【第47話 師匠と弟子】
江差町笹山。翌日も田吾作が戻らなかった。
心配になったLEONはM2重機関銃を担いで、保護色とステルスを展開して山へ入った。昨日は足跡を指摘された。今日はご自慢の舌を使って枝から枝へと飛び移りながら、地面に跡を残さないように田吾作を探していた。
(おかしい……昨日のポイントに田吾作の形跡が無くなってる)
迷子になったのかとも思ったが、間違いなく昨日田吾作とポチに出会ったポイントだった。
焦ったLEONは枝に巻き付けていた舌を解いて地面に着地した。
(ドサッ!)
森の中にLEONの足音だけが響いた。
「このボンクラ! 何やってんだ! 今の音でクマが穴に逃げてまったべや!」
突然、目の前に田吾作が現れた。瞬間移動かと疑いたくなるような一瞬の出来事だった。
「アリャマ! 田吾作、何処にいた?」
「やんや! 最初からここさいたべや! 何言ってんだ、このボンクラ! クマってのは犬ッコロよりも鼻がいい。この山に侵入者が紛れ込んだ時点で気づかれてんだ! オメエみてーなボンクラがどんだけ姿を消しても無駄なんだ! 姿を消すんでねぇ。山と一体化して自然に溶け込めや! このボンクラ!」
「一体化……?」
「んだ。かくれんぼした事ねーのか、坊主! オメエは姿を消せるから隠れた事なんてねーんだべさ! 手本見せてやるから、目つぶって五秒数えれ!」
LEONは素直に目を閉じて五秒数えた。目を開けると、田吾作は消えていた。
カメレオンの目は紫外線もはっきりと認識できる。田吾作がどこに隠れても、辿った足跡は残るはずだ。LEONは田吾作の足跡を探した。
無かった。
「アリャマ! 田吾作、消えた。完全に消えた!」
その瞬間、LEONの真横に立っていた田吾作が意地悪するようにLEONの横腹を肘でつついた。
「これが隠れるって事だべや。姿を消すんじゃねぇ。かくれんぼだ。姿を消してもクマや犬には匂いでバレバレだ。森の中では足跡は必ず残る。オメエのやってることは姿を消しただけで、全く隠れてねぇ。クマは頭も良いからよ、馬鹿しか襲わねぇんだわ。ボンクラはかくれんぼが下手だけど、クマに勝てるべ? そんな奴にはクマは姿すら見せてくんねぇのさ。オラもクマから見たら天敵なんだわ。オラの前にクマは絶対に来ねぇ。だから、オラは隠れる。クマにもバレねぇように隠れるしかねぇんだ。どうしてもクマを見てぇんなら、あの高い木の上に登って隠れてろ! オラもう一回隠れっからよ。ポチ、わりぃけど、もう一回穴からクマを出してけれ!」
ワンワンとポチがどこかへ走り出した。
LEONは言われた通り、少し離れた高い木の上に身を潜めた。腰を落ち着けて下を見ると、先程の場所に田吾作はもういなかった。カメレオンの目をしても、田吾作の足跡すら見えなかった。
(凄い……)
LEONは大木と一体化しようと木に背を預けて精神統一し、ポチを待った。
やがてポチの激しい鳴き声と共に、ヒグマの足音がはっきりと近づいてきた。
(こちらに来てる!)
カメレオンの目でポチとクマを探していると、
パーン!
一発の銃声がこだました。
(もう撃った? しかも一発!)
ポチの声がさらに激しくなり、クマの足音は止まった。田吾作の声が響いた。
「ポチ! よくやったな!」
先程の場所には猟銃を肩に担いだ田吾作が、ポチを撫でていた。
「坊主! 軽トラまでクマを運べ! 坊主なら運べるべや! たったの三百キロだわ!」
LEONは木から飛び降りてクマを肩に担いだ。
「アリャマ! 持てた!」
「凄い力だなぁ、坊主! 次もまた手伝ってくれや。手伝ってくれたら浮きルアーを好きなだけ作ってやるからよ!」
「うん。鮭釣ってカスミにイクラを喰わせる」
「馬鹿こけ! 年寄りにイクラなんか食わしたら痛風になるべや!」
「痛風?」
「んだ! 痛風になるで」
「そうか……イクラは痛風……」
LEONは三百キロのクマを肩に担いで、田吾作の軽トラの荷台へと積んだ。田吾作が軽トラを走らせていく後を、LEONは保護色とステルスで姿を消したまま走って追いかけた。
この日を境に、LEONの釣り道具には田吾作が作った浮きルアーが少しずつ増えていった。
◆
そんな秋の江差町に、一人の美少女が現れた。
元A-Classハンターの詩音だった。
魔法武器を失ったことで攻撃手段を無くし、C-Classハンターに格下げされていた詩音は、カスミの自宅を訪ねてきた。
「こんにちは! こちらにLEONがいると聞いて来ました!」
「ありゃま! 可愛らしい女の子でしょ! LEONちゃんの彼女かい?」
「そんな訳ないでしょ! トカゲなんて大嫌いよ。でも今回だけは、そのトカゲに頼みがあって来たのよ!」
「ありゃま、ハッキリと言う子だねぇ。LEONちゃんはもうすぐ冬眠するって言って、良い穴蔵が無いか田吾作と一緒に山さ行ってんだよ。夕方には帰るから、うちに上がって待ってなさい」
詩音はカスミの家に上がり、五勝手屋羊羹を食べながらLEONが帰るのを待った。
「お嬢ちゃんはLEONちゃんにどんな用事なの?」
「今の私には武器がありません。LEONが坂上さんの魔法武器の貫通槍を持ってるそうなので、それを譲って貰おうと思っています。あれはトカゲが持っていて良いものではありませんから」
「ありゃま! そんな事でわざわざ来たのかい。電話してくれたら宅急便で送ってやったのに。槍なら物置にあるから持ってきな」
「は? LEONに許可なく渡してもいいんですか?」
「許可? LEONちゃんは別にあの槍が無くても強いから大丈夫でしょ。そもそもLEONちゃんは来翔さんに憧れて、こっちに来たんだもん。来翔さんは魔法武器なんて使わないでしょ? LEONちゃんも本来なら、魔法武器なんて無くてもいいくらいの男になってもらわなくちゃね。そうしないと何時まで経ってもLEONちゃんは田吾作にすら勝てないの。今がLEONちゃんにとって大事な成長期なの。だから今のLEONちゃんには槍なんていらない。もしもLEONちゃんが槍を渡したくないなんてふざけた事を言い出したら、私がLEONちゃんを引っぱたいて性根を入れ替えてやるんだから!」
カスミが満面の笑みで言い切った。
詩音はカスミの案内で物置まで来て、貫通槍を手に取った。
その足で江差町の海岸線の岩場までやって来て、槍の性能を確かめるように岩へと貫いていく。岩が砕ける。また刺す。また砕ける。夕日が海を染めるまで、詩音は黙って槍を岩に叩きつけ続けた。
(私には魔法武器が必要なんだ。奴らと戦うには絶対に魔法武器が必要なんだ)
その様子を遠目でカスミが見つめていた。
がむしゃらに槍を振り続ける詩音は、強がっているのか泣いているのか、遠くからでは判別がつかなかった。夕暮れの海岸に槍の音だけが響いていた。
「あのお嬢ちゃんも守ってあげなさいよ、LEONちゃん」
「アリャマ……」
保護色とステルスで姿を消したLEONが、カスミの隣でポツリと答えていた。
ちなみに作中で詩音が食べていた「五勝手屋羊羹」ですが、北海道民にはかなり有名なお菓子です。
道民なら、
「丸い筒のやつ!」
で通じるレベルです。
そして最大の特徴は――
食べ方がちょっと独特。
普通の羊羹みたいに開けるのではなく、筒の底を押すと中から羊羹がニュッと出てきます。
初見の道外民はだいたい、
「なんだこの羊羹!?」
となります。
しかも切るための糸まで付いてます。
羊羹なのに装備品みたいな構造をしています。
さらに北海道民の一部スマホでは、
「ごかってや」
まで打つと予測変換に
「五勝手屋羊羹」
が出てきます。
道民のスマホ辞書にまで登録されている羊羹。
冷静に考えると意味がわかりません。
北海道には「白い恋人」「じゃがポックル」みたいな全国区のお菓子がありますが、五勝手屋羊羹はそれとは別ベクトルで、
「実家にある」
「婆ちゃん家にある」
「気づいたら食ってる」
タイプのお菓子です。
江差に行くと、
「ほれ、羊羹でも食べれ」
のテンションで自然に出てきます。
なお作者は、子供の頃に勢いよく押しすぎて羊羹を飛ばした経験があります。




