【第57話 南の島】
空の大地では巨大化したネーラが並航スキルで東へと進んでいた。
来翔はLEONに会わせたい人がいると言って旧コナ国の南区へと向かっていたのだ。数日後、かつて自分が拘留されていた元闘技場の監獄前に、来翔とLEONは並んで立っていた。
「主、この監獄に私に会わせたい人がいるのか? 私が捕らえた賞金首が何人かいるが、そんな奴らに面会でもするのだろうか?」
「面会相手は賞金首ではないよ」
来翔は受付で囚人との面会手続きを済ませて、ロビーで順番を待った。看守たちは噂の賞金稼ぎ霞の爪のLEONを見て、ざわめいていた。
「看守達がLEONさんを見て驚いてるね。普段は拘置所へは来ないのかい?」
「あぁ、賞金首の引渡しはギルドで行われるから、拘置所や裁判所には来ない。面会というのも今日が初めてだ」
「そうなんだね。今日は、この拘置所の炊場係のお茶ボーイに逢いに来たんだよ。僕が拘留されていた二ヶ月間、毎日お茶を運んできてた若者なんだ」
「お茶ボーイ……。そんなヤツと私を会わせる意図は?」
「まあ、会ってみればわかるよ」
やがて面会の順番が来て、二人で面会室に入った。そこには若いトカゲ人類が座っていた。
「お茶ボーイ、久しぶりだね!」
「あ、来翔さん!」
笑顔で答えた瞬間、お茶ボーイは来翔の背後に立つLEONに気づいた。
「あ……リ、リーダー……?」
LEONも気づいた。
「お茶ボーイとはお前のことだったのか……」
二人が唖然として呆けているので、来翔が話を進めた。
「とりあえず、LEONさんも座りなよ。お茶ボーイも落ち着こうか。二人は知り合いなんだよね?」
「この少年は霞の爪のメンバーだった。だが、何故、お茶ボーイはここに拘留されているのだ?」
お茶ボーイが拘留された経緯を語り始めた。
「僕だけじゃないです、リーダー。当時、コナ国に移住していたトカゲ軍人以外のトカゲ人類は全員、ここへ収監されてます。帝国にはトカゲ人類の人権に関する法律がまだ整っていなかったので、ここが当面の仮住まいなんです。法整備待ちなんですよ」
「そうか……お茶ボーイならば、こんな拘置所はすぐに脱獄できるだろ? 何故それをしない」
「もう旧コナ国が滅んだと聞いてます。出てもトカゲ人類には行く場所がありませんから、このまま帝国の法整備を待とうというのが、収監されているトカゲ人類たちの総意なんです。容疑者ではないので、中では割と自由もありますし」
来翔も付け加えた。
「そうなんだ。中のトカゲ人類は看守のアシストのような仕事をしてるんだよ。僕のような容疑者は独居房から出られないけど、彼らは監獄の中では自由に行動できるんだ。このお茶ボーイは毎日、僕にお茶を運んでくれてたんだよ」
「まさかリーダーと来翔さんがお知り合いだったとは思いませんでしたよ」
「ハハハ、ごめん。あの頃は容疑者扱いだったからね。下手に発言もできなかったし、お茶ボーイを巻き込みたくなかったんだよ」
「確かに……あの頃の来翔さんは超重要人物で監視が凄かったですもんね」
思わず二人して笑ってしまった。
「それで、お茶ボーイ。今回は中にいるトカゲ人類たちに伝えてもらいたい事があるんだよ。君たちの島へ全員で帰らないか? 今、南の島を巡って世界が戦争になりそうなんだよ」
お茶ボーイが立ち上がった。
「何ですって! 我々が故郷へ帰る!? そんな事が出来るのですか?」
「まだ約束はできないけど、それがこの世界の秩序を守るには一番理想的なんだよ。もしも、南の島へトカゲ人類たちが帰ると言うなら、僕が帝国の総督に頼んでみるよ」
「来翔さんは総督に会えるのですか?」
「うん。たぶん会ってくれるはずだよ。勇者からの紹介状も貰ったからね。それに、総督は世界のバランスが崩れることを嫌う人だと勇者が教えてくれたんだ。トカゲ人類が南の島へ帰ることが、この世界のバランスを保つ最適解だからね。総督なら必ず飛びつく話だと思う」
お茶ボーイとLEONが唖然として来翔を見ていた。LEONが静かに呟いた。
「さすが主。お茶ボーイよ、中にいる同朋へ伝えろ。もうトカゲ軍の生き残りは異世界にしかいない。その異世界のトカゲ軍も我が主がすぐに滅ぼす。安心して出て来いとな」
「え? ワニ族が?」
「そうだ。あとは異世界にいるダラスとその配下しか生き残っていない。我が主は既にワニもコモドも倒している。これからは新たなトカゲ人類の国を作るチャンスだ。軍による政治ではない、自由で幸せに満ち溢れた国をお前たちで作ってみせろ」
「自由で幸せな国……。そんな夢物語みたいな国が本当にあるのですか?」
「ある。一度、異世界の江差に来てみろ。自由と幸せな日々しか無いぞ」
お茶ボーイの顔が晴れやかになっていた。
「わかりました、リーダー! 中にいるトカゲ人類全員に僕が伝えます! でも、ここにいるのはほとんど戦えないトカゲ族ばかりですよ? 僕だって戦闘向きの種族ではありませんし……。それでも故郷を取り戻すことが出来るのでしょうか?」
「大丈夫だ。我が主はこの地上で最も強い。あのダラスでも主からは逃げ出したくらいだ」
お茶ボーイが改めて来翔の顔を見た。来翔はとても照れて苦笑いをしていた。
◆
面会を終えて空の大地へ戻ると、ネーラとレフトが来翔に懇願してきた。
「ねえねえ来翔、せっかくここまで来たんなら、一度、江差に帰りたいよぉ〜。ゲートすぐそこじゃん! お菓子とかいっぱい買って皆に配りたいんだよ」
「ピヨピヨ!」
ネーラとレフトの言葉を聞いて他のフェアリー達も目をキラキラさせて来翔を見た。
「わかったよ! 僕もクロガネさんに報告したいし、総督にもアポを取らないと会えないから、一旦、江差に戻るか」
来翔は南区の区長シモンに総督とのアポ取りを頼んでから、久しぶりのゲートへやって来た。憲兵に捕まりたくないので、メモルの隠蔽で全員揃ってゲートを通過して奥尻島へと上陸した。
ゲートを通過した瞬間、フェアリー達が奥尻島の各所へ散り散りに飛んで行ってしまった。
「あ〜あ、全員、どこかへ飛んで行ったよ。ネーラ、レフト、皆が島から勝手に出ないように見張っててくれ。僕はクロガネさんに会ってくるよ」
一歩踏み出そうとしてハッとした。
「あ! ヤバい! その前にメモル! メモルに隠蔽を解いてもらわないと! ネーラ、レフト! メモルを探してきてくれ! このままじゃ報告もできないよ!」
ネーラとレフトがその場で笑い転げた。
「隠蔽されたままだから透け透けだ〜!」
「ピヨヨヨヨ!」
「笑ってないで早く探してきてくれよ〜!」
完全不可視化のまま、来翔とLEONは自動迎撃システムの前で立ち尽くした。
久しぶりの奥尻島には雪が積もっていた。しかし隠蔽の効果で、積雪の上を歩いても二人の足跡が全く残らない。それどころか存在ごと消えているので、風が吹いても来翔の周りだけ雪が動かないのだ。
「これほど完全に消えてしまうと、クロガネさんに近づいても気づいてもらえないんじゃないか……」
「うむ。やはり田吾作が一番優秀だ……」
「LEONさんも同じ結論ですか……」
先程まであんなに楽しそうだったネーラとレフトは、島中を一生懸命にメモルを探して飛び回っていた。しかしメモルは恥ずかしがり屋だ。見つかるはずがない。
来翔はその場にしゃがんで雪の上に指で落書きをしてみた。隠蔽されているのに落書きは普通に雪の上に残った。
「あ……足跡だけ残せないのか……」
「うむ。隠蔽とは難しいものだ……」
二人は雪の上にしゃがんだまま、じっとメモルが見つかるのを待ち続けた。
メモルが見つかったのは、四十五分後だった。




