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【第67話 めばえ】

 江差町笹山の春。


 LEONが冬眠から目覚めて、穴蔵から這い出てきた。冬眠中に脱皮も終えていて、真新しい肌が朝の光に美しく輝いていた。腹が減りすぎていたので真っ先にカスミの家へとやってきた。


「ありゃま! LEONちゃん! 冬眠から目覚めたのかい! ちょっと待ってな! 漁港に行ってマコガレイでも貰ってきてやるよ」


 カスミは漁港からマコガレイの入った発泡スチロールの箱を抱えて戻ってきて、さっそく刺身を作ってくれた。


「アリャマ! マコガレイは美味い!」


「そりゃあそうさ。大分県あたりじゃ城下ガレイと言って何万円もするんだからね」


「アリャマ! そんな高価なものを貰ってきたのか?」


「アハハ、だって江差じゃこの季節はマコガレイばかり釣れるんだもん! 地域によって魚の価値は変わるのさ。道南で採れるブリは不味いけど、富山県の氷見で採れるブリは美味いんだよ。餌とか水温とか地形とか、全てが兼ね揃えて初めてブランドになるのさ」


「アリャマ! それじゃ、このマコガレイも大分県で食べるともっと美味いのか?」


「どうだろうねぇ。私は大分県に行ったことがないけど、美味いんでないかい? そのうち来翔さんたちハンターが日本を平和にしてくれるから、そうなればまたいつでも日本を旅行できるようになるさ。LEONちゃんが冬眠から目覚めたってことは、ワニ軍団もまた日本に帰ってくるんだろうからねぇ〜」


 刺身をたらふく食べたあと、LEONはカスミを肩に担いで来翔の家へと来た。カスミはいつものようにレフトの鳥かごの清掃を始めた。レフトが懸命にカスミにピヨピヨと何かを話しかけていて、それをネーラが通訳している。普段通りの朝の光景だった。


 来翔はコーヒーを飲みながらテレビのニュースを眺めていた。


「お? LEONさん。冬眠から目覚めたんだね。笹山はどうだった?」


「クマも蛇も冬眠している山だから快適だった。本当に静かだった」


「朝飯は食べたのかい?」


「既にカスミの家でマコガレイを食べた。大分県の城下ガレイは夏の食べ物だから、夏はトカゲ軍が日本にいるから食べに行けない」


「確かに今の日本は夏場は不自由だよね。でも、それもそろそろ終わるから期待してて良いよ。早ければ年内には大分県旅行も出来るようになるかもね」


「アリャマ! 私が冬眠中に何があった?」


「コモドドラゴン族の二人があちら側に帰ったよ。今残っているのはダラス将軍とその部下のバモズとガランの三人だけなんだ。もちろんクロコダイル兵は増え続けてはいるけど、クロコダイル兵はそこまで脅威ではないから、まもなくこの戦争は終わる。大変なのはむしろその後だよ。世界中は今、ダラス将軍中心に動いてる。そんなダラス将軍を討ち取ることで世界はまた大きく動くんだ。でも、その世界の変動に対しては僕らハンターは何も出来ないんだよ」


「アリャマ! 世界の変動……城下ガレイを食べられなくなるのか?」


「ハハハ、それは大丈夫。世界の変動で右往左往するのは人族だけだ。太陽が沈んでもまた登るように、地球はずっと回り続けるのさ。城下ガレイ達も人族がいてもいなくても毎年夏頃には美味しく育つのさ」


 テレビからはオーストラリアの港町にインドとイランが用意した豪華客船が並んでいる映像が繰り返し流れていた。オーストラリアから日本への移動が始まると、マスコミが騒ぎ立てていた。



 ◆



 そんな中、ようやく目を覚ましたリスタオールが寝ぼけ眼でカスミに声をかけてきた。


「カスミ、今日はデイサービスの日だったかしら?」


「ありゃま! またアンタも来るつもりなのかい!」


「もちろんですわ。私は六百歳なんですのよ? デイサービスを受ける資格がありますわね」


「アンタが来るとアンタばかりモテるから嫌なんだよ」


 これがカスミの本音だった。六百歳のエルフは見た目が完全に二十代の美女だ。デイサービスの爺さん達が皆、リスタオールに群がって、カスミの出番が無くなるのだ。


「それは仕方がない事ですわ。エルフとはそういう種族なのですから」


「仕方がないで済むかい!」


 そんな会話を聞いていたネーラとレフトが口を挟んだ。


「ねえねえ、おばあちゃん、デイサービスって面白いの? 私とレフトも行けるかな?」


「ピヨピヨ!」


「ありゃま! こんな若さで今からデイサービスに行くのかい? まあ、ネーラちゃんなら誰からも見えないから大丈夫だけど、レフトはカゴに入っていれば行けなくもないねぇ」


「ピヨピヨ!」


「カゴから出ないから連れてけ! だってさ!」


「わかったよ。それなら皆でデイサービスに行こうかね」


「ワーイ! 私もレフトのカゴの中にいるからね!」


 こうして、カスミとリスタオールとネーラとレフトはデイサービスへと出かけてしまった。


 玄関が閉まった瞬間、来翔は静かに深呼吸した。久しぶりの静寂だった。



 ◆



 来翔はガレージで樫の木を削り出していた。LEONが来翔の作業を眺めながら声をかけた。


「主、何をしている?」


「あぁ、新しい杓文字を作ってるのさ。ほら、コレ見てよ」


 ヒビ割れた杓文字をLEONに手渡した。


「アリャマ! 杓文字壊れた!」


「うん。そろそろ限界かなって思ってたんだよね」


「主は自分で杓文字を作れるのか?」


「もちろん、木工職人だからね」


「私にも専用の武器が欲しい。重機関銃では音がうるさいから姿を消す意味が無くなる。詩音のクロスボウのような音のしない飛び道具があれば完璧なのだが」


「なるほどね。確かにQuantum Stealthで重機関銃を隠しても銃声でバレちゃうよね。それなら、LEONさん専用の遠距離武器を作ってみるよ。まずは杓文字から作るからちょっと待っててね」


 手慣れたもので来翔は業務用杓文字六十センチを仕上げた。何度か素振りをしてうなずいた。


「良し、うん、良い感じだ」


 そして今度は同じ樫の木を削り出して、大型のくの字型のブーメランを数個完成させた。


「LEONさん、出来たよ。これはブーメランと言って、オーストラリアの原住民が狩りで使っていた武器なんだ」


「ブーメラン? こんな木の板が武器になるのか?」


「まあ、庭で試してみようか」


 オートマグの射撃場に移動して、二リットルの水が入ったペットボトルを数本並べた。


「これは手元に戻ってくるタイプだよ。ほら、こうして投げると帰ってくるだろ?」


 来翔が手本を見せた。くの字型の板がゆるやかな弧を描いて戻ってきた。


「それから、こっちは戻ってこないタイプ。まっすぐ飛んでいくから間違えないようにね。さあ、このまっすぐ飛ぶタイプをあのペットボトルを目掛けて投げてごらん。軌道が独特だから何回か投げないと当てられないと思うよ」


 LEONがブーメランを投げた。ペットボトルにはかすりもせず、回転しながら射撃場の砂の土手にザクッと突き刺さった。


「アリャマ! 凄い威力! 刃物のように突き刺さる!」


「そうなんだよ。だから、戻ってくるブーメランも素手で受け止めない方が良いよ。自分もやられちゃうからね」


 それからLEONは何度もブーメランを投げ続けた。投げるたびに軌道の癖を掴んでいく。やがてペットボトルを全て破壊することに成功した。


「これは凄い! 音もしないし破壊力も素晴らしい! 主! この形状をもっと鋭利に、そして大きく重いものは作れないか?」


「あぁ、なるほど。LEONさんの体格ならもっとデカくても良いのか。わかった、作ってみるよ」


 来翔は全長一・五メートルほどの大型ブーメランをいくつか削り出した。


 LEONが軽々と投げた。戻ってくるタイプも問題なく受け取った。さらに驚いたのは、手で投げるよりも舌で投げる方が狙いが正確だったことだ。カメレオン族の舌はブーメランの重心を本能的に掴んでいた。硬く重い樫の木のブーメランが回転しながら飛び、それを舌でキャッチする。そのどちらも完璧にこなせた。


「アリャマ! 舌の方が正確だ!」


「そりゃそうだよ。LEONさんは手よりも舌の方が器用なんだから」


 ブーメランを使いこなせるようになるとLEONはさっそく田吾作へとブーメランを喰らわせると息巻いて笹山へと行ってしまった。



 ◆



 来翔は久しぶりに一人で過ごす昼下がり、久しぶりにラッキーピエロへとやってきた。


 ゾーン団に占領されてからは休業していたラッキーピエロが、リニューアルオープンしていたのだ。久しぶりに店内に入ると、いつもの女の子がレジを打っていた。


「あ、あの時は本当にありがとうございました!」


 ゾーン団から助けてもらったことのお礼を言ってきた。


「いや、僕はハンターだから当たり前のことをしただけだよ。それにしても、またラッキーピエロがオープンしてくれて良かったよ。この街にはファーストフード店が無いからね。本当に街の人からは君たちの方が感謝されてると思うよ」


 店員の女の子が満面の笑みで「ありがとう」と答えた。


 来翔はオムライスとコーヒーを注文して、窓の景色を眺めながらゆっくりと食べた。


(もうすぐ桜の季節だな……北海道はゴールデンウィークに花見ができるのは最高だな……)


 江差の春の昼下がりは木漏れ日の中、平和な時間が流れていた。



  





今回、来翔が久しぶりにラッキーピエロへ行きました。

……で、ここで道南の皆さまは既にお気づきかもしれません。

「江差のラッキーピエロって言ってるけど、あれ住所は厚沢部町じゃない?」

はい、その通りです。

江差の人に「ラッピどこ?」と聞くと、かなり自然に「あっちだよ」と案内されますが、地図アプリで見るとしっかり厚沢部町です。

この現象はたぶん、

“生活圏の感覚”が住所表記を超えてくる

からです。

「函館の隣」みたいなノリで「江差のラッピ」と呼んでます。

北海道あるあるかもしれません。

たぶん町の境界線を一番気にしてないのは、その土地の人です。

あと、

ラッキーピエロで個人的に長年の謎なのが――

オムライスだけ妙に量が多い。

ハンバーガーを頼んだ時は

「なるほど、ちょうどいい」

カレーを頼んだ時も 「うん、美味しい」

なのにオムライスだけ、

「えっ……ちょっと待って?」

ってなる時があります。

運ばれてきた瞬間に、

「これは一人前……だよね?」

と確認したくなるあの感じです。

なぜなのか。

私の中ではいくつか説があります。

第一候補:店員さんの“今日はいっぱい食べなさい”説

北海道の食堂には時々ある、 親戚の家みたいなあの空気です。

第二候補:卵に包まれると面積感覚が狂う説

見た目が可愛いので油断します。

しかし中身は米です。

しかもぎっしりです。

第三候補:ピエロだから量まで予測不能説

たぶん一番しっくり来ます。

そんなわけで、もし江差方面に来る機会があってラッキーピエロでオムライスを頼む時は、

少しだけ覚悟してから注文してみてください。

美味しいです。

そしてたぶん、お腹いっぱいになります。

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