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【第45話 ガマの油】

 巨大化したネーラは上機嫌で空を飛び回っていた。


「デッカくても飛べるよ! 見て見て! 来翔!」


「遊んでないで早く試してくれよ」


「うん! わかった! やってみるー! みんな! 行っくよ〜! 『並航!』」


 巨大化したネーラが空の大陸に向けて並航を唱えた。すると、少しずつ空の大陸がネーラの後を追いかけて動き出した。


「やったー! 出来た! ねえねえ来翔! もっと速く飛んでも良い?」


「ダメだ! いきなり加速すると皆落ちる。フェアリーは飛べるから良いけど、僕とリスタオールはそのまま落下して死んじゃうよ」


 女王クノンの『浮上』スキルは、物体を浮かせることしかできない。浮かすだけで移動はできない。それならば宙に浮いていれば紙飛行機でも自由に飛ばせるネーラの並航を試してみようと、エリーの巨大化でネーラを大きくして実験してみたのだ。結果は大成功。巨大化したネーラならば空の大陸を動かせることが立証された。フェアリー達が大喜びで歓声を上げた。


「まあ、スピードは出ないけど歩くよりはマシか。ネーラ、無理しないで疲れたら休んで良いからね。さあ、西へ向かって進んで良いよ」


「OK! 出発!」


 ネーラが並航で空の大地ごと西へ進み出すと、先頭では目の良いレフトが飛んで道を誘導していた。


「ピヨピヨ!」


「ありがとう、レフト! 進路はレフトに任せるよ! 行こう、レフト! ゴーゴーウエスト!」


 大地が動き出したところで、恥ずかしがり屋のメモルがいつものように大地ごと隠蔽して消してしまった。地面に映っていた大地の影が消えたことで来翔が気づいてメモルに声をかけた。


「お? メモルが消したのかい?」


「だって……空の大地が動いてるのを見られたら恥ずかしいんだもん……」


「いや、消してくれた方が助かるよ、メモル。こんな空の大地を人間が見たら、驚いて攻撃してくるかもしれないからね。メモルの能力は本当に凄い能力だよ」


 メモルは顔を真っ赤にして俯いた。


 やがてネーラが疲れたと言って寝てしまったので、今日の移動はおよそ五十キロほど進んだところで止まった。



 ◆



 来翔とリスタオールは妖精の国の食べ物を食べるわけにいかないので、レフトを巨大化させて下界へ降り、一番近い宿場町まで買い出しにやって来た。


「リスタオールさん、このペースならエルフの里まで二十日くらいかかりそうなので、多めに買い出ししましょうか。僕はワタルさんに手紙も出したいので、電報屋さんに行ってきます。適当に買い物をお願いします」


 来翔はリスタオールに財布を渡して、電報屋へ向かった。


「すいません、首都の勇者の屋敷まで電報をお願いしたいのですが」


 受付嬢がカウンターで来翔の伝言を書き留める。


「また、エルフの里まで行くことになりました。帰りは遅くなります」と受付嬢が復唱して確認した。


「はい、それで大丈夫です。首都にはいつ頃届きますか?」


「料金次第で変わります。直送便でしたら三日で六千Q。定期便でしたら一週間で八百Qです」


「定期便で結構です」


 八百Qを支払って市場へ向かおうと歩き出したとき、異世界には似つかわしくない純和風の侍姿の初老の男が市場の一角に立って大声で客引きをしていた。



「さあさあ、お立ち会い! 御用とお急ぎでなければゆっくりと聞いておいで!


 遠目山半分、近く寄って看れば、我が作の妙技がわかる。隠したって現れたって、天下に隠れなき天狗山の名物、ガマの油!


 油と名のつくものは数々あれど、ガマの油の効能は、これより他に類はなし!」



 辺りを歩いていた人々が足を止めた。男はドヤ顔で籠から生きたガマガエルを取り出して見せつける。


「さて、この油の出どころだが、これなる籠を開くれば、お立ち会い! 正真正銘、筑波山に生息する四六のガマだ。前足の指が四本、後ろ足の指が六本、合わせて四六のガマ。


 このガマをば、四方に鏡を張った箱の中に入れる。するとガマは鏡に映った己の醜い姿に驚き、『これはいかに、我が姿のあさましさよ』と、恐怖のあまりタラリ、タラリと脂汗を流す。その汗を柳の小枝で三日三晩、じっくりと煮詰めて練り上げたのが、このガマの油だ!」



 そこから日本刀を取り出して、紙を細かく切り刻んで息で吹き飛ばした。



「この油の効能、ただのまやかしと思うなかれ。ここに取り出したるは一枚の紙。これなる名刀にて切ってみせよう。一枚が二枚、二枚が四枚……これほど切れる名刀だ。この刃を、我が左の腕に……ピッと当てれば、ほらご覧の通り、赤い血がタラリ、タラリと流れ出る。そこへこのガマの油をば、指先にほんの少々チョンと付け、傷口にサッと塗る。するとどうだ、お立ち会い! 痛みが去って血が止まる。あとに傷跡が残らねえ!!」



 見物客から「おお〜っ」という声が上がったが、結局ガマの油を買う者は誰もなく、人々は散り散りに去っていった。


 来翔だけが拍手喝采を送っていた。


「おや? 客人、ガマの油を買っていくかい?」


「ガマの油売りなんて初めて見ましたよ! 僕の故郷にも二百年くらい前にはたくさんいたそうなんですけどね。今ではガマ油は無くなったんですよ」


 そう言いながら来翔は一万Q札を手渡してガマの油を二つ買った。するとそこへ、リスタオールが来翔のもとへやって来て不機嫌そうに声をかけた。


「まあ、来翔さん! 私という専属のヒーラーがいますのに傷薬を買ってしまうなんて、私の商売があがったりですわよ?」


「ハハハ、こういうのは御祝儀と言って、何も買わないのは無粋ってかっこ悪いことなんですよ」


 それを聞いたガマの油売りが途端に満面の笑みになった。


「客人! わかってるねぇ〜! 今どき珍しい粋な客人だ! 良し、気に入った! そんな客人には、ほら、これも売っちゃうよ!」


 男が箱ごとガマの油を出してきた。


「粋な客人には一箱三十万Qのところ、泣くに泣いて二十八万Qだ! 持ってけ泥棒ー!」


「良し! 買った!」


 来翔は財布から三十万Qを支払った。


「釣りはいらないよ!」


「毎度あり!」


 そんな中年男性の意味不明なやり取りを眺めてリスタオールが呆れていた。


「傷薬を大人買いする人を初めて見ましたわ……」


「ところで粋な客人! オイラと同郷か何かかい? 客人とは同じ感性を感じるぜ?」


「僕は日本という国から来たんですよ。油売り屋さんはどちらの国の方?」


「オイラは東の果ての須佐ノ国という小さな島国から、はるばるこのガマガエルと旅しております雨森(あまもり)と申す、ケチな男で御座います!」


「へぇ〜。須佐ノ国ですか……なんか親近感がありますね。でも東の果てとなると今は逆方向か。行ってみたかったなぁ」


「おや? 客人も西へ向かいなさるんで? 奇遇ですなぁ。オイラも東の果てから西の果てまで遠路はるばる旅してここまでやって来たんでさぁ。客人はいったいどちらまで?」


「僕たちはこのリスタオールさんの故郷のエルフの国まで向かってます」


「なるほど、なるほど。旅は道連れとも申します。この先からはオイラもご一行の末席に混ぜて頂けませんかね?護衛の費用も三等分。さあ、次の街まで参りましょう!参りましょう!」


「雨森さんも一緒に? 構いませんが、うちは護衛を雇っていないんですよ。それでも良ければ次の街まで乗せていきますよ?」


「なんと! 護衛無しで旅をなさってるんで? それは、腕前に自信がおありと思ってよろしいんで?」


「説明するよりは見てもらった方が早いので、街の外れまで一緒に来てください」


 雨森の屋台を撤収してから三人で街外れまで歩いていくと、完全不可視化した空の大地から巨大化したレフトがバッサバッサと舞い降りてきて来翔と雨森の頭を鷲掴みにして空の大地まで飛んでいった。


 巨大化したレフトを見た瞬間、雨森は逃げようとした。しかしレフトにあっさりと捕まって頭を鷲掴みにされ、爪が顔にくい込んで痛くて叫んでいる。来翔も叫んでいた。


「痛い!痛い!痛い!」「痛いですぜーーー!!」


 続けてリスタオールも鷲掴みにされて「リジェネレーション!!」と唱えながら空の大地へと運ばれていった。


 空の大地に下ろされた雨森にはフェアリーの姿は見えなかった。ところが、雨森の頭の上に乗っているガマガエルのデメタには見えているようで、「ゲコゲコゲコ!」と鳴いてフェアリーが目の前にいると必死に呼びかけていた。


「なんと! デメタにはフェアリーが見えていると言ってますぜ! 見えていないのはオイラだけですかい!」


「雨森さんには魔法の才能が無いんですね。でも、見えなくても安心してください。フェアリー達はいたずらしたりしませんから。それにフェアリー達は雨森さんよりも頭の上のデメタの方に興味があるみたいで、さっきからデメタにしか話しかけていませんよ」


 雨森には見えていないが、フェアリーとデメタはすでに仲良くなっていた。


 雨森は何度も目を擦ってフェアリーを見ようと頑張っていたが、どうやっても見えなくて最終的にガッカリして諦めていた。


 空の大地は新たな旅仲間を乗せて、西を目指して進んでいく。



 ◆



 一方、日本では国民が絶望していた。


 オーストラリアを席巻しているクロコダイル兵、約五百人が福島県入りを果たした。オーストラリアから福島県まで、誰一人欠けることなく泳ぎ切ってきた。


 その事実だけで、日本国民は言葉を失った。太平洋を泳いで渡ってくる兵士など、人類の想像の外にある。核攻撃にも耐えたトカゲ人類とは違う、人間サイズで賢く、速く、狡猾なクロコダイル兵という新たな脅威に、政府もマスコミも為す術がなかった。


 そんな中で孤軍奮闘していたのは詩音と桜井、そしてLizard Killer's Companyだった。


 ある日、仙台港を侵略しようとしていたクロコダイル兵十人と人間兵五十人が福島県から進軍してくるという情報を掴んだ詩音と桜井とLKCが、国道四号線で待ち構えた。


 桜井の分裂する矢の豪雨が解き放たれ、人間兵五十人はあっという間に絶命した。しかしクロコダイル兵には致命傷を与えられなかった。詩音が貫通弓で一体ずつ仕留めていく。LKCも懸命にバックアップした。


 クロコダイル兵はこれまでのトカゲ戦士とは全く違った。的が小さい。そして速い。機敏に動き回り、知能が高く、絶対に物陰から堂々と出てこない。これまでのトカゲ戦士なら堂々と現れてくれたが、クロコダイル兵はそうではなかった。


 長期戦を覚悟したその瞬間、装甲車が現れた。


 八台。クロコダイル兵を乗せた装甲車がぐるりと詩音と桜井とLKCのメンバーを取り囲んだ。


 人間兵の囮作戦だったのだ。最初から詩音と桜井を標的に定めた、陽動だった。


 ゾドンを討ち取った憎き二人を、クロコダイル兵は見事に捕らえた。詩音も桜井もLKCの全員も、なす術なく拘束された。


 国道四号線にクロコダイル兵の大歓声が響き渡った。


 日本国民がテレビの前で黙り込んでいた。英雄が捕まった。もう誰が守ってくれるのか、誰もわからなかった。



  







ちなみに作中に出てきたガマの油売り、あれは完全な創作……ではありません。

昔の日本には本当にいた、路上パフォーマー兼うさんくさい薬売りです。

筑波山名物とされる「四六のガマ(前足4本・後ろ足6本……もちろんそんなカエルはいません)」を見せながら、

「鏡に映った自分の醜さにビックリして脂汗をかく! それを煮詰めたのが、この万能薬!」

……という、今聞いてもなかなか無茶な理屈を大真面目に語っていました。

しかも刀で腕を切って 「ほら治った!」 までがワンセット。

だいたい現代で言うなら、

通販番組・マジックショー・大道芸・インチキ健康食品CM

を全部混ぜたような存在です。

ちなみに本当に効いたかどうかは謎ですが、 口上セールストークがあまりに見事すぎて、

「薬より話術のほうが効いてたのでは?」

と言われています。

つまり雨森(あまもり)さんは、異世界の元気に営業を続ける、二百年前のスーパー実演販売員なのです。


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