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【第43話 妖精の国】

 気がつくと、どこまでも続く草原だった。


 地平線が遥か彼方まで広がっている。先に吸い込まれていたネーラとレフトは、そこに自生しているハコベをムシャムシャと啄んでいた。


「ほらね? 美味しいでしょ?」


「ピーヨ! ピーヨ!」


 レフトが夢中でハコベを食べている。ネーラも茎の部分をモシャモシャと食べていた。


「ネーラ、ここがフェアリーの国なのかい?」


「ここはまだ違うよ。ただの原っぱ。でも、すぐそこに私の国があるよ」


 すぐそこと言う割には、どこを見ても地平線しか見えなかった。


「すぐそこって言うけど、周りには何もないじゃないか。また、どこかに吸い込まれたりするのかい?」


「シュルルルルーはもう無いよ。ちょっと待ってよね。今はレフトがハコベを食べてるでしょ」


「ピヨピヨ!」


 レフトがあまりにも夢中でハコベを食べているので、来翔もリスタオールも呆れながら待っていた。やがて満腹になったレフトがネーラと共に来翔の肩へ止まった。


「そろそろ行く?」


「うん」


「それじゃ、ここで待ってよ! 行こう、レフト!」


「ピヨ!」


 ネーラとレフトはどこかへ飛んでいった。来翔とリスタオールは首をかしげながら、その場で黙って待っていた。


 しばらくすると、空からネーラの声とレフトの声が聞こえてきた。


「おーい!来たよー!」


「ピピピーポピヨ!」


 来翔とリスタオールが上を見上げた瞬間、突然、巨大な大地が空に浮かんでいた。


「え? こんなでかい大地がいつの間に!?」


 リスタオールが辺りの魔素を感じ取って答えた。


「来翔さん! これは隠蔽魔法です! 透明化の上位互換ですわ!」


「隠蔽魔法!? 透明だけじゃなくて気配も消えるということですか?」


「まさにそれです! この私でも今の今まで魔素すら感じませんでした!」


 動揺している二人に向かって、空の大地からネーラが叫んだ。


「早く来てよー! 長い時間、姿を見せたくないんだってさ!」


「いや、僕たちは飛べないから無理だよ!」


「あ、そっか! それじゃもう少し待ってて!」


 ネーラがまたどこかへ飛んでいった。しばらくすると空の大地から声が降ってきた。


「今からレフトが迎えに行くからねー!」


 その声が草原に響き渡ったかと思うと、空の大地からとてつもなく巨大な飛行物体がバッサバッサと舞い降りてきた。


「うわっ!」


「きゃあぁぁぁ!」


 来翔とリスタオールが叫ぶ中、空の大地からネーラの笑い声が降ってきた。


「キャハハ! 来翔もリスタオールも大丈夫だよ! 大きいけど、その子はレフトだよ! ね? レフト!」


「ビョウビョウビ!!!」


 巨大化したレフトが来翔とリスタオールの頭をそれぞれ鷲掴みにして、空の大地へと舞い上がった。


「痛い! 痛いよ、レフト! 爪が痛い!」


 リスタオールは爪の痛さに自ら回復魔法を唱えていた。


「痛いですわ! 首がもげそうですわー! リジェネレーション!!」


 巨大化したレフトは軽々と二人の頭を鷲掴みにしたまま、空の大地へと運んでいく。



 ◆



 空の大地へ舞い降りると、目の前には一面に広がる花畑と、どこから湧いているのかわからない清らかな湧水と清流があった。花にはミツバチがせっせと蜜を集めていて、可愛らしい妖精たちが巨大な来翔とリスタオールを見上げてくすくすと笑っていた。


「ここがフェアリーの国か……。ネーラ! レフトがデカくなったぞ? あれは大丈夫なのかい?」


「うん、大丈夫! エリーに『巨大化+20倍』のバフをかけてもらったの! もういいよ、エリー!」


 ネーラがエリーというフェアリーに声をかけると、エリーがパッとバフを解いた。レフトがたちまち元の大きさに戻る。巨大化が余程楽しかったのか、レフトは大喜びでエリーに懐いていた。くるくると飛び回りながらエリーの周りを離れない。エリーも嬉しそうにレフトの頭を撫でていた。


 それを眺めていたリスタオールが来翔に説明した。


「来翔さんはネーラさんしかご存知ないから無理もありませんが、本来のフェアリーというのは、あのような強力な付与魔法が使えますのよ? ネーラさんは微妙なスキルしか持っていなかったから、屋台で売られていたのですわ。本物の付与魔法というのは今のように戦況をひっくり返すほどの強力なものが多いのです。あの空の大地に隠蔽魔法を施していた子も、きっとこの中にいますわ」


 それを聞いていたネーラが答えた。


「そうそう! あそこにいるピンクの子が『隠蔽率200%』を持ってるの! でも、あの子は恥ずかしがり屋さんだから、いつもこの空の大地ごと消しちゃうんだってさ。今も来翔が来たから恥ずかしいって逃げちゃったよ」


 ピンクの子を探して辺りを見回したが、もちろんどこにもいなかった。


「ネーラ、もしかして、この大地自体もこの中の誰かが浮かせているんじゃないのかい?」


「さっすが来翔! そうだよ。この大地を浮かせているのはフェアリー女王なの。なんで浮かせてるのかは知らない。そういえば聞いたこと無かったよ」


 来翔は改めてフェアリーという存在に対して考えを改めた。


(屋台で売られているフェアリーは……いわゆるハズレのフェアリーだったのか……)


 無邪気に笑っているネーラにそんな残酷なことが言えるはずもなく、来翔はそっと心の中にしまい込んだ。



 ◆



 そんなネーラにリスタオールが尋ねた。


「ネーラさん、その女王様には会わせていただけませんか?」


「え? リスタオールは女王に用でもあるの?」


「用件というか……昔はエルフとフェアリーは仲が良かったはずなんですのよ。でも、二千年ほど前からフェアリーはどこかへ消えてしまったんですの。その理由をお聴きしたいのですわ」


「え? そうなの? 昔はエルフと仲良しだったの?」


「はい。元々、世界樹にフェアリー達が家を作り暮らしていたと聞いています。エルフは攻撃魔法が不得意ですの。そこをフェアリーのバフで補って、争い事でもそれなりに戦えていたそうなのですが、ある日を境にフェアリーが世界樹から消えたんですの。それ以来、エルフは争い事には参加しなくなりましたのよ」


「そうなんだ。わかった! 女王様に聞いてくるよ! 行こう、レフト!」


「ピヨ!」


 ネーラとレフトは空の大地の中央部分にある、郵便受けのような小さな館へと飛んでいった。



 ◆



 しばらくすると、ネーラとレフトに連れられてフェアリーの国の女王クノンが現れた。


 女王と言う割には、ネーラと変わらないくらいの可愛らしい妖精だった。威厳は皆無だった。


「連れてきたよー! 女王様! この人が来翔! そしてこのエルフがリスタオール! リスタオールが聞きたいことがあるんだってさ」


「ネーラが連れてきた人! 聞きたいことってなあに?」


「女王様、私はエルフのリスタオールと申します。率直にお聞きしますわ。何故、フェアリーは世界樹から出て行かれたのでしょうか?」


「えっと……確か〜、二千年前……二千年前……あの頃、私、何してたっけ? 忘れちゃった! エヘヘ。ごめんね……」


 そこへネーラも大きく頷いた。


「そうだよね! 二千年前のことなんて覚えてられないよね! 女王様、そんなことよりもレフトが下のハコベをすごく気に入ったから、Amazonでも売ってほしいんだってさ!」


「Amazon? 何それ! ウチのハコベでも売れるの?」


「うん! レフトは絶対に売れるってさ! 来翔! 女王様にAmazonでのハコベの売り方を教えてあげてよ!」


 話がだいぶ脱線してしまったので、来翔がリスタオールの代わりに話を戻した。


「ネーラ、Amazonのことよりも先にリスタオールが質問しただろ? 二千年前のことを覚えている人は誰かいないのかい? 女王様も誰かご存知ですか?」


「う〜ん……誰かいたっけ? ネーラは誰か知らない?」


「私はたぶん、二千年前にはまだ産まれてないと思うなぁ」


「あ! もしかしたら、サイモンさんが生きていれば何か知ってるかも……」


 女王の口から思いがけない名前が出てきた。ネーラとレフトが同時に騒ぎ出した。


「ピヨピヨ!」


「うん! そうだよ! レフト! サイモンさんってあのお爺さんのことだよね! 女王様! そのサイモンさん、エルフの里でまだ生きてたよ!」


「そうなの? それなら、サイモンさんへ聞くのが一番いいね! リスタオールはエルフなんだから、最初からサイモンさんに聞けば良かったんじゃないの? 変なエルフ!」


「そうだよ! せっかく私とレフトが毎日会いに行ってたのに、その時に聞けば良かったんだよ!」


「ピヨピヨヨ!」


 それを聞いたリスタオールの顔が真っ青になった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! サイモンって……世界樹を植えたというサイモン様ですか?」


「あのお爺さんが世界樹を植えたんだ。知らなかったよ。でも、てっぺんでも、いろんな野菜を作ってたよ。もう三千歳だから歳で下まで降りられなくなったんだってさ! キャハハ!」


 ネーラとレフトが転げ回って笑い出した。女王クノンまでもが一緒になって笑い転げている。三人並んで笑い転げている様子は、やはりどこをどう見ても可愛らしい妖精が三人いるだけだった。


 伝説のエルフがまだ生きていると知ったリスタオールだけは、とてもじゃないが笑えなかった。


 サイモンのことにもエルフとフェアリーの関係にも一切興味のない来翔は、笑い転げる三人の妖精を眺めながらひたすら江差の自宅のことを思い浮かべていた。


(早く帰りたい……)



   



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