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【第52話 刃と刀】

 二千年ぶりに世界樹に花が咲いたことで、近隣の都市から遠足の学生や新兵の行軍など、エルフの里を訪れる観光客がいきなり増えた。日頃は畑仕事しかしてこなかったエルフ達にとって、花が咲き誇っている間だけの稼ぎ時だった。空の大地で共にエルフの里まで来ていた雨森もここぞとばかりに、メイン道路で毎日ガマの油売りを披露してガッポガッポ儲かっていた。


「来翔さんに着いてきて良かったですぜ! こんなにガマの油が売れたことは無いんですぜ! デメタの油もすっからかんでさぁ!」


 それに比べてリスタスは悩んでいた。


 リスタオールの父であるリスタスは日頃、世界樹を使った高価な魔道士用の杖を作っている。しかしこの世界に魔道士タイプは戦士タイプに比べて圧倒的に少なく、世界樹の杖は老舗ブランドのイメージが強すぎて、今はミスリルの杖の方に人気を奪われていた。そんなリスタスは以前、来翔の蒔絵の重箱作りを間近で見ていたこともあり、世界樹の花満開に合わせた土産物を考えてほしいと懇願してきた。


「来翔さん、パッと作れてお土産にふさわしい木製品は何かないだろうか? 重箱は時間がかかるし、料金が高すぎて遠足で来た子供たちには手が出ないだろ? 子供たちの小遣いで買えるような物で、簡単に量産できるものがベストなんだけどなぁ」


「それなら良いものがありますよ。少し工房と世界樹の枝をもらいますね」


 来翔は工房に入るとすぐに枝を削り出して形を作り、パパっとニスを塗って完成させた。


「リスタスさん! 出来ましたよ!」


 来翔が作ったのは、日本の観光地に必ず売っている木刀だった。


「これは……雨森さんが腰にさしている刀という物ですか?」


「そうです。木刀と言って、学生連中はこれを見ると必ず買うんですよ。枝を削ってニスを塗るだけなので量産もできるでしょ? 一本千Qくらいで売っても元は取れますよね?」


 こうしてリスタスと来翔は、花が満開の間ひたすら木刀を作り続けることになった。


 売り始めると連日、リスタスの工房は学生客で溢れかえった。売り場のリスタオールもてんてこ舞いだった。


「ネーラさん、工房へ行って来翔さんとお父さんに在庫があと二十本ですわとお伝え下さる?」


「OK! あと二十本ね〜!」


「ピヨピヨ!」


 ネーラとレフトが工房へ飛び立とうとしたその瞬間、店先に見知った顔があった。二人は工房ではなく店先へと飛んでいった。


「お〜い! ワタル!」


 人混みの中でネーラとレフトが見つけたのは、来翔からの電報を受け取って早速エルフの里まで駆けつけてきた勇者ワタルだった。


「ネーラちゃん! 久しぶりだね! レフトも元気そうで良かったよ!」


「ここがリスタオールの実家だよ! 入って入って! 来翔が中で仕事してるの!」


 ネーラの案内でワタルが工房へと招き入れられた。


「来翔さん、電報を見て来てみましたけど……なんかめちゃくちゃ忙しそうですね……」


「ワタルさん、実は世界樹に花が咲くのが二千年ぶりだそうで街が賑わいだしまして、それに便乗して木刀を作ってみました!」


 ワタルは完成したばかりの木刀を手に取った。世界樹で作られたからなのか、来翔という木工職人が削り出したからなのか、意外と手に馴染む。気がつけば一本欲しくなっていた。わざわざ売り場まで戻って、レジのリスタオールに千Q札を支払って、気づいたら買っていた。


「はっ!? やばい! 何故か買ってしまった! この観光地の木刀って何故か買ってしまうんでしょうか? しかも、異世界人も皆、買ってるし!」


「ハハハ! 本当にそうですよね。僕も中学生の頃は修学旅行で買ってしまいましたよ。しかも初日に買うと結構、邪魔なんですよね……」


 勇者ワタルが木刀を買ってくれたことにリスタスが感動して、ワタルへオファーを持ちかけた。


「勇者様! うちの木刀のイメージキャラクターになってくれませんか? 女房は絵が得意なんですよ! ぜひ、木刀を構えた勇者様の絵を描かせてください!」


 こうして、ワタルが木刀を構えたポスターがエルフの里中に貼られていった。その日から木刀の売上は二百パーセントを超えた。



 ◆



 翌朝早く。


 雨森がガマガエルのデメタを頭に乗せて朝靄の中を歩いていると、木刀で素振りをしているワタルを見かけて声をかけた。


「お? 勇者様! 随分と早起きですね! でも、勇者様は刀よりも剣の方が得意なんでしょ?」


「え? 素振りだけでわかりますか? 俺は普段はこのバスターソードを使ってるんですよ」


 傍らに立てかけていた魔法剣を見て、雨森が目を細めた。


「ほう、魔素が無いのに魔法剣ですか! コイツは乙なもんですなぁ。でも、勇者様。そのバスターソードも、今の素振りも、まだまだ下手くそですね〜」


「は? 俺が下手くそ……ですか。雨森さんは刀を扱えるんですか?」


 雨森は腰の刀を静かに抜いた。そしていつものガマの油売りの口上を述べ始めた。


「ここに取り出したるは一枚の紙。これなる名刀にて切ってみせよう。一枚が二枚、二枚が四枚……これほど切れる名刀だ。この刃を、我が左の腕に……ピッと当てれば、ほらご覧の通り、赤い血がタラリ、タラリと流れ出る」


 ワタルはつい笑ってしまった。


「なるほど、確かに雨森さんは刀をある意味では使いこなしてますね!」


「勇者様、その木刀をあっしにお貸しくださいよ」


 ワタルが木刀を手渡した。雨森は木刀を受け取り、また同じ口上を述べ始めた。


「ここに取り出したるは一枚の紙。これなる名刀にて切ってみせよう。一枚が二枚、二枚が四枚……これほど切れる名刀だ。この刃を、我が左の腕に……ピッと当てれば、ほらご覧の通り、赤い血がタラリ、タラリと流れ出る」


 今度は木刀なのに紙が切れた。腕からは血が流れた。


「え? それはなにかのトリックですか? 血が出てますけど、木刀で切った訳じゃないですよね?」


「勇者様、刀ってなんだと思いますか?」


「刀ですか? 片刃で反ってる剣のことですよね?」


「それは刀の見た目の話でしょう。あっしが聞いたのは刀の本質の部分でさぁ。剣と刀の決定的に違う部分が、勇者様にはわかっちゃいねぇんですよ。だから、木刀の素振りも、バスターソードの素振りも、迷いが見えちまう。良いですかい? ちゃんと目ん玉開いて見ておくんなさい」


 雨森は木刀を中段に構えると、道路脇にあった岩に向かって静かに振り下ろした。


(ピシッ!)


 岩が綺麗に真っ二つに割れた。


「え? トリックではないんですよね?」


「勇者様にはトリックに見えますかい?」


「いえ、今、間違いなく木刀で岩を斬りました。これは世界樹の枝から作られた木刀だからですか?」


「いや、残念ながら世界樹というのはエルフの里から出ると初めて硬くなりやす。エルフの里の世界樹はむしろ柔らかい」


 そう言って雨森はワタルに木刀を返した。


「どうです? 勇者様。刀とは何なのか、わかりやしたか?」


 ワタルは木刀を握りしめて、岩へ向かって打ち下ろした。


 バキッ!


 木刀が見事に砕け散った。


「あ〜あ、もったいねぇ。せっかく来翔さんが作ってくれた土産品なのに。まあ、勇者様なら金はいくらでもありやすよね? また一本買って、刀についてじっくりと考えなせぇ。勇者様ならきっと刀が何なのか見えてくるはずでさぁ」


 そう言って雨森はデメタと共に朝靄の中へと歩いて行ってしまった。


 ワタルは砕けた木刀の破片を手に取ってニヤリと笑っていた。


(そうか……俺はまだ魔法剣の力に頼ってたんだ。魔法剣なんて無くても強い人は強い)


 ワタルは早速リスタオールに頼んでもう一本木刀を買い、また素振りを始めていた。朝靄がゆっくりと晴れていく中、世界樹の桃色の花びらが一枚、ワタルの手の上に静かに落ちてきた。



  






 ちなみに、作中に登場した「観光地で何故か木刀を買ってしまう現象」ですが、あれは日本男子の間ではかなり有名な文化です。

 修学旅行へ行くと、何故かお土産屋には必ず木刀が置いてあります。

 しかも、 「龍」 「誠」 「雷神」 「天下無双」  みたいな漢字が彫ってあります。

 そして男子中学生は、ほぼ確実に一度は手に取ります。

 最初は皆こう言います。

「いやいや、木刀とか買わねーし(笑)」

 ところが十分後には、

「お前どれ買う?」 「黒と赤どっちが強そう?」 「うわ、この金色の鍔カッケェ!」

 と、完全に術中にハマっています。

 そして最終的に、 「修学旅行のテンション」  という最強バフによって購入に至ります。

 なお、購入タイミングは大体「初日」です。

 すると地獄が始まります。

 二泊三日ずっと邪魔です。

 新幹線でも邪魔。  旅館でも邪魔。  集合写真でも邪魔。

 でも本人はめちゃくちゃ満足しています。

 ちなみに作者調べでは、 「日本の男子学生経験者の体感九割九分は、一度は木刀を買っている」  という統計が存在します。

 もちろん正式な統計ではありません。

 ただし、読んでいる皆さんの中にも、 「押し入れを探したら木刀が出てくる人」  は結構いると思います。

 なお、大人になると今度は、

「いや、あの時の木刀はダサかった」  とか言いながら、

 真剣や高級釣具やバイクのパーツを欲しがるようになります。

 人類は成長しているようで、あまり成長していないのかもしれません。

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