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【第55話 眼下の花見】

 詩音がエルフの里へ来てから数日が経っていた。


 詩音とワタルが世界樹の花見も楽しまずに鍛錬している姿を見て、来翔が二人に提案した。


「たまには花見でもどうかな? フェアリーの空の大陸だと観光客もいないし、貸切でお花見ができるよ?」


 ワタルと詩音は思わぬ提案に笑ってしまった。


「世界の危機にお花見ですか! さすが来翔さんです! 俺も参加しますよ。チックルも空の大陸へ行きたがってるんで!」


「まあ、たまには息抜きも良いかもね。私も参加で……でも、私は空の大陸に行ってもフェアリー達は見えないのよね?」


「あ、それなら俺もチックルとネーラちゃん以外は見えていないから気にしなくて大丈夫だよ。雨森さんにもフェアリーは見えていないらしいし!」


 こうして、ある晴れた日の昼下がり、来翔主催で空の大陸の世界樹てっぺん付近での花見が決まった。


 参加者は巨大化したレフトに頭を鷲掴みにされて二人ずつ運ばれた。


「ちょ、ちょっと待って! レフト! 頭を掴んだら痛いよ! 痛い!」


「嘘でしょ!? 首がもげるってば! 普通に背中とかに乗せなさいよ! めっちゃ痛いってば!」


 ニコニコ笑顔の巨大化したレフトはご機嫌にパタパタと飛べない人達を何往復もして運んでいた。


 それでも、世界樹のてっぺんから眺める景色は格別だった。視界に映るのは桃色の絨毯だった。満開の花にはフェアリーと共生しているミツバチ達がせっせと蜜を集めている。フェアリーの姿が見えない詩音も、ミツバチの姿を眺めながら、きっと自分たちには見えないフェアリー達も縦横無尽に飛び回っているのだと想像することができた。



 ◆



 来翔が全員分の世界樹の重箱を配った。中には生活魔法で丁寧に作られたお弁当が入っていた。プロ仕様の中身に詩音がかなり困惑した。


「来翔さんがこれを作ったんですか? 来翔さんはプロの料理人だったんですか?」


「アハハ、違うよ。サイモンさんから生活魔導書を貰ったんだよ。生活魔法っていうのは主婦業のバフなんだ!」


「え? 来翔さんは魔法を使えるようになったんですか? それなら貫通槍を使いこなせるんじゃないですか? あの槍はまだ正式な所有者が決まっていないから、来翔さんが正式な所有者になってA-Classに昇格すれば良いんじゃないですか?」


 来翔は腰の杓文字をそっと撫でながら答えた。


「僕は割とC'-Classを気に入ってるんだよ。A-Classにこだわりがないんだ。それに、僕はコイツでの戦い方しか知らないんだよ。広島県人だからね」


 詩音は自分で言ってしまってからハッと気づいた。まだ自分が魔法武器にこだわっていることを。


「あ、いや、すいません。今のは失言でした。私ってまだ魔法武器にこだわってるんですね……」


「いや、武器にこだわるのは悪いことじゃないさ。僕だって好みの杓文字があるからね」


 詩音は少し迷ってから、来翔に尋ねた。


「来翔さん、ずっと気になってた事があるんですが、私に世界樹の弓を作るのを即答で断りましたよね? あれは私が未熟で世界樹の弓を持て余すからですか?」


 来翔はちらりと横を見た。ネーラが来翔の目の前でプンプンに怒っている。詩音とずっと話していたことが気に入らないらしい。来翔はそっとネーラを手のひらの上に乗せながら優しく答えた。


「詩音さんの腕前は見ていますし、未熟だとは思っていませんよ。弓を作らないと言ったのは、もっと単純な事ですよ?」


「単純なこと?」


「はい。世界樹で弓を作れない最大の理由は、詩音さんには扱えないからです」


「それは私が未熟だから? やはり来翔さんは私の事を未熟だと思っているんですね?」


「ハハハ! それは誤解だよ! 世界樹はエルフの国の中では柔らかいんだけど、国外に持ち出すとミスリルよりも硬くなるという性質があってね。つまり、国外で世界樹の弦を引くことなんて詩音さんには不可能だよね? というか、世界樹の弦を引ける人族なんていないと思うよ」


 あまりにも単純明快な答えに詩音は笑い出した。


「アハハ、な〜んだ! 私はてっきり来翔さんが私の事をまだ認めてくれていないのかと思っていましたよ! もう! それならそうと早く言って下さいよ! 割と弓を断られた時って落ち込んでたんですよ!」


 詩音がさりげなく来翔の左腕に触れた瞬間、ネーラが我慢の限界を迎えた。


 ネーラがメモルをそそのかした。


「ヘヘン! これなら、もうこの女が来翔に触れないでしょ! ね? レフト!」


「ピヨピヨ!」


 メモルの『隠蔽+200%』が発動した。詩音の目の前から来翔が完全に消えた。


 LEONの保護色なら姿が消えるだけで触れることはできる。しかし今、来翔はただ姿が見えなくなったのではなく、その場から完全にいなくなっていた。詩音が手を伸ばしても何の抵抗もない。


「え? 来翔さん?」


 焦った詩音がLEONに尋ねた。


「LEONの目なら来翔さんを探れる?」


「私の目にも何も見えない。どうせネーラのイタズラだ。気にするな」


 LEONがあっさりと種明かしをした。ネーラとレフトがLEONの頭に止まってポカポカと殴り始めた。


「なんで言っちゃうのよ! LEONのバカ! せっかくこの女から来翔を守るためにメモルに頼んで消してもらったのにさ!」


「ピヨピヨ! ヨヨ!」


「それはすまない。でも、私にも見えないのはとても興味がある。まるで田吾作のようなスキルだ」


 弓使いと暗殺者が揃って驚愕していた。


「LEON、この能力さえあれば私でも田吾作のような狩人になれるんじゃない?」


「このスキルは私の保護色とステルスの上位互換だ。これが田吾作の言うかくれんぼだ。今の詩音なら、完全不可視化がいかに有効かがわかるだろう」


 詩音には目指すべきものがはっきりと見えていた。来翔の姿はいまだに見えていない。しかし自分の目指す頂きが、このかくれんぼだということは、これ以上なくはっきりと理解できた。


「LEON、お互いにかくれんぼが上手になれるように頑張ろ! 打倒、田吾作よ!」


「アリャマ。私は既にそれを目指していた」



 ◆



 一方、来翔はメモルの仕業だと気づいたものの、恥ずかしがり屋のメモルを見つけることができないまま、空の大地を完全不可視化されたままひたすら彷徨っていた。


 肝心のネーラはすっかり来翔のことを忘れて、レフトと二人でサイモンと花見をしながらお弁当を食べていた。


「そういえば、ネーラは胡麻と胡桃を勇者に渡せたのかえ?」


「あのね、胡麻は来翔に捨てられちゃった! 来翔から見たら胡麻はゴミにしか見えないんだってさ。それと、胡桃はピクニックで拾った胡桃と混ぜこぜにされちゃって、お爺さんから貰った胡桃とピクニックの胡桃が訳わかんなくなったから渡してないよ」


「なんとまあ、間抜けな事で貴重な胡麻と胡桃を無駄にしたのかえ?」


「でも、来翔がワタルにはもうレベルアップなんて必要ないってさ」


 サイモンは雨森と弁当を食べているワタルをじっと見ながら呟いた。


「なるほどのぉ。あやつには胡麻は必要ないのかも知れんな……しかし、胡桃は別じゃ。あれは絶対に食べさせた方が良いじゃろ。ほれ、四つだけ持ってきたから、勇者とその仲間たちに食べさせてみろ」


 ネーラが胡桃を受け取ってワタルの元へ飛んでいった。


「ワタル〜! この胡桃を食べても良いよ〜!」


 ワタルと雨森が殻を割って一口でパクッと食べた。二人の顔がみるみる驚愕の表情に変わった。


「なんか身体の変化があるの? レベルアップ? スキル獲得?」


 ワタルが即答した。


「美味い! 凄く美味い!」


 雨森も続けた。


「コイツは上質な胡桃だ! 美味すぎる!」


 ネーラはワクワクしながら二人を眺めていた。しかし、いくら待っても何の変化も表れなかった。


 ションボリしながらネーラとレフトがサイモンの元へ戻って胡桃の特殊効果を尋ねると、サイモンがキョトンとして答えた。


「なんじゃ? 前回、胡桃を渡した時に言ったではないか! あの胡桃は美味しい胡桃じゃと」


「え? 美味しいだけの普通の胡桃なの?」


「そうじゃよ。最初からずっと美味しい胡桃じゃと言っておるではないか!」


「え〜! お爺さんがレベルアップの胡麻と一緒に渡したから、絶対に胡桃にも特殊効果があると思うじゃん! な〜んだ、ただの美味しい胡桃なのか〜」


「当たり前じゃ! ワシは最初からずっと美味しい胡桃じゃとしか言っておらんわ!」


 ネーラとレフトはただの勘違いだったことにガッカリしたものの、なんだかおかしくなって笑ってしまった。


 それから随分と時が経っても、来翔だけは誰にも見られることなく、ひたすら空の大地でメモルを探して彷徨い続けていた。



   



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