【第41話 はこべ!】
ついにワタルが首都に戻ってきた。
早速、冒険者ギルドへと赴いたワタルは、ギルド内に併設された酒場のカウンターの中にバーテンダー姿の来翔を発見して、驚きのあまりズッコケてしまった。
「お? ワタルさん! リアクションがデカすぎますよ?」
「ビックリするじゃないですか! なんでこんな所で働いてるんですか! っていうか、逮捕されたって聞きましたけど大丈夫だったんですか!?」
「逮捕はされましたが無罪判決で即釈放されましたよ。まあ、即釈放といっても六十日拘留されましたけどね。ただ、二ヶ月間拘留されていたお陰で色々と情報も得られたので、結果的には良かったかなと。それよりもワタルさん! そちらの妖精さんは?」
ワタルの肩に止まっているフェアリーが来翔をじっと不思議そうに見つめていた。
「あぁ、やはり来翔さんには見えるんですね。この子はチックル。屋台で売ってたのを買ってみました」
来翔はクッキーをチックルへ差し出しながら挨拶した。
「こんにちは、チックルさん。僕はワタルの仕事仲間の来翔です。よろしくね」
クッキーをもらって上機嫌なチックルはさっそく頬張りながら来翔を眺めている。ワタルが首をひねった。
「でも、来翔さんはどうして初対面なのにチックルが見えるんですか? いきなり心を通わせることなんてできないでしょう?」
来翔がドヤ顔で答えた。
「フフフ、実は僕、魔法を使えるようになったんですよ! だからもう心を通わせなくてもフェアリーが見えるんです!」
「え? どうやって!? 俺らには魔素が無いってチックルから習いましたよ? 異世界人には魔法の才能が無いはずですよね?」
クッキーを食べながらチックルが口を挟んだ。
「いや、ワタル、この変なオジサンからは魔素を感じるよ? この変なオジサンなら魔法が使えるかも」
「そうなんですよ。拘置所では魔物の肉しか出なくて、最初は魔素中毒で死にかけましたが、食べているうちに魔素に馴染んできて、定着する頃に魔導書を読んだら魔法が使えるようになりました。今は生活魔法が使えます! 三十九歳の独身男には最強のチート魔法です! ほら? この酒場もずいぶん綺麗になったでしょ?」
ワタルが遠征前の記憶と今の酒場を見比べると、まるでリフォームしたような輝きに変わっていた。
「うわっ! 本当だ! 生活魔法ってめちゃくちゃ使える! 俺も欲しいですよ! 掃除だけなんですか?」
「フフフ、今チックルさんが食べてるクッキーも僕が作りました。料理や洗濯、裁縫なんかの器用さも上がります。ようするに生活に関する全般の器用さが上がる、自分専用のバフですね。他人に付与はできません。あと、地味に嬉しいのはキッチンタイマーがいらなくなりました。ベストな時間が感覚でわかるようになったんです。レトルトカレーも一番良いタイミングで湯煎から出せるようになったので、ガスの節約にもなってます! 独身男性って無駄に長めに湯煎したりするでしょ?」
「嘘でしょ!? そんな便利な魔法がこの世界にはあるんですか! 羨ましい! 俺も魔素を定着させたいですよ! 魔物肉を食べれば良いんですか!?」
「ハハハ! それはマジで辞めた方が良いですよ! 僕もしばらくの間、意識不明だったみたいですし」
チックルも頷いた。
「そうそう! ワタルには魔法の才能が無くても強いじゃん! それに、魔素が定着してMPが使えるようになると、魔法剣を使う度にMPが減って疲れちゃうんだよ? 魔素が無いんだから、このままで良いじゃん!」
魔素が無いということは、無制限で魔法剣を使えるということだ。本来の性能を引き出せていないとはいえ、この剣の斬れ味は他の剣よりも遥かに高い。思えば、あの魔法防壁だって銃で撃ち続けるとすぐにMPが枯渇して消えてしまうのを何度も見た。魔素を定着させるということは、自分もいつかは戦闘中にガス欠するかも知れないということだ。それならば今のままでいい。ワタルはもう迷わなかった。
「そうですね……。俺は俺にできることをするだけです! 俺に魔法は必要ない!」
チックルと来翔がそんなワタルに優しく微笑んだ。
◆
お互いの首都での生活拠点を教え合ってから、ワタルは久しぶりに自分の屋敷へと帰ってきた。メイドや執事が出迎える中、すぐにマーガレットが重箱にお弁当を詰めてやってきた。
「ワタルさん、この重箱を見てください! 蒔絵という細工が施してあって、魔物肉を入れても魔素を浄化してくれるそうなので、ワタルさんにはぴったりなんです!」
ワタルは純和風な蒔絵の重箱を見て、思わず固まった。
「マーガレットさん! こ、これはどこで手に入れたんですか?」
「お父様への献上品なんですって!」
「また献上品ですか……。曲げわっぱといい、この重箱といい……」
ワタルは言いかけて、口をつぐんだ。そして少し間を置いてから切り出した。
「マーガレットさん、近々、総督閣下へ謁見させてもらえませんか?」
「え? どうしたんですか? 突然……」
来翔と合流できた以上、ワタルはもう首都を離れて日本へ帰るつもりでいた。それを総督に報告するための謁見だ。ただ、目の前のマーガレットの気持ちを思うと、言葉が出てこなかった。マーガレットがワタルに惚れていることは、誰の目から見てもわかる。
「ちょっと込み入った話があって……ね」
マーガレットは何のことかわからないまま、静かに答えた。
「はい。お父様にお伝えします」
◆
一方、ビリーの屋敷では来翔とネーラが日本へ帰る算段をしていた。
「え? もう日本に帰るの?」
「うん。ワタルさんが遠征から帰ってきたんだよ。さっきギルドで会ってきたんだ」
「それなら、日本に帰る前にフェアリーの国に行こうよ! レフトにハコベを食べさせる約束をしたんだよぉ〜」
「ピヨ!」
そこへリスタオールが割り込んだ。
「本当ですか? 本当にフェアリーの国へ行けるのですか!?」
六百歳のリスタオールが明らかに動揺している。来翔が不思議に思って尋ねた。
「リスタオールさんがそこまでテンションが上がるとは珍しいですね。そんなにフェアリーの国は珍しいんですか?」
「それはそうですわよ! フェアリーの国という所は、まだどこにあるのかさえわかっていないのです。伝説上の国ですのよ?」
「え? そうなんですか! ネーラ、そんな国に僕らも行けるのかい?」
「うん。たぶん行ける! ビリーは太り過ぎてるから無理だけどね。入り口が狭いんだよぉ〜」
「そんなに狭いなら僕もヤバいんじゃないか?」
ネーラがぐるりと来翔の身体の周りを飛んでサイズを確認してから元気よく答えた。
「たぶん平気! オシリがつっかかるかも知れないけど、たぶん大丈夫!」
体重二百五十キロのビリーはお留守番となり、来翔とネーラとレフトとリスタオールが東にあるというフェアリーの国を目指して歩き出した。
◆
首都を出て数日後、帝国の国境付近まで辿り着いた。
「ネーラ、そろそろ街道に出るけど、フェアリーの国まで馬車を手配した方が良いかい?」
「う〜ん……。途中までは馬車でも行けるけど、途中からは歩いて行くの。大丈夫、そんなに遠くないから!」
街道に出てもネーラの言う通り馬車を借りず、徒歩で東へと進んだ。
夕暮れまで歩き続けると、沈みかけた夕日が皆の影を長く道に伸ばした。ここまではよくある夕暮れ時の光景だった。
しかし次の瞬間、その光景が変わった。
皆の長い影が、道の脇へと直角に屈折して、森の中へと引き寄せられていくのだ。
「影が!?」
来翔が思わず声を上げた。リスタオールも困惑して逃げ腰になっていると、ネーラがさも当然のように「二人ともどうしたの?」と言いながら、屈折した影の方向へ森の中へ飛んでいってしまった。レフトもネーラの後を追って飛んでいく。
仕方なく来翔とリスタオールも折れ曲がった影の方向へと足を踏み入れた。すると、影が小さな洞穴へと吸い込まれていくのが見えてきた。まるでブラックホールに吸い込まれる光のように、影もその超重力に引っ張られて渦を巻いている。来翔とリスタオールが思わず足を止めて離れようとした、その瞬間。
「ほら? レフト! これ面白いでしょ! シュルルルルーって吸い込まれるんだよ〜! シュルルルルー!」
「ピュルルルルピー!」
ネーラとレフトが笑いながら渦を巻いて穴の中へと吸い込まれ、あっという間に消えてしまった。
来翔とリスタオールは顔を見合わせた。覚悟を決めて、吸い込み口へそっと手をかざした。
シュルルルルー。
二人も渦を巻いて、夕暮れの森から消えていった。
ちなみに、レフト達が探していた「ハコベ」は、インコ界ではかなり人気の野草です。
人間で言うなら、 「無料で生えてる高級サラダバー」 みたいな存在です。
ハコベにはビタミンやミネラルが豊富で、特に換羽期(羽の生え変わり時期)の小鳥には嬉しい栄養が多く含まれています。
インコ飼いの間では、
「急にテンション高く食べ始めたら春」
と言われるくらい、ハコベに夢中になる子もいます。
なお、鳥目線では、
『人類はなぜ毎日ハコベを採りに行かないのか意味がわからない』
くらいには魅力的な草らしいです。
レフトが大喜びしていたのも、たぶん間違ってません。




