【第40話 強さとは?】
ギルドの酒場で働き始めた来翔にも、馴染みの客が付いていた。
「なあ、マスター。コナ国問題が決着してから、極端に暇な国家になっちまったと思わないか?ゾーン団やトカゲの連中が暴れ回ってた頃は、俺たちみたいな末端の憲兵にも稼げる仕事が山ほどあったんだけどなぁ。今じゃ街の立番しかしてないよ」
「でも、憲兵さん達が立番してくれているからこそ、街の治安が保たれているんだと思いますよ」
カウンターに肘をついた若い帝国の憲兵が昼間から酒に溺れていた。
「せめてこの街にも風俗とか賭場があればなぁ」
「そういえばコナ国には立派な闘技場もありましたよね? 今は監獄になってますが」
「そうなんだよ……。あんなに良い闘技場を監獄にしちまうなんて、総督閣下もどうかしてるよ。これも全部トカゲが悪い!」
「闘技場が監獄になったのはトカゲ人類のせいなんですか?」
「まあ、全部がトカゲのせいって訳じゃないんだけどな。あの監獄には無実の罪で収監されてるトカゲ人類がほとんどなんだよ。トカゲ王国との戦争で溢れた難民を収容するために、闘技場を急遽作り替えたのさ。あそこに入ってるのは無実の難民なんだよ」
旧コナ国を統治していたトカゲ王国と帝国の戦争は呆気なく決着が着いた。ダラス将軍のいないトカゲ王国が数で勝る帝国に勝てる道理などなかった。しかし勝負が一瞬で着いた分だけ、逃げ遅れた一般市民が旧コナ国に取り残された。現行の帝国の法律ではトカゲ人類に人権は無く、難民として受け入れる代わりに監獄による軟禁という処置で済まされていた。その事については帝国のお偉方も頭を悩ませていた。
来翔はいつものようにお茶を継ぎ足しながら、黙って話の続きを聞いていた。
◆
一方、すっかり体調が戻ったローラはネーラとレフトと一緒にピクニックへ出かけていた。来翔に頼んでおいた曲げわっぱが三つ、ローラ用の普通サイズとネーラ用の小さいもの、それからレフト用のさらに小さいものが揃っていた。目的地は首都の中央大通り公園、パレードにも使われる広い公園だ。
「ローラ! すごく広い公園だね!」
「そうだね! ここは勇者様がパレードした公園なんだよ」
「ピヨヨヨ! ピヨヨヨ!」
「レフトがなんか言ってるよ? ネーラ!」
「レフトがあっちに大きな胡桃の木を見つけたって! 地面にいっぱい落ちてるって! 行こう、ローラ!」
レフトの案内で公園内の胡桃の防風林にやって来ると、地面に胡桃が大量に落ちていた。三人は夢中で胡桃を集めた。お弁当を入れていた巾着袋がいっぱいになるまで拾い上げて、大満足でピクニックを終えた。
夕暮れ前にそれぞれの屋敷へ帰る頃、ネーラとレフトには公園の胡桃は重すぎた。ネーラが三つ、レフトが三つだけ持ち帰った。
ネーラはワタルに渡そうと思っていたサイモンの胡桃と、ピクニックで拾ってきた胡桃が混ざらないように別々に置いておいた。
ところが翌朝起きると、整理されていたはずの胡桃が一つの瓶にきちんと仕舞われていた。
「あ! どうしよう! お爺さんの胡桃と昨日の胡桃が混ぜこぜになってる! なんで!? 誰がこんなことをしたの!? レフトじゃないよね!?」
「ピピップ!」
そこへ来翔が現れた。
「あぁ、昨夜のうちにその辺を整理したんだよ。ちょうど良い空き瓶があったから散らかってた胡桃を入れといた」
ネーラとレフトは顔を見合わせて、溜め息をついた。
「まあ、良いか。ワタルなら胡桃十一個くらい全部食べちゃうよね」
「ピヨヨヨ! ピヨ!」
「あ! そっか! さすがレフト! それを忘れてたよ! えっと確か胡桃と一緒に入れておいたから……あれ? 風呂敷は? ねえ、来翔! この胡桃が入ってた風呂敷に胡麻も入ってたんだけど、胡麻はどうしたの?」
「胡麻? 何それ? 胡麻なんて入ってたか? 気が付かなかったよ」
胡麻が数粒入っていたとしても、人の目にはゴミとしか映らない。来翔の掃除スキルで既に廃棄されていた。サイモンが勇者のためにと用意してくれたレベルアップの胡麻は、人知れずゴミとして処分されていた。
「え〜! あの胡麻はレベルアップの胡麻だったのに! お爺さんが勇者に食べさせなさいって分けてくれたんだよ?」
「なんだ、そんなことか。胡麻を食べるとレベルが上がるだけなんだろ? ワタルさんにはそんなものは必要ないさ」
「必要ないの?」
「うん。ワタルさんは今のままでも十分強い。ゲートの脅威からずっと世界を守ってきた男だよ。今のワタルさんに必要なのはレベルや強さじゃないんだよ」
「レベルも強さもいらないの?」
「そう。今のワタルさんが望んでいるのは、もう戦わなくても良い世の中だよ。あの人はのんびりと上ノ国で釣りをしながら暮らしたいだけの、素朴な男なんだよ。僕もそれに近い人間だからわかるのさ」
来翔の言葉を聞いたネーラとレフトは、日頃の来翔を見ていたからこそ、それが強がりでも慰めでもなく本音だとわかった。だからもう、胡麻のことなどどうでも良くなっていた。
「うん、わかるよ来翔。私もレフトも江差のお家で毎日笑って過ごしたいだけなんだよね! きっとLEONもそうなんだ!」
「ピヨ!」
来翔は笑ってネーラとレフトを肩に乗せ、朝食を作り始めた。江差の自宅と同じように、いつもの朝を迎えていた。
◆
北の大地のとある宿場町では、ワタルが初めてのフェアリーに戸惑っていた。
「どうして屋台のおじさんから虫カゴを受け取らなかったの? 私、あの虫カゴが気に入ってたのにさ!」
「ごめん、ごめん! そんなに大切なものだとは知らなかったんだよ。あ、そうだ。これじゃ少し狭いかな?」
ワタルはマーガレットから持たされていた曲げわっぱをチックルへ差し出した。
「ちょっと狭いね。でも……うん、これでいいや。あとは端切れの布も欲しいな」
「端切れ布なんて持ってないけど、これはどうかな?」
ワタルが日本からずっと使い続けていた寅壱の赤耳タオルを手渡した。
「え? 何これ! こんな上等な布をもらって良いの? こんな布は初めて見た! 貴族様みたい!」
チックルは曲げわっぱの中に、自分が納得できるまでせっせとタオルを敷き詰め始めた。
「タオルが長すぎるなら半分に切ろうか?」
「こんな上等な布を切るなんてダメよ! 人が寝床を作ってるのをじっと見つめて、ワタルって変態なの?」
「ごめん、ごめん!」
ワタルはクスッと笑ってバスターソードの手入れをし始めた。
◆
ようやく寝床を整え終えたチックルが今度はワタルをじっと見つめて呟いた。
「ワタルって、どうして魔素が無いの? 魔素が無いのに魔法剣を使っても意味ないよね?」
「え? そうなの? それ詳しく知りたい! チックル、魔素って何なの! 魔法剣の正しい使い方を知ってるの!?」
矢継ぎ早な質問攻めにチックルが困惑しながら一つ一つ答え始めた。
「えっと、魔素ってのは魔力の元なの。魔素が無いとMP切れになって、魔素で生きてる生物は身動きが取れなくなるの。フェアリーも魔素が無いと飛べなくなるんだよ。でも魔素って身体の中でも作られるから、MPを使わずに寝ると自然と回復できたり、魔素の濃いお水を飲んだり、魔物肉を食べたりすると体内の魔素が回復するんだよ。体内に貯められる魔素の量は個人差があって、一晩寝るだけで完全回復できる人もいれば、全然回復できない人もいる。ワタルの体内にはその魔素そのものが無いんだよ。こんな変な人は初めて見たよ!」
「それはたぶん、俺がこの世界の人間じゃないからだね。俺の世界では魔法そのものが存在しない世界だったんだよ」
「え〜! そんな世界のワタルがどうして魔法剣を使ってるの?」
「俺の世界でこの魔法剣を使って暴れていた悪者を退治して、そいつから手に入れたから、そのまま俺が使ってるのさ」
「あ、そうなの? だから魔素の無いワタルでも手に入れられたんだね! 普通なら魔素の無い人に魔法剣を売ってくれるお店なんてないんだよ。魔法道具って使うだけで魔素を消費し続けるからね。使えば使うほど疲れていくの。きっとワタルが倒したっていう元の持ち主も、MPが切れたからワタルでも倒せたんじゃない?」
「あ! そういうことか! 確かにそいつは途中から急に元気が無くなったんだよ。その隙に俺が倒したんだ……。でも、俺は魔法剣を使ってもMP切れになったことが一度もないよ?」
「そりゃそうだよ! だってワタルはその魔法剣をまだ一度も使ってないんだもん!」
「俺がコイツを使ってない? それはおかしいな、数日前にもヘビモスを倒したばかりだぞ?」
「違う違う! 全然違う! それは魔法剣の効力を使わずに、ただの刃物として切っただけなんだよ。わかりやすく言うとワタルなら安物の量産剣でもヘビモスを倒せるんだよ」
「嘘だろ……。今まで魔法剣のおかげで勝ってきたとばかり思ってたぞ?」
「残念でした〜! ワタルは魔法剣をまだ一度も使ってないよ! っていうか、魔素の無いワタルには魔法剣は絶対に使えないんだよ?」
ワタルは改めて手元のバスターソードを眺めた。
「そうか……。俺はいつの間にか強くなってたんだな……」
「ウフフ、自分のことも自分でわからないなんて、ワタルは面白いね!」
「なあ、チックル。俺にも魔素を取り込む方法はないか?」
「知らない。だって魔素の無い人を見たのがワタルが初めてだもん!」
「そうか……そうだよな……」
ワタルは日本にいる詩音や桜井など他のA-Classハンターたちのことを思い返した。
(他のA-Classハンターもあれだけチートな武器なのに、魔素があればさらに凄い武器になるのか……)
チックルによる魔素講座は深夜まで続けられた。宿場町の外では星が静かに輝いていた。
(第41話へ続く)
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