【第56話 断ち切る心】
花見の翌日。
いつものように早朝のワタルの前に、雨森とデメタが立っていた。
「そろそろ勇者様なら、刀が何なのかわかってきたんじゃないですかい?」
「はい。デメタにとってのガマ口。刀は武器ではない。己の刃です。獣人の牙、トカゲ人類の爪、俺にとってはこのバスターソードです」
「おや? さすが勇者様。刀は己の刃。それがわかったのなら、そろそろそのご立派な魔法剣で爪も切れるようになったんじゃないですかい?」
雨森が自分の爪をワタルへ差し出した瞬間、雨森が驚いた。
「おや? オイラの爪がいつの間にか切れてやがる。オイラが気づかないうちに、勇者様が切ってくれたんですね?」
「ハハハ、勝手に切ってすいません! きっと雨森さんなら今日あたり爪を斬れと言ってくるかと思って、間合いに入った時に斬っちゃいました!」
「それが出来るくらいの精神力があるのなら、そろそろ勇者様には話しておきたいことがありやす。勇者様は魔法武器がどうやって作られるのかご存知ですか?」
「確か、ミスリルで作ると帝国から教えてもらいましたよ。今、トカゲ人類が南の島にミスリル鉱山を手付かずで残していったそうで、その権利を巡って緊迫状態だと聞いてます」
「やっぱり、勇者様は何にも知らずにその魔法剣をお使いになさってたわけですかい……。魔法武器というのはミスリルとフェアリーの命を使って作るんでさぁ……」
ワタルは聞き違いかと思って聞き直した。
「はい? 今、ミスリルとフェアリーって聞こえましたけど、ミスリルと何ですって?」
チックルがワタルの胸ポケットから出てきて肩に止まった。
「ミスリルの武器に私たちを混ぜこぜにすると、私たちの能力だけが武器に遺るの! 私がミスリルの鎧に混ぜこぜにされると、きっと決断力が発揮される鎧が出来るんだよ! 凄いでしょ!」
チックルがドヤ顔をしている中、その姿が見えない雨森が口を続けた。
「魔法武器はフェアリーという犠牲の元に出来てるんでさぁ。こんな事を突然言われると、お優しい勇者様はびっくりするかもしれねぇが、これは紛れもねぇ事実。そして今、世界は南の島の鉱山を見つけちまいました。ミスリルがあるなら次はフェアリー。ってなるのは目に見えてやす。ちなみに、オイラの故郷の須佐ノ国も南の島へ侵略を始めやした。オイラが故郷を捨てたのは、そんな理由からなんで御座います」
情報が多すぎて混乱したワタルは、まず目の前のチックルに動揺しながら尋ねた。
「チックルはこの魔法剣の事、知ってたのか?」
「う、うん。もちろん知ってるよ。私は他のフェアリーとは違って早い段階で世界を放浪していたの。ほら、私には最近までスキルが無かったでしょ? だから私はフェアリーとしては価値がないんだ。だから、私を捕まえる人間もいなかったんだ。だから、私は他のフェアリーとは違って、色んな世界を見てきたの。あるドワーフから魔法剣の秘密を教えてもらったんだ。そのドワーフも私がスキル無しだったから、魔法武器の素材に出来ないって言ってたの」
「そ、そんな……。俺のバスターソードにはフェアリーの命が……」
ワタルは共に戦ってきたバスターソードを急に手放したくなった。そのワタルの心が見え見えだったので、雨森が真剣な顔で語りかけた。
「勇者様、それはいけねぇ。その剣はもう勇者様に馴染んでます。その中にはフェアリーの魂が籠ってやす。その魂はもはや、勇者様に馴染んじまって、他人に使われたくないと言ってますぜ。オイラもMPを上手く使えるタイプじゃねぇが、刃の心はわかるつもりでさぁ。今の勇者様なら、そのバスターソードの刃の心がわかるんじゃないですかい?」
ワタルはバスターソードを両手で持って中段に構えた。精神を統一する。己の刃として、バスターソードを肉体の一部とするように、己の心と刃の心をリンクさせていく。
その時、バスターソードの中の魂の意思が確かにワタルには感じられた。困惑しかけたワタルは再び深く精神統一して、刃の魂と己の魂を結びつけた。
声ではなかった。言葉でもなかった。ただ、伝わってきた。
(私のスキルは切れ味抜群! どんな物でもスパッとしちゃうよ!)
(君は魔法剣のために命を捧げて、悲しくないの?)
(フェアリーは死んでもすぐに蘇るんだ。元の記憶は無くなるけど、また元のスキルを持って自然と朝露と共に産まれてくるの。ほら、もうワタルは私の生まれ変わりと出会ってるよ! スパッと決断! スパッと解決!)
(チックル! 君はチックルなんだね!)
(私と巡り会ってくれてありがとう。ちゃんと見つけてくれてありがとう)
ワタルは閉じていた瞳を開けて、バスターソードを上段に構えた。
世界樹から花びらが大量に舞い散っていた。何百枚という桃色の花びらが風に乗ってひらひらと空を漂っている。
ワタルは一度だけ振り下ろした。雨森の目にも追えない速度で。
舞い散っていた花びらが全て、綺麗に真っ二つになった。
これは魔法剣の能力ではない。ワタル自身の実力だった。
雨森が静かに呟いた。
「やっと己の刃とする事が出来やしたね」
「はい。俺はこの剣に導かれてここに来ていたんです。ようやくそれがわかりました。さあ、チックル。朝飯にしようか? 今朝は何が食べたい?」
過去の記憶など全く知らないチックルが笑顔で答えた。
「自衛隊の缶詰ってまだ残ってるかな? ネーラがコンビーフの缶詰を開けられるのを自慢するんだもん! 私だって開けられるようになりたいんだよぉ〜!」
「わかった。わかった。朝はコンビーフにするか!」
朝靄の中、ワタルの朝稽古はいつもより随分と早めに終わった。立ち去るワタルの背中を、デメタが満足そうに見つめていた。
◆
それから数日後。
ワタルと雨森は詩音を伴って南の島へミスリル鉱山の調査へ旅立つことを決めた。
旅立ちの前日、詩音は来翔に呼ばれた。
「これはクロスボウですか?」
「そうです。人の力で引けないのなら、人の力で引ける弓を作れば良い。なので、クロスボウを作りました。このハンドルを回せば弦は巻き上げ式でセットできるようになってます。クロスボウは連射できません。縦二連式にしてますので二発撃てますが、一度撃つと次の装填までハンドルを回すので、どれだけ早くても次の発射まで四十五秒はかかります。でも、LEONさんから詩音さんの目指すところが田吾作さんだと聞いたので、田吾作さんも縦二連の猟銃を使っている猟師なので、詩音さんにも一発で終わらせるような田吾作さんのようなプロの狩人を目指してほしいんです。ちなみに田吾作さんは二発目を撃ったことが無いらしいですよ」
詩音は世界樹のクロスボウと世界樹の矢を受け取って、自分でハンドルを回して矢をセットしてみた。
「エルフの里だと軽く巻き上げられますね。これが国外に出るともっと硬くなるんですね?」
「はい。一応、ギア比を工夫して女性でも巻き上げられるようにはしましたが、それでも結構、疲れると思います」
「来翔さん! ありがとうございます! 必ず使いこなせるようになります!」
さらにワタルと詩音は来翔が作った世界樹の水筒と食器を馬車に積み込んだ。
「世界樹の水筒と食器があれば、お二人でもこちらの水と魔物肉の魔素が浄化されますので、安心して食べられます。必ず、この水筒と食器を使って下さいね。チックルのためにコンビーフもたくさん入れておいたからね!」
「ワーイ! 私もいつかコンビーフを開けられるようになってみせるからね〜!」
三人は馬車に乗り込んで、南の島を目指して走り出した。
世界樹の花もだいぶ散り散りになっていた。桃色は少なくなって、力強い青々とした新緑が目立つようになっていた。




