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【第59話 安全保障条約】

 南の島を目指していた勇者パーティーは、港町の異様な雰囲気に戸惑っていた。


 元々は小さな漁師町だったガーヤ村には各国の大使館が続々と建設されていて、本来なら漁船が並んでいるはずの堤防には軍艦が並んでいた。


「こんなに狭い村に世界中の大使館があるのは異様ですね……」


 雨森が純和風の武家屋敷のような建物を指さした。


「勇者様、あれが須佐ノ国の大使館ですぜ」


 雨森のような侍姿の役人が出入りしていた。それを見て詩音が言った。


「本当に日本人と同じなのね。須佐ノ国ではミスリルを魔法武器にしようとしてるの?」


「いや、オイラの国では勇者様や詩音さんと同じように魔法文化が無いんですよ。魔素が無いって事は無いんですが、須佐ノ国では刀で戦うことが美学とされてやす。それと、魔法よりも忍術が盛んでして、忍術ならMPも消費することなく誰でも扱えるって寸法でさぁ」


「忍術? それって私たちでも扱えるかしら?」


「まあ、簡単なものならオイラも使えやすよ?」


「嘘? なんで今まで言わないのよ! どんな忍術が使えるの?」


「おや? 詩音さんは忍術に興味がおありで?」


「魔素がなくても扱えるのなら使ってみたいわよ」


「魔素が無くても使えるかどうかまではわかりやせんが、オイラも異世界人が忍術を使えるのか興味がありますね」


「ねえ! どうすれば忍術を使えるの?」


 雨森がドヤ顔で懐から数枚の御札を取り出した。


「こいつが忍術でさぁ。この札を心の中で念じるだけで忍術が使えやす」


 一枚ずつ説明していく。


「まずこれは刀に切れ味を上げる物研ぎの術。これは火を燃やす火遁の術。これが飲料水としても使える水遁の術。あと、これはガマの術」


「どれも微妙な忍術なのね。来翔さんの生活魔法みたいなものかしら」


「まあ、オイラが持ってるのはそんな感じですが、詩音さんが求めてるような攻撃的な忍術もあるっちゃありやすぜ。竜巻やら雷やら津波やらは御札じゃなくて巻物になるんでさぁ」


「その御札や巻物はどうやって作るの?」


「それはオイラにもわからねぇ。術屋しか知りませんぜ」


「御札や巻物は高いのかしら?」


「使い捨てなんで高いっちゃあ高い。安い御札なら五千Q前後で、巻物なら最低でも十五万Q。オイラなんてこの歳でもまだ巻物を買ったことは無いんでさぁ。巻物を平気な顔して使ってる奴ってのは、あちらに見える大使館の役人クラスと世の中相場が決まってるって事ですぜ」


 詩音は価格を聞いて素直に諦めた。


 三人は南の島へ渡る船を手配するために船着場まで来ていた。かつては漁船しかなかったという船着場には軍艦と輸送船しか見られなかった。輸送船に声をかけると、一人三万Qで乗せてくれることになった。



 ◆



 一方、江差の来翔宅では大晦日を迎えていた。


 来翔の生活魔法のおかげで大掃除が素晴らしく捗った。この家の家政婦であるカスミも驚くほどの掃除っぷりだった。


 夜になるとフェアリー全員が紅白歌合戦の虜になり、テレビの前から誰も動かなくなった。除夜の鐘を皆で聴いて、年をまたいでから全員で姥神神社へ初詣に行った。帰ってくると全員揃って良い初夢を見るために眠った。


 翌朝は全員で寝坊した。カスミの作ったお節料理を食べながら、LEONとフェアリー全員が来翔とカスミから千円札の入ったお年玉を受け取った。生まれて初めて手にするポチ袋を皆が握りしめていた。


 来翔はフェアリー全員を連れてコンビニ巡りに出かけた。全員が好みのお菓子を選んで来翔に買ってもらう。フェアリーが見えていないコンビニ店員からは、中年男性が一人で駄菓子を大量に買っているシュールな光景に見えていた。ほんの少しだけ怖い。


 お年玉を全員が使い切ったあとは、カーコキーコのヘリコプターで奥尻島へ戻り、クロガネ幕僚長と自衛隊員に見送られながら全員揃ってゲートを通過した。


 日本の年末を経験したフェアリー全員が、幸せに満ちた顔で異世界へと帰ってきた。


 ゲートを越える際、フェアリーの女王クノンが来翔に言った。


「また来年も来てもいい?」


「もちろん。やっぱり、このゲートは皆が仲良く使う方が良いよな」


「うん!」


 来翔はニコニコ笑顔でゲートを通過していくフェアリー達を見守っていた。



 ◆



 旧コナ国の南区へ戻って区長シモンに確認すると、総督側も来翔には会ってみたいということだった。来翔はすぐに空の大地で首都まで飛んだ。


 総督の官邸に呼ばれて、二人で懇談が始まった。


「闘技場のトカゲ人類全員を、僕が南の島へ連れていきますよ」


「しかし、闘技場のトカゲ人類は戦闘に不向きな種族なのだぞ? 彼らだけで南の島を守れるだろうか?」


「そこは帝国が盾になってくださいよ。つまり、帝国との安保条約です。帝国なら南の島を不条理に侵略なんてしませんよね? この世界では帝国というブランドは強力です。その帝国が南の島の後ろ盾を正式に表明するだけで、世間の印象は全然違います。実は僕の故郷にも軍隊はありません。帝国のような世界一の軍事国家と安保条約を結んでいるというブランドだけで、八十年間も戦争が起きていません。それどころか、兵器を作れませんし持てません。そんな脆い国でも安保条約のおかげだけで八十年間、平和を維持しています」


「まさか、条約一つで世界が手を出さなくなるものなのか? とてもじゃないが信じられん……。しかし、帝国にも敵対国はあるのだぞ? そのような国なら安保条約を無視して南の島を攻めてくるぞ?」


「それについても提案があります。総督閣下はお嬢さんと勇者の婚姻を狙っていましたよね? あれ、かなり良い考えなんですよ。帝国の人間と勇者が結婚することで、敵対国もそう簡単に帝国に逆らえなくなります。きっと総督には戦略的な下心ではなく、親バカとして勇者とお嬢さんを近づけたかったんでしょうけど、実はあれは戦略的にも最高のアイデアです。帝国の身内が勇者という事実は、敵対国にとって強烈な免罪符となります。それと、これは勇者の親友として自信を持って言いきれますが、彼は良い奴ですよ。安心して嫁がせて大丈夫です!」


「まさか、そこまで考えていたとはな……。勇者から聞いていた以上に頭のキレる男であったな……。あとは勇者がうちの娘を気に入るかどうかだが……」


「それも大丈夫ですよ」


「なぜ、そんなに簡単に言い切れるのだ? 来翔殿はうちの娘の事を何も知らないはずだが?」


「勇者は気のない女性を家に上げたり、手作り弁当を軽々しく受け取ったりしない実直な男なんですよ。家に上げて弁当も食べているという事は、少なからず勇者も気持ちはあると思います。異世界人同士だから気が引けているだけではないかと」


 総督が父親として嬉しそうな笑みを浮かべて、来翔に握手を求めてきた。


「安保条約の件は了解した。娘には良い土産話を報告できるのが嬉しいぞ」


「あとはもう一つ。これは僕からではなく、フェアリーの女王クノンからの提案です」


 来翔の胸ポケットからクノンが飛び出してきた。


「来翔、総督に言ってあげて!」


「うん。わかった。総督、今この場にはフェアリーの女王クノンもいます。クノンが総督と心を繋ぐそうなので、心をクリアに保ってください」


 クノンが総督の額に小さな手を当てた。


 総督の瞳にクノンの姿が映し出された。


「おぉ! こ、これがフェアリーか……。初めて見たぞ……」


「私はフェアリーの女王クノンよ。ゲートの管理は今は帝国がしてるんでしょ? 私たちも今後は使いたいから、フェアリーの国は帝国と同盟を結ぶ事を決めたわ! 良かったね、総督さん! うちの国の蜂蜜は高級品なんでしょ? 今後は帝国に降ろしてあげるよ!」


 フェアリーの蜂蜜はこの世界では長寿の秘薬とされている。エルフ族が長寿なのも、フェアリーの蜂蜜を日頃から使っていたからだ。今まではエルフの里から少量だけ流出する物だけが流通していた。それが定期的に帝国へ納品されるというのは、ミスリルの利権などよりも遥かに大きな利益と繁栄をもたらす。


「フェアリーの蜂蜜を? そ、それは本当のことですか、女王陛下」


 総督が唖然としている前で、クノンが小さな手を差し伸べて握手を求めた。慌てた総督がその小さな手と握手を交わした。



 ◆



 総督から闘技場のトカゲ人類の解放を約束された来翔は、空の大地で南区の闘技場の監獄へと戻ってきた。


 トカゲ人類全員が解放された。彼らは空の大地に乗り込んで、南の島へ向かって飛び立っていった。


 空の大地の上で、お茶ボーイが来翔に頭を下げた。


「まさか、本当に解放されるとは思っていませんでしたよ、来翔さん! こんな僕ですがお役に立てるように頑張ります!」


「お茶ボーイは霞の爪に所属していたんだよね? それなのに戦えないのかい?」


「はい! 僕はトビトカゲ族なんで、戦闘よりも偵察しか出来ないんですよ」


「ハハハ、僕と一緒だね。僕もC'-Classハンターと言って、逃げる専門のハンターなんだ」


 戦えないトカゲ人類と戦えないC'-Classハンターが、空の大地の上で笑い合っていた。


 空の大地はゆっくりと南の島へ向けて飛んでいく。







 作中で来翔が語っていた「安保条約」ですが、  

日本の方はともかく、

異世界の皆さんにはピンと来ないかもしれません。

 簡単に言うと――

「うちにケンカ売ったら、後ろの超怖い親分も出てきますよ?」

 という約束です。

 これが日米安全保障条約です。

 日本は世界でも珍しい、

「強そうに見えないのに、あまり殴られない国」 です。

 ゲームで例えるなら、

レベル1。  

木の棒装備。  

防御力ペラペラ。

 なのに後ろに、

「レベル999の全属性カンスト勢」

 が立ってる状態です。

 しかも、その人、  

空母も潜水艦も戦闘機も山ほど持ってます。

 そりゃ普通は襲いません。

 これを北海道で例えると、

「夜道でヤンキーに囲まれたけど、  

背後から屈強な漁師のおじさん達が  

無言で近づいてきた」

 みたいな感じです。

 しかも全員、  

普段は優しいのに、  

怒るとたぶん熊より怖い。

 結果、

「今日はやめとくか……」

となります。

 外交とは、

 実際に殴ることより、

「殴ったら面倒くさい」 と思わせる事が大事だったりします。

 ちなみに来翔が言っていた、 「ブランド力」というのも本当に大事です。

 例えば世界一強い国と仲良しだと、

「アイツを敵にすると、  

後ろからもっと面倒なのが出てくる」

 と思われます。

 つまり、  

異世界でも現実世界でも、

 最強なのは意外と――

「怖い友達を作る能力」

 なのかもしれません。

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