアチラ側にも日本人が在留することになるんだ。だから、日本の大使館のある街では、水と食料の定期便が毎日輸送されるんだ。もう我々でも飲水と食べ物に困らなくなるんだよ」


「え!? そんな重要な事を来翔さんが何故知ってるんですか?」


「ほら、もう何度か帝国の総督にお会いしてるからね。函館の来日の時にウチの居候のリスタオールが両国の通訳もしてただろ? その時にはもうこの話し合いも済んでるんだよ。それに、世界樹を使えば魔素を浄化出来ることも最近アチラの職人さんも気づいたからね。きっと今頃は異世界人用の世界樹の水筒とかバンバン作ってるはずさ! 戸田君がアチラに行く頃には、その辺の問題は解決してると思うよ」


 戸田は途端に笑顔になり、ハンバーガーを五個とラキポテを三個買って店を後にした。


(むしろ問題なのは我々がアチラに行くことよりも、異世界人がコチラに来た時の方が問題が山積みなんだけどなぁ……まあ、その辺は政府の偉い人が考えることか……)



 ◆



 やがて、江差町にも冬が訪れた。


 LEONは雪が降る前に冬眠に入ったと、田吾作がラッキーピエロへ知らせに来てくれた。


「あんにゃろ、いい穴蔵めっけたからっつって、まだ雪も降ってねぇうちから寝るっつって寝てまったわ! やんや! 本当にめんどくせぇ奴だわ!」


「そうですか。わざわざ冬眠まで付き合ってもらってありがとうございます! あとはイブの日も田吾作さんしか場所を知らないのでお願いしますね」


「そうだべ? オラしか知らねーから仕方ねーべさ! イブの夜くらいは行ってやるよ! どうせ鹿の罠も見に行かなけりゃならねーしな!」


「ウチはイブの夜じゃなくてケーキが半額になる二十五日にパーティーをしますので、田吾作さんも来てくださいね」


「二十五日か。そんなら行ぐわ! リスタの婆さんが可愛いもんな! リスタの婆さんの為に二十五日までにキジも採ってくっからよ。皆で食うべさ!」


 田吾作は海苔弁とヨーグルトシェイクを買って去っていった。


 その会話を聞いていた鈴子が声をかけてきた。


「来翔さんは独身なのにイブの夜にプレゼントを配るんですか? もしかして離婚経験アリなんですか? 前妻にお子さんを取られたとか?」


「あ、いや、そうじゃなくて、我が家の居候とインコにね」


「あぁ、いつもカスミさんに連れられてくるあのインコにもクリスマスプレゼントをあげてるんですか? インコがプレゼント貰って喜ぶんですか?」


 来翔は苦笑いしながら答えた。


「そうだね……ちょっと甘やかし過ぎかもね……でも、今のところサンタさんのことを信じてるみたいでさ。急にプレゼントが無くなると、きっと悲しむんだよね……」


「インコが、ですか?」


「そうそう。インコがね……」



 ◆



 世の中がクリスマスシーズンになる頃、函館市在住の詩音が函館市冬フェスティバルの公式アンバサダーに就任したと、道内のローカル番組で話題になっていた。トカゲ軍崩壊以降の詩音はワタルほどではないが国民的アイドルとしてメディアに引っ張りだこになっていて、滅多に北海道へ帰ってこなかった。今回の久しぶりの函館市への帰省で地元が盛り上がりを見せていた。


 そんなある日、お忍びで来翔が働くラッキーピエロに、サングラスとマスクをして逆に目立っている詩音が訪れた。


「詩音さん? こんな田舎町じゃ逆に目立ってますよ? コロナの頃ならまだしも、今どきマスクは逆に目立ちます……」


 詩音は少し照れてマスクだけ外して苦笑いした。


「まさか、C-Classが契約解除になるなんてね。それにしても、来翔さんがこんなファーストフード店でバイトなんて絶対に辞めてください! もし良ければ私の個人事務所で働きませんか? 私の命の恩人にこんな店でバイトなんてさせられませんからね」


「詩音さんの個人事務所ですか? それはどんな事務所なんですか?」


「ほら、最近の私は色んなメディアに出てるでしょ? いわゆるタレント事務所みたいなものよ。来翔さんには私のボディガード兼付き人をしてもらいたいのよ」


「付き人か……それは活動が関東になるんだよね?」


「まあ、仕事のほとんどが東京になるわね」


「東京だと我が家の居候達が許してくれないと思うので遠慮させてもらいます。札幌ですら単身赴任すると言ったらネーラとレフトが号泣してましたから……」


「ふん! そんな事を言ってる場合? 失礼だけど来翔さんの年齢では札幌でも再就職は難しいでしょ? 割り切ってウチの事務所に来てよ。来翔さんが傍に居てくれると本当に安心なのよ」


「はぁ……一応、ネーラとレフトには聞いてみます……。あ、そういえばクロガネさんも東京へ移動になりましたよ。今はお台場の除染作業の現場監督ですって」


「そうなのね……奥尻基地の縮小はもう始まってるのね……」


「今の奥尻には既にセイコーマートも出来ましたよ。アチラ側から大使館建設の作業員が来ているので、日本の食べ物や飲み物をお土産に買って帰るそうで、セイコーマートブームが奥尻で起きてるみたいです」


「いよいよ本格的な異世界との貿易も始まるのね……なんか、ようやく自分たちのしてきたことが報われた気がするわね」


「はい! 失業はしちゃいましたけど、ハンター業をやってみて良かったです!」


 詩音はオムライスを店内で食べ終えると、颯爽と派手なNISSAN GT-Rに乗って函館方面へと去っていった。


 初めて見る詩音を遠目から眺めていた鈴子が、詩音が去ったあとで質問の嵐を繰り出してきた。


「来翔さんは詩音さんと仲良しなんですか!?」


「まあ、それなりに……」


「それなりって……詩音さんが引き抜こうとしてたじゃないですか!」


「ハハハ、あれは同情してくれただけだよ」


「そうかなぁ? かなり本気で引き抜こうとしてたように見えましたよ?」


「僕はずっと職人仕事しかしてこなかったからね。芸能事務所なんて無理だよ。ここのラッキーピエロだって初めての接客業だもん」


 鈴子は走り去っていく詩音のGT-Rを見つめながら呟いた。


「あれは絶対に本気で引き抜こうとしてたと思うんだけどなぁ……」


 来翔のアルバイト生活は、色んな来訪者が毎日訪れる割と楽しい日々になっていた。



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