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【第42話 ため息】

 コモドドラゴン族の戦士ゾドンの死は、マスコミが連日ワイドショーで繰り返し流していた。詩音と桜井は連日、マスコミに追われて国民的アイドルと化していた。


 もちろん、そのワイドショーをダラス将軍も見ていた。


 深いため息のあと、参謀である佐々木から各方面の報告を聞いた。


「将軍様、ゾドン様を討ったのは詩音と桜井というA-Classハンターです。我々、人間兵が避難民のフリをして奴らを攫って来ましょうか?」


「……ふぅ」


 ダラス将軍はまず深いため息をついた。


「そんなつまらん真似はよせ。詩音と桜井というハンターは人間兵といえど討つ覚悟がある。黒汚染隊の人間兵も皆殺しにされているだろう。どうも日本人というのは死に急ぐ傾向があるのだな。武士道とか言ったか? 人間は我々よりも肉体的には弱い。だが精神的には話が別だ。我らでも簡単に屠ることのできるA-Classハンターを舐めてかかるな。あの二人においては、人間だから撃たれないなどという甘えは通用せん。それに、今やあの二人でも我が軍に勝てる道理は無くなる。もう燃料棒など要らぬ。ようやく軍隊として我が軍の真価を発揮する時が来たのだからな」


「は!まさにその通りです!将軍様!南のガラン様の功績は素晴らしい!これも全ては将軍様の緻密な策略の賜物でございます!」


「……そのゴマすりも日本人の悪いところだぞ?佐々木参謀」


「将軍様こそ日本人よりも日本人らしいお言葉をお話しになりますな!」


 ダラス将軍は何も答えず、また深いため息をついた。



 ◆



 レベルアップや新スキルを数多く獲得したトカゲ戦士の中には、既に日本語を完全に使いこなす者も現れていた。ダラス将軍もまた勤勉家で、誰よりも早く日本語をマスターしていた。日本語だけではなく日本史も世界史も誰よりも学んでいたダラス将軍は、核攻撃を受けたあの直後から既に手を打っていた。ガランというワニ族の戦士を、南の島へ単独で派遣していたのだ。


 ガランは単独で海を泳ぎ、密かに南の島へ上陸した。ワニの手ではスマホが扱えない。なのでガランにはガラケーが持たされていた。パカッとガラケーを開いて、鋭い爪で器用に文字を打つ。『OK』と。


 受け取った福島本部がその電話番号を確認した。【+61】から始まる番号だった。オーストラリアだ。ガランは単独で泳ぎ切り、オーストラリア大陸へ上陸していたのだ。


 ダラス将軍の命令はシンプルだった。野生のクロコダイルのメスに種付けをして、新たな兵を産ませよ、と。


 それから約半年後、ガランの目の前には産まれたての小さなクロコダイル兵が千五百人も育っていた。クロコダイルのメスは一度に五十個の卵を産む。トカゲ人類に種付けされたメスが産んだのは、二足歩行の人型クロコダイル兵だった。身長こそ本物のトカゲ人類よりも低く二メートル程しかないが、トカゲ人類と同じように人よりも強くて堅い。野生のクロコダイルとのハーフだけあって気性も荒い。そして人間サイズであることで、一つ大きなメリットがあった。自動車など人の乗り物に乗れるのだ。ダラス将軍の望んでいた理想の兵士が誕生していた。


 ガランはまずその若いクロコダイル兵を使い、オーストラリア大陸を制圧した。あっけなく落ちた。ただ、この大陸には餌となる人間があまりにも少なすぎた。東京という狭い土地にあれほどいた人間が、この広大な大陸にはほとんどいない。それでも若いクロコダイル兵には餌が必要だった。メスのクロコダイルには引き続き卵を産ませている。


 ガランは苦肉の策として、大陸にもともとあった羊の牧場を確保して羊を育てることにした。隣のニュージーランドも若いクロコダイル兵があっさり制圧したので、さらに羊が増えた。


 牧羊を運営していくうちに、ガランはあることに気づいた。羊毛は金になる。人の皮も毛も金にならないが、羊は違う。肉も毛も金になるのだ。そのうち英語を話せるクロコダイル兵の個体も現れて、羊毛を使って他国と商売することに成功した。労働力が増えれば増えるほど単価が抑えられ、他国はこぞってオーストラリア産の安い羊毛を求めるようになった。ガランのクロコダイル兵は肉さえ与えれば金銭的な報酬はいらない。軍資金が着々と集まりだしていた。


 メスのクロコダイルはどんどん卵を産み続けた。世間がそのことに気づいた時には、パプアニューギニア周辺の島々も全てクロコダイル兵が占拠していた。


 ダラス将軍はその報告を、深いため息をつきながら黙って聞いていた。


 ゲルダが死んだ。ゾドンも死んだ。それでもダラス将軍のため息は敗北のため息ではなかった。既に次の手が動いている。ため息は感傷ではなく、思考のリズムだった。



 ◆



 一方、首都のワタルはシス総督とサシで面談していた。


「俺は国を持たない旅人です。仲間が首都まで迎えに来てくれたので、そろそろ首都を出ようと思っています。お借りしていた屋敷もお返しします。今まで本当にお世話になりました」


 ワタルが丁寧に頭を下げると、総督は深いため息をついてから答えた。


「そうか……。出ていくというものを引き止めるのは美しくは無いな。残念だ、勇者よ。うちのマーガレットは気に食わなかったか?」


「いいえ! 決してそのようなことはありません。ただ、俺はこの国に長居するつもりが最初からありませんでした。なので、お嬢さんのことを正面から見ることは出来ません。ただ、それだけのことです」


 総督はまた深いため息をついた。


「ここを出て何処へ行くのだ?」


「それはわかりません」


「そうか……答えられないか」


 総督が静かに立ち上がり、戸棚から蒔絵の重箱を取り出した。


「これがなんだか、勇者にはわかるか?」


「はい。お嬢さんがこれを持っていたのを見ましたが……この重箱が何か?」


「これは旧コナ国の拘置所に入れられた、勇者の仲間である来翔という人間が作ったものだ」


「あぁ! なるほど! どうりで見覚えのある重箱だと思っていました。彼と俺は同郷で、俺の故郷にはこんな箱がどこにでもあるんですよ」


「その故郷というのは、異世界なのだろ?」


 ズバリ言い当てられてワタルは固まったが、完全にバレていると悟って正直に話すことにした。


「俺らが異世界人だと気づいていたんですか?」


「確信に変わったのは、この重箱だ。この重箱はこの世界では再現不可能なのだよ。来翔という職人はこれを何個も作ったそうだが、我が帝国の職人に再現させてみたところ、理論上、不可能だということがわかった。これは世界樹で作られている。普通の工具では傷一つ付けることが出来ん。さらにこの(うわぐすり)も世界樹の樹液から作られていて、その効果で食物が腐ることなく保ち続けられる。これを来翔という人物が作った。そしてその来翔の仲間がお前だ、ワタル」


「……すいません。今まで言い出せなくて。総督の息子さんがゲートで亡くなったとお聞きしていたもので」


 総督は深いため息をついた。


「息子の事を憂いで、私がワタルや来翔を処刑でもすると思ったか? 我が帝国は法治国家だぞ? 私の一存で君らを処分できるはずもなかろう。それに、息子の件は自業自得なのだ。息子はトカゲ王国を滅ぼしたことで天狗になっていた。自分勝手に軍を動かして、自分勝手にゲートへ進軍した。我が帝国としては、そちらへ謝罪することはあれど、恨むことは無い」


 その言葉を聞いてワタルはようやく緊張から解きほぐれ、思わず大きく息を吐いた。


「ハァ〜! 緊張しましたよ! シスさん! 俺と来翔さんの気苦労のことも考えてくださいよ! 今の今まで異世界人だとバレないように、ひたすら頑張ってきたんですからね!」


 それからワタルは少し表情を変えて続けた。


「それから、息子さんに限らず、我が国ではゲートで亡くなった方々は、徳洋記念緑地公園内の丘に作られた慰霊碑『時空翔』という所で祀られているんです」


 そう言ってワタルはスマホで時空翔の画像を見せた。本物の慰霊碑であることは総督の目にも明らかだった。


「そうであるか……。勝手に進軍した馬鹿な息子でも、そちらでは丁寧に祀られているのだな……」


「はい。あちらでは死者を丁重に扱う文化があります。あの日亡くなった兵士の方々も、丁寧に埋葬されました。俺もその埋葬には参加しています」


 総督はワタルから埋葬のことをゆっくりと聞きながら、スマホの画面をじっと見つめていた。


 部屋には深いため息の音だけが、静かに響いていた。



  



【クロコダイル豆知識】

 ちなみにクロコダイルは、アリゲーターより戦士向きです。

 まず顔が違います。  

アリゲーターは丸顔。  

クロコダイルはシュッとした細長い顔。  

つまりクロコダイルの方が「歴戦の傭兵感」があります。

 さらに性格もかなり凶暴です。  

「とりあえず噛む」が基本戦術です。

 しかも海水OK。  

クロコダイルは塩分に強い種類が多いので、

島から島へ泳いで移動できます。  

ガランが海を渡れたのも、

実はかなりクロコダイルらしい能力だったりします。

 あと、噛む力も化け物です。  

大型クロコダイルの咬合力は、

動物界トップクラス。  

ただし、口を開く力は意外と弱いので、

口を閉じた状態なら人間でも押さえ込めることがあります。

 でも、押さえ込んでる最中に回転デスロールされたら終わります。

 やっぱり戦いたくない生き物ですね。




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