【第62話 ロンドンアーチ】
中国人およそ十億人が餌となりニュージーランドの南島の人間牧場で放牧されると、トカゲ軍は世界に向けて発信した。
「これにて、我が軍の人狩りを終了する」
十億人を超える餌は、もう勝手に増えることはあれど、減ることは無い。世界は中国人の犠牲により、助かったのだ。世界は歓喜して、何故かダラス将軍を讃えた。
◆
世界がダラス将軍を絶賛している中、ワタルと詩音と来翔が奥尻島の基地へ帰ってきた。
「良くご無事で!」
クロガネ幕僚長が出迎えてくれた。
勝手にゲートを通過した詩音が頭を下げた。
「クロガネさん、すいませんでした! いかなる罰も受けたいところですが、私なりのケジメを付けさせてください。罰は全てが解決したあとで必ず受けます!」
クロガネ幕僚長が少しだけ笑って答えた。
「なんのことですか? 詩音さんはLEONさんと調査に行ってもらっただけですよね?」
クロガネ幕僚長はゲートの無断使用を調査という名目で報告書を上げていたのだ。
「ウフフ、この借りは必ず返します! 私は私の戦い方を磨き上げるつもりです!」
来翔達は自衛隊のヘリコプターで江差町の自宅へと帰ってきた。ワタルはそのまま上ノ国町の自宅へ帰って行った。詩音はカスミから田吾作を紹介してもらい、雪の笹山へ鹿を射つために山篭りを始めた。
◆
来翔の自宅では一悶着が起きていた。
異世界からエルフのリスタオールまで着いてきてしまったからだ。リスタオールは日本語が話せないため、カスミとのコミュニケーションがほぼ取れない。しかも七十歳のカスミと六百歳のリスタオールの間で謎のマウントの取り合いが始まっていた。生活魔法で磨き上げられた来翔の自宅にまでイチャモンを言ってくるので、来翔はその都度、懸命に家事をこなした。おかげで生活魔法のスキルレベルがやたらと上がっていた。
そして、バレンタイン当日。
去年同様に、ネーラが選んだ可愛らしいチョコを来翔が自分で買うという罰ゲームのようなバレンタインを過ごした。
「来翔! これが良い! これにして!」
「うん、うん。わかった。これね」
ネーラが選んだのはハート型のピンクのチョコだった。来翔はそれをレジへ持っていきながら、去年もこうだったなあとぼんやり思い出していた。レジの店員も何も言わなかったが、中年男性が一人でピンクのハートチョコを買っていく光景は、毎年、このコンビニの名物になっていた。
バレンタインが終わると来翔は皆を連れてカーコキーコのチヌークで広島県まで飛んだ。冬季の日本はそれが許されるほど平和だった。
厳島神社の朱色の大鳥居を前にして、ネーラとレフトが一言も話せなくなった。大久野島ではウサギ達が全員に懐いてきて、ネーラはウサギを何匹も抱えたまま動けなくなった。リスタオールは広島の景色を写真に収め続けて、ネーラのスマホのストレージをあっという間に埋めてしまった。LEONは広島カープの選手が練習している球場前をカスミに連れられてこっそり覗きに行っていた。
「ありゃま、来翔さん! LEONちゃんが広島カープを見て目が輝いてるよ!」
「ハハハ、LEONさんにも広島の血が入ってきましたか」
そんな束の間の幸せな冬季間を、来翔と仲間たちは過ごしていた。
◆
その頃、オーストラリア大陸ではダラス将軍が調査兵団から衝撃的な報告を受けていた。
「メルボルン付近にあるロンドンアーチにてゲート発見」
調査兵団はオーストラリア大陸の南にロンドンアーチという、奥尻島の鍋釣岩のようなリング状の岩を発見していた。そのゲートを通過すると異世界の洞窟に繋がっていること、さらにその出口が南の島の坑道に通じていることまで解析していた。
ダラス将軍はトカゲ王への献上品を届けるゲートをついに確保した。
行動は早かった。コモドドラゴン族の戦士ボレスをリーダーとして、人間千人をトカゲ王へ献上する舞台が動き出した。ボレスのボディガードとして、貫通弓を持った高橋と連射弓を持った山田が傍らに置かれ、クロコダイル兵五千人と共に献上品の人間千人をゲートへ通過させた。
暗い洞窟を進みながら、殿を歩く高橋がボレスに尋ねた。
「南の島というのは、元々、トカゲ王国があったのですよね? 今は人間が作業しているらしいですが、トカゲ王国が放棄したのですか?」
「あぁ、南の島にはミスリル鉱山しか無いからな。我々トカゲ人類は武器を持たない。己の肉体が最強の武器だからな。ミスリルなどは無価値なのだ。トカゲ人類が武装するのは恥とされている」
「ミスリルですか!? それって人間には価値があるんじゃないですか?」
「だろうな。この洞窟から出ると同時に戦闘になるやもしれん。気を引き締めて進め。献上する人間を先に歩かせているのもその為だ。こちらの人族はオーストラリア人や日本人よりも遥かに強いからな。貴様らの魔法武器に期待しているぞ」
高橋と山田は暗闇の中で敬礼して答えた。
やがて洞窟は人の手による坑道へと変わり、数人の人族が作業をしていた。暗闇の奥から人間が千人も歩いてくるので、作業員達は驚いてすぐに役人へ知らせに走った。
「お役人! 大変です! 坑道の奥から人間が大量に歩いてきました!」
「何故、坑道から人が歩いてくるのだ? 何者だ?」
役人達が固唾を飲んで坑道を見つめていると、人間が千人ぞろぞろと出てきて、その後ろからワニ顔の兵士がさらに大勢、隊列を組んで整列した。
「何者だ! 全員止まれ!」
侍姿の役人達が刀を抜いたので千人の献上品はその場で止まった。
「全体! 止まれ!」
クロコダイル兵の指揮官の声が洞窟に響いた。千人の餌と五千人のクロコダイル兵が綺麗に整列して、ボレスと高橋と山田を出迎えた。
鉱山には非戦闘系のトカゲ人類と人族の労働者がいた。ボレスは人族の労働者は奴隷なのだと思い、非戦闘系のトカゲ人類へ声をかけた。
「おい、そこのカナヘビ族の男よ。何故、ミスリルなぞを掘っておる? 人族の奴隷なぞ何処で仕入れた?」
「この鉱山は人族と共同で開発することになったのです。人族も奴隷ではありません」
「共同開発だと? そんなことをトカゲ王が認めるはずがないだろ。いったいどうなっているのだ?」
そこへエジントン聖教国の労働者が口を挟んだ。
「須佐ノ国とエジントンとトカゲ共和国との共同開発で採掘することが決まったのです」
「エジントンまで勝手に掘っているのか? 教会を建てるというのは建前で、やはり最初から鉱山が目的だったようだな。よし、トカゲ王に報告して即刻、こんな事は辞めさせてやる! それまで鉱山を勝手に掘ってはならん!」
須佐ノ国の役人が困った顔をして答えた。
「あの……今のトカゲ共和国のトップはイグアナ族のカーク氏ですよ。王国はとっくの昔に滅んでいます」
ボレスは笑った。
「バハハハァ! イグアナ族だと? 共和国だと? 草しか食わないイグアナ族がどうやって戦うのだ?」
「いえ、本当の事です。もうトカゲ王国は滅んで、今はトカゲ共和国として生まれ変わったのです。戦闘系種族は全員が戦争で死んだか処刑されました。今、トカゲ人類は私のような非戦闘種族しか残っていません」
到底信じられるものではなかったので、ボレスは全軍を率いて街へ出ることにした。
◆
首都バルドに着くと、ボレスには信じられない光景が映し出された。
人族とトカゲ人類が共に生活しているのだ。かつての王宮にも人族が出入りしていた。ボレスは戸惑いながら自分の自宅へ帰ってみた。
(まさか、俺の家族も滅んだというのか……)
自宅には侍姿をした人族の家族が暮らしていた。ボレスは激怒してその家族を皆殺しにした。
(俺の家族は何処へ行った……)
ボレスは全軍を率いて王宮へ入った。門の前の兵士たちはコモドドラゴン族とワニ族を見て無駄な抵抗をすることなく、彼らを中へ通してしまった。
ボレスはイグアナ族のカークの前に立った。
「カークと言ったか。これはどういうことか説明しろ。クーデターでも起こしたか?」
「コモドドラゴン族のボレスさんですね。トカゲ王国はダラス将軍で持っていた国です。そのダラス将軍がいなくなればあっという間に滅びます。我々のような非戦闘種族はそもそも戦えないので、戦争に巻き込まれることもなく帝国へ難民として収監されていたのです。戦闘系種族は全員が戦争で死んだか処刑されました。もう戦えるトカゲ人類などこの世におりません」
それを聞いたボレスは気がついたら目の前のカークに噛み付いて毒を食らわせていた。カークはその場で倒れて動けなくなった。
「王宮を奪取せよ。歯向かう者はトカゲ人類であろうとも全て殺せ!」
あっという間に王宮がボレス軍に占拠された。
「トカゲ王国が滅んだとなると、この献上品の千人も全て無駄になったわけか……高橋、山田。献上品を殺せ。もう献上する相手がいないとなると邪魔なだけだ」
高橋と山田がニヤリと笑った。
「OK! この魔法武器ならすぐに終わりますよ!」
「ダメだよ。お前の連射弓だと一瞬で終わっちまうだろ? じっくり楽しもうや。あと、可愛い女の子だけは俺らの物にしていいっすか? ボレスさん!」
「好きにしろ。お前たちが人族を殺した時にレベルが上がったりスキルを獲得したりするのかを試しておきたい。気に入ったメスがいるのならそれは好きにしろ」
高橋と山田は一人ずつ、ゆっくりと殺していった。
「山田! 今のレベルはどれくらいだ?」
「俺は二十! 二十から急に上がらなくなってきたよ。スキルは弓を獲得できた。お前は?」
「俺も二十から上がらなくなった。スキルも弓だけだな」
モノリスを見ながら二人はまるでゲームでもしているかのように会話していた。九百九十人の死体の前で。
九百九十人の遺体は五千人のクロコダイル兵が全て食べ切った。
ボレスは一人、部屋にこもって家族がとっくの昔に死んでいたことを悲しんでいた。
(トカゲ王国が滅んだなどダラス将軍に言えるわけがない……こうなったら、俺がトカゲ王国を再建するしかない!)
ボレスは一人、決意を固めていた。




