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【第54話 未熟vs未熟】

 世界樹の下で花びらを延々と斬り続けているワタルに、意気消沈の詩音が現れた。


「ワタル、久しぶりね」


「やあ! 詩音さんも異世界に来たんだね! よくエルフの里まで来れたね!」


「うん。LEONが連れてきてくれたのよ」


「あぁ、なるほど。LEONさんが着いているなら安心だ」


「実は私、アチラでやらかしちゃってね。貫通弓を無くしたのよ。コチラで魔法武器を手に入れようとしてゲートに飛び込んだんだけど、コチラでも魔法武器は買えないってわかって、来翔さんに世界樹で弓を作ってもらおうとしたら、たった今、断られたわ。元々は魔法弓に代わる弓が欲しかったんだけど……でも、もう武器なんてなんでも良くなってたから、断られても意外と納得できたというか……」


 ワタルは自分のバスターソードと手元の世界樹の木刀をじっと見つめてから答えた。


「なんか、奇遇だね。最近、俺も魔法剣に頼りすぎていた自分に気づかされたばかりなんだよ。これ、来翔さんが土産物として売ってる木刀なんだけど、こんな土産物の木刀でそこの岩をぶった斬った侍に出会ったんだよ」


 ワタルが真っ二つに割れた岩を指さした。詩音が言った。


「まあ、世界樹の木刀なら出来るんじゃないの?」


「うん、俺も最初はそう思ったんだけど、世界樹はエルフの里の中では鉄の工具で加工できるほど柔らかいんだよ。見てて」


 ワタルは大岩の前で木刀を構えた。思い切り振り下ろした。


 バキッ!


 岩には傷一つつかず、木刀が粉々に砕け散った。


「ね? 世界樹って聞くと最強クラスの武器に思えるけど、現実はこんなもんさ。ただ、エルフの里を出るとミスリルくらい硬くなるみたいだけどね」


「それなら、その侍はどうやって木刀で岩を斬ったの?」


 ワタルはニヤリと笑って答えた。


「それがわからないから面白いんじゃないか! 今の俺の先生はガマガエルなんだよ。魔法剣に頼りきりだった俺を、毎朝いろんな事を教えてくれてるんだ!」


 その時、世界樹の花びらがヒラリとワタルと詩音の間に落ちてきた。ワタルはバスターソードをゆったりと一度だけ振り抜いた。


 切れた花びらが六等分になって地面に落ちた。


「今、六回も斬ったの?」


「フフフ、六回もじゃないよ。まだ六回しか斬れてない。俺たちA-Classは所詮、魔法武器の性能だけで勝ってきただけなんだよ。しかも、この魔法武器は魔素の無い俺たちでは本来の性能を使いこなせていないらしい。魔素を定着させるのも不可能なんだ。それなら、答えは一つしかないよね。魔法武器が必要ないくらい強くなること。木刀でもなんでも斬れるようになれれば、もう誰にも負けない」


 詩音の胸に焦りと尊敬が同時に溢れた。エルフの里までの旅路でやっと辿り着いた答えに、ワタルはもう到達していた。


「ワタル、私と戦いましょう。今の私の実力を試したいの」


「うん。俺からも頼みたい! ハンデとして俺は左手しか使わないよ」


「ウフフ、良いハンデだわ。それでお願い」



 ◆



 立会人を頼まれた雨森は目を輝かせた。ここはエルフの国なのでギャンブルの規制がない。花見客相手に賭け試合にしようと即座に提案して、バトルフィールドを用意した。弓使いが有利になるように障害物を点在させた、身を隠すのに最適な作りだ。チーター族の二人が詩音チームの撹乱要員として加わることで賭けを成立させた。詩音チームが全滅して初めて負けとなるため、ワタルは三人全員を倒す必要がある。


「お二人さん、怪我してもガマの油でキッチリ治りますんで思う存分、傷つけ合ってくだせぇ。その方がオイラのガマの油がバンバン売れやすんでね。さあ、始めますか!」


「ゲコ!」


 デメタの合図の瞬間、ニックとヤッコがワタルの間合いへ飛び込んだ。


「うわっ! 速っ!」


 ワタルは左手一本でバスターソードを横薙ぎに振ってニックとヤッコを牽制した。二人は後方へ飛んでアッサリとかわす。その刹那、詩音から矢が飛んできた。ワタルはバスターソードで矢を真っ二つに斬った。


 花見客から歓声が上がった。


 詩音は障害物の影に消えた。ニックとヤッコがワタルの周りをフルスピードで走り始めた。時速二百七十キロ。人族には到底追いつける速度ではない。ワタルは左肩にバスターソードを担いで、一瞬で叩きつけられる構えを取った。


 その瞬間、上空から矢の雨が降り注いだ。詩音が山なりにありったけの矢を放ったのだ。


 ワタルはバスターソードを傘にして矢の雨を防いだ。その隙にニックとヤッコが同時に踏み込んだ。ニックがワタルの腹を殴り、バランスが崩れた瞬間、ヤッコがバスターソードを握る左手を殴りつけた。バスターソードが地面に叩き落とされた。


 矢の雨が直接降り注いだ。かわしきれなかった矢がワタルの背中に刺さった。それでも矢は止まらない。ワタルはヤッコを担ぎ上げてヤッコの身体を盾にした。詩音の矢が止まった隙に、ワタルは左手でバスターソードを拾い上げた。


 息も継がせぬ攻防を花見客が固唾を飲んで見守っていた。


 ニックとヤッコが詩音の元へ戻ってフォーメーションを確認した。


「姐さん、すいません。ヤッコがノロマ過ぎて失敗してしまいましたニャ!」


「大丈夫。ワタルの弱点は見えたから。またスピードで撹乱してちょうだい」


 詩音が再び障害物の影に消えた。ニックとヤッコがワタルの周りを走り始めた。


 ただし今度は、ワタルがゆったりと歩きながら何かのタイミングを測っていた。バスターソードを担ぐでも構えるでもなく、ただリラックスして立っている。


(デメタの動きを思い出せ……あの直線的で、無駄のない、迷いのない動き……獲物に向かってまっすぐ飛ぶあの動きだ)


「チックル、決断!」


 胸ポケットからチックルがドヤ顔で飛び出した。


「待ってました! 『決断!』」


 迷いが消えた。


 時速二百七十キロで走るヤッコを、ワタルはゆったりと追いかけるのをやめた。デメタが不規則に飛ぶハエを一発で仕留めるように、ただ来るべき瞬間を待った。


 踏み込んだ。


 バスターソードの面でヤッコを横薙ぎに軽く叩いた。


(バイ〜ン!)


 そのままニックへまっすぐ踏み込んだ。迷いなく叩いた。


(バイ〜ン!)


 詩音が最後の一矢を放った。飛んできた矢をワタルはバスターソードで縦に真っ二つに斬って見せた。


 詩音が白旗を上げた。


 その瞬間、花見客が一斉に沸いた。勇者ワタルの戦闘を生で見られたことへの感激がそのまま爆発した。リスタス木工所の勇者ワタル公式の木刀を買う行列がすぐにできた。雨森は矢の刺さったワタルの傷にガマの油を塗る実演販売を始めて、ギャンブルでもガマの油でも大儲けして笑いが止まらなかった。雨森の頭の上でデメタだけが静かにワタルを褒めていた。


「ゲコゲコ!」



 ◆



 勝負に負けた詩音は爽やかな顔でLEONに尋ねた。


「ねぇ、LEON。今の私って、あの田吾作さんに勝てるかな?」


「田吾作に勝てる狩人などいない。ただ、田吾作から学べる事は無限にある。詩音は弓使いだ。田吾作から学べる事は多いはずだ。銃も弓も直線的な攻撃だ。見えた時点でワタルがしたように、矢も弾丸も簡単に斬られる。田吾作の弾丸は、敵も当たってから初めて撃たれた事に気づくのだ」


「当たってから初めて気づかれる……簡単そうに見えて、凄く難しい……そっか。私はそんな事も知らなかったのね。弓使いとして、敵に姿を見られた時点で負けてるのね……」


 実演販売の材料にされているワタルの背中を眺めながら、詩音とLEONの反省会はしばらく続いた。



   



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