【第46話 プロの戦場】
詩音と桜井、そしてLKCのメンバー達はダラス将軍の前に連行されていた。
詩音と桜井とLKCはこれまでに幹部であるゾドンだけではなく、人間兵六百八十二人をも殺害してきた、トカゲ軍にとって最大の宿敵だった。連行中も人間兵から「殺せ」「なぶり殺しにしろ」という積年の恨み節が飛んでいた。
ダラス将軍が詩音と桜井を静かに睨みつけて、落ち着いた口調で口を開いた。
「ゾドンを討ち取ったことは、素直に認めてやろう。あれはこちらの油断だ。油断をつくのは立派な戦術だ」
まさかダラス将軍が宿敵を褒めるとは思っていなかった人間兵たちが動揺した。
「お前たちは人間兵も大勢殺したな?」
強気な詩音がダラス将軍を睨み返して答えた。
「当たり前よ! ワニごときにへいこら従ってる馬鹿共なんて、国家反逆罪でどの道この国では死刑なのよ!」
「ワッハッハー! 素晴らしい精神力だ! この状況でも、まだ威勢がいい。貴様が爬虫類なら、さぞ雄から求められたであろうな。それに比べて、そちらのA-Classハンターは怯えておる。これが当たり前の反応だ。詩音よ、貴様はあれか? いわゆる武士道とやらを未だに持ち続けている愚か者なのか?」
「武士道なんて古臭い考え方は知らないわよ! さあ、早く私を喰ったらどうなの! まさか、この私が泣いて命乞いをするとでも思ってるの?」
ダラス将軍は佐々木参謀へ静かに呟いた。
「佐々木参謀よ。本当にこの国の武士道とやらは、命を粗末に扱う馬鹿ばかりなのだな……。コイツらを丸腰で釈放せよ。ただし武器は返すな。拳銃もナイフも、自害できるような物は一切返すな」
佐々木参謀だけでなく、一般の人間兵も耳を疑った。
「今、なんと? 釈放と言いましたか?」
「あぁ、そうだ。武士道にしがみついているような奴らは、死ぬことよりも敗走する方が無様だと考えるのだろう? 日本人は太平洋戦争でも捕虜になるくらいなら自害したと歴史に記されておる。こんな威勢の良い戦士が泣きながら敗走する所を、皆で見てやろうではないか」
「なるほど! だから丸腰なのですね! 自害されては面白くない! わかりました。おい! コイツらを門の外まで丁重にお見送りしろ!」
ダラス将軍の真意をようやく理解した人間兵がニヤニヤしながら詩音と桜井とLKCのメンバーを門の外まで連行した。
桜井やLKCは困惑しながら歩いていた。武士道の塊のような詩音だけが歯を食いしばり、涙目で前を見て歩いていた。
「弓が無ければ、ただのメスだな」
「門を出てすぐに自害するなよ! 死体処理が面倒だからな!」
「田舎に帰って見合いでもして大人しく餌となる子供を育ててろ!」
あざけ笑いの声を背中に浴びながら、詩音と桜井とLKCのメンバーは敗走した。
その様子は即日YouTubeに投稿された。日本国民は黙ってスマホの画面を見つめていた。英雄が泣きながら歩いている。弓を持たない詩音が、ただ歩いている。テレビの前で、誰も言葉を発しなかった。もはやトカゲ軍に逆らえる者は、この国には誰もいなかった。
ダラス将軍は佐々木参謀に次の指示を与えた。
「我が軍の中に弓を使える者をピックアップせよ。あの二つの魔法武器を扱える人間兵を育てよ」
佐々木参謀は二人の少年に魔法武器を貸し与えた。高橋という十七歳の少年に貫通弓を。山田という十五歳の少年に連射弓を。
魔法武器を失った桜井はハンターを引退して名寄市へ帰ってしまった。
詩音だけは違った。魔法武器を失ってもハンターを辞めるつもりは微塵もなく、奥尻基地で一兵卒から出直して、毎日訓練の日々を送っていた。
◆
とっくの昔に江差に戻っていたLEONは、来翔不在のためカスミの自宅でお世話になっていた。
世の中の絶望など全く知らずに、二人は日々の生活を送っていた。
朝起きるとLEONはかもめ島で釣りをして、その日に食べる分の魚を自ら調達する。それをカスミにお刺身にしてもらって二人で食卓を囲み、夜は早めに寝る。健康的で幸せな毎日だった。LEONもほんの少しだけ日本語を理解し始めていて、簡単な会話なら出来るようになっていた。
「LEONちゃん! そろそろ上ノ国で鮭が釣れる季節だから、たまには上ノ国まで行ってごらん」
「アリャマ、鮭釣りの道具が無い……」
「ありゃま、そうかい。それなら近所の田吾作からおさがりを貰ってきてやるよ。ちょっと待ってな」
カスミはご近所の猟師、田吾作の自宅へ向かった。ところが田吾作の家の新聞受けに数日分の新聞がパンパンに詰まっていた。長らく帰っていない。もしや中で倒れているのかと思って勝手口から入ってみたが、中には誰もいなかった。
家に帰ってLEONに話した。
「ありゃま、田吾作が何日も留守だったよ。たぶん山に入ったんだろうね。冬眠前のクマがいたずらするから、クマをとりに行ったのかねぇ。それとも鹿かねぇ。近頃はこの辺もクマが増えてねぇ。まあ、また明日行ってみるさね」
翌朝、新聞受けは昨日のままだった。
「ありゃまぁ! おかしいねぇ。田吾作だけじゃなくワンコもいないから狩りに行ってるんだとは思うんだけど、何日も帰ってこないのはやっぱりおかしいねぇ」
「アリャマ! 私、山行って田吾作探す。田吾作の特徴は?」
「縦二連のライフルを持ってるよ。秋田犬も一緒だからすぐわかるさね。LEONちゃんはクマを見たことないだろ? 銃を持っていかないとダメだよ! 北海道のクマはおっかないんだからね」
こうしてLEONは江差町の笹山へと入っていった。田吾作が猟銃を持っているのでカメレオン姿のLEONを見て撃ってくることを恐れ、保護色とステルスを展開して姿を完全に消してから捜索を始めた。
山道を登っていくLEONは困り果てていた。
田吾作どころかクマの気配すらしない。生き物の気配が全くないのだ。唯一の生き物は小鳥くらいで、LEONは手掛かりを得られないまま、その日の捜索を終えてカスミの家に帰ってきた。
「ありゃま! LEONちゃんが手ぶらで帰ってくるなんて初めてじゃないかい? 漁師と猟師じゃ畑が違うから仕方ないよねぇ。それなら明日は私も山に入るから、おばあちゃんを担いで山に入れるかい?」
◆
翌朝。LEONはカスミを左肩に乗せて山道を登り始めた。するとすぐにカスミに怒られた。
「ありゃま! LEONちゃん! 登山道を登ったらダメだべさ! 登山道じゃなくて藪の中を進むのさ。ほら? あそこ! ボリボリがおがってる! あそこで下ろしてちょうだい」
LEONがカスミを肩から降ろすと、カスミはボリボリというキノコを採り始めた。
「ほらね? 道から外れた所じゃないと食べ物が無いのさ。食べ物のない登山道にはクマも来ないんだよ。このボリボリを探しながら、どんぐりの木も探しながら進むとクマか田吾作に行き合うんだよ」
LEONはカスミを肩に担いで藪の中を歩き始めた。時折ボリボリを見つけては止まり、カスミが採りながら進んでいく。昨日は生き物の気配すらしなかった山が、登山道を少し外れただけで今日は何度もエゾリスと目が合った。LEONはご自慢の舌でエゾリスを絡め取って一口で食べながら、カスミはボリボリを採りながら、二人は山奥へと進んでいった。
やがてカスミが足を止めた。
「ありゃま! LEONちゃん! ここのボリボリを誰かが採った跡があるよ! たぶん田吾作が採ったんだよ。この辺りに田吾作かクマがいるんだ。LEONちゃんは姿を消しな」
LEONは保護色にステルスを重ねて完全に姿を消した。カスミはLEONの肩に乗ったままなので、傍から見るとカスミが宙に浮いているように見える。
そのとき、遠くで秋田犬の鳴き声がした。
「ありゃま! 今のはワンコの声だね! あっちだよ! LEONちゃん!」
LEONが声のした方へ走り出すと、こちらの気配に気づいたのか、シッポを振りながら犬が駆け寄ってきた。
「ありゃま! ポチ! 田吾作は何処さ行った?」
ポチはシッポを振って、宙に浮いているカスミを田吾作の方へと誘導し始めた。ワンワンと吠えながら田吾作に何かを伝えるように鳴いた瞬間、どこからともなく田吾作が現れた。LEONは意表を突かれて、透明のまま身構えた。
「やんや! カスミでねーの! びっくりするべや! その透明の怪しい奴はなんなのよ!」
「ありゃま! こんなに透明なのに田吾作にはLEONちゃんのことがわかるのかい」
「そりゃそうだべや! カスミが宙に浮いてんだど? どう見てもおかしいべや! それに足跡がハッキリと残ってるべ! クマぐらいでかい足跡だぞ!」
LEONは保護色を解いて姿を現した。
「ほれみろ! 姿を消しても足跡がそのまんまだと意味ねーぞ、坊主!」
「アリャマ……」
LEONはその言葉をすぐに理解した。山というのは猟師の戦場だった。透明になれば見えないという理屈は、ここでは通用しない。足跡が残る。体重が雪や土に刻まれる。体温が空気を揺らす。匂いが残る。姿を消すだけでは、プロの目は欺けなかった。
「んで、こんな所まで何しに来た?」
「LEONちゃんが鮭釣りの道具を持ってないから、田吾作のおさがりでも貰おうと思ったんだよ。あんた、余ってる竿とかあんだろ?」
「やんや、そったら事でここまで来たってか! 馬鹿でねーか? わかった! クマ撃ったら鮭釣りの道具をくれてやる。たぶん今日明日中には撃つからよ」
「そうかい。それなら私とLEONちゃんは家で待ってるよ。行くよ、LEONちゃん」
カスミを担いだLEONは田吾作に軽く会釈してから山を下り始めた。
「アリャマ、田吾作、お爺さん、心配だ……」
「なんも! 田吾作なら大丈夫だ! 猟師なんだからね!」
「猟師と漁師は違う?」
「そうさ。海で死ぬ漁師がいないように、山で死ぬ猟師なんていやしないのさ。それがプロの世界なの。仕事場で死ぬやつはプロじゃなかったってことなのさ。ほれ! LEONちゃん! そこにもボリボリがあるよ!」
LEONは立ち止まってカスミをボリボリの前で下ろした。
詩音が泣きながら歩いている映像が日本中に流れているその同じ日に、異世界の賞金稼ぎと江差町の老婆は秋の真っ赤な山の中をボリボリを採りながら、ゆっくりと下山していった。
ちなみにLEONは、ワタルから釣竿・リール・ルアー・ワームまでは貰っています。 つまり本州の人間なら「もう釣れるじゃん!」と思う状態です。
ところが北海道の鮭釣りは違います。
北海道民は鮭釣りになると、突然よくわからない独自進化を始めます。
その代表格が―― 『浮きルアー』です。
道民以外からすると、 「浮き?」 「ルアー?」 「どっちなんだよ」 となる謎の仕掛けです。
ざっくり言うと、
・巨大なウキ ・タコベーみたいなヒラヒラ ・派手なルアー ・やたら長い仕掛け
を合体させた、 「それ本当に魚釣りの道具か?」 みたいな兵器です。
しかも北海道の鮭釣り場へ行くと、皆がこれを当然のように投げています。
本州から来た人は大体、 「なにこれ!?」 「祭り?」 「漁?」 「戦争?」 となります。
LEONは海のハンターなので、 「魚を捕る」 という概念は理解しています。
でも北海道の鮭釣りは、 『道具のクセが強すぎる』のです。
カスミおばあちゃんが 「鮭釣りの道具が無いとダメだべさ」 と言ったのは、 「北海道式の鮭装備を持ってない」 という意味でした。
あと、ボリボリは北海道のキノコです。
正式名称はナラタケ。
でも道民は普通にボリボリと呼びます。
理由は、 「噛むとボリボリするから」 です。
北海道はわりとこういう雑なネーミングで生きています。




