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【第51話 幸せな毎日】

 翌朝。


 名も無き獣人の宿場町ではひと騒動起きていた。


 誰もが恐れていたカールを一目見ようと人垣ができていた。捕らえたのが噂に名高いカメレオン族の賞金稼ぎだと知れ渡って、宿場町の人々が続々と集まってきていた。


 その人垣の中に、槍を盗んだチーター族のニックとヤッコもいた。詩音がすぐに見つけて指差すと、LEONがあっけなく二人を捕らえた。ただし、ニックとヤッコは賞金首でもなんでもない、ただのチンピラだった。賞金がかかっていないと知ったLEONはすぐに解放した。


 解放されたニックは深く反省して、ダッシュで槍を取りに行き、すぐにLEONへ返却してきた。


「LEONさん! すいませんでした! 槍はちゃんとお返しします!」


「うむ。だが槍は私ではなく詩音に返せ」


 ニックとヤッコは土下座で詩音に槍を差し出した。


「姐さんが霞の爪のお人だとは知らずに申し訳ありませんでした! どうやって落とし前を付けたら良いのかわかりません。姐さんのお好きになさってください! チーター族にとって一番大切な足を切れと言われれば、即刻落としますぜ!」


 困り果てた詩音が重い口を開いた。


「別に足なんか切らなくても良いわよ。私にも油断があったんだし、ハンターとしてだらしなかったのよ。良い反省材料を与えてくれたわ」


「なんてお優しい! 姐さん! 俺たちに何か出来ることがあれば何でも仰ってください! 足の速さしか取り柄はありませんが!」


 それならばと詩音はニックとヤッコのチーター耳をグニグニと触り始めた。


「ね、姐さん? こ、これはいったい……」


「これは罰よ。今後、私の前では語尾にニャを付けること!」


「いや、俺たちは猫では無いんですが……」


「違う! 語尾にニャ!」


「わかりましたニャ……」


 ニックとヤッコが渋々答えるのを聞いて、詩音は満足そうに手を離した。



 ◆



 大金を手に入れたLEONと詩音は、宿場町に弓を売っている店がなかったので、一番近い大きな街の武器屋へやって来た。


「これにしておくわ!」


 詩音が手に取った弓は量産品の二万Qの弓だった。


「そんな安い物で良いのか?」


「うん。少し基本に立ち返りたいのよ。今まで貫通弓の性能に頼り過ぎていたから。私が勝ててきたのは魔法武器のおかげだったんだとわかったのよ。本当に強い人は武器なんて何でもいいんでしょ? LEONや来翔さんのようにね!」


「いや、私はDAISOの竿よりもDAIWAの竿の方が好きだ。リールもDAIWAの物が欲しい」


「アハハ、ごめん、何言ってるかわかんない! でも、アチラへ帰ったら天狗屋行って好きな釣り道具を奢るわよ! 私に大切なことを思い出させてくれたお礼よ!」


「うむ……それは嬉しいのだが、カスミが知らない人からは施しを受けるなとキツく言われているのだ。だから、新しいリールは欲しいが遠慮する」


「私は知らない人じゃないでしょ! 全くもう!」


 わだかまりの無くなった二人はエルフの里へと走り出した。



 ◆



 少し時は遡る。


 空の大地ごとエルフの里を目指していた来翔たちは、ようやく世界樹が見えるところまで辿り着いていた。


「見えた! 見えたよ!」


「ピヨピヨ!」


 先行してレフトが世界樹のてっぺんへとパタパタと飛んでいった。数日ぶりにレフトを見たサイモンは驚きながらも穏やかに尋ねた。


「レフト! どうして戻ってきたのじゃ?」


「ピヨピヨ!」


「なんじゃと!? ネーラも戻ってきたじゃと? どこにおるのじゃ?」


 その瞬間、メモルが隠蔽を解いた。巨大化したネーラがサイモンの目の前に突然、姿を現した。


「ウギャー!!!」


 サイモンが腰を抜かしてひっくり返った。ネーラとレフトと空の大地のフェアリー達が大爆笑して笑い転げた。来翔が申し訳なさそうに呟いた。


「エリー、早く巨大化を解いてくれよ。お爺さんが泡吹いて倒れてるだろ?」


 エリーは笑い過ぎて呼吸困難に陥っていた。


 ようやく全員が落ち着きを取り戻して、来翔が改めて事情を説明した。


「今日はサイモンさんに、このリスタオールさんがお尋ねしたい事がありまして、フェアリーの国ごと遊びに来ちゃいました。驚かせてすいませんでした」


「お爺さん! この人が来翔! 新聞を毎朝買って紙飛行機にしてくれた人だよ!」


「おぉ! ソナタがあの来翔かえ! その節はありがとう。ふむふむ、どうやら生活魔法も身体に馴染んだようじゃな。何事もなく良かった。良かった」


「あ、貴方が生活魔法の本をくれたお爺さんでしたか……。こちらこそ大変貴重な物をありがとうございました。それで早速、リスタオールからいくつか質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「良い良い。なんでも聞いておくれ」


 リスタオールが緊張気味に尋ねた。


「まず、フェアリー達がエルフの里を去った理由についてお聞きしてもよろしいですか? フェアリーに聞いても、二千年前のことなので覚えていないということでして……」


 そのとき妖精女王クノンがピョコンと飛び出してきて口を挟んだ。


「サイモンさん! お久しぶり! まだ生きてるって聞いてビックリして来ちゃった! このリスタオールが私たちがエルフの里を去った理由を聞きたいんだってさ。でも昔のこと過ぎて、フェアリーの国では誰も覚えてないんだよ〜。きっとサイモンさんなら覚えてるでしょ?」


 サイモンは少しだけ考え込んでから話し始めた。


「なんじゃ、そんな事かえ。それはお主らが暇だから世界一周してくるとか言って、どこかへ飛んで行ったまま帰って来なかっただけじゃろ。それで、世界一周とやらは出来たのかえ?」


 クノンは一生懸命に思い出した。


「う〜ん、そうだっけ? 世界一周ってそもそも出来るのかなぁ? 地平線の向こうには何があるのかなぁ。そうだ! 今から世界一周してみれば良いんじゃん! さあ、皆、地平線目指して飛ぼう!」


 クノンとフェアリー達が飛び立とうとしたところをサイモンが咄嗟に捕まえた。


「こりゃ! そうやって二千年前にもお主は飛んで行ったんじゃよ! リスタオールよ、見たじゃろ? 二千年前も、こやつはこうやってどこかへ飛んで行ってしもうたんじゃ。まあ、そのおかげで、エルフの里は二千年もの間、戦争にも巻き込まれずに平和に過ごせたんじゃよ」


 あまりにも馬鹿馬鹿しいエピソードにリスタオールは少しだけ拍子抜けしてしまった。


「そうですか……それが二千年間も平和な理由でしたか……」


「いや、ちょっと待ってください。リスタオールさん! この話、少し気になるところがありませんか?」


 来翔が違和感に気づいた。


「気になるところ……? フェアリーの性格なら十分考えられますわよ。実際、今回もこうして全員でここまで飛んできていますもの。フェアリーは好奇心の塊なのですわ」


「好奇心旺盛なのはその通りなんだけど、僕が言いたいのはそこじゃなくて……どうしてフェアリーがいなくなっただけで、エルフの里が二千年も平和になるのかが意味不明じゃないですか?」


 指摘されてリスタオールがハッと息を飲んだ。


「そ、そういえば……サイモン様は今、確かにフェアリーが居なくなったから平和になったと仰いましたわ! サイモン様、これはいったいどういう意味なのですか?」


 サイモンは深くため息をついてから、静かに答えた。


「そうか……そんな事もエルフ族は忘れてしもうたんか……。フェアリーは魔法道具の素材になるからの……。二千年前はフェアリーの乱獲が起きて、エルフがそれを守っていたのじゃ。フェアリー達と共にな……」


「ま、魔法道具の素材……?」


 来翔の顔が青ざめた。


「言葉通りの意味じゃ。フェアリーにはそれぞれ強力な支援スキルがある。個体差はあるが、かなり強力なものも多い。例えばここにいるクノンの浮上スキルなんてものも、鎧に組み込めば魔道士のように宙に浮いた騎士が作れる。魔法武器や魔法防具は、そうしてフェアリーの命を用いて作られるのじゃ」


 静寂が広がった。


 それを聞いて、二千年ぶりにクノンがだんだんと思い出してきた。


「あ、そういえばそうだった! 忘れてたよ! いっけね! 私たち、魔法武器の素材だった! サイモンさん! ずっと素材になれなくてごめんね、私たち本当に忘れてたの!」


 素材と聞いてもフェアリー達は無邪気に笑っていた。来翔がそんなフェアリー達に語りかけた。


「フェアリーのみんな……素材になるのが嫌じゃないのかい?」


 クノンが代表して答えた。


「え? どうして? 私たちは魔法武器のために産まれてきたんじゃないの?」


 来翔は次の言葉を探してから、ネーラの方を見た。


「ネーラもそう思うのかい? アチラでの楽しい生活を思い出しても、まだ素材になることが嫌じゃないのかな?」


 ネーラは黙っていた。


 江差の朝のことを思い出していた。パン屋さんに行くと来翔がどら焼きをちぎってくれる。人間サイズだと大きすぎるから、パン屋さんが小さなどら焼きも作ってくれるようになった。その温かい甘さが手のひらに乗った瞬間の気持ち。クリスマスの朝、テーブルの上にレフトがいた。靴下の中じゃなかった。インコってお願いしたから、ちゃんとテーブルの上に置いてくれていた。お正月にはお年玉をもらって、節分には恵方巻きを一緒に食べた。バレンタインの日、来翔へチョコを渡したら、来翔は困った顔をしながらも全部食べてくれた。


 ネーラはリュックサックの中からスマホを取り出した。画面には江差の空、パン屋さんの前、レフトと並んでいる写真、クリスマスのツリー、川沿いの桜、雪の中の来翔の背中が映っていた。


 ネーラはそのスマホをフェアリー達の前にかざした。


「素材になるのは嫌。だって、幸せって毎日訪れるんだよ? パン屋さんに毎朝行くと、来翔がどら焼きをちぎってくれるの。人間のサイズだと大きすぎるから、パン屋さんが小さなどら焼きも作ってくれるんだよ。その時、凄く幸せな気持ちになるの。クリスマスにはサンタクロースが良い子にプレゼントをくれるの。靴下の中じゃなくてテーブルの上にレフトを置いといてくれたの。お正月には良い子はお年玉を貰えるし、節分には恵方巻きも食べたの。バレンタインには好きな人へチョコをあげるんだよ。こんな幸せな毎日を壊したくない。素材になんかなりたくないよ。来翔! 私は素材じゃない!」


 フェアリー達がわんわんと泣き始めた。


 誰が最初に泣いたのかわからなかった。気がついたら全員が子供のように声を上げて泣いていた。エリーも、メモルも、クノンも、名前も知らないフェアリー達も、みんなが泣いていた。何が悲しいのかを理解していたかどうかはわからない。ただ、ネーラの言葉が、スマホの中の小さな光景が、何かを揺り動かしたのだ。


 サイモンが優しくフェアリー達に語りかけた。


「それでいいんじゃよ。世界一周に出たまま帰って来なくて良かったんじゃ。フェアリーがエルフの里から消えたことで、もう悪い人は魔法武器を諦めた。それで良いのじゃよ」


 クノンが泣きながら尋ねた。


「もう素材にならなくても平気なの?」


「もちろんじゃ。二千年間も誰にも見つからない場所があるのじゃろ? そこへおかえり」


「うん。わかったよ! 皆、シュルルルの森へ帰ろう!」


 フェアリー達が飛び立とうとした瞬間、サイモンが咄嗟にクノンを掴んだ。


「こりゃ! 思ったら即行動するのを辞めい! 帰る前に、ワシを里まで降ろしてくれんかの? クノンの能力ならば、ワシの家と菜園ごと下のエルフの里まで降ろせるじゃろ?」


「うん。任せてよ!」


 こうしてサイモンは久しぶりの大地へと降りることになった。


 下のエルフの里では軽くパニックが起きたが、手頃な土地を整地して、数日後にはクノンの浮上スキルとネーラの並航スキルで無事に引越しが完了した。


 若い美男美女しかいなかったエルフの里に、ただ一人の老いたハイエルフが加わった。


 フェアリー達もおよそ2000年ぶりに里へ帰ってきた。世界樹の傍らに空の大地は隠蔽されて、また見えなくなった。フェアリーの誰かのスキルが発動した。世界樹の桃色の花が2000年ぶりに満開に咲き誇った。来翔やネーラやレフト、そして、エルフ達は、その満開の桃色の花をしばらく眺めていた。ネーラがその肩に乗って、同じ方向を見ていた。


「来翔、ありがとう」


「何が?」


「江差で出逢えたこと」


 来翔は何も言わなかった。ただ、少しだけ笑った。



   







ちなみに作中でLEONが言っていた「天狗屋」と「DAIWA」の話ですが、これは北海道民だとちょっとクスッとするネタです。

 まず天狗屋。

 江差周辺の釣り人にとって、天狗屋は「釣具屋」というより、もはや宗教施設です。

「今からちょっと天狗屋行ってくる」  ――この言葉は北海道では、 「ちょっとコンビニ行ってくる」  くらいの軽さで使われます。

 そして店に入った瞬間、なぜか全員、予定外の物を買います。

 オモリだけ買う予定だったのに、  気づけばリールを握りしめています。

 怖いですね。

 しかも釣り人という生き物は、 「魚には竿の値段なんて分からない」  と全員わかっています。

 それでも高い竿とリールが欲しくなります。

 なぜなのか。

 それは、魚との戦いではなく、  “自分との戦い”だからです。

 DAISOの竿でも魚は釣れます。  でも、釣り人はDAIWAが欲しいのです。

 もう一度言います。

 魚には違いなんて分かりません。

 でも釣り人には分かるのです。

「このリール、巻き心地が違う……」  とか言いながら、ニヤニヤします。

 しかも釣果は変わりません。

 怖いですね。

 ちなみに北海道では、  「釣りを始めた」  と言っていた人間が、数ヶ月後には車にロッドホルダーを付け始めます。

 さらに進行すると、  冷凍庫が魚専用になります。

 末期症状です。

 LEONも完全にその入口に立っています。

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