【第53話 未熟者共】
この日の朝もワタルは木刀を振り続けていた。朝靄の中から雨森とデメタがフラりと鼻歌交じりにやって来た。
「♪オッペケペー♪ オッペケペー♪」
「おはようございます! 雨森さん、デメタくん」
「ゲコゲコ!」
「おはようござんす! 勇者様。今朝もお早いですな! デメタがだいぶ剣筋が良くなってきたと言ってますぜ?」
「そうですか。ありがとう、デメタくん」
「ゲコゲコ!」
「なるほど。デメタは中々、意地悪な事を言うもんだねぇ。勇者様、デメタが頼みてぇ事があるんだそうで、聞いちゃ貰えませんかねぇ」
「え? デメタくんが? どんな頼みですか?」
雨森はデメタを岩の上にそっと置いた。
「ゲコゲコ!」
「あぁ、わかってる! ちょっと待っておくんなさいよ。今から勇者様に頼んでやるってんだからさ……全くせっかちなガマガエルだねぇ。それで勇者様、このデメタの言うことにゃ、どうも爪が伸びてきたんで、そのバスターソードで切ってくれって言っておりやす。どうでしょう。その見事なバスターソードでデメタの爪を切ってやっちゃあくれやせんか?」
「バスターソードで爪を? そんなの無理ですよ。デメタくんごと切ってしまいますよ! ちゃんとした爪切りを持ってきますので待っていてください」
ワタルが爪切りを取りに行こうとすると、雨森がそれを止めた。
「なんでぇ、勇者様にそんなめんどくさい事を頼めませんぜ。デメタ、爪切りなんてたいそうなものじゃなくてもいいだろ?」
「ゲコ!」
「ほらね? 勇者様。デメタもバスターソードで良いって言ってますぜ。その自慢のバスターソードで、パチリとデメタの爪を切ってやっておくんなさい」
ようやく雨森の真意に気づいたワタルは、バスターソードをデメタに向けて構えた。
精神を統一する。周りの音が聞こえなくなる。デメタの爪だけがワタルの目に映った。
(斬れる!)
横一線に振り抜いた。デメタの爪にかすることなく、完全に空振りした。
「おや? 勇者様? 素振りですかい? デメタのヤツはこう見えて気が短ぇ。早く切ってやって下さいよ」
「ハァハァ……す、すいません……俺には出来ません……」
「ゲコゲコ!」
「デメタの野郎が怒っちまったんで、どれ、あっしに勇者様の剣を貸しておくんなさい」
ワタルはバスターソードを雨森に渡した。雨森はバスターソードを受け取ると、デメタを見ることもせず静かに振るった。
(パチン!)
「ゲコゲコ!」
「雨森さん! どうやって!?」
「どうやってもこうやっても、誰でも爪は伸びます。それを切る。ただそれだけの事ですよ。勇者様はいつもそんな必死になって爪を切るのですか?」
「いや、普通は剣で爪を切らないでしょ?」
「いんや、爪切りも包丁もこのバスターソードも、鋭い刃に変わりはありませんぜ。爪切りで出来る事がバスターソードでは出来ないってのはおかしな話でございますなぁ〜」
「ゲコ! ゲコ!」
「デメタはもしも刃で傷ついてもガマの油で治るからビビるのはデメタに失礼だと、クソ生意気な事を申しておりますな〜。さて、デメタもスッキリしたところで、朝飯でも食べに行こうかね」
「ゲコゲコ!」
朝靄の中、デメタがピョコンと雨森の頭に飛び乗り、二人は歩いて行ってしまった。
◆
翌日も、ワタルの目の前に雨森とデメタがやって来た。
「ゲコゲコ!」
「勇者様、デメタがそこに飛んでるハエを採ってくれって言ってるんで、そのバスターソードで採ってやってくれませんかね?」
ワタルはバスターソードを構えてハエを見つめた。不規則に飛び回るハエに狙いをつけられず、ワタルは戸惑っていた。
その瞬間、見かねたデメタがピョコンと飛んでパクッとハエを一口で食べてしまった。
「あ〜らら、デメタは気が短ぇなぁ〜。せっかく勇者様が採ってくれると言ってたのにねぇ。朝飯はそのハエだけでいいんかい?」
「ゲコゲコ!」
「それじゃ、勇者様。デメタがまだ足りねぇって言ってるんで、ハエを探しに行ってきやす。それではまた明日」
「ゲコゲコ!」
二人が去った後、ワタルはバスターソードを構えたまま、先程のデメタの動きを思い出していた。
(デメタの動きは無駄がなかった……ハエの動きにピタッと合わせて、それに向かって飛んだだけだ……)
デメタのタイミングを思い出しながら、デメタになったつもりで振った。
「今!」(ヒュン!)
「今!」(ヒュン!)
「今!」(ヒュン!)
「今!」(ヒュン!)
その時、世界樹からヒラリと桃色の花びらが一枚、ワタルの背後に落ちてきた。
「ここ!」(ヒュン!)
桃色の花びらが綺麗に真っ二つに切れた。
(これがデメタの見ている景色か……)
その後もワタルは落ちてくる世界樹の花びらを全て真っ二つに切り続けていた。朝靄の中に、切れた花びらがひらひらと舞っていた。
◆
一方、詩音とLEONの馬車は、ようやく世界樹が見えてくるところまで来ていた。
「あれが世界樹?」
「そうだ」
馬車からヒョイとニックとヤッコが降りて詩音に叫んだ。
「俺らで一足先にエルフの里の偵察に行ってきますニャ!」
時速二百キロのスピードで二人が駆け抜けていった。あっという間に、木刀を持ったニックとヤッコが戻ってきて報告した。
「姐さん! 見てくださいニャ! この木刀こそ、姐さんの探し求めていた来翔さんが作った木刀だそうですニャ! 世界樹の木刀なんて、帝国あたりの首都で売れば、いったいいくらになるのかわかりませんニャ! こんなアーティファクトをなんと千Qという子供でも買える値段で売ってやしたニャー!」
木刀を見てLEONが笑った。
「フフフ、主らしいな……」
そのとき、目の良いレフトが真っ先にLEONの気配に気づいた。レフトがネーラに伝え、ネーラが来翔に伝えた。
「来翔! LEONがもうすぐここに来るってさ! レフトと迎えに行っても良い?」
「え? LEONがまた異世界に来てるのかい?」
「そうみたい! LEONだけじゃなくて女の子と、馬鹿みたいに足の速い二人組も一緒だってさ!」
「なんだそれ? まあ、レフトと迎えに行くのは良いけどさ。行っておいで」
「ワーイ! 行こう、レフト! エリーに巨大化してもらって迎えに行こう!」
「ネーラ! 巨大化したらLEONが驚くからやめなさい!」
来翔の声はもう届かなかった。
◆
詩音とLEONの目の前に、巨大なインコが迫ってきた。
「LEONさん! あ、あれは何? 魔物?」
「わからない……レフトに似ているが大き過ぎる」
レフトの頭に乗ったネーラが馬車に向かって叫んだ。
「おーい! LEON! レフトが大きくなったの! 来翔の工房まで運んであげるから、そのまま待ってて!」
レフトがLEONの頭を鷲掴みにして、工房まで飛んでいった。馬車に残された詩音とニックとヤッコは、空へと運ばれていくLEONをただ見つめた。
「来翔さんのお宅は皆、仲が良さそうで良かったわ……」
「あれは、仲が良いと言っていいんですかニャ……?」
◆
レフトの鷲掴みで一足先にエルフの里へ到着したLEONから、来翔が事情を聞いた。
「なるほど。詩音さんがそんな事になってたのか。LEONさん、よくここまで詩音さんを守ってたね。偉いよ」
「私はカスミの指示に従っただけだ」
「そうか。この異世界でもあと一踏ん張りしたら江差町に帰るから、あと少しだけ付き合ってよ」
「それは構わない。私は主に付き従うためにここにいる」
「世界樹の花見の季節が終わったら、LEONさんには会わせたい人もいるからね……」
それから少し遅れて、詩音がようやく来翔の元へ辿り着いた。
「来翔さん、お久しぶりです」
「詩音さん、だいぶ無茶したみたいですね。あちらでも、こちらでも」
「はい……でも、その経験が私の愚かさに気づかせてくれました。来翔さん、率直に言います。私に世界樹で弓を作ってくれませんか?」
来翔は優しい笑顔で答えた。
「それは無理だね」
工房の中が静まり返った。LEONも詩音も、しばらくリアクションが出来なかった。
来翔はそんな二人のことなどお構いなしに、黙々と木刀を大量生産し続けていた。今日もリスタスの工房には学生客がわんさかと押し寄せて、木刀を買い求めていた。




