【第44話 わたれ!】
サイモンが生きていると聞いてしまったリスタオールは、ネーラに真剣な顔で尋ねた。
「ネーラさん! 本当にサイモン様がエルフの里で暮らしていらっしゃるのですか? いったいどちらに? 私は数百年もあの里で暮らしていましたが、一度もサイモン様にお会いしたことがありませんわよ」
「お爺さんは世界樹のてっぺんに住んでるんだけど、もう歳だから自分では降りられないんだって。だから、私とレフトで毎朝、新聞を届けてたんだよ。最初はてっぺんまで行くだけでも大変だったんだけど、お爺さんから胡麻をもらって私もレフトもレベルアップしたから、今ではてっぺんまで簡単に行けるようになったの!」
「そんな……。信じられません……でも、ネーラさんとレフトさんが急激にレベルアップしたのは事実……。サイモン様は世界樹の上で生きていらっしゃるのですね!」
「うん! めっちゃ元気! 元気だけど、ほんの少しだけ寂しいみたい。私とレフトが毎日来るのを楽しみにしてたもん。ね? レフト!」
「ピヨ!」
サイモンが今も世界樹のてっぺんで孤独な生活を営んでいると知った女王クノンが、思いついたように口を開いた。
「サイモンさんが世界樹から降りられなくなったんなら、皆でお迎えに行こうよ! 来翔さん! お金ある? 皆の旅費を出してほしいの!」
女王とネーラとレフトが目をキラキラさせて来翔を見た。ふと気がつくと、三人だけではなく、フェアリー全員が目をキラキラさせてこちらを見つめていた。
「まさか全員で行くのかい?」
「だって皆も暇なんだもん! ほら、皆もめっちゃ行きたがってるよ?」
「まあ、フェアリーが何人いても馬車は一台で済むだろうし、御者にはフェアリーが見えるわけでもないから、旅費というより食事代くらいだよね。それなら別にいいけどさ」
「本当に人が良すぎますわね、来翔さんは……」
来翔はギルドの酒場で稼いだ給料を全て失う覚悟を決めた。
来翔の気苦労など露知らず、フェアリー達はニコニコ笑顔で荷造りを始めていた。
◆
その頃、首都ではワタルとシス総督がお互いの世界の情勢について話を詰めていた。
「俺が知っているのは、ワニ族の男とコモドドラゴン族の男が俺の国で人を喰いまくっているということです。トカゲの親玉はダラスと、寝返ったカメレオン族の男から聞きました。そのトカゲ達が来るまでは、ゾーン団というのが百三十人まで人数を増やして、ひとつの街を占拠して新たな国を立ち上げようとしていたところで、忽然と姿を消しました。ゾーン団の行方は完全に途絶えました。俺のいた世界では、人一人が完全に消息を絶つことなんて不可能に近い。それなのにゾーン団は百三十人もの人数でそれをやってのけました」
「やはりそうか。ゾーン団はこちらでは幹部全員が百億Qの賞金首だ。そんな奴らがコナ国から忽然と消えた。ゾーン団が消えたことでコナ国にトカゲ王国が占領して、あっという間にコナ国の国民を喰ってしまった。もっとも、その後すぐにダラス将軍がそちら側へ行ってしまったから、私の息子がトカゲ王国からコナ国を解放したのだが……今は別の問題が起きている。トカゲ人類は元々、この大陸ではなく南の小さな島で暮らしていた。コナ国へ民族移動したお陰でその南の島が空になった。今、その南の島の採掘権を巡って争いが起こりかけているのだ」
「採掘権? そこには何があるのですか?」
「ミスリル鉱山だ。トカゲ人類は武器や防具を身につけないから、ミスリル鉱山にも興味を示さなかったようでな。ほぼ手付かずの鉱山を巡って、今や世界は戦争になりかけている。我が帝国は早々に権利を放棄したのだが、同盟国のほとんどが権利を求めて日夜牽制し合っておる」
「すいません、俺の世界にはミスリルという物が無いのですが、それほど貴重なのでしょうか? 黄金よりも貴重なのですか?」
「単純な金銭的価値で言えば黄金もミスリルもそこまで大差はない。ほんの少しミスリルの方が高いくらいだろう。ただ、ミスリルは加工後に価値が跳ね上がるのだ。ミスリルの武器や防具は、来翔の作った重箱に匹敵するほどの価値に化ける可能性がある。ワタルが持っている魔法剣も、そんな破格な価値を持つミスリル製の武器なのだぞ」
「え? 俺の剣もミスリルだったのですか!?」
「その通りだ。魔法剣や魔法防具はミスリルから作られる。おそらくワタルの魔法剣であれば二億Qの価値はあるのではないか」
ワタルは背中のバスターソードにそれだけの価値があることを、今ようやく知った。
「どうりで斬れ味が良いわけだ……。シスさん、実は俺には魔素が無いそうで、この魔法剣も本来の性能を使いこなせていないと教えられました。それで、一つ聞かせてください。そのミスリル鉱山を手に入れようとしている国の中に、ゾーン団のような危ない奴らはいますか?」
「なぜそれを気にする?」
「俺の世界にも、そんな最終兵器のような物があって……。それを持っている国が世界の支配権を持つようなものなんです。あるA国が最終兵器を持つと、敵国のBも同じ兵器を欲しがる。そうなると近隣国も欲しがって、世界中で最終兵器を作ってしまった。しかもその最終兵器は、世界を一撃で終わらせるほどの代物です。今では各国がそれを持っています。俺の国はその最終兵器を実際に使われた、世界で唯一の国です……。来翔さんの故郷は八十年前に、その最終兵器を使われたんです」
総督はしばらく考え込んだ。それからゆっくりと口を開いた。
「我が帝国は巻き込まれないようにと早々に権利を放棄した。だが、権利を獲得した相手次第では、結果的に巻き込まれる可能性もあるということか……。本当に厄介な置き土産を残してくれたものだな、トカゲ人類は……。それで、ワタルの国は最終兵器を喰らってどうしたのだ? やはり最終兵器を持って他国と肩を並べたのか?」
「いいえ。俺の国は逆に最終兵器を持たないという選択をしました。戦争を放棄することを宣言して、軍隊すら持っていません。今のところ八十年間は戦争が起きていませんが、同盟国が最終兵器を世界一持っている国なので、持っていないと言ってはいても、ほぼ持っていると言って良いかも知れません……」
「軍隊も持たない国にゾーン団やダラス将軍が攻め入ったとは、皮肉なものだな……。そんな国だからこそ、勇者が生まれたのかも知れんが」
ワタルは少し間を置いてから総督に向き直った。
「シスさん、俺、その南の島へ行ってみても良いですか? ゾーン団みたいな危ない奴らが鉱山の権利を獲得したら、また俺の国にも影響が出るかも知れない。それに俺はこの世界ではどの国にも所属していない流れ者です。帝国に迷惑をかけることもない。俺はこの目で、そのミスリル鉱山の行く末を見届けたい」
総督は少し驚いた顔をした。
「もしも、良からぬ奴らが鉱山を手に入れそうになったら、勇者はどうするつもりだ?」
「俺のフェアリーは『決断』というバフを使えます。もしも俺の故郷を脅かすような奴らが鉱山の権利を得ようとしたら、迷うことなく俺がこの魔法剣で鉱山を壊滅状態にします。きっと、俺にそうするために、天が『決断』を使えるフェアリーと巡り合わせてくれたんだと思います」
「そうか……。世界の運命を勇者に委ねるのも、また一興かも知れんな」
総督は静かにため息をついた。
こうして、ワタルは来翔がフェアリーの国から戻り次第、南の島へ向かうことを決めた。チックルに決断のバフを使ってもらうまでもなかった。
◆
そんなワタルの覚悟のことなど露知らず、フェアリーの国では荷造りの手を一旦止めたフェアリー達が笑い転げていた。
何を見て笑っているのかと言うと、身長五メートルになったネーラだった。エリーの『巨大化+20倍』を付与された巨大なネーラもまた、その大きな身体で一緒になって笑い転げている。
「アハハ! トカゲ人類よりも大きくなった!」
来翔とリスタオールは巨大なネーラを唖然として見上げることしか出来なかった。




