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【第66話 酒と泪と男とトカゲ】

 詩音は救出された十人の女子を連れてゲートに向けて旅立った。クロガネ幕僚長への報告を兼ねて、先に日本へ帰ることになった。


「今の私では勇者の力にもなれないもの。仕方ないわね。それにあちら側ではそろそろトカゲ軍が日本に拠点を移す頃でしょ? 私くらいは帰らないとね」


「そうだね。詩音さんが日本にいるだけでも安心感が違うよ。LEONさんとも連携をとってね」


「わかってるわよ。LEONの事は私もかなりあてにしてるもの」


 詩音と十人の女子はガーヤを後にした。



 ◆



 数日後。来翔とワタルはトーンの港街の酒場でボレスと酒を酌み交わしていた。


「ボレスさんは酒に酔わないんでしょ? トカゲはアルコールで酔わないと聞きましたよ?」


「よく知っているな。我らは毒への耐性を持つ者が多いのだ。アルコールのような軽微な毒では人族のように酔わん。でも、酒の味と雰囲気は好きなトカゲ人類も多いのだ」


 三人がグラスを傾けた。


「来翔が先日、我に提案した話はかなり我の気持ちを揺さぶった。オーストラリアにいるもう一人のコモドドラゴン族に密偵を遣わせた。その最後のコモドドラゴン族の男が我の元へ来るならば、そいつと共に世界を目指そうと思う。五千人のクロコダイル兵と共に新大陸を目指すことにする」


「そうですか。コモドドラゴン族がこの世界の教科書にいつか載ることを信じてますよ。でも、オーストラリアにいるそのコモドドラゴン族の戦士は大丈夫ですか? ボレスさんに賛同してくれそうですか?」


「あぁ、奴のことなら我に任せておけ。幼い頃からの付き合いだ。必ず共に世界の果てまで旅をしてくれるはずだ」


「他のワニ族を誘うことは難しそうですか?」


「それは不可能だな。我らコモドドラゴン族は見た目はデカいが序列はワニ族よりも下だ。我が誘った所で反逆罪で殺されるのがオチだ」


「わかりました。それなら、あとはそのコモドドラゴン族の戦士が来るのを待つだけですね。一応、エジントン聖教国の方が調査船を提供してくれるそうなので、クロコダイル兵の中から手先の器用な者を選抜しておいてください。造船技術を教えるそうです。と言っても、アチラではクロコダイル兵は車にも乗れていましたよね?」


「あぁ、クロコダイル兵は人族とサイズが変わらんからな。手のひらの形状が違うが車の運転くらいなら可能だ」


 そう言いながら、ボレスはグラスを爪二本で器用に持ち上げた。


 酒に酔わないはずのボレスの目が、少しだけ潤んでいた。


「それにしても、国が滅ぶというのは、このような気分になるのだな……俺たちが日本をほぼ壊滅状態にまでしてしまった……。今思うと、俺たちには良質な餌の宝庫にしか見えていなかったのだ。それが今となっては、その餌の行き場も失ってしまった。ダラス将軍はいったい何のために異世界まで行って戦い続けていたのか……そしてこれからダラス将軍はアチラの世界をどうするつもりなのだろうな……」


 ワタルが決意を固めた顔で答えた。


「それは、勇者である俺がダラスと戦うしかないでしょ。勇者との一騎打ちで負けることで他のワニ族も大人しくなると思うんですが、ボレスさんはどう思いますか?」


「勇者との一騎打ちか……それも良いかも知れんな。ただし、勇者でも今のダラス将軍に勝てるとは思えんぞ?そちらの来翔が戦った方がまだ勝ち目はあるし、来翔にはその実績もある」


「ハハハ、確かに今までの俺は魔法武器に任せっきりのズブの素人でしたけど、少しは成長したってとこを見せないとね。それに、ほら、来翔さんの杓文字ももう限界なんですよ」


 来翔が腰から杓文字を抜いてテーブルの上に置いた。先日のボレス戦で深刻なほどひび割れていた。


「これは僕が広島の木工所で作った杓文字なんです。先日の戦いで、もうこれを使うことはできなくなりました」


 ボレスが爪二本でその杓文字を持ち上げて、しばらく眺めた。


「そうであったか……あの日、我はもう少しだけ悪足掻きをすれば勝てていたのか……」


「さあ、それはどうでしょう。来翔さんの最大の武器は戦闘ではありませんよ、ボレスさん」


「戦闘ではないだと?」


「はい! 来翔さんの最大の武器は逃げること。函館山でもそれにやられたでしょ?」


 ボレスは過去の対戦を思い出していた。


「フフフ、確かにそうであった。この男を追いかけたことで三人もの戦士を失ったんだったなぁ。そうか……来翔の本来の戦い方は逃げることであったか。それなら、四方をクロコダイル兵に囲まれたとしても、あのような余裕でかわしきれたわけだな……我は全ての選択肢を間違えていた……逃げ特化の戦士に追い込みをかけるなど、指揮官として恥ずかしい。それを聞いて良かった。我の身の程を知ることが出来た。今までは力が全てだと信じていたが、そうか、逃げることで勝てることもあるのだな……もっと早くそれを知っておれば、我らトカゲ人類も滅ぶことはなかったのやも知れんな……」


 ボレスはグラスを置いて、静かに勘定をバーテンダーへ支払ってトボトボと帰って行った。


 その背中を来翔とワタルは黙って見送った。



 ◆



 後に残された二人は酒を飲みながら語り合った。


「まさか、トカゲ人類がここまで話の通じる相手だとは思いませんでしたよ……」


「そうですか? 僕はLEONさんを見て、トカゲ人類も人族と大差ないと思っていました。函館山でもかなりクレバーな判断をしていたので、ダラス将軍はかなり理知的な人物だと思っていましたよ」


「なるほど。普段からLEONさんと暮らしている来翔さんならではの発想ですね」


「それから、トカゲ人類にとって冬眠はストレス解消なんですって。ボレスさんやダラス将軍は南半球を手に入れたから、冬眠していないでしょ? きっと、そろそろ精神的にも疲れている頃だと思ったんですよ。もし、ボレスさんが冬眠明けだったなら、こんなに簡単に心が揺れることもなかったかもしれません……」


「そうでしたか……。冬眠もせずに必死で地球侵略をして、ようやく里帰りしたら国が滅んでいたんですもんね……」


 二人も勘定を払って酒場を出た。夜風が潮の匂いを運んでいた。



 ◆



 それから数日後。ゲートの詰所に、デメタが詩音からの手紙を咥えて現れた。


「クロガネ幕僚長! 詩音さんからの伝令です! カエルのデメタが手紙を運んできました!」


 手紙を受け取ったクロガネが部下に指示を出した。


「詩音さんがゲートを通過してくる。迎撃システムを止めろ」


 奥尻の鍋釣岩から詩音と十人の女子が現れた。自衛隊が無事に保護して、クロガネが詩音へ礼を述べた。


「人質救出は凄いことですよ! 詩音さん!」


「私は隙だらけの相手からこっそり出し抜いただけよ。本当の功労者は来翔さんだわ。まあ、あの女子達は作戦内容を全く知らないから、何故かワタルに感謝を述べていたけどね。そんな事よりもオーストラリアの動きはどうなの? そろそろ日本に帰ってくるんじゃないの?」


「今のところは目立った動きはありませんが、間違いなくオーストラリアが冬になる前にはこちらへ戻ってくるはずです。例のメルボルンのゲートについては、アチラの人間兵が管理しているようです。メルボルンは南側にあるので冬はトカゲ人類には厳しいですからね。詩音さんにはこのまま日本に残ってもらって、奴らが来た時の防波堤になってください。魔法の弓も取り返せましたし、詩音さんはまたA-Classに昇格です!」


「ウフフ、今となっては別にC-Classのままでも構わないわよ。今の私にはA-Classへのこだわりはないの」


 詩音はA-Classハンターへと返り咲き、オーストラリアからダラス将軍が移動してくるのを待つことになった。



 ◆



 その頃、オーストラリアでは最後のコモドドラゴン族の戦士キジロが行方不明になるという事件が起きていた。


 知らせを受けたダラス将軍は静かにその報告を聞いていた。佐々木参謀が焦った顔で若いクロコダイル兵に指示を出す。


「このオーストラリア大陸はあまりにも広すぎる! 早く探せ! 砂漠のど真ん中で迷ってしまったらトカゲ人類といえども長くは生きられないぞ!」


 若いクロコダイル兵が懸命にキジロの行方を追った。しかし足取りはさっぱり掴めなかった。そして、捜索は打ち切られた。オーストラリアにも冬が訪れたからだ。


 いよいよ、ダラス将軍率いるクロコダイル兵と人間兵による大移動が始まろうとしていた。



   



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