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【第68話 儚い男と迷いない男】

 ついにオーストラリアをトカゲ軍が出港した。


 日本政府は船ごと迎撃しても無駄と判断して易々と東京港へ接岸させた。マスコミはその様子を生中継して、ほぼ全ての国民がダラス将軍の上陸の様子を固唾を飲んで見つめていた。誰もが次の冬が来るまでの辛抱を余儀なくされる覚悟を決めながら、その画面を見つめていた。


 ところが、東京湾にはダラス将軍を出迎えるための楽団もなければ、赤絨毯すらなかった。冬季間も日本に滞在し続けていた人間兵は数多くいたはずなのに、出迎えの用意が何もない。マスコミのコメンテーター達が様々な憶測を語っていた。『本来の本拠地である福島県相馬港に行くはずが、急遽、東京港に変わったのでは』とか、『ダラス将軍はお世辞や太鼓持ちを嫌う人なので、派手なお出迎えを断った』などと好き勝手に語っていた。


 やがて豪華客船からクロコダイル兵が先陣を切って降りてきて整列した。幹部のガランとバモズが続いて降りてきて、最後にダラス将軍も降り立った。とても地味な上陸に、日本国民も拍子抜けしていた。


 そこへワタルが悠々と歩いてダラス将軍の前に近づいてきた。背後には来翔と詩音も立っている。


 ダラス将軍はワタルを一瞥してから来翔と詩音を睨みつけた。


「また、お前らか。脂の乗った男ならともかく、そっちのメスは、もう牙も心もへし折ったはずだが? 何故、また現れた? この場に立つ資格のない者は去れ!」


「私はただの立会人よ。気にしないで」


「ならば良し。脂の乗った男よ。よくぞ堂々と姿を現したな。我は人族の中では貴様を一番に買っておる。また、この我と一戦交えるために来たのだろう?」


「ハハハ、今日は僕よりも遥かに強い人がいるからね。僕も詩音さんと同じで、ただの立会人さ。こちらのワタルさんがダラス将軍の相手をするよ」


 ダラス将軍がワタルを査定するように見た。


「ふん。なるほど。コヤツは強いな。しかし、脂の乗った男程の強さは感じぬ。まず、怖さがない。脂の乗った男のような不気味さもない。コヤツは魔法武器を持っただけの小童だな」


 それを聞いてワタルの胸ポケットでチックルが怒り始めた。ワタルはそっと抑えながら答えた。


「さすがダラス将軍。まさにその通りです! 俺は来翔さんよりも戦い方は下手くそなんだよ。今までの俺はこの魔法武器に振り回されてただけの愚かな男だった。そのことをピシャリと言い当てられるダラス将軍はやっぱり凄い人だ。チックルも怒らないでよ。ダラス将軍の言っていることは本当のことなんだから。俺もちゃんと自覚してることなんだ」


「え〜! そうなの? だってワタルが来翔よりも弱いって言われて悔しくないの?」


「それも事実なんだよ。俺は来翔さんよりも戦い方は下手くそなんだ。来翔さんやダラス将軍は戦闘のプロで、次元が違いすぎるのさ」


「まあ良いわ! 今からどうせダラスをやっつけるんでしょ?」


「うん。そうさ。俺がダラス将軍を斬るよ」


 ワタルはダラス将軍へ剣を突き出した。


「ダラス将軍、俺と一騎打ちをしてくれませんか?」


 その瞬間、ガランとバモズがダラス将軍の前に立ちはだかりワタルへ向けて怒鳴りだした。


「ふざけるな! お前ごときが一騎打ちだと!」


「脂の乗った男ならまだしも、貴様のような優男が将軍にかなうものか!」


 そんな二人の幹部の肩にダラスが手を乗せた。


「ガラン、バモズ、手を出すな。この男は一騎打ちを申し出ておる。これを受けねば我の名が廃る」


 二人は素直に身を引いた。


 ダラス将軍がワタルの間合いまで歩み寄った。


「さあ、始めようか」


「それでこそ偉人です。ダラス将軍の名は今後の世界史の教科書に確実に刻まれます!」


 ワタルはゆったりとバスターソードを右肩に担いだ。素人目には隙だらけの姿に見えたが、間合いに立ったダラスには全く隙のない構えだった。その間合いを嫌ったダラスの方からシッポをワタルの右脇腹へ叩きつけた。


 刹那、ワタルは見えない速度でダラスの立派なシッポを一閃して切り落とした。


 ダラスもガランもバモズも唖然とした。トカゲのシッポには痛覚がないので痛みこそなかったが、その一撃でダラスにはワタルの実力が完全にわかってしまった。傍で見ていたガランとバモズにもわかってしまった。


今にも飛び出そうとしている二人にダラスが告げた。


「ガラン、バモズ、絶対に手を出すなよ。これは一騎打ちなのだ」


 二人がさらに一歩下がった。


 ダラス将軍は冷静にワタルを観察した。


(奴には魔素は間違いなく無い。それでも我の硬い鱗を無視してシッポを切り落とした。もはや防御など無意味か……しかし、それは奴も一緒。我が一噛みしただけで奴も即死だ。勝負は一撃で決まる。奴の剣が先か、我の牙が先か……)


 ダラス将軍が口を開けたままワタル目掛けて突進してきた。


 ワタルは右肩に担いでいたバスターソードをタイミング良くダラスの左肩から袈裟斬りで斬り裂いた。


 本当に一撃で勝負は終わった。


 ダラス将軍は大量の出血と共にその場で倒れた。



 ◆



 バモズが慌てて駆けつけた。


「将軍! 将軍! クロコダイル兵! 止血しろ!」


 ガランが見境なくワタルへ突進してきた。ワタルはバスターソードを背中に収めて、腰に指していた世界樹の木刀でガランを数回ぶちのめした。三メートルを超えるワニ族の幹部が、木の棒で打ちのめされていく。


 クロコダイル兵の全員が唖然としていた。


「お、親父様が……」


「ただの木の棒で……」


ガランは何度打ちのめされても立ち上がり、何度もかかっていく。その度に打ちのめされた。


そんな様子を見てダラス将軍が絞り出すように言った。


「ガラン! 辞めよ! 見ての通り、我の負けだ! A-Classハンターワタルよ、さあ、我の首を斬れ。それが日本の習わしだと聞いたぞ? 我の首さえ取れればガランとバモズは救われるのだろ? さあ、首を斬れ!」


ワタルが黙ってダラスの近くまで歩み寄ると、バモズもガランも懸命に懇願してきた。


「首を斬るなんて辞めてくれ!」


「命まで取ることはないだろ!こちらの負けはもう認めておる!このままオーストラリアへ帰る!」


そんな二人にダラスが語った。


「もう良いのだ、ガラン、バモズ。貴様らもとっくに気づいておるのだろ? コモドドラゴン族の二人が戻らない時点で我も確信した。ワタルよ、もうあちらの世界ではトカゲ王国は終わっているのだな? あの詩音というメスが持っている魔法弓は我の配下に与えたものだ。その武器が日本にあるはずがないのだ。すなわち、お前らはあちら側でコモドドラゴン族の戦士とやり合ったのだろ?」


「さすがダラス将軍です。詩音の武器を見ただけでそこまで判断したんですね。おっしゃる通り、あちらの世界ではトカゲ王国が滅亡していました。ボレスさんはそれをダラス将軍に報告できずに苦しんでましたよ」


「やはりそうであったか……。それでボレスとキジロはどうした?」


「彼らは新たなトカゲ王国を作り直すために新大陸を目指して旅に出ました。あちらの世界ではまだ世界地図が無かったでしょ?船にウエストコースト号と名付けて、今も尚、海の上で走り続けています」


「そうか……ボレス程の知恵者ならば本当に出来るかも知れん。それを聞けて良かった。礼を言うぞ、ワタル殿。我の首を斬った後はガランとバモズの事を頼む。我は将棋とチェスの違いを知っておる。ワタル殿も将棋のルールでこの2人とクロコダイル兵達を扱って欲しい。特にガランは全てのクロコダイル兵の父親であり祖父に当たるのだ。ガランが死ねばクロコダイル兵が悲しむ」


ガランとバモズは涙を流しながらダラス将軍を見つめていたが、もうワタルを止めようとはしなかった。ダラス将軍が二人に静かに呟いた。


「貴様らは生きろ。生きてクロコダイル兵を導け。いつかボレスが新たなトカゲ王国を作るだろう。その日を夢見てしばし待て。さあ、ワタル殿、頼む」


チックルがワタルに声をかけた。


「ワタル! 決断のバフをかけようか?」


「いや、これは俺とダラス将軍の一騎打ちだ。だから、俺一人でやらなくちゃダメなんだ」


ワタルは静かにバスターソードを構えた。


迷いはなかった。


ダラス将軍の首が落ちた。


ガランとバモズがその場で泣き崩れた。クロコダイル兵の全員も泣き崩れたが、ワタルにも詩音にも来翔にも、かかってくる者は一人もいなかった。


ダラス将軍の遺体をクロコダイル兵が丁寧に回収して船に積み込んでいった。ガランとバモズもそのまま船に乗り込み、オーストラリアへと帰っていった。


トカゲ軍の日本への再上陸作戦は、こうして呆気なく終わった。



 ◆



ほぼ全ての国民が生中継でその様子を見ていた。


地獄からの解放が全国民に届いた瞬間、日本全体から歓喜の声が湧き上がった。その地響きのような歓声の中、ワタルと詩音と来翔はカーコキーコのチヌークに乗り込んで、江差町へ向けて飛び去っていった。


世界の中心だったダラス将軍の死は、日本のみならず世界が動き出すきっかけになった。



   



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