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【第65話 ランダウンプレイ】

 須佐ノ国の拷問は非人道的だとしてその世界では有名だった。


 戦闘脳な男しかいない国なのだ。ありとあらゆる苦痛のスペシャリストが揃っている。そんな拷問官の前に日本の平和ボケした少年が耐えられるはずもなく、山田はあっさりと全て白状した。


 詩音はその証言をワタルと来翔に語った。


「メルボルンにもゲートが現れたらしいのよ。コイツらはそこから五千人のクロコダイル兵と共に来たらしいわ。献上品として千人の人を連れてきたんだけど、王国が滅んで献上できないとわかると全員邪魔だからって殺したらしいわ。それを山田と高橋という少年にやらせたって……。あと少しだけ言いにくいんだけど、その千人の中で可愛い女子だけ高橋と山田が貰ったから、十人の女子だけはまだ生きてるみたい。王宮にいるらしいから、その十人の救出を一番に考えたいわね」


「まずはその十人の救出を最優先だね。来翔さん! 何か策はありませんか?」


 来翔は王宮の図面を見ながら答えた。


「これはまた函館山と同じ作戦で行きましょうか! 僕が囮になるので、詩音さんはかくれんぼで王宮へ潜入してください。ワタルさんはその十人の護衛です。おそらく別働隊が追ってくるはずですから」


「あの時は旧寒川村という立地がありましたが、ここは首都のど真ん中ですよ? 相手は足の速いコモドドラゴン族で、来翔さんは逃げ切れますか?」


「まあ、やれるだけの事はやってみますよ! 今は僕の安全よりも十人の女の子を最優先で!」


 ワタルと詩音は渋々、その作戦を了承した。



 ◆



 作戦当日。


 来翔は王宮前の門番に声をかけた。


「ワニさん、ちょっとコモドドラゴン族の男に僕が来たことを伝えてもらえるかな?脂の乗った男だと言えばわかるはずだから」


 門番のクロコダイル兵がすぐに王宮へ走った。するとクロコダイル兵に守られたコモドドラゴン族のボレスが王宮広場へ現れた。


「お前は、あの時の脂の乗った男……。何故、ここまでやって来たのだ?」


 ボレスは過去の苦い経験を思い出して怯んだ。若いクロコダイル兵が勇猛果敢に来翔へ詰め寄ろうとすると、ボレスが一喝した。


「止まれ! あの男はダラス将軍に敗走させた男だぞ! お前らがかなう相手では無い!」


 クロコダイル兵がビタッと止まった。ボレスの顔が来翔を見て明らかに恐れているのを見て、目の前の人族がいかに危険かをようやく理解した。


「脂の乗った男よ。我らは王宮を取り戻しただけで、貴様には迷惑もかけていないだろ?この王宮は元々、我らのものだ。そこをカークが勝手に乗っ取っていただけにすぎん」


「まあ、その言い分はわからなくもないよ。僕もかつてゾーン団から自宅を取り戻したこともあるしね。だから、王宮を取り返した君たちの気持ちはわかるんだ。でもね、やり方が間違ってる。今のトカゲ共和国は力ではなく多数決で決める国なんだよ。カークさんも皆から選ばれた立派な人なんだ。だから、貴方も皆から選ばれるような立派な人になりなよ! そうすれば、僕ももう君たちの前には現れないよ」


 ボレスは冷静を保とうと心がけていたが、力ではないという一言で完全に頭に血がのぼった。


「ふざけるな! トカゲ人類は力が全てだ! 序列は力で決める! それは今も変わらない!」


「そんな事を言っていたから王国は滅んだんだよ。帝国との戦争で、馬鹿の一つ覚えのように戦闘系種族は最後の一人になるまで戦っていたそうだよ。戦争になったらトカゲ人類がどれだけ強くても勝てないことはわかってるよね?」


 ボレスが我慢の限界に達して怒鳴りながら突進してきた。


「うるさい! 俺たちトカゲ人類について人族が語るなー!」


 来翔は突進してくるボレスを待ち構えていた。杓文字を握る手に力が入る。


 まず左手。広島カープの末包昇大の、あの破壊神のスイングスピードで振り抜いた。


(ビダーーン!!)


 見えない速度で左手を払われたボレスが一瞬、動きを止めた。その間髪を入れずに来翔は広島カープの正田耕三の左右連打スイングへと移行した。ボレスが両腕でガードをするが、左から右から休む間もなく杓文字が叩き込まれる。


(ビダーーン!!)(ビダーーン!!)(ビダーーン!!)


 杓文字の一撃を受けるたびに、ボレスの頭の中に疑問符が増えていく。


(何故だ! ただの木ベラが何故こんなに痛いのだ! コレはなんだ!?)


 正田耕三の左右連打に耐えきれず、ボレスは後方へ飛んでかわすしかなかった。


 その攻防を見ていたクロコダイル兵が、ようやく目の前の脂の乗った男の本当の危険性を理解し始めた。若いクロコダイル兵がボレスに耳打ちした。


「隊長! 数で囲えば奴は全員を相手できませんよ? 攻撃命令を下さい!」


 ボレスが少しだけ考えてから命じた。


「うむ。四方から取り囲め! 奴は目の前の相手しか攻撃できん!」


 クロコダイル兵が来翔の四方を囲んだ。


「挟まれたか……コモドドラゴン族は見た目によらず頭も良いから嫌になるよね。でも、この挟まれた時こそ、チャンスがある!」


 来翔は動いた。


 まるで広島カープの菊池涼介が三本間に挟まれた時のように、来翔はクロコダイル兵の四方からの攻撃を上体を折り曲げたり一瞬止まったりしながら、マトリックスのようにかわし続けた。鋭い爪が肩を掠めると思えば、体を滑らせてそれを外す。牙が迫れば半身で躱す。そして、かわした瞬間の逆を突いて、菊池涼介が野手の隙間を縫ってセーフをもぎ取るように、杓文字を着々と叩き込んでいく。


(ビダーーン!!)(ビダーーン!!)


 球場全体が「え!?今のセーフなの!?」と大騒ぎになる、あの走塁の魔術師と同じ動きが王宮広場で繰り広げられていた。


 離れたところからそれを見ていたボレスは、来翔という男を再評価せざるを得なかった。


(脂の乗った男には手を出したら負ける。無駄にクロコダイル兵を消耗させる訳にはいかぬ……)


「クロコダイル兵、下がれ!」


 戦闘を止めさせてから、ボレスが来翔に語りかけた。


「コチラからも譲歩しよう。我らはこの王宮さえ貰えれば問題は無い。街の人間も襲わない。どうだ?これで手を引かぬか?」


「王宮を渡すことは良いとしても、君たちがこの街に住み着くことをトカゲ共和国の人達が望んでいないんだよ。だから、他の土地に新たな君たちだけの王国を作りなよ。この島にはミスリル鉱山がある以上、人族はまたやって来る。それは僕でも止められない」


「無責任に他の土地と言うが、そんなもの誰が保証するのだ?」


「こっちの世界にはまだ世界地図が無いそうじゃないか。それを強靭な肉体の君たちがやればいいさ。君たちならそれが出来るだろ? 僕らの世界でも世界地図がなかった頃は、誰もアメリカ大陸があるなんて事も知らなかったんだよ。あんなに大きな大地があったのに、誰も気づいてなかったんだ。きっとこの世界にもそんな誰も気づいていない大地はある。そこを見つけることも、トカゲ人類にとっての名誉にならないかな?」


 ボレスの目が揺れた。


 まだ見ぬ大地をトカゲ人類が発見する。寒さには滅法弱いが、水がなくてもしばらく生きられる。餌がなくても簡単には死なない。船がなくてもワニもコモドドラゴンも泳ぎは得意で、海や川があれば魚もとれる。逆に言えば、それはトカゲ人類にしかできない所業だった。


 心が揺れた。


 しかし、ボレスはすぐに頭を振った。トカゲ人類が共和国から逃げ出したというレッテルを貼る輩が必ず現れる。そんな不名誉はトカゲ人類として耐えられない。そして何より、この王国の惨劇をダラス将軍にまだ報告できていない。王国が滅んだことを言えばダラス将軍は何をするかわからない。だからこそ、今ここで来翔の提案に乗ることも、ボレスの一存では決められなかった。


 ボレスは葛藤を押し殺してつぶやいた。


「俺の一存で決めることではない。少しだけ時間をくれ。それから、ダラス将軍はまだ王国が滅んだことを知らん。あちらの世界でダラス将軍に王国が滅んだことを言うなよ。それを聞いたダラス将軍は間違いなくアチラの世界を滅ぼすぞ……あと、尋ねたいことがある。魔法武器を持った二人の人族の少年が帰らん。寝返ったか?」


 来翔が気まずそうに答えた。


「一人はカエルに喰われて、もう一人は港町のガーヤの河原で首を晒されてるよ。寝返ったんじゃなくて、無茶して殺されたんだ」


「そうか……あのような未熟者にはまだ早すぎたか……」


 ボレスは静かに目を閉じた。まだ答えは出ていない。しかしボレスの胸の奥に、来翔の言葉はしっかりと刺さっていた。



 ◆



 来翔は王宮から悠々と歩いて出てきた。


 もちろんこの間に、詩音のかくれんぼで囚われていた女子十人を王宮の奥から救い出していた。


 追っ手は一人も来なかった。


 ワタルも拍子抜けしてバスターソードを背中にしまった。救われた女子たちが勇者ワタルへ泣きながら感謝を述べていた。


 来翔は皆が泣いているのを横目に、杓文字の柄のヒビをしみじみと確かめていた。



   



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